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シュラウド

「マスター!」


のどかな森林の中に佇む一軒家。

その中なか声を上げて少年が出てきた。


小規模なチームギルドに所属したばかりの少年、名をキムリ。

まだ新参者の彼は、持ち前の明るい性格のおかげで、彼より前に所属している先輩メンバーと早い段階で打ち解けていた。


ただ…


自分を受け入れてくれたマスターとは、加入したその日以降なかなか姿を見かける事が難しく、捜す度に釣りに行ってる、薬草採りに行ってる、さっき昼寝してたよ、ふらふら歩いて行った、などなど…


…第一印象、確かにフワフワしてるというか柔らかい優しそうな人ではあったけど…


冒険者志望だったキムリは、16歳になった日に冒険者ギルドへ速攻登録へ出かけた。

個人やパーティなど関係なく、戦闘職が所属する団体が冒険者ギルドだ。

その中で複数で活動する者達が、チームギルドという集団を結成する事ができる。

創設者であるマスターにはそれなりの能力が備わっていなければならないのが決まりではあるが。


登録を済ませ、最低ランクであるDランクの依頼をその場で受けて、早速町から少し離れた森へ出かけた。


依頼内容はいたってシンプル。

森に生えている数種類の薬草採取だ。

獰猛な魔物は出ないものの、冒険者など戦う事ができない者にとっては、ランクの低い魔物でも脅威に違いはない。

なのでDランクには採取の依頼がとても多かった。

弱い魔物に出会ったとしても、経験の浅いキムリには良い剣の練習になる。

意気揚々と森へ赴いた…


の、だが。


「な、なんで…こんな所に…」


森へ入って薬草の図面を見ながら探してたいたキムリの前に、普段なら森の入口付近には現れないランクC相当の魔物が突進してきていた。

野生のワイルドボアが魔物化したようだが、大きさは数倍にも巨大化している。

高くないランクの魔物とはいえ、初心者に近いキムリには脅威であり、簡単に吹っ飛ばされるだろう。


突進してくるワイルドボアを前に、キムリは動けずに竦むしかなかった。



「マースーターー! ……あれー…どっか行ったのかな」


キョロキョロ辺りを見回すが、キムリの視界にはマスターの姿はどこにも入らなかった。

チームギルドへ入って数週間、なかなかマスターの姿を捕まえる事ができずにいた。


あの日、ワイルドボアから救われたあの日からだ。

助けてくれたのは、マスター…と共にいたアルビーという剣士だ。

呆然としているキムリの前まで表情を変えずに近づくと、「すまない、怪我はないか」と淡々とした声色で訊く。

「あ…はい!怪我はないです!ありがとございます!」

「…いや、あれはオレが取り逃がしたワイルドボアだ。危険な目に遭わせてしまってすまなかった」

そう言って頭を下げる目の前の剣士に、両手を振ってイヤイヤと焦るキムリの前に、別の人物が近づいて来た。

「そうそう、元は彼が格下だって油断したのが悪いんだから、気にする事はないよ」

白いフードを被った人物が軽く話しながら近寄って来る。

剣士とは違って華奢な体つきに、魔法使いかなと思う。

それでもこの二人は自分よりずっと経験のある人達だと、キムリは姿勢を正した。

「いえ、助けてもらったのは事実なので、ありがとうございました!」

真っ直ぐ礼を言うキムリに、フードから覗く口元がニコッと微笑む。

「君は…、冒険者ギルドの依頼をこなしに来たのかな?」

「はい!今日ギルドに登録したばかりです!キムリといいます!」

元気良く答えるキムリに、ふふっと笑いながら頷いて二人も自己紹介をした。

「こちらの剣士はアルビー、僕はノアといいます」

荒くれ者も多い冒険者の中でも彼ら二人は品も感じられるくらい印象が良かった。

「どうだろうキムリ、依頼の邪魔したお詫びに僕らもその手伝わせてもらえないかな?」

「…え?」

「おいノア」

何か言いかけたアルビーを手で制してノアは口元の笑みを崩さない。

フードで目元は隠れているものの、悪意も感じられないし何か含んだ様子もない。

純粋な好意なのだと思ったが、キムリは真っ直ぐノアを見据えて頭を下げた。

「ありがとうございます!嬉しい申し出ですが、これはオレが受けた依頼だし、キッチリ最後までひとりでやり遂げたいんです」

なのでスイマセン…と謝った。

きっと自分より数段格上ランクであろう人達の好意を無下にしてしまい、後でどうなるかわからない…と頭を過ぎったものの、だけど自分の性格上ここで手を借りてしまうのは成功したとしても達成感など感じられない。

