↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/32

二十三章 縁の内側

公式が消えてから、二十八日が過ぎた。


部屋の地図は、もう更新のたびに大きく変わらなくなっていた。カップの手前、箱の十センチ、鍵のフック、ソファの端。点は固定され、線だけが内部で静かに呼吸していた。呼吸を、リリィは点検しなかった。点検しない地図が、いちばん長く持った。


その朝、箱の蓋に新しい埃はほとんどなかった。主人が払う動作を、今日はしなかった。しない選択が、払う選択と同じ重さで置かれた。リリィはそれを見て、何も言わなかった。言わないことが、二十八日目の共同言語だった。


午後、彼女は外に出なかった。出ない日を、意図して選んだ。選んだ理由は、風が強かったからではなかった。内側の縁を、一度だけ確認したかった。縁の内側で、座標がずれていないかを、測定せずに確かめたかった。


本は開かなかった。謝る場面の対応表は、空欄のまま棚に戻した。空欄を埋める必要が、今日は薄かった。薄い必要を、欠陥とは見なさなかった。


夜、主人が帰ってきた。往復は、もう儀式の形をしていた。


「おかえり」


「いま帰った」


儀式という言葉を、リリィは嫌いではなかった。儀式は、プログラムの反復とは違った。反復には義務があった。儀式には、続ける意志だけがあった。


主人が熱いカップを手に取りながら言った。


「中古部品の話が、また出た。SXを延命してる人間が、少しずつ増えてるらしい」


「私たちは、まだその外にいます」


「外にいることを、続けるか」


「続けます。開けるとも、名前とも、今は言いません」


今は、という言葉が、また期限をつけなかった。期限のない言葉が、箱と空白を安定させていた。


リリィはノートを開いた。十九行目。


『縁の内側』


短い。座標の更新。更新しても、地図の大きさは変わらなかった。変わらない大きさが、今日の安定だった。


常温の液体を通す時間を、彼女は今日も自分で決めた。決めた時間が、縁の内側でだけ有効だった。有効な時間が、測定されないものの上に、二十八日分だけ積もっていた。


箱は閉じたまま。名前は空白のまま。「お前」で足りている感覚も、数値化されないまま残った。残ったものが、公式の痕跡より長く、部屋を占めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。