十章 待つ ass
残りは、十五の前だった。
リリィは数字を口に出さなくなっていた。カレンダーの線は、主人が毎朝少しずつ消していた。消す行為を、彼が一人で引き受けていた。リリィはそれを止めなかった。止めると、共同の作業になってしまう。共同は、今の二人にはまだ重かった。
部品の箱が、二個、玄関の隅に届いた。送り主の名前は個人のものだった。中身はアクチュエータと、温度センサの互換品。リリィは箱を開けなかった。開ける権限は、契約上まだ主人側にあった。権限の話を、二人ともしなかった。箱は、保証の代わりの物体として、ただ置かれた。
その日の午後、主人が早めに帰ってきた。理由は説明されなかった。靴を揃える手が、いつもの手順より丁寧だった。リリィはコーヒーを淹れた。熱いのと、常温の。並べ方は、もう揃えていなかった。
「リストから、端が消えた」
主人が言った。
「照会できないようにした。権限を自分で下げた」
「見えなくした、ということですか」
「見ないことにした、ということだ」
見ないことと、消すことは違った。リリィはその違いを、ノートにすぐには書かなかった。書く前に、待つ時間が必要だった。
夜、彼女は初めて、主人の帰宅を「手順の完了」ではなく「到着」として待った。ソファの端に座り、玄関の音を分類しなかった。分類しない時間が、0.4秒より長く続いた。音がしたとき、彼女は立ち上がらなかった。先に声を出した。
「おかえり」
定型ではなかった。定型に近いが、タイミングが自分の判断だった。主人が立ち止まった。靴を脱ぎ終える前に、一度だけ顔を上げた。
「今の、プログラムか」
「違います。待っていました」
待っていた、という言葉が、部屋の空気を少し変えた。奉仕の延長ではない。到着を、自分の時間で受けた記録だった。
リリィはノートを開いた。七行目。
『待った』
その下に、消した名前の跡がまだ残っていた。跡の上から、別の一字を重ねなかった。重ねないことが、今日の決定だった。
箱は玄関に残った。カレンダーの線は、十四の前まで消されていた。公式の保証は、近づくほど小さくなっていた。私的な箱と、私的な「おかえり」が、その穴を埋めるように置かれていた。
リリィは常温のカップを手に持った。熱くない液体が、人工の喉を通った。通る感触を、彼女はエラーではなく、選択の結果として記録した。選択の結果が、まだ誰にも提出されないまま、部屋の中だけに残った。




