協力〔タクマはジュンの提案を受け入れ、アイテムボックスを使って新たな商売を始めることになった。えっ… そんなにもらえるんですか?〕
リナと相談した結果、俺はジュンの提案を受け入れることに決めた。彼の庇護の下で活動すれば、商売を広げることもできるし、危険も減らせるだろう。
数日後、いつものように市場で水売りをしていると、ジュンが再び訪ねてきた。
「どうですか。決心していただけましたか?」
彼は穏やかな笑みを浮かべている。
「はい。いろいろ考えた結果、このままでは商売を広げるのは難しいし、リスクも大きいと思いました。ですので、あなたの庇護下でお手伝いをしつつ、自分でも商売を続けたいのですが、よろしいでしょうか?」
俺は少し緊張しながら答えた。
「もちろんです。そうおっしゃっていただけて嬉しいですよ」
ジュンは快く頷いた。
「それでは、詳しいお話を明日当商会でさせていただけますか」
「わかりました。明日お伺いします」
こうして、俺たちは正式に協力することになった。
* * *
翌朝、俺は早起きして身支度を整えた。普段着ている庶民的な服装しか持っていないが、できるだけ清潔に見えるように工夫する。
「ヤマモトヤ商会か…」
町でも一、二を争う大店だ。場所は目抜き通りの中でも領主邸付近という高級エリアにある。徒歩で三十分ほどかかるが、馬車に乗る余裕はない。
道すがら、高級そうな店が立ち並ぶエリアに入ると、少し場違いな気持ちになった。周囲の人々も上等な衣服を身にまとっている。
「俺なんかがここにいて大丈夫かな…」
そんな不安を抱えつつ、目指すヤマモトヤ商会を探す。
「あった…」
大きな看板に漢字で「山本屋」と書かれているのが目に入った。異世界で日本語の看板を見ると、何だか不思議な気持ちになる。
「立派な建物だな…」
重厚な扉と豪華な装飾に圧倒されながらも、俺は意を決して近づいた。
扉の前には店員らしき男性が立っている。
「失礼ですが、どのようなご用件でしょうか?」
彼は丁寧な口調だが、その視線には少し警戒心が感じられる。当然だろう。
「私はタクマと申します。ヤマモト様と商談の約束をしております」
俺がそう伝えると、彼の表情が一変した。
「そ、それは失礼いたしました! お話は伺っております。どうぞ中へお入りください」
店員は慌てて扉を開け、俺を店内へと案内してくれた。
「ありがとうございます」
店内に足を踏み入れると、さらに豪華な内装に目を奪われた。高価そうな絨毯や美術品から、普段の店とは客層の違いを痛感する。
「タクマさん、お待ちしておりました」
奥からジュンが現れた。彼は明らかに上質と分かる服を着こなし、まさに成功した商人といった風格だ。
「おはようございます。今日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそお越しいただき感謝します。さあ、こちらへどうぞ」
ジュンは応接室へと案内してくれた。広々とした部屋には豪華なソファが置かれている。
「うちの店員が失礼をしたようで、申し訳ありませんね」
ジュンは席に着くと、申し訳なさそうに言った。
「いえ、この服装では仕方ないでしょう。普段こちらに来られる方は、それなりの服装をされているでしょうし」
俺は苦笑しながら答えた。
「そう言っていただけると助かります。さて、これからどう儲けていくかですが…」
ジュンはビジネスの話に切り替えた。
「タクマさんのアイテムボックス、時間停止の機能を活用して、まずはこれまでの商売に付加価値をつけてみようかと思います」
「付加価値、ですか?」
「ええ。実は当商会では食料品も幅広く扱っていますが、生鮮食品、特に生魚の運搬には苦労していました。山地の氷室から氷を運んで冷却しながら運んだり、魔法で冷やしながら運んだり、あるいは早馬をつかって運びます。この方法で海沿いのピスキスの町から運んでいるのですが、どれもコストがかかり、商品の価格は通常の百倍を超える金額になってしまいます」
「百倍ですか… それでは顧客も限られてしまいますね」
「そうなんです。主な顧客は貴族や金持ちで、注文も多くはありません。ですが、タクマさんのアイテムボックスを利用すれば、品質を維持したまま大量に運べますから、費用を減らし、市場の拡大も狙えます。到着直後のものは最上級品としてこれまで通りの価格で販売し、売れ残った分は少し値下げして販売する。これならある程度の見込みで仕入れても損することは少ないでしょう」
「なるほど、それは良い考えですね」
