弥生と、新しい夢石の存在
南の海にあるブルーホール、その中の底に存在する洞窟。
そこに「黒の人魚族」の秘密のアジトがあった。
そもそも洞窟の場所を普段は隠しているため、見つかるリスクがない。
黒の人魚族のメンバー十五人が洞窟の中に集結していた。
時刻は三時四十分ごろ。弥生が城で兵士達と戦い終わった頃だろうか。
「では、これにて会議を終了する」
ちょうど会議が終わり、メンバーたちは各自の席で伸びなどして、一息ついていた。
「やっとひとまとめできましたね」
族長に話しかけるのは族長の隣の席に座る、サブリーダー・ブリフス。
「でも結局ナンバーツーの称号もらえたものいませんでしたね。あんなに会議で熱気がありましたが」
「仕方がないのさ。みな、グノス以上の提案が思いつかなかったのだろう」
族長はそう話すが、ブリフスは納得いっていなかった。
自分がナンバーツーをもらうのにふさわしいはずなのに、グノスにナンバーツーの称号を奪われることがどうにも嫌らしい。
「族長、こっそり……私にナンバーツーの称号、いただけませんか?」
「それはまたゆっくり話し合おう。グノスが聞いているようだからな」
族長は視線を変え、ブリフスは族長の視線の方向に目を向ける。
ブリフスの反対側の席に座るグノスが対面するブリフスをにらみつけていた。
「サブリーダー、いや、ブリフス。お前のそういうずる賢い性格が嫌いだ」
「別にグノスに好かれなくても、相手はたくさんいるから、気にはしてない」
グノスのいやみにブリフスは受け流す。
「まぁ、“ずる賢い”は褒め言葉として受け止めてやるがな」
火花を散らす二人をよそに、族長は席をはずそうとする。
(会議が続きすぎた。少しばかり休憩したいものだ)
しかし、その族長の休憩をぶち壊す出来事が起ころうとは夢にも思っていない。
*
睦月を救出できた弥生は、睦月の案内により城の廊下を進んでいた。
「む、睦月さん。さっきはありがとう」
一歩前を歩く睦月に対し、睦月の後ろを泳ぐ、人魚姿の弥生が言葉を口にした。
時間は三時五十分。睦月を救出してからが大変だった。
気を失っていたはずの四人の兵士が目を覚ましてしまい、また気を失わせるのにさらに時間がかかってしまった。その時は睦月が加勢してくれたため、すぐに終わったが。
それから部屋を抜け出し、スリジエと合流しようと行動に移している次第なのである。
「いや、気にするな。元はといえば、俺が原因だ。春野は悪くない」
「でも……睦月さんのお母さんに“息子の睦月を助けてほしい”っていわれちゃったし」
弥生が気まずそうに睦月に報告。
「母さんに会ったのか!?」
睦月は弥生が自分の母に会ったということに驚きを隠せないようだ。
「どうやって会ったんだ!?」
「どうやって会ったって言われても、向こうから会いに来たって言った方が正しいというか……」
弥生の夢の中に睦月の母が現れ、さっきも睦月の母は現れ、弥生はなにひとつやっていないため、うそは言っていない。
睦月は床に視線を逸らし、小さく呼吸した。
「そうか……じゃあ、母さんはなにか言っていなかったか?」
睦月に質問され、弥生はうつろな記憶をたどりながら答える。
「うーん、あんまり言っていなかったような。ただ……」
「ただ?」
「今は何も話せないって言ってたような気がする」
「そうか……」
弥生がみたこともないような表情を表す睦月。
睦月さんの悲しそうな顔、初めて見た気がする。
「睦月さんのお母さんって確か、とある集団に捕まっているっていう……」
「そうだが、それは誰から聞いたんだ?」
「え、え~と、睦月さんのお母さんから少しばっかし話してくれて……」
「そうか、母さんが話したのか」
「でもどうして睦月さんのお母さんは捕まってるの? 体は透けていたけど、雰囲気からしてそんな悪い事をするような人には見えなかったよ?」
気になって質問したくなった。ただそれだけである。
しかし、睦月が弥生の問いかけに回答することはなかった。
「悪い。今は話せないんだ。その時が来たら必ず話すから」
「……わかった。話せるときまで待ってる。突然質問しちゃってごめんなさい」
睦月に微笑んで答える弥生。
「でも、いつかきっと話してね。私、睦月さんの力になるから」
「ありがとう。だが春野、力になるってお前、魔法をまともに覚えているのか……?」
睦月の率直な感想だ。弥生の“力になるから”というフレーズが気になったらしい。
「あぁ、そうだっ。二つしか覚えてない!」
弥生はショックのあまり体が固まる。
その直後、頭を抱えて悔しがった。
「あぁ、駄目じゃん。睦月さんの力になるっていったけど、意味がなかったっ!」
弥生の姿を眺めていた睦月が噴出し笑いをする。
「ぷっ。春野って面白い奴だな。人魚の姿になっても」
「えっ」
弥生は悔しがるのを止めて、睦月を見つめた。
「ど、どういう事?」
「いや、別に。俺の独り言だ。気にするな」
その時、睦月の表情が一変。笑顔からこわばった顔に変わる。
弥生も睦月の表情が変わったことに気がつく。そして睦月が視線を注ぐ外に向ける。
廊下は窓がないため外の光景が見えるのだ。