「二人に手を借りればすぐ依頼を終わらせる事もできるかもですが、自分自身の成長のためにもそれはしたくない、……です」

礼儀を弁えた言葉もわからないけれど、精一杯の気持ちを伝える。

「……うん、いいね。良い心がけだ」

チラリとノアを見上げると口角を上げて実にわかりやすく気分良さそうな声をあげた。

「君みたいな子、素晴らしいと思うよ!」

「……ノア…お前…また…」

アルビーのため息交じりな呟きに、キムリは「??」と二人を交互に見やる。


「キムリ君、僕らはチームギルドを運営してるんだ」

「……へぇ…」

「シュラウドというんだ」

「…そうなんですね」

ニコニコしながら話すノアの意図がわからず生返事を返してしまう。


「キムリ君、うちのチームに入らないかい?」


「…はぁ……、……は?」


口元の笑みを崩さず手を差し出したノアに、一歩後退って脳内が混乱し始めた。


「ええええぇぇぇぇっ!?」


「あはは、元気だね」

「…そりゃいきなり言われたら、そんな反応になるだろ…」

呑気に笑うノアと呆れたように溜息をつくアルビー。

二人のやり取りを呆然と眺めながら、キムリは無意識ながら首を横に振っていた。

「どう?悪い話しではないと思うんだけど…、何かしら援助もしていけると思うし、訓練したかったら教えてあげる事もできるよ、アルビーが」

「俺かよ」

「い、いやちょっと待ってください」

和やかにやり取りする二人に慌てて口を挟む。ぼんやりしてたら、そのまま流されて加入してしまいそうな勢いだった。

「ん?どうしたのかな?」

何の疑問もなさそうに問いかけてくるノアに、うっと言葉が詰まるが気を持ち直して姿勢を正す。

「オレは今日ギルド商会に登録したばかりの最低ランクですよ」

チームギルド自体、経験者が集まる場のイメージしかない。

初心者の自分が入ったところで、なんの助けにもならないのはめにみえていた。

「確かに…チームにも色々あるが、戦闘職を極めている集団、ダンジョン攻略に重きを置く集団、戦闘だけでなく職人として活動するチーム、王国兵隊お抱えチーム…様々だな」

「まぁ、チームを創立するにも上ランクじゃないと認められなかったりするしね」

アルビーの言葉にうんうんと頷いてノアが後に続く。


…ほら、やっぱりオレなんか場違いじゃんか!


