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弥生ともう一つの世界  作者: Runa
第一話 弥生と病弱な少女
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弥生、ある少女に出会う

 暑い……暑すぎる。

 弥生は図書館の一階の廊下ろうかを歩いている。睦月と葉月に夏休みを手伝った御礼として、飲み物を買ってあげるためにきた。自動販売機は駐車場にもあるが、そこまで遠すぎるため、近くである中庭の自動販売機で買うことにしたのである。

 歩く途中で先ほどのことを思い出していた。

 ――春野……ありがとう。

 睦月の言葉から初めて聞いた感謝の言葉。

 あの言葉が頭から離れない。まさか睦月さんがすべて自分のせいだと思っていただなんて知らなかった。元はといえば、夢石を持って逃げた自分がまいた種なんだから睦月さんは悪くないはずなのに。

 睦月さん、大丈夫かな。今でも自分だけの責任にしてないかな。

 でも、睦月さんと仲直りできてよかった。あのまま仲直りできなかったらどうなっていた事か。

 というより、声かけたのは睦月さんだし。自分が威張る事じゃないし。

 そういえば、葉月、なんだか機嫌が悪かったなぁ……。やっぱり私が計画的に夏休みの宿題をやらなかったせいかな?

 実は葉月が弥生を憎んでいるなど本人は気づくはずも無い。

 もし、いつものがなかったらどうしよう。どうやって葉月に謝ろう。

 弥生は足を止め、しばし考える事わずか数秒。

 …………。

 ま、その時はその時でなんとかなるよね。

 一階の廊下を抜けると、一度外へと出て路地のような狭い一本道を歩く。生い茂った草が出迎えた中庭へと続く道。

 だが、それはそれとして、ここの図書館の中庭はこうも複雑な場所に入り組んだ道になっているのだろう。着くまで体の中の水分が半分も抜けそうなくらい蒸し暑い。

 その道を抜けると中庭に到着する。

 着いたぁー!

 弥生が心の中で大絶叫。

 着いた瞬間、弥生を通り抜けるかのような風が吹く。

 その中庭には所狭しと日陰で休む人々。もはや日陰で休む場所はほぼないと言っていいほどの人数だ。その中にはベンチで本を読んだり、草が生えている地面で昼寝する姿も見て取れる。

 個室から中庭まで歩いただけなのに、妙な達成感が湧き出る。しかし、こうして立っているだけで汗がどんどん噴出していく。

 やばい。早く飲み物買って個室に戻らなきゃ、先に自分が暑さで倒れてしまう。

 数百メートル先にある図書館の壁に引っ付くように立つ自動販売機の姿。買ってくれる人を待っているかのようだ。

 すぐ近くでよかった。

 自動販売機まで歩くと弥生は驚愕する。

 まさかのまさか。今日に限ってウーロン茶とココナッツサイダーが売り切れになっていた。夏休み最後の日で猛暑日とあって、飲み物を求める人が多かったらしい。

 どうしよう……ほんとにどうしよう。

 口を半開きにしたまま顔面がんめん蒼白そうはくになる。自分でもその場から体が動く事が出来ない。

 睦月さんには……麦茶でもいいかな。

 小銭を入れ麦茶のボタンを押すと、出てきた麦茶のペットボトルを取り出す。

 葉月は……どうしようか。

 葉月は低価格でしかも味も葉月好みの味のため気に入っているココナッツサイダー。それが売り切れとはさてどうしたものか。安くてココナッツサイダーの味に似ているもの…………。

 もう、それかサイダーにするか。ちょうど、特別特価で百円だし。いいよね。

 再び小銭を入れると麦茶の同様に、ボタンを押して出てきたサイダーを取り出した。

 ふと後ろを振り向くと弥生の後ろで、まだかまだかと待ちわびる人の行列。

「えっ。あっ。ご、ごめんなさい! 失礼しました!」

 弥生は逃げるかのようにその場から立ち去る。最初着いたときの位置に戻ると、木の陰を探す。

 何時間も宿題と向き合っていたからどこかで休みたい。

 でも、もう飲み物買ったし……いまさら一休みすると、飲み物がぬるくなっちゃうし。

 自分の勝手な判断で決めちゃっていいのかと悩む。

 けど、少しだけ寝て体を休ませたいし、それに明日になったら学校が始まるし……。

 弥生は「学校」という言葉で引っかかる。

 そういえば、明日から学校なんだよね。また、クラスのみんなに会えるんだ。

 弥生の口元が緩む。

 思ったんだけど、睦月さんはどこの学校に行くのかな? もしかして、私と同じ学校……だったり? あわよくば、同じクラスになるかも? もしそうなったら今まで一番楽しい学校生活になりそう!

