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弥生ともう一つの世界 ~冬川睦月とアクア・ワールドの秘密~  作者: Runa_03
第二話 弥生、何故か仇にされる!?
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弥生、何故か少女に攻撃される!?

 十一時五十分ごろの図書館の中庭。

 睦月はずっと弥生の様子が気になっていた。弥生が葉月の言葉を聞いてから顔色が一変したからだ。


 ――弥生、さっきから何難しい顔してんのよ。まるで『昔の弥生』に戻ったって感じね。


 そもそも葉月があんなこと言い出したことさえもわからない。言う理由なんてあるのか?

 まるで昔の春野に戻った……? ということは昔の春野は今目の前にいる少女のようだったということか。そもそも春野と秋村は親友同士だろう? 親友を傷つけるようなことはしないはずなのに……。あまりにも不自然すぎる。もしかして傷つくとわかっていた上で弥生にわざとあんなこと言ったのだとしたら…………秋村は油断できないな。念のために弥生の葉月の印象聞いた方がいいだろうか?

 一応春野に聞いてみるか……。

 睦月が弥生に声かけようとしたとき、弥生の表情が青ざめていた。

 春野……?

 やはりあの秋村の言葉を気にしていたりしないだろうか? あきらかに顔色がおかしい。

 そのとき、葉月が弥生に声かける。

「どうしたのよ。どんどん難しい顔になっていくわよ」

 葉月の声で我に戻った弥生が、平然とした顔でしゃべる。

「何でもないよー! ただ、昔っていつだったけーって考えてただけ!」

「昔って……あんた、まだ生まれてからそんなに経ってないでしょ」

 葉月のあきれた声が耳に入った。

 やっぱり春野は無理しているようにしか見えない。

「春野……?」

 と声かけてみるも返事はなし。

 大丈夫だろうか? それがきっかけで立ち直れなくなるとかにならないだろうか?

 やっぱりあの葉月の言葉が関係しているだろうな。そうとしか考えられない。

 ――まさか!

 秋村の言葉を気にして怖がっているとかじゃないだろうな。

 だが、あの春野の表情からしてあきらかにそうだろう。

 しかも、表情が最初に声かけたときに戻っている。

 困っているようで、どこかさみしそうな表情。迷っているようにも見て取れる。

 やっぱり声かけたほうがいいだろうか?

 そう悩みつつも声かける睦月。

「春野……大丈夫か?」

 葉月のあの、

 ――弥生、さっきから何難しい顔してんのよ。まるで『昔の弥生』に戻ったって感じね。

 という言葉が頭の中で繰り返し再生される。

 だがそれを振り切って弥生に声かけた。

「春野!」

 睦月が懸命に声かけた事で弥生は自我を取り戻す。

「え……睦月さん? 私……あれ?」

「何があったかはわからない。だが、気にするな。前を見ていけばいい」

「睦月……さん」

「とにかく、あとは……………………ん?」

 睦月が周りを見渡したとき、いつのまにか葉月の姿が消えていた。

 どこに行ったんだ?

「春野、ちょっといいか?」

「睦月さん、どうかしたの?」

「あぁ、ちょっとな。秋村の姿が見えないんだが、どこに行ったか知ってるか?」

「んー、そういえば……図書館の職員の人と話してくるって」

「理由かなんか言ってなかったか?」

「確か、この子を医務室に入れないか聞いてくるとか……葉月って優しいよね」

「あ、あぁ……そうだな」

 本当にそれだけか? それだけの理由で行くのか? 今まであってきた秋村の感じではそうには思えなかった。何か企んでいたりするのか? 一応探して本人に問いただしてみるのがいいだろうか?

