第13話 不穏な人物
晴れての入学の日、 ここから新たな生活が始まるのだとビドーはワクワクしていた。
(ここで良い婚約者を見つけて、父上に認めてもらうんだ)
かつてお見合いしたエストレアに暴言を吐いた事で、ビドーはこっぴどく怒られたのだ。
「折角のお見合いの場をああもぶち壊しておいて、反省しろ!」
「何で俺が悪いんです?」
「何でだと? 取引相手の伯爵令嬢にあのような暴言を吐いておいて、悪いとも思っていないというのか! お前には人の気持ちがわからないようだな」
そう言ってビドーの父、ガーディは反省を促す為にビドーを親戚のところへと奉公に出した。
けれどビドーは父に怒られた事が理解出来ず、自由の利かないところに送られて、とても苛立った。
(あんなデブと結婚なんて、ありえない。俺にはもっと良い女性がいるはずだ)
ビドーは自分の容姿や頭脳に自信を持っていた。
(そもそもシルバーニュ領なんて田舎だし、王都から遠いではないか。そんなところに生涯閉じ込められるなんて、まっぴらごめんだ)
シルバーニュ伯爵家には子どもがエストレアしかおらず、その伴侶になったら、自動で伯爵家を継ぐこととなる。
けれどビドーはシルバーニュ領に魅力を感じておらず、寧ろ田舎だと馬鹿にしていた。
しかもエストレアのような太っていて醜い女性を妻にするなんて、ビドーは耐えられないと拒否を示す。
それ故にビドーは断固として自分は間違っていないと信じていた。
その為父ガーディの憤りに納得がいかず、エストレアについてある事ない事を知り合い中に話し、悪評を流し出す。
腹いせのつもりだった。
「あいつが悪いんだ、俺は悪くない」
その思いから抜け出せず、エストレアの悪い話を言い続けてきた。
いずれ入学してここで会うだろうとは思っていたが、醜いエストレアの見れば誰もが自分の話しを信じてくれるとビドーは思っていた。
(それに学園に入るものは大勢いる。そんなすぐには会わないだろう)
会ったところで直接抗議するような事もしないと考えていた。
なんせビドーが流した噂について、今まで誰からも批難された事がないからだ。
けどまさか、そのエストレアと入学初日に会うなんて、意外な事にビドーは驚いた。
しかも隣には王子と王女が一緒だし、痩せて綺麗になっているし、想定外の事過ぎて理解が追い付かない。
(あのぽっちゃりが、こんなに綺麗に?)
いさ目にしても信じられないと思うばかりだ。
しかも聞こえてくる話の内容的に、謎であった王子の婚約相手だとも判明してビドーは焦ってしまう。
(いや、もしかしたら王子はあの噂を知らないのかもしれない)
エストレアの悪評を知らないから婚約したのだろう、ビドーはそう結論付ける。
(太っているエストレアをみたら、誰も婚約しないはずだ。きっとあの後頑張って痩せたに違いない)
エストレアは太っていたことを隠し、詐欺の様な形で婚約にこぎつけたのかもしれない。普通であればあんなデブが婚約なんて出来ないだろうと黒い感情が渦巻く。
「それにしても、綺麗になったな……」
あの頃からは想像も出来ない変貌ぶりに、ビドーはエストレアに関心を持つようになった。
異性として。
◇◇◇
「そう言えば新入生挨拶として、ディフェクト様が登壇なされるのですよね」
「そうなんだ、ぜひ僕の勇姿を見ていてね。エストレアの為に話すから」
「いえ、皆の為にお願いします。新入生挨拶なので」
軽い打ち合わせがあるからと、ディフェクト様は係りの人に呼ばれて行ってしまう。なんだか名残惜しそうな表情だわ。
ディフェクト様がいなくなった後、隣に座るイティルラ様が体を寄せ、小声で話しかけてくる。
「今回はディフェクトに華を持たせてあげるわ。本当はわたくしでも良かったのよ」
「そうなんですか?」
「そうよ。でもディフェクトが登壇した方がこれからの為に良いかと思って」
ちらりとイティルラ様がどこかを見る。
「エストレア。あなたはわたくしとディフェクトが守ります。ですので、側を離れませんように」
「はい?」
「恐らく……過去に接点の合った男でしょうか。先程からこちらを気にしているようですの。汚らわしい」
(過去に接点の合った男?)
