3人目は左手を差し出す ⑤
「おかえり。ヒーリア」
「はい!ただ今戻りました!」
帰ってきたヒーリアをシャムルは暖かく出迎えた。
「すごいねそれ。まさかそれで旅するつもり?」
「すぐ着替えますよ。素敵なドレスですけど、これじゃ冒険者はできませんし」
「あなたがヒーリアさんですか?無事で何よりです」
「あなたは?」
「ボクはポーネシルフ。ポーフと呼んで下さい」
「ティーカだよ!」
「ひゃあっ!ド、ドラゴンがしゃべった!?」
ヒーリアが戻ってきたことで張り詰めていた糸が解れ穏やかな空気が場を和ませる。
「ヒーリアちゃんだっけ?私はカイラってーの。とりまよろー」
「あっ!あなたは馬車に乗ってた…!」
「は、はぁ…」
「ほらさっさと出す!ぼやぼやしてっとお縄だかんね!」
「は、はいぃっ!!」
ティーカは翼を大きくはためかせて急上昇しシャムルが張った霧の煙幕を脱出。
沈みかけた夕日に溶け込むように飛び去って行った。
ティーカに乗った一同は帝国を出て近くの山で一夜を明かし、来た道を戻って最初の目的地だったタンレ近郊の小高い丘にたどり着いた。
「本当にここでいいんですか?」
「うん。人目につくと大変だからね」
「お気遣いありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちだよ。本当にありがとう!ポーフ!」
ヒーリア奪還作戦最大の功労者に心からの感謝を伝える。
「ありがとうございます」
「ありがと…」
「遊覧飛行ありがとねー!」
シャムルも控えめに頭を下げ、ヒーリアもベリスの腕にしがみつきながらぺこりとお辞儀をする。
戻ってきてからのヒーリアはこんな調子でベリスにくっついて離れようとしない。
やはり攫われた恐怖というのはそう簡単には拭えないのかもしれない。
「どういたしまして。お節介を焼いた甲斐がありました」
「ティーカにもよろしくね」
「はい。きっと喜ぶと思います」
ポーフは口元を緩めると傍らで寝ているティーカを見上げた。
人を乗せての長距離飛行で疲れたのだろう。
すやすやと眠るティーカを見ているとこちらも穏やかな気分になってくる。
「またねポーフ!元気でね!」
「はい!皆さんもお元気で…。あっ!そうだ!」
ポーフはポケットから小さな水晶のようなものを取り出してベリスに手渡した。
「これは?」
「鉱信石です。見てて下さい」
そう言うとポケットからもう一つ石を取り出す。
ベリスに渡した石より一回り大きいそれを指でニ、三回軽く叩くと石がわずかに光り始めた。
(聞こえますか?ベリスさん)
「ひゃあっ!?」
「い、石から声がっ!?」
飛び上がらんばかりに驚くベリスとヒーリアにポーフはくすりと微笑みながら説明する。
「石に声をかけると魔力で繋がった石に声を届けることができるんです。ボク達はこれを鉱話と呼んでいます」
「そうなんだ。どうしてこれを?」
「未来のお得意様への先行投資です。これからも飛竜郵便をご贔屓にお願いします」
「ありがとう!」
「…んぅっ?」
鉱信石をポーチに入れていると寝ていたティーカが目を覚ました。
「おはよう。ティーカ」
「んんっ。おふぁよー…」
「ボク達はもう行きます。ほら、ティーカも挨拶して」
「えぇーっ!?もうお別れなのぉっ!?やだやだやだーー!!もっと一緒にいたいー!!」
「ちょっ!ティーカ落ち着いて!」
ベリス達のことがよほど気に入ったのだろう。
別れると聞いたティーカは巨体を揺らし地団駄を踏み始めた。
小さな子供がやるとかわいいのだが相手は巨大なドラゴン。
地団駄は大地を揺らし少し離れた森の方から鳥や魔物の悲鳴のような叫びが聞こえてきた。
「大丈夫だよティーカ!きっとまた会えるから!ね?」
「本当に!?」
「うん!だってお得意さんになったんだもん。ポーフを指名したらまた会えるでしょ?」
「…そっか。そっかぁ!!」
嬉しそうに体を揺らすティーカに安堵していると突然ティーカが体を伏せてベリスに顔を向けてきた。
「な、何?」
「鼻を撫でてあげて下さい」
「う、うん」
ドラゴンに触ったことなど一度もないがこの旅を通してティーカに対する恐怖心はほとんど和らいでいる。
恐る恐る大きな鼻に手を伸ばし軽くひと撫でする。
粘膜に覆われた岩のような硬くざらついた感触が手に伝わってくる。
そのまま撫で続けているとティーカが気持ちよさそうに目を細めた。
「皆さんもお願いします」
「はっ、はい!」
一通り撫でられて満足したのかティーカはポーフに背中を向ける。
それに飛び乗ったポーフは改めて別れを告げた。
「皆さんお元気で!またのご利用をお待ちしています!」