 ぱあぁと弥生の目が星のように輝く。

 そう思ったとき再び力が抜ける。個室と同じように睡魔が襲い始めたようだ。

 あぁ。どうしよう。ほんとに眠くなってきちゃった。

 目をこすりつつ、やる気がどんどん飛んでいく。

 やっぱ一休みしてからに…………。

 その時、睦月のある言葉が引き出される。


 ――行動は計画的にするように!


 その言葉で睡魔が消え、完全に目が覚める。

 そうだ。私は睦月さんと葉月に飲み物を買ってあげるために、ここに来たんだ。私が一休みするために来たわけじゃない!

 弥生は立ち上がり、ペットボトルを両手に持ってきた道を戻ろうとする。

 しかし、弥生はよろける少女と肩をぶつけてしまう。しかもその少女はそのまま地面に倒れてしまう。

 えっ?

 振り返るも、何が起こったのか立ち往生するしかなかった。



       *



 海堂町にある図書館に向かう歩道。

「ここはどこよ……」

 スリジエは思い足取りで図書館に向かっている最中である。浜辺にいたカップルから地図を元に歩いている。だが、その道は見たこともない箱のようなものが動き、一番嫌いな太陽が直に当たる。自分が一番住みたくない場所だ。しかもここは人間が数多く住まう場所。ビルという建物が数多く建てられている。なんだかやりづらいといったらありゃしない。

 なんだかんだ歩いていると、大きな茶色の建物が木の間から見え隠れする。

 おそらくあれが、自分が目指している図書館だろう。

 だが、見え隠れするということはまだまだ歩くということだろう。

 どんだけ浜辺から遠いのよ。その図書館というものは!

 自分には時間がないのに。

 全身で息をすると足を止める。

 だが……自分には仇を討つまでの時間は残されているのだろうか。仇を討つ前に終わってしまうのでないだろうか。

 きゅっと下口唇したくちびるを噛み、悔しさを滲ませた。

 それでもスリジエはすぐさまを迷いを吹っ切らせる。

 いや。それでもやるんだ。チェリーお姉様の死をそのままにしておかない。絶対チェリーお姉様の仇は自分が必ず討つ! たとえ、自分に時間がないとしても!

 止めていた足を前に進め、図書館へ向かい歩き出す。

 しばらく歩くと図書館の外観がだんだんはっきりと見えてくる。

「あれね……」

 ぽつりと一言つぶやく。浜辺から歩き続けたため、その表情はぐったりと疲れきっていた。図書館の前まで来たところで立ち止まる。すぐ近くに体を休ませるのにはちょうどいいベンチがある。

「あれで一度体を休ませましょう」

 ベンチまで歩くと腰掛けた。

 つ、疲れたわ……。

 深いため息をつくと、空を見上げる。

 私の体力がほとんど残ってないわ。これからどうしようかしら。

 もちろん、目当ての図書館に入るわけだが、もうしばらく休んでいないといけない。体を壊して倒れてしまいかねないからだ。だが、時間が残ってないというのも事実。急いで出来るだけの最低限のことはしておかないとやばい。

 やはり休むのはここまでにしておこう。

 スリジエはすっと立ち上がり、まだ回復していない足を動かしながら歩き出す。

 入り口付近まで着くと、どこかへ続く、壁のトンネルを見つける。

 なにかありそうね。

 興味がわいたのか、その中をくぐるかのように歩き中庭に出る。

 こ、ここは……?

 見たこともない光景が目に入り、しばらく脳内が混乱におちいってしまう。

 ど、どこなの……?