 念のために探すか? 目的地も決まっているから探しやすいとは思うが……。

 睦月はそう意に決めると具合が悪そうな少女に自分の飲み物を手渡しつぶやく。

「良くなったとはいえ、こまめに水分補給は必要だ。嫌いかもしれんが、これを飲んで水分補給をしてくれ」

 睦月の飲み物を受け取ると軽く目を瞑って会釈をするような動作をする少女。

「それと春野」

「なぁに?」

 弥生に近づき少女に聞こえない程度で話す。

「あと、秋村には一応気をつけろ」

「え? 葉月に?」

「あぁ。何考えているかはわからないが、とにかく気をつけろ」

「え、あぁ、うん。わ、わかったよ」

「俺は念のために秋村を探してくる。もし、話がこじれていらない誤解が生じたあとじゃ遅いからな」

「わ、わかった……」

 弥生は戸惑うようにうなづく。

 弥生のうなづきを見てうなづき返す睦月。そして、事務室に向かって走っていった。



       *



 

 というか、この世界に住む人々は何故あんなにも優しいの時刻が正午に変わったとき、図書館の中庭にいる。スリジエは自分を助けてくれた少女と二人っきりになった。スリジエは水分を補給したりしたおかげでだいぶマシになり、起き上がっている。さっきやってきたあの二人はそれぞれどこかに行ってしまった。

 まだ、お礼言ってないのに……。

 どうして自分になんかかまってくれるのだろう?

 今の国王すらかまおうなんてしてくれないのに……。

 そんなスリジエを心配してまたもや少女が声をかけた。

「大丈夫? やっぱりもうちょっと寝てた方が……」

「どうして……」

 声が上ずりながらも、自然とその言葉が口に出た。

 少女が「え?」と声をあげ、首をかしげる。

 スリジエはキッと少女をにらみつけたとき、一粒の涙が落ちた。

「どうして!? どうしてそんなに優しくしてくれるの!? 見ず知らずの人を助けるなんて!」

 少女は最初はびっくりしていたが、すぐに母のようなふんわりとした雰囲気に変わる。

「『どうして』なんて理由はないよ。倒れている人をほっとくなんて私には出来ないもん。それに……」

「――それに?」

「それに、助けるのは当然だよ。困ったときはお互い様だしね」

 少女の笑顔はスリジエにはまぶしかった。

「もし……その人が助けるのを断っても?」

「無理にでも助けようとしちゃうかも」

 その面影はどこかチェリーに似ている。厳しいようで優しさがある。そんな感じ。

 この世界の住人はどうしてこうも優しくしてくれるのだろう?

 それでもまだなお、優しくしてくれるなんて……。

 スリジエの胸がいっぱいになる。

 そこでふと感じる。

 それに比べて私は仇に討つことしか考えてない。そんなこと全く考えようともしなかった。

 私は……なんて惨めなオンナなの。

 きゅっと唇を締める。

 ――お礼、言わなきゃ。

 そう脳裏に浮かんだとき、あることに気がつく。

 そういえば、私まだこの子にお礼すらしてないわ。私を熱中症から助けてくれて、それでもまだ付き添ってくれている彼女に、お礼もしようとしないなんて……。

「あ、あのっ!」

 スリジエは少女に声かけると、思い切って言ってみる。

「た、助けてくれて……あ、あり、ありがとう。そ、その……た、助けてくれたお礼に……」

「え、お礼?」

 少女はスリジエの言葉に反応するが、

「別にいいよ。私が勝手にやっただけのことだし」

 と断られてしまう。

 でも、正直に自分の気持をぶつけるスリジエにとって、何もしないで終わるというのは気が引ける。

「でも、何もしないほうが失礼かと……」

「そんなことないよ。『ありがとう』の言葉が聞けただけでもうれしいもん」

「そ、そお、かしら…………」

 不甲斐ないというか、何もしないほうが退屈というか……。だが、今の自分の身体で魔法を使うとどうなるか、自分が一番よく知っている。

 退屈そうなスリジエに少女が気にかけたのか、こんな話を切り出す。

「き、気にしないで! 私なんか、助けてくれた人にお礼をしようとしたら誘拐されたことあったし! 滅多にないよ! そんな事!」

 え? 誘拐……?

