帝国の勇胤 ②
「ヒーリア!」
大切な仲間を連れて行かれてはなるまいと弾かれたように立ち上がる。
「くっ!!」
だが、全身を駆け巡る焼けるような痛みに思わず蹲る。
傷は治っても痛みは残っているらしい。
「させません!!」
シャムルも苦悶の表情を浮かべながらヨシュテアに杖を向ける。
それに対しヨシュテアはヒーリアを抱き締めたまま自分の身を晒してみせた。
「あら?撃たないの?」
「…っ!!」
ヒーリアを人質に取られ動けないでいる二人の前でヨシュテアはヒーリアを右肩に担ぎ上げた。
「ひゃあっ!?」
「あら?意外とお…」
「気のせいです!!」
「あっ、これ預かっておくわね」
ヒーリアの手から杖を取り上げて腰のベルトに差すと空いた左手を何もない空間に突き出す。
その直後、信じられないことが起きた。
「なっ…!?」
何もなかったはずの左手に突如鍵のようなものが現れたのだ。
それは見る角度によって色が変わる不思議な光沢を帯びた鍵でベリスはその煌きに見覚えがあった。
王家の剣だ。
「この子は貰っていくわ。返して欲しかったらアシュロウタの別荘に来なさい」
その手に現れた鍵を何もない空間に挿す。
挿した鍵を半回転させて引き抜くと鍵を挿した空間を起点に王家の剣と同じ輝きを放つ煌きの渦のようなものが現れた。
まるで夜空の星々が渦を巻いているような幻想的な輝きの中に二人の姿が呑まれていく。
「やっ…!離して下さい…!!」
「「ヒーリア!!!」」
「ベリスさん!シャムルさーーんっっ!!」
こちらに手を伸ばし助けを求めるヒーリア。
仲間が救いを求めているのだ。痛がっている暇などない。
骨と筋肉が悲鳴を上げ少しでも動けば焼け付くような痛みが体を蝕むがそんなことはどうでもいい。
「待って下さい!代わりにこの剣を差し上げます!価値は貴女もご存知のはずです!!」
剣を差し出し懇願するように提案するベリス。
ヨシュテアは歩みを止めて肩越しに振り返る。
しかし、それも束の間。
「そんなもの…」
路傍の石を見るような瞳で剣を一瞥し、再び空いた左手を突き出す。
「一振りで十分よ」
その手には燃え盛る獄炎を閉じ込めたかのような朱い大剣が握られていた。
ヨシュテアの身長の半分以上はあろうかというそれは獄炎を纏ったかのような分厚い刀身を持った片刃剣の峰に対を成すかのような氷青の小さな刃がくっついているような歪な形をしていた。
柄も何故か上下に2つあるなんとも不思議な剣だ。
それを見て合点がいった。
何故王家の剣に詳しかったのか、何故具体的な値打ちを知っていたのか…
彼女もまた剣に選ばれた存在だったからだ。
剣を胸に刺すようにしまい込んだヨシュテアは一瞥もくれず進んで行く。
よろよろと立ち上がったベリスはヒーリアに手を伸ばした。
「ヒーリアーーー!!」
大切な仲間、大事な友達の名前を叫びながら前へ前へと進む。
だが、どれだけ急ごうとヨシュテアとの距離は縮むことなくその姿は光の中へと消えていき…
「あっ…」
ベリスの目の前で光の渦が消え去った。
「あっ…あぁっ…!」
光の渦が消え先ほどまで見えていた街道と平原が戻ってきた。
だが、戻らないものもある。奪われてしまったものもある。
「…っ!…っ!!!」
地面に膝を突き声にならない嗚咽が平原に響き渡る。
また守れなかった!また失ってしまった!!