「うん!ポーフも元気でね!」
「またねー!」
手を振って別れを惜しむベリス達の目の前でティーカは羽を広げて飛び上がり瞬く間に夜空へと消えていった。
「行っちゃったね…」
「また会えるといいですね」
「そうだね」
「さぁーって!過去は忘れて今よ今!折角近くまで来たんだしさっさとタンレ入りして温せ…」
「待って!!」
闇夜を切り裂くような大声に振り返るとローブの裾を強く握り締め顔を伏せたシャムルの姿があった。
そのただならぬ様子に不安を覚えるベリスにシャムルは振り絞るような声で呟いた。
「皆に、話したいことがあるんだけど…」
夜もとっぷりと更けた月夜の下、ベリス達は覚悟を決めたシャムルが打ち明ける話を聞くことにした。
…温泉の中で。
「はふぅ〜、あったかーい」
「でっしょ〜?温泉にありつけたのも全部このカイラちゃんノーズのおかげ!はい褒めて!讃えて!!」
「ありがとうございます!カイラさん!」
「意地汚い鼻も役に立つんだね」
「おいこら言い方ぁっ!」
暖かい温泉に浸かりこれまでの疲れを汚れと一緒に落としていく。
話は数分前に遡る。
シャムルが意を決した次の瞬間、鼻をひくつかせたカイラが走り出したのだ。
温泉の匂いがすると。
その後を追いかけてこの温泉を見つけたという次第だ。
「流石は炎の街タンレ!穴場の野良温泉があるなんて最高じゃん!」
カイラは愉快そうに眼前に広がる満天の星空を仰ぐ。
「最高の温泉!最高のロケーション!後はうまい酒と…」
そこで言葉を切ってとある方向に流し目を送る。
「こわーい相席客がいなきゃ完璧なんだけどねぇ」
「あんなのがいたら誰も入りませんよね」
カイラとベリスの視線の先では全身が漆黒の毛で覆われ頭に雄々しい一対の角を持った複数体の魔物が湯船に浸かって寛いでいた。
平原の狂風と恐れられる魔物、ミノタウロスの群れだ。
「大丈夫なの?あれ」
「うーん。敵意は感じないけど…」
時折警戒するような視線を向けてくるがミノタウロスからは敵意は感じられず襲ってくる気配もない。
「…ねぇ、ヒーリア?」
「はい?」
「さっきからぐったりしてるけど大丈夫?」
ヒーリアはしばしきょとんとした顔をした後何事もなかったようにベリスの肩に頭を乗せた。
「こうしていれば治るので心配しないで下さい」
「う、うん」
「前途多難だねぇ…」
「カイラさん?」
「なんでもなーい」
そこで会話は途切れ各々がめいいっぱい温泉を満喫する。
暖かい温泉で心も体も暖まってきたところでシャムルが徐に口を開いた。
「ベリス、ヒーリア…ごめん」
「うん?」
「あたしのせいで2人に迷惑をかけた。本当ごめん」
「仲間なんだもん。困った時はお互い様だよ」
「はい!シャムルさんだって助けに来てくれたじゃないですか」
「…ありがとう」
二人の目をしっかり見ながら深々と頭を下げるシャムル。
「ねぇ私は!?」
「皇女殿下が言ってた通りあたしはオラルベ辺境伯に仕える魔術兵の一員だった」
「ガンスルー!?」
「あたしも全部知ってるわけじゃないし嘘みたいな話をするかもしれない。それでも聞いて欲しい」
二人が静かに頷くとわずかな沈黙の後に口を開いた。
「当主様が代替わりしてしばらくは何もなかったんだけど、どこかの使者が来てからおかしくなっていった」
「使者?」
「その使者が陛下が当主様を軽んじて安く買い叩くつもりだって話をしたみたい」
「あちゃー。嵌める気満々じゃないっすか」
シャムルには悪いがベリスも同じことを考えていた。
代替わりした当主に主君の陰口を吹聴するなど不満を募らせる意図があるとしか思えないからだ。
「それで叛逆しちゃったわけ?短絡的過ぎっしょー」
「違う!!!」
シャムルの叫びが闇夜に響き渡る。
「当主様は事実を確かめるために手紙を出しただけだった。なのに…オラルベ家は叛逆者にされた…!!」
「うわぁ…」
「なんで!?」
「分からない。争う気はないって手紙を送ったけどすぐに帝国軍が攻めてきた」
そこからの話は昔読んだ新聞とほぼ同じ内容だった。
オラルベ家が管理するプリド城は帝国の西方守護の要に恥じぬ堅牢な城で帝国軍も大苦戦。
その戦いは数ヶ月に渡った。
「講和に持ち込めれば陛下も話を聞いてくれるかもしれない。あたし達はそこに希望を見出した。でも、陛下は…帝国はそこまで甘くなかった。あの雪の日…」
そこで沈痛な面持ちで言葉を切る。
その顔を見るだけでこれから話す内容がどれほど辛く心苦しいものかが察せられた。
「帝国は…悪魔を解き放った」
よろしければ高評価とブックマークをお願いします
感想もお待ちしています