 顔が自然と少女の方に向く。

「でも、結局誘拐は失敗に終わったみたいで。人質の私は夜の海に投げ落とされておぼれ死にかけたけど……海から助けてくれたひとが救急車を呼んでくれてね。そのまま救急車に運ばれて、なんとか命を取り留めたけど」

 少女の話を聞いて心の中で激昂した。

 なんとひどい話だ! 誘拐が失敗に終わったから人質を殺す? どこのどいつがそんな卑劣な真似を! 人の命をなんだと思ってる! まるで『あいつら』のような奴らだ!

 スリジエはそこで疑問を抱き、その疑問を少女にぶつけてみる。

「そういえば、誘拐が失敗に終わったというけれど、何故失敗に終わったの?」

「あ……それは…………」

 少女はスリジエの質問に戸惑いを見せたが、ためらいながらも重い口を開く。

「実は、私……、両親がいないの」

「え……」

「生まれたとき、捨てられちゃって。そのあと両親は死んじゃって……だからそのことを誘拐犯は知らなくて、私を誘拐しちゃったから……」

「でも、兄妹は……? 兄妹はいるんじゃ……」

 スリジエの質問に首を横に振ると話を続けた。

「ううん、いないの。私、最初から一人っ子だし。一応おばあちゃんがいたけど。もう亡くなったけど。その日はおばあちゃんは外出して家にいなかったし」

 ということは家の中はもぬけのから……ということ。

 ――そうか!

 誘拐したらまず、人質の家に電話して自分達の要求する。だが、この子の場合は違った。この子の両親はすでに他界し、その日は運悪く祖母も家にいない。電話しても誰も出ないのは当たり前だ。誰も家にいないのだからな。

 こういうのは頭の悪いやつらが失敗するところだ。計画性がなく、いきあたりばったりの行動。それが結果的に自分たちを破滅に追い込むことになるとは思いもしなかっただろう。

 もっとこの子の事を知りたい。この子が嫌じゃなかったらこの子とお友達に……。

 ごくりと生唾を飲み込むと、おそるおそる尋ねる。

「あ、あのっ……もし良かったら名前……」

「あ! 名前名乗るの忘れてた!」

 少女はそう叫ぶと答えた。

「私の名前は春野弥生っていうの。よろしくね」

 名前を聞いた直後、驚きのあまり声が出そうになった。

 この、この子が……仇の春野弥生? 馬鹿な。チェリーお姉様を殺した仇はもっと……。

 もしかしてチェリーお姉様の言ったとおり、自分が求める仇はもっと別に……でも。

 ――あなたが求めるものはもっと別にあるわ。真実からそむいちゃ駄目。すぐそこに真実が必ず眠っている。

 でも。信じられない。この子が春野弥生だなんて。

 私は……何を信じれば…………。

 スリジエが動揺していたとき、なにかがスリジエの身体を支配した感覚に陥った。

 そしてそのままスリジエの意識は異空間へと閉じ込められたのだった。



       *



 十二時十分になった時。

 弥生は少女に自分の身の上話を聞かせていた最中だった。

「――でも、結局誘拐は失敗に終わったみたいで。人質の私は夜の海に投げ落とされておぼれ死にかけたけど……海から助けてくれたひとが救急車を呼んでくれてね。そのまま救急車に運ばれて、なんとか命を取り留めたけど」

 何故自分が過去の話をし始めたのかは自分でもわからない。

 もしかすると、少女を退屈させないためにしてるのかもしれないし、誰かに話して過去を振り切って前を向きたかったのかもしれないし。おそらくどっちとも正解だろう。

 最初、少女が退屈そうな表情をするもんで、共通の話題か何かで切り出そうとした。が、少女の好きそうなものを知らないため、話題に戸惑う始末。挙句の果てに自分は葉月のようにそんな情報をもっていないのでどれがいいかは全くわからない。ということで、自分の身の上話をして興味を引いてもらおうと考えた結果である。だが予想外に少女は自分の話に食いついてくれた。