自分の選択がまた自分じゃない誰かを不幸にしてしまった。
その現実がベリスの四肢を地面に縫いつける。
「何あれ?あんな魔術見たことない…」
背後からシャムルが近づいてくるがそれにすら気づかずただ己の無力に咽び泣く。
「あぁっ!うあぁっ…!!!」
胸が張り裂け喉が千切れんばかりの慟哭がベリスの内外を揺らしとめどなく溢れる涙が視界を滲ませ地面を濡らす。
「アシュロウタって言ってたね。そこなら案内できるよ」
「わたしのせいだ…!あの時断ってたら…!!」
あの時すぐに立ち去っていたら、仲間にして欲しいという頼みを断っていたら。
優しく頑張り屋な彼女は今も穏やかに生きていられたかもしれない。
自分の選択がその未来を奪ってしまった。
滲んだ視界にヒーリアと過ごした日々が浮かぶ。
初めての仲間になってくれたあの日、初めての依頼を一緒にこなしたこと、取るに足らない些細な出来事の数々。
長いようで短い付き合いでもヒーリアとの思い出がとめどなく溢れ出す。
もうあの笑顔を見られない。
自分を呼ぶ快活な声も、少し香のような匂いがする優しい香りも、いざという時に助けてくれる頼もしい姿も…
「ベリス…」
「ごめん…!ごめんね…!!」
思い出せるだけの思い出を吐き出しうわ言のように謝り続けるベリスをシャムルは静かに見下ろしていた。
「…っ!!」
舌打ちをしたシャムルは左手でベリスの胸倉を掴んで無理矢理立ち上がらせ…
「勝手に終わらせるな!!!」
怒号と共に振り被った右拳をベリスの頬に容赦なく叩き込んだ。
「…」
その衝撃がただ泣いて後悔することしかできなかったベリスの意識を浮上させる。
シャムルは胸倉を掴んだまま怒鳴りつける。
「皇女殿下はヒーリアを攫った!殺すつもりならそんな面倒なことはしない!!」
「…っ!!」
「返して欲しいならアシュロウタに来い!そう言ったならヒーリアはまだ生きてる!」
「生き…てる?」
「あんたはまだ間に合う!取り戻せる!!勝手に終わらせてめそめそ泣くな!!!」
息苦しいほどに胸倉を掴み上げ声を振り絞り吠えるように胸の内を叫ぶ。
その瞳に滲む雫がベリスの滲んだ視界にはっきりと映った。
「あたしも手伝う。こうなったのは全部あたしのせいだから…」
「うん。ありがとう…」
そう伝えるとシャムルは手を離した。
涙を乱雑に拭い泣き腫らした目で雄大に広がる青空を見上げる。
「アシュロウタってどこ?」
「帝国の南方。貴族の別荘とかある街」
「ここからどれくらいかかる?」
シャムルは鞄から地図を取り出した。
「馬車でも半月くらい。入国審査とか考えたらもっとかかると思う」
告げられた無情な現実に歯噛みする。
半月の間にヨシュテアが心変わりする可能性はゼロではなくヒーリアがどんな目に遭わされるかも分からない。
なんとかして時間短縮できないかと考えていると足音が近づいてきた。
クラフだ。
「ベリスはん!シャムルはん!大丈夫か!?」
「そっちこそ大丈夫だった?」
「隠れて見とっただけやからな。ピンピンしとるで!」
「自慢することじゃないでしょ…」
「お嬢のわがままにも困ったもんやな。ベリスはんも災難やったなぁ」
「うん…。あっ!クラフ!」
「なんや?」
「ごめん!この依頼、なかったことにしていい?」
勢いよく頭を下げて依頼の破棄を申し出る。
それを聞いたクラフは目を白黒させながら頭を下げるベリスを眺めていた。
「こっち都合での破棄だから迷惑料は払います。どうかお願いします!!」
「…分かった」
「…っ!!ありがとう!」
「あんなことがあったんや。こっちも続けて欲しいなんて言えへん。諸々の経費は後でお嬢に請求する。ベリスはんらは気にせんでええよ」
「ありがとう!!」
思った以上に快く受け入れてくれた優しさに改めて感謝を伝える。
「で?何があったんや?」
「実は…」
話を聞いたクラフは難しそうな唸り声を上げる。
「アシュロウタかぁ…。あてはあるんか?」
「うっ!…ないです」
「せやろな。よっし!お嬢が迷惑かけたお詫びや!あんたらにええ人紹介したるわ!!」
「本当!?」
胸を張ってそう宣言したクラフはポケットをまさぐりそこから取り出したあるものを高々と掲げた。
「宝石?」
それはドングリほどの緑色の宝石のようなものだった。
クラフはそれを指で数回軽く叩く。すると宝石が小さな煌きを放ち始めた。
「あっ、ポーフはん?クラフや。頼みたいことがあるんやけど来てくれへんか?場所は…」
石に向かって話しかけそれが済むと少し待ってろと言って木の陰に腰掛けた。
それに従って待つこと一時間。
赤らみ始めてきた空を飛ぶ何かがこちらに近づいてきた。
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