学園物のド定番といえば?
怒濤の一日を終え、ようやく終礼まで乗り切った。否、正確に言えば、ただ一日が終わっただけで、何の解決もしていない気がするが、とりあえず、よしとする。
初瀬は鞄を右手で背負い、近くの席の藤原俊に声をかけた。
「俊、帰りにマクドでも――」
「オロシ様。この後、お時間はありますか?」
「う、うわっ!」
ぬっと、音もなく、咲楽が背後から姿を現す。
「か、会長。いきなり何です?」
「差し支えなければ,お付き合いいただきたいところが。」
「今日の予定は――」
初瀬は、救いを求めるように藤原を見たが――
「初瀬よ。お邪魔みたいだから、俺は先に帰るわ。」
ぽんと肩を叩き、藤原はそのまま姿を消した。苦笑しているあたり、初瀬が困っていることは分かってくれているらしい。初瀬は、藤原が姿を消すのを呆然と見送った。日常が、藤原と一緒に逃げていく気がした。
「はい……もう諦めも付いたので、どこなりと」
「そうですか? ではオロシ様、こちらへ。」
「こちらです」
「え、ここって……」
「生徒会室です」
生徒会室前の廊下。昨日、初瀬と咲楽が初めて言葉を交わした生徒会室、である。思えば、昨日、部費の申請のために初瀬が生徒会室を訪れてから、まだ24時間ほどしか経過していない。
(その間に、ずいぶん、いろんなことがあったな)
感慨に浸る暇もなく、咲楽が扉を開ける。
生徒会室といえど、特別に大きな部屋が用意されているわけではない。人数の多いクラブの部室の並びにひっそりと、所在していた。
「サクラ、お疲れ様。」
「うむ、ご苦労様。」
中から、茶髪の女子生徒が声をかけた。初瀬も、この女子生徒は見たことがある。確か、春日という名字の2年生である。繰り返すようだが、「かすが」ではなく、「しゅんにち」と読む、珍しい名前の生徒である。役職は、副会長だったはずだ。
「? サクラ、この子はどうしたの?」
春日は、いぶかしげに、初瀬を見た。それどころか、つかつかと歩いてきて、おでこがぶつかりそうな距離まで顔を近づけ、初瀬を観察する。
(近っ)
本能的に、腰を引くように、2歩下がる。
「へえ、かわいいじゃない。この子、生徒会で飼うの?」
舌なめずりをしそうな表情で―実際にはそんな動作をしていないのは分かっているが―、春日が不穏なことを言う。
「そんなわけ、ないだろう。この方は、初瀬颪殿。実は、我が家にて、大恩ある方でな。」
「相変わらず堅いわねえ。そんなことだから、彼氏の一つもできないのよ」
「なっ! そんなこと、生徒会の活動に何の関係もない!!」
顔を真っ赤にするあたり、咲楽も気にしているかもしれない。
(というか、俺も昨日、似たようなことを言われたような。)
初瀬は、勝手に、咲楽に親近感を持ってしまった。もちろん、咲楽に言うつもりもないが。
「それで、どうするの? そのハツセ君とやらを連れてきて」
春日は、椅子に優雅に腰掛け、初瀬を流し見た。
「そこが相談なのだが。この生徒会、極端に人が少ないだろう。」
「そうなのよねえ。人手が足りなくて、お姉さん、大変なの。」
春日はオーバーに肩をすくめた。
「次世代の担い手の育成もある。どうだろうか。初瀬殿を、生徒会の役員に加えるというのは。」
(な、なんだってー!)
「いいんじゃない。サクラのお気に入りのようだし。」
「お気に入りでなどではない。大恩あるお方だと申し上げたであろう!」
「はい、はーい」
「待ってください、その、心の準備が――」
「まあいいじゃない、ハツセくん。うちの生徒会、なかなか希望しても入れないの、知ってるでしょ。」
「それは、まあ。」
春日の言うことは真実だ。かくいう初瀬も、かつては会長に憧れ、生徒会を夢見たこともある。しかし、生徒会役員になるためには、現職生徒会役員の推薦が必要な上に、役員会の全員一致の可決、という厳しい要件が課されており、狭き門となっていた。ことに、生徒に人気のある咲楽が会長となって以降は、冷やかしの希望者を警戒して、ほとんど新規役員を取っていない、ということを初瀬も聞いていた。
「案外、キミも、希望してたんじゃない?」
春日は、形のいい指をびしっと、初瀬に突きつけた。
「ほう、そうなのですか?」
「いやいや、それは置いといてください。今は。」
微妙に期待を込めたまなざしを送る咲楽に、初瀬は首を振った。春日は、そんな二人を見た後、ぺろりと唇をなめて、笑みを浮かべた。
「じゃあ、とにかく、ハツセ君。生徒会へ、ようこそ――」
学園編に戻って2話目です。ここに来て、学園物の定番、生徒会が登場しました。新キャラも登場したところで、どうなることやら、ですね。