 それだけでも安心感があった。

 弥生の話を聞いていて疑問を抱いたのか、少女がその疑問を弥生にぶつけてくる。

「そういえば、誘拐が失敗に終わったというけれど、何故失敗に終わったの?」

「あ……それは…………」

 弥生は少女の質問に戸惑いを見せたが、ためらいながらも重い口を開く。

「実は、私……、両親がいないの」

「え……」

「生まれたとき、捨てられちゃって。そのあと両親は死んじゃって……だからそのことを誘拐犯は知らなくて、私を誘拐しちゃったから……」

「でも、兄妹は……? 兄妹はいるんじゃ……」

 少女の質問に首を横に振ると話を続けた。

「ううん、いないの。私、最初から一人っ子だし。一応おばあちゃんがいたけど。もう亡くなったけど。その日はおばあちゃんは外出して家にいなかったし」

 弥生は思い出したとたん、涙が出そうになる。

 ――やっぱり私って馬鹿だな。自分の過去を他人に話すなんて。

 もっと……マシな話をすればよかった。

 でも。

 それはそれとして。

 自分の過去の話をあんな顔で聞いてくれた人は初めてだな。いままで、私を何か悪い事やったから誘拐されたんじゃないかって変な噂が立ってまともにみてくれなかったし。

 この子も、私と同じように身内の人を亡くしちゃったのかなぁ。そんな風に思えた。

 でも、うれしいな。仲間が出来たみたいで。

 自然と笑みがこぼれた。

 その時少女が弥生におそるおそる尋ねる。

「あ、あのっ……もし良かったら名前……」

「あ! 名前名乗るの忘れてた!」

 弥生はそう叫ぶと答えた。

 最初に会ったら自分の名前を名乗るのがマナーなのに、なんてこった。この子を心配するあまりすっかりわすれてた。馬鹿にもほどがある。損した気分になる。

 この子に申し訳ない……。

「私の名前は春野弥生っていうの。よろしくね」

 少女が驚きのあまり声が出そうになった。

 その表情にぬぐえない違和感を感じる。

 私、何か変な事言ったかな。でも気に障ること言ったのかも。

 自分でも無意識に、言葉を人を傷つけてしまうことあるから。

 それかな?

 でも……。

 出来るならこの子とお友達になりたい。お友達になっていろんなことしゃべりたい。

 しゃべったり、どこかに遊びに行ったり、普通の子達がやるようなことをやってみたい。

 けれど。

 こんな私、受け入れてくれるんだろうか。

 水が使える能力があるっていうだけで私の周りの人たちは、

《何もない場所から出すなんて! バケモノだっ!!》

《どうして私があんたと一緒にいなきゃいけないの! きもちわるい!》

《こっちについてこないでよ!》

 自分をのけ者扱い。そんな力を持ってるだけなのに?

 どうしてって思った。だから、友達なんかいらない。

 こっちから断ち切ってやる。

 そんな思いで日々すごしてきたけど……。

 でも、この子は違った。私の過去を知っても真剣に耳を傾けてくれた。

 それに……。

 自分でも良くわからないけど、この子は私の力のこと知っても普通に接してくれそう。

 これはただの直感。みたとたんにすぐに思った。この子となら……。

 だから……だから、この子とお友達になる。絶対。

 弥生が心の中で決意したとき、突然空気が変わった。

(空気が……変わった?)

 私の中にあるラリアの魂が目覚め、そう感じさせる。

 ――なにかが起こる。

 いままでの経験ですぐにわかる。

 一体何が……。

 弥生が油断していると、火の玉が黒くなったかのような玉が数個同時に弥生の背中めがけて突進する。黒い玉の数個の内、二つが肩甲骨あたりに直撃。

 突進された弥生は体が吹き飛ばされ、左半身を思いっきり木にぶつけてしまう。木は大きく揺れ葉っぱがひらひらと数枚舞い落ちる。

 左ほほがぶつけた拍子でりんごのように染まる。というより赤くれていく。

「いい気味ね」

 弥生の耳にはそう聞こえた。

 弥生が顔の向きを変えると、いつの間にか立って弥生を見おろす少女の姿。

「ど、どうして……」

 ただそれしか言葉に出来なかった。

「どうして? 私の姉さんを、……殺したくせに!!」

 弥生はその言葉の意味すらわからなかった。

 こ、この子のお姉さんを……私が、殺した?