 立ち往生の中、中庭を歩き回ろうかと考える。

 だ、だめよ……本来の目的は人魚伝説について調べる事よ……中庭を歩き回ることではないわ。

 スリジエは来た道を引き返す。だが、すぐさま足を止め迷いが生じる。

 でも……やっぱり…………。

 仇を討つのも大事だが、それより以前に自分が倒れたら元も子もない。

 再び体の向きを変えたとき、脚の力が抜けその場にこけそうになる。だいぶ体力が消耗しているようだ。

 しかも、目の前から少女がやってくる。このままだとぶつかるのは確実だろう。それだけはさけなければ。

 そう思うが、体がいう事を聞くはずもなく案の定、少女と肩がぶつかってしまう。

 かと思うと、体が傾くような感覚に陥る。

 スリジエはそのまま意識を失った。



       *



 ……ど、どうしよう。実に困った。

 いまだ中庭にいる弥生は目の前に倒れている少女によりそっていた。

 数分前、個室に戻ろうとしたときのこと。

 少女とぶつかってしまいあやまろうとしたとき、その少女がそのまま倒れてしまった。その場から立ち去ろうかとも思ったが、それはあまりにも無責任すぎるかと思い、何とかして木の下まで移動させたのだ。だが、そのあとがどうすればいいのか迷っている最中なのである。

 しかし、迷っていても仕方が無い。声をかけてみるとか……。

 よし! 声をかけてみよう!

「だ、大丈夫……ですか?」

 声はかけてみるも、当然のごとく返事は返ってこない。

 どうすればいいのだろう。もう一度声をかけてみよう。

「も、もしもーし。聞こえますかー?」

 返ってくる音は皆無に等しい。

 や、やっぱりこれってやばいんじゃあ……。きゅ、救急車を呼んで……いや、まず図書館の職員の方を呼んできてもらって……あぁ! どうしよう! 答えが見つからない!

 その時、睦月の顔が浮かんだ。その瞬間、あるひらめきが思いつく。

 いっそのこと、睦月さんに一度相談してみるとかどうだろうか? 自分勝手な判断でこの人を死なせたくないし、的確な判断で症状をよくしたいし。うん、そうしよう!

 弥生はさっそくズボンから携帯電話を取り出し、睦月にかけてみた。耳の中に呼び出し音が入る。

 トゥルルルルルルッ!

 出て……お願い、睦月さん。

 トゥルルルルルルッ!

 呼び出し音が途切れ、代わりに睦月の声が響く。

「はい。もしもし。冬川ですが」

「えっと……あの、その…………」

 かけてはみたのはいいが、自分から睦月さんに電話かけたのは初めてだ。いざ話そうとするも頭のなかがこんがららって言葉が出てこない。ほんとに、どっ、どうしよう。

「その声は…………春野か?」

「えっ、あ、うん。そうなの。じ、実は、睦月さんに相談したいことが……」

「相談? 何の相談だ」

「実は………………」

 内心のあたふたを押し殺し、今までの経緯を睦月にことこまかに話す。飲み物を買ったときに少女とぶつかったことや、その少女がそのまま倒れたことなど、すべて。

「と、いう事なんだけど、どうしよう」

 弥生は睦月の返答をうかがう。

 睦月が少女について尋ねる。

「その倒れた女の子はどんな症状をしているか?」

「え? どんな症状? えーとね」

 少女の顔を覗き込み、

「なんか汗を多く出してるよ。なんか脱水症状を起こしているみたいな……」

 と答えた。

 睦月は弥生の答えを待っていたかのように平然とつぶやく。

「そうか。おそらく、熱中症だろうな。その症状からすると」

「熱中症……この子、熱中症なの?」

「あぁ。おそらくな。一応、春野が日陰に移動させているから、それですこし様子を見ておけばいい。意識が回復するようなら、俺の飲み物をその子にあげて水分補給をさせるんだ」

「わかった」

「春野はその場から移動しないだろうから、今から俺もそっちに向かう」

「睦月さんも?」

「あぁ。実際にこの目で症状をみないと確実に判断するのは難しい」

「うん、わかった。待ってるね」

「あぁ」

 睦月との電話が途切れ、携帯をしまう。

 睦月を待ちながら少女の様子をうかがう弥生だった。

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