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家臣との時間

 かくして、生徒会全体を巻き込んだ騒動もひと段落した。初瀬は、咲楽と連れ立って、自宅である平岩亭に戻ってきていた。

 閉店直後の店内には、初瀬と咲楽だけであった。初瀬の両親、つまり、初瀬三蔵と相子は、手際よく店の片づけを終え、既に家の中に引っ込んでしまっていた。今日は二人で料理を作るわね、というのが相子の談であったが、疲れ果てた顔をして帰ってきた初瀬たちを見て、気を遣って席を外したのか、どうか。

「なんか今日は、一日が長かったような気がします。」

「そうでございますね、殿様。」

 ことり、と微かな音を立てて、咲楽は初瀬の前にコーヒーカップを差し出した。コーヒーの芳香が鼻孔をくすぐる。

 平岩亭の、営業中は、クラシックかジャズのレコードを鳴らしている。三蔵の趣味なのであるが、閉店と同時に電源を落としたらしく、静寂が店内を支配していた。

「ありがとうございます。会長は?」

「家臣たる者、殿様とご一緒するのは、非礼に当たりますゆえ。」

 咲楽は表情を崩さずに一歩下がって、かしこまる。

「いつも、ご飯も一緒に食べてるじゃないですか。急にどうしたんです?」

「そ、それを言われると弱いのですが。」

 咲楽は、少し口ごもった後、初瀬に深く頭を下げた。

「本日の殿様の立ち居振る舞いには、いたく感服いたしました。事情を全くご存じなかったにも関わらず、見事な裁きをされました。」

「大岡越前じゃあるまいし、裁きというのも変なような。」

 咲楽の勢いに飲まれて上手く返せない初瀬に、咲楽が畳みかける。

「殿様を主君に頂いていること、改めて、光栄に存じます。これからもずっと、お仕えする所存にございます。」

「ま、まあ、それはありがたいですが。……とりあえず、頭を上げてもらって、一緒にコーヒーを飲みましょうか。」

「はい。」

 咲楽は、ようやく初瀬に視線を合わせると、少し微笑んだ。


「それから、一つだけ聞きたかったのですけど。」

「何なりと。」

 咲楽は、同じテーブルを囲み、静かにコーヒーカップを口に運ぶ。

「会長が生徒会長になってから、理事会と生徒会って、ずっと予算のことで対立してたんですよね。」

「そのとおりにございます。」

「会長のお父さんって、理事会に影響力はないんですか?」

 家に帰ってから、初瀬に浮かんだ疑問である。咲楽の父親は、中堅規模とはいえ、ゼネコンの社長をしている。当然、高校への寄付などもしているはずであり、理事会にある程度発言力があるのではないか、と考えられたのである。

 なるほど、とうなずいて、咲楽はコーヒーカップをテーブルに置いた。

「そうお考えなのも無理はありません。実際、副会長とも、その点について意見交換をしました。しかし、結果として、父が出てくることはありませんでした。もちろん、それほどの影響力がない、という理由も多分にありますが、最大の理由は、私と父の考えなのです。」

「二人の?」

「はい。父は、常々、私に、こう言ってきました。「子どもの世界であっても、一つの世界だ。だから、できる限り、大人がしゃしゃり出るべきじゃないし、子どもが自主的に解決すべきだ。」、と。だから、父はいつも私に、「限界まで自分で解決するようにしなさい。それが無理なら、なんでも力になる。」と言い聞かせておりました。ですので、今回の件も、少し父に相談はしておりましたが、基本的に、自分たちで解決できるように、進めていたのです。」

(なるほど。この親にして、この子あり、ということか。)

 初瀬は、厳格な教育方針と、それに見事にこたえている桜間親子に感心した。

「しかし、理事会との対立が解消できず、実は、そろそろ父に助力を頼む時期かと、覚悟していたのです。そんな状況を、殿様は、たった数時間で解決してしまわれた。さすが、殿様です! ですから、私は! 一生をかけて、殿様に――」

 徐々に、ヒートアップしてきた咲楽。

「会長、また話が振り出しに戻ってます……」

「いや、これは重要なことですから、二度でも三度でも申し上げますが――」

 そのとき、二人の背後から、声がかかる。

「二人とも、ご飯よー。いちゃいちゃしてないで、こっちに来なさいな。」

「なんと、御前様。もったいないお言葉。それでは、さっそくに。」

「いちゃいちゃなんか、してねーけど……。まあ、とりあえず、行きますか。」

「お供します。」

「今日は、お鍋にしたわよー。」

 賑やかな声が遠ざかり、居住スペースに消える。二人が去った店内には、微かなコーヒーの芳香だけが残されていた。

すっごく時間が空いてしまいました。

一応、この話から、第2部に移ります。生徒会話が続きますが、新展開になる予定です。

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