 馬鹿な。この子とは今日が初対面だし、まずこの子の家族構成なんか全く知らなかった。

 この子にお姉さんがいるだなんて、今知ったばかりだもの。

 弥生が戸惑っていると、少女が大きく後ろに下がり両手を広げる。

 両手の上に、今度は新月のようなまるい球体が姿を現す。

 そして両手を重ね合わせると、その二つの球体も合わせる。

 何をする気だろう……。

 嫌な予感がする。まさか、あれを私に向けて攻撃してくるんじゃ……?

 そう思ったとき、案の定。

 一つになった球体が車のスピードのごとく猛烈な速さで弥生にめがけてやってきた。

 ――やばい!

 攻撃された背中がまだ痛みつつ、起き上がると木を盾にして木の後ろに隠れこむ。

 間一髪、球体は木にぶつかる。球体にぶつけられた木は再び大きく揺れ、へこむように球体がぶつかった跡が残った。跡にはまだ冷め切っていないためか、煙がのろしのように漂っている。

 どうしよう。このまま隠れているわけにはいかないし、かといってにげるわけには……。

 ――仕方が無い!

 睦月さんが帰ってくるまで、時間を稼いでいるしかない!

 睦月さんが帰ってきてくれれば、何か手を打ってくれるはず。

 少女が声を張り上げる。

「隠れても無駄よ。私にはわかるわ。あんたがどこにいるかは」

 弥生は無我夢中で飛び出すと自分自身を囮に使った。




       *



 同じく十二時ちょうど。

 睦月は事務室がある建物の玄関入り口前まで来ていた。

 何か企んでいると思われる葉月を探しにきたのである。葉月が弥生に何かすると思い、心配になったからだ。

 ――やっぱりいないか。

 周りを確認してみるが葉月らしき人物は見当たらず。気配は感じるのだが。

 やはりとは思ったが……どこかに隠れたか。

 睦月は考え込むように視線を変える。

 三百六十度見渡しみるも、葉月が現れる気配はない。やはりどこかに隠れてしまっているようだ。

 もっとくまなく探すか?

 いや、これ以上の詮索は難しいだろう。もし、春野の元に戻ったとき、どこに行って何をしていたか、言い訳が難しい。しかも相手は葉月の親友。余計な一言で関係をこじらせたくはない。

 あいつを傷つける真似はできない……。

 視線を移したときに玄関入り口に目が止まる。

 おそらくあれは『移動封じの魔法』だろうか。なにやら結界らしきものがかけられていた。

 うかつに入れないな。それに、入れば相手の思う壺だ。葉月はとにかく容赦ない女なのである。相手が油断してひっかかった所をしとめる。それが奴の手口。まぁ、それはともかく……。

 ここにいるかどうか、秋村の名前を出して反応を見てみるか。

 睦月は葉月にしか聞こえないように、魔力を使いながらテレパシーで叫んだ。

『秋村ー! 聞こえるか!』

 だが反応なし。もう一度やってみよう。

『秋村! 何が目的で企んでいるかはわからん! だが、春野はお前の親友だろう! 親友なら親友を信じろ!』

 やはり声は聞こえもしない。駄目か。魔力をとめて、テレパシーをやめる。そして余計なものが入り込んでこないよう、見えないフィルターでシャットする。

 よし! これでいいだろう。

 しかし、睦月には葉月のことよりも気がかりなことがあった。弥生のことである。

 弥生の表情がどうも気になる。やっぱりまだ気にしていないだろうか? 余計なことを言い過ぎてしまってはいないだろうか? あの少女と上手くやれているだろうか? とにかく弥生が心配でならないのだ。