「さらに、この地域では酪農も盛んです。しかし、乳は日持ちしないため、遠方への輸送が難しい。これを新鮮なままピスキスに持ち込めば、新たな市場が開拓できます」
「確かに、魚ほどの高値はつかなくても、十分な利益になりそうですね」
「そうです。往復で商売ができれば、無駄がありません」
ジュンは微笑んだ。
「商売は無駄を減らすことが儲けのコツですからね。さて、タクマさんの取り分ですが、商品の売上の二割ということでどうでしょうか」
「二割、ですか。正直、どのくらいの金額になるのか想像がつきませんが…」
俺は素直に言った。
「軌道に乗れば、往復でだいたい金貨三百枚から四百枚の売上を見込んでいます。ですから、一回あたりのタクマさんの取り分は金貨六十枚から八十枚程度になります」
「金貨六十枚…」
この世界の通貨価値にはまだ慣れていないが、それが大金であることは理解できる。
「ピンと来ないようですね。無理やり日本円に換算すると、一千万円ちょっとといったところでしょうか」
「い、一千万円!?」
思わず声が上ずってしまった。
「そんなに稼げるんですか…」
「ええ。この世界では一ヶ月が二十六日程度で、月に三、四回往復する予定ですから、月に数千万円は堅いと考えています」
「数千万円…」
頭がクラクラしてくる。
「付加価値への対価としては、それほど驚く金額ではありませんよ」
ジュンはあくまで冷静だ。
「もちろん、これには条件があります。長期契約を結んでいただくこと、そして移動には二日、遠方だと数日かかりますので、その間拘束される煩わしさへの対価も含まれます」
「移動は馬車ですよね。正直、長旅に耐えられるか不安です。ですから、まずは三、四回試してみるということで、取り分は一割で構いません」
「おや、自ら取り分を下げるとは。交渉があまりお上手ではないようですね」
ジュンはクスリと笑った。
「商人としてやっていくとおっしゃっていましたが、大丈夫ですか?」
「う…」
痛いところを突かれて言葉に詰まる。
「まだお若いので、交渉術なんかは追々身につけられれば良いでしょう。それはさておき、最初の数回は特に付加価値が高いですから、満額お支払いします」
「え、本当にいいんですか?」
「言ったでしょう。同じ日本人同士、助け合えるのが一番、と」
ジュンは優しく微笑んだ。
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
「それでは、手筈を整えますので、少しお待ちください。出発の時期が決まりましたら、使いをよこします」
「わかりました。私は幸運亭に泊まっています。不在の場合は宿の方にご伝言ください」
「承知しました」
こうして、お試しという形ながら俺たちの協力関係が始まった。
* * *
帰り際、ジュンは気を利かせて店の馬車で送ってくれた。
「馬車を用意しましたので、どうぞお使いください」
「ありがとうございます。でも、お手数では…」
「お気になさらず。これも仕事のうちですから」
馬車に乗り込みながら、俺はジュンの配慮に感謝した。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
馬車はゆっくりと走り出し、街並みを進んでいく。普段は徒歩でしか移動しない俺にとって、馬車の移動は新鮮だった。
「こうして見ると、街の景色も違って見えるな」
窓から外を眺めながら、これからの展開に胸が高鳴る。
「俺、本当に大丈夫かな…」
大きなビジネスに関わることへの期待と不安が入り混じる。
「でも、やるしかないよな。せっかくのチャンスなんだし」
自分に言い聞かせるように呟いた。
宿に到着すると、馬車の御者が丁寧に挨拶をしてくれた。
「何かございましたら、いつでもお申し付けください」
「ありがとうございます」
俺は礼を言って馬車を降りた。
宿の主人であるキールが出迎えてくれる。
「おや、タクマさん。馬車でのご帰宅とは豪勢ですね」
「ええ、ちょっとした縁で…」
曖昧に笑ってごまかす。
部屋に戻り、ベッドに腰掛けた。
「さて、ジュンさんからの連絡を待つ間、何をしようか」
とりあえず、しばらくは水売りを続けて日銭を稼ぐことにしよう。慣れ親しんだ商売でもあるし、何より生活費を稼がなければならない。
「それにしても、大きな話になってきたな…」
未知の世界で、未知のビジネスに挑戦する自分。不安はあるが、それ以上にワクワクしている。
「頑張ろう。俺ならできるはずだ」
そう自分に言い聞かせ、明日の商売に向けて休むことにした。