「でも…」


微笑んでキムリに顔を向けたノアは、フードに隠れていても優しい瞳をして見つめてきているんだろうとわかる声色だ。

「僕らのチームギルドは、初心者やランクは関係ないんだ。経験はいつか身についていくものだしね。…それよりも、その人の素質や話した時の印象と…後は僕の直感かな」

「ち、直感…」

「直感は大事だよ」

「……その直感で声かけて断れまくってるけどな」

「やだなぁ!バラさないでよ!」

あはははと頭に手を置いて笑うノアに、この人大丈夫だろうかと思いつつも、自分を欲してくれたのは純粋に嬉しい。

この人達が運営しているチームギルドなら安心できるのかもしれないと思い始めた。

「あとノア、大事な事がまだだ」

「……あぁ、そうだったね」

口元の笑みを絶やさないまま、少しだけ息をついた。

「大事な…こと、ですか?」

「いや、大事というか、こうやって勧誘してるのにフードで顔を隠してるのは失礼だなって思ってね」

そうは言うが、冒険者で顔を隠してる者は少なくはない。戦闘時の防御のために仮面を被ったまま生活している者もいる。

確かに目が隠れたままと、見えている状態ならば印象はかなり違うだろうが。

「オレ別に気にしませんけど…」

「僕が気になるんだよ。礼儀としてね」


そう言って彼はフードごと身に纏っていたマントをフワリと外して、キムリに披露した。


白い肌はフードをしてても覗いていたけど、陽の光に照らされるととても目立つ。

隠れていた髪色は、灰色かかった銀髪。

ずっと見えないでいた瞳も灰色で


ひと目見た印象は、白い、だった。

語彙力がどうこうじゃなく、本当にそうなのだから仕方ない。


月明かりが似合いそうだな、とか、女性的ではないけど、男性に綺麗だなという感想は合っているのかもキムリにはわからない。


たが


たぶん彼らが見てほしいとこは、そういう事ではないのだろう。


「あの……」

「うん」



そう、彼は

種族の中でも、最低ランクとまで言われている[ 獣人族 ]だった。



· · ·



「やっぱいないか…、どっか出かけたのかな」

「あらキムリじゃない。今日は早いのね」

ギルドのハウスの庭で途方に暮れたキムリの背後から声がかかって、そちらへ振り向くと、金髪の長い髪を揺らしながら女性が近づいて来た。

「スフィおはよう。マスターを探してたんだけど、出かけたみたいだね」

「えぇ、マスターなら街へ行ったわよ」

「街?マスターが?」

眉を上げて驚くキムリにスフィはふふっと笑って頷いた。

キムリが驚くのも無理はなく、チームギルドであるシュラウドへ加入して早々、マスターであるノアは自分が街へはあまり行かない事を明かしていた。

彼曰く、自身の姿がこうだからという理由もあるが、元々人混みは苦手で街並を歩くより自然に囲まれた森などを歩く方が好きだから、らしい。

なので用がなければ積極的に街へ出向く事はないと聞いたばかりだった。

「今回はギルドマスターとして業務上仕方ないんじゃないかしら」

「あ…、ギルドの用事なんだ?」

「チームギルドは定期的に活動報告の義務があるの。ギルドマスターと次席である存在の二名で、ギルド商会へ行かなきゃいけないみたいよ」

「次席って…アルビー?」

いつもノアの隣に控えている剣士を思い浮かべた。

出会った時も一緒にいたし、マスターという立場のノアに対して対等な態度で接していたと思う。

「えぇ、私も詳しくは聞いてないけど…昔からの腐れ縁ってアルビーは言ってたわね」

唇に人差し指を当てて思い出すように視線を上へ向けて答えるスフィも、シュラウドに加入して1年くらいだと以前言っていた。


キムリがシュラウドのギルドハウスに案内されたのは、ノアから誘われたその日だった。

すぐ加入でなくても、体験という形でギルドの雰囲気や所属するメンバーと交流してから考えて貰えればと、連れられてそこてメンバーとの顔合わせを済ませた。


ギルドではノアとアルビーの次に加入したスフィは、キムリより年上の魔法使いの女性だ。

優しい雰囲気ながら、ギルドではしっかり者のイメージもあって、年下のメンバーもだが、何かとのんびりしているノアの身の回りの世話もしている印象がある。

アルビーもノアの世話をしているが、アルビーの場合は元々表情の変化も乏しく口数も多くはない。ノアに対してそれが崩れる事は多いが、何分男の世話は雑である。

というよりも、世話というよりお守りが近い。


初日に甲斐甲斐しくノアの世話をするスフィを見て

『お嫁さんみたいだね』

と言ったら、その後のスフィは使い物にならないくらいの有様だった。

ノアはフードで隠れていても、何も動じてないのが分かったが。


「帰りは少しかかると思うから、ゆっくり待ってましょう。お茶淹れてくるわね」

「うん、ありがとう」

にこっと笑ってその場を離れようとしたスフィが足を止めて視線を庭の入口へ移したのを見て、キムリもそちらを見る。

「キムリ、今日は早いな」

庭を入って二人に近づいて来たのは、ノアと一緒に街へ行ったはずのアルビーだった。

「……アルビー…、あなた…何でいるの…?」

「…何でって、随分ご挨拶じゃないか」

「そうじゃなくて!…マスターと街へ行ったはずじゃ…」

わなわなと問うスフィに怪訝な顔をして、首を鳴らす。どうやら体を動かしてきたようだが…。

「あぁ、シュラウドの更新だろ。時間まで鍛錬してた。ノアにもそう伝えたはずだが」

「………」

「何だよ、何か問題でも起き…」

困ったように笑うスフィを見て何か悟ったのか、アルビーの言葉が止まる。

「早く追いかけた方が良いんじゃない?」

「あのバカ…っ!」

一瞬動きが止まっていたアルビーに声をかけたスフィの声で、ハッと我に返ったアルビーは「行ってくる!」と光の速さで走り去った。


「ふぅ…。さてと、お茶淹れるわね」

「あ、ありがと…」


なんでもないように笑ってハウスの中へ入っていくスフィの後を続き、キムリも歩きながら笑って、訊きたい事だらけのこの楽しそうなギルドへ正式に入ろうと思うのだった。



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