 それそれとして。なんだろう。このとてつもない不安感は。

 ――嫌な予感がするな。

 この予感は当たる気がする。そのためにも一度、中庭に戻ろう。

 睦月は走り出そうとするが、一度脚を止め振り返った。

 複雑そうな顔で見つめると、再び脚を動かして中庭に急いで行った。

 無事でいてくれよ。

 睦月はただそれだけ願った。



       *



 十一時四十分ごろの事だ。

 葉月は事務所の玄関の中に来ていた。事務所の玄関は小さな病院の待合室のような小さな窓が見受けられる。広さもそれほど広くはなく、豪邸の玄関とそれほど変わらない広さだ。観音開きの入り口の両脇には人一人が隠れそうなスペースがある。おそらく柱だろう。もし。何かあったとき、ここに隠れるとよさそうだ。

 ……あとは、事務所にいる職員の人たちに弥生をあの事件の犯人だと思わせれば――完璧ね。

 あの事件の犯人は中学生ではないかと、ほとんどの図書館の職員の人たちはおもいこんいる。だとすれば弥生があの事件と思わせるような証拠を突き出し、あることないこと言いふらせれば……。

 靴を脱いでスリッパに履き替えようとしたときだった。

 睦月が葉月にしか聞こえないように、魔力を使いながらテレパシーで叫んできたのである。

『秋村ー! 聞こえるか!』

 葉月は思わず反射的に体をびくつかせてしまう。

 な、何なの……?

 睦月に自分の心境までは聞こえない。自分も睦月と同じようにテレパシーで叫ばないと、自分の声は睦月に届かないのだ。

『秋村! 何が目的で企んでいるかはわからん! だが、春野はお前の親友だろう! 親友なら親友を信じろ!』

 その言葉にまぶたをかすかに動かす。

 弥生を信じろ……ですって? どうして睦月さんがわざわざそんなことを?

 ――まさかっ!

 何か思いついたのか、顔を玄関の入り口に向けた。

 私の計画がばれた? どうして?

 眉をひそめつつも、玄関の入り口にある左脇の柱に隠れる。もし自分がすでに玄関の中にいると睦月にばれると、それはそれでやっかいなことになる。それは嫌だ。

 柱に隠れながらも、わずかにもれる音に耳を澄ませていく。足音だ。だがこんなところに人がいた気配はない。あるとしたら、さっきテレパシーで聞こえた睦月さんしか……。

 睦月だ!

 ――睦月さんが玄関に向かっている!?

 葉月に冷や汗が流れ、心臓の鼓動が早まる。テレパシーは約一メートルから二メートルまでしか届かない。だとすれば、睦月はすぐそこまで来ているという事だ。

 見つかる。睦月が玄関を開けて入ったとき、真っ先に見つかってしまう。どうしよう。

 あせっていたとき「ある事」を思い出す。

 ……そうだ! 魔法だ!

 念のために玄関の入り口に『移動封じの魔法』を仕掛けておいたのを忘れてた。今のうちに発動させておけば、そう簡単には近づけまい。近づくと魔法の中に一定時間閉じ込められてしまう。中ではどうする事もできない。外から破るしか方法はない。

 葉月は小さくうわごとのように呪文を唱えた。

「タブルゲート・ムーブ」

 呪文を唱えた瞬間、入り口いっぱいの大きな魔法円が浮き出てくる。

 これでよし。あとは睦月さんの出方を見るのみ。

 だが、足跡が近づいてくる気配はない。それどころか足跡は遠のいていく。

 柱から顔を出して確認してみる。

 早歩きで事務所をあとにする睦月の後ろ姿がちらっと見えた。

 後ろ姿も素敵ね、睦月さんは。

 やっぱり、睦月さんは自分のものになる運命のヒト。弥生なんか似合わない。

 そのためにも、睦月さんと弥生を引き離す必要がある。

 ――絶対モノにしてみせる!

 葉月はほくそ笑むと、中へと入っていった。

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