「それってもしかして、ビドー様でしょうか」
しばし考え、もしかしてと思い当たる。
「えぇ。そうよ。エストレアには悪いけれど……過去についてのお話は聞かせてもらっていたわ。ごめんなさいね、あなたに了承も得ずに」
「いえ、良いのです、それよりも心配をかけてしまってすみません」
私の過去よりもイティルラ様に負担をかけてしまう方が申し訳ない。
「学園で会う事は覚悟していましたから、大丈夫です」
そうは言いつつも嫌な気持ちが思い起こされ、少しだけ体が震える。
「エストレア。無理しないでわたくし達を頼ってちょうだい」
イティルラ様が私の手を握ってくれる。
「わたくし達は何があってもあなたの味方よ、だからあんな男の事は気にしないで。万が一何かしてきたら……ひねりつぶしてあげますから」
さらりと怖い事を言うイティルラ様。
(ディフェクト様と同じような冗談を言ってくれるのね)
「ありがとうございます、イティルラ様」
私の心を和ませてくれる二人に感謝をする。
「ふふ、わたくしは本気ですよ。あら、そろそろディフェクトの挨拶が始まるわ。聞いてあげないと拗ねるから、きちんと聞きましょうか」
私達は姿勢を正し、ディフェクト様を見る。
ディフェクト様の穏やかで優しい声と言葉に癒されるわ。
(本当に素敵……でも)
自分だけがそう思うわけではないと知ってはいた。
知ってはいたけれど、こうして目につくとお腹の底が重たいような感じがしてきた。いけないとは思いつつも嫉妬してしまう。
無事に挨拶を終えたディフェクト様と目が合う、こちらを見てにこりと微笑んでくれた。
小さく歓声が沸き上がるのを感じるけれど、ディフェクト様は私に微笑んでくれたのよと気持ちを落ち着かせる。
そうしてなんとか無事に入学式を終えることが出来た。
「しばらくお別れね」
入学式が終わり、お父様とお母様に挨拶をする。
「長期休みにはシルバーニュ領へ帰省したいと思っています、その際はよろしくお願いいたします」
私が頭を下げると、ディフェクト様達もそれに倣って頭を下げた。
「僕達もシルバーニュ領へ伺う予定ですので、ぜひよろしくお願いします」
「わたくし達とシルバーニュ伯爵家は姻戚関係になりますし、エストレアとももっと仲良くなりたいのですわ。どうかよろしくお願いします」
ディフェクト様とイティルラ様も私と共に来てくれるの?
思いがけない言葉であったけれど、お父様はわかっていたのか特に動揺したぞぶりはない。
「その時はぜひお願いします」
お父様が快諾してくれてホッとしたわ。
「ではエストレア、良い子で頑張るんだよ。何かあったらすぐにお父様に連絡するんだぞ」
「お母様への手紙も忘れないでね」
両親が乗る馬車を見送りながら、ふと寂しさがこみ上げる。
これから知らない土地、知らない場所で過ごすのだと思うと、不安がよぎる。
(ホームシックにならないと良いんだけど)
既に涙が出そうだ。
「さ、エストレア。名残惜しいけれど行こうか」
「はい。ではまた明日、お会いしましょう」
(確か学生寮はあっちだったわよね)
私は学園のパンフレットを見ながら学生寮のある方へ向かおうとするが、ディフェクト様に止められる。
「そちらではなく、こっちだよ」
そう言って連れていかれたのは馬車の方だ。
「先にどこかに行くのですか?」
「違うよ、今から行くのがエストレアがこれから過ごすところだよ」
そう言われ、馬車に乗せられる。馬車はどんどんと学園から離れているのだけれど……?
「自宅が遠い学生は学生寮に住まうと聞いていたですが……?」
「あのね、エストレアは僕の婚約者だよ。つまり王族の配偶者。そんな身分の人が皆と同じ学生寮に住まないよ、何かあったらどうするの」
「そうですよエストレア。それに学園にはあまり良くない人もいますし……あのようなところには置いておけませんわ」
「えっ、え?」
全くその話を知らなかったんだけど。
「それって、お父様も知っているのですか?」
「もちろん。だけどあまり早くに言うとエストレアが緊張すると思って、秘密にしてもらっていたんだ。君の侍女ももう先についているよ」
「そうなのですね」
リーレンがいるならば、まだ心強いわ。
「それに父上も母上もエストレアに会いたいと言っていたし」
(国王陛下と王妃陛下?)
「あの、今から行くのって……」
「もちろん王宮だよ」
それを聞いて危うく意識を失いそうになった。
(そんな大事なことは先に教えて!)