弥生の目にも入ってきた外での現状。
「なに、これ……」
アクアワールドの住人が苦しみもがき、外全体が絵の具で染まったかのような紫色。
「どうなってるの?」
「おそらくベエモットの仕業だろう。それ以外に考えられない」
「睦月さん……」
「俺、この世界の王子なのに、何もできないなんて、王子失格だな」
「そんな事ない! ちゃんと睦月さんはアクアワールドのこと、考えてる! もちろん、そこに住んでいる人たちのことだって! 何もできないなら、これからやればいいと思う!」
弥生の言葉に心うたれた睦月。再び笑顔が戻る。
「……ありがとう、春野」
だが笑顔を取り戻したのもつかの間、再び笑顔を奪う光景を目撃することになった。
アクアワールドに黒の人魚族たちが、結界をやぶって侵入してきたのである。
「あれは……まさか」
「黒の人魚族か!」
二人は口を開けたまま外の光景を眺めている。
「どうして黒の人魚族が入ってこられんだ? 俺が結界を張っておいたはずなんだが」
あっけにとられたようにしゃべる睦月に、
「どうなってるの? 一体……」
弥生はただ呆然と立ち尽くすだけだった。
*
ちょうど三時五十五分になったころ。
「もうそろそろ、これぐらいでいいんじゃないか?」
黒の人魚族の一人が仲間に声をかけた。
残りのメンバーも同意する。
「あぁ、そうだな」
「族長様も軽くでいいとおっしゃっていたし」
「早めに立ち去った方が顔を見られずに済むしな」
「早く帰ろう」
場所はアクアワールドの噴水広場。広場に集まっているメンバーは五人。
とはいっても誰にも顔がみられないよう、全員全身黒ずくめの格好で、顔もサングラス等で隠していた。
噴水広場の噴水は、城の廊下から充分に外の噴水が見えるほどの大きさで、この世界の住人全員が噴水の中で水浴びできる。
今はベエモットの計画の影響で、噴水の水が出たまま止まっている。
「しかし、このアクアワールドに入れてよかったな」
メンバーの一人が放った言葉。実は五人全員、結界をやぶれるか不安だった。
その思いをたえきれず、その中の一人が声に出した言葉である。
最初は結界をやぶれるか少々不安なところもあってか、南の海での議論は続いていた。
最終的に五人で王子の結界をやぶることに決まり、その五人のメンバーが今広場にいるメンバーにきまった。
考えた対策を実行した結果、王子の結界をやぶることに成功したのである。
目的は住人に魔法をかけること。
アクアワールドは住人達の魔力によって、その空間を支えている節がある。その住人にも魔法をかければバランスはくずれ、アクアワールド征服をやりやすくなるのだ。
「にしても少々時間かかりすぎたな。ここの住人は魔力が強い」
「あぁ、だからこそ、このアクアワールドを支えられるんだろう」
うんうん、とうなづきあう黒の人魚族たち。
「あれ? あれは……このアクアワールドの王子か?」
結界をやぶれるか不安で声に出した男が何かを見つけた。視線は城の方向。
しかも外が見える廊下である。
「どうした、ハバリー」
仲間に声をかけられたハバリーは今見たものを説明し始める。
「いや、見間違いかもしれないが、装置の中にいるはずの王子が城の廊下で立っている姿を見つけたもんで……」
「何!? 王子がだと!?」
ハバリーに声をかけたドグマという男が声をあげた。
そのほかの三人は互いに顔を見合わせている。
「まぁ、俺の見間違いだろう」
「いや、もしかすると春野弥生が救出した可能性がある」
「あの『夢石の継承者』が? それはほんとか、ドグマ」
「あぁ、たぶんな。念のために確認してから、族長様に報告しよう」
五人は王子の確認作業に移った。
*
黒の人魚族の作業を城の廊下で傍観していた春野弥生と冬川睦月。
「なんか黒の人魚族たち、あわただしくなったね」
「おそらく、メンバーの誰かが俺がここにいることに気がついたんだろう」
時間は四時。中学校ではそろそろ下校する時間といったところか。
黒の人魚族が噴水広場に現れたため、その様子を注意しながら見ていたのである。
「まずいな、黒の人魚族が動き出したら。母さんの身に影響が及ぶ可能性がある」
睦月さんのお母さんに、影響が及ぶ? という事は……。
「睦月さんのお母さんって、黒の人魚族に捕まっているの?」
「……あぁ。そうなんだ」
「えぇ? そうなの? あの集団につかまってるって時点でかなりやばいというか、危険というか……」
「お前、黒の人魚族のこと、知ってるのか!?」
知ってるもなにも……などと思いながら、弥生は話す。
「私が人魚として住んでいた北の海には白の人魚族、南の海には黒の人魚族と、二つの部族があるの。この二つの部族は昔から夢石をめぐって敵対関係にあったから、ある程度のことは白の人魚族の間でも有名だからね。自分達の願いのためならなんでも実行する闇の部族だって」
睦月は「そうか」とだけつぶやき、それ以上は何も言わない。
ちょっと話しすぎた、かな。睦月さん、自分のお母さんが捕まっているだけでもつらいのに。
はぁー、と後悔がつまった、ため息を漏らした。
「どうかしたか? 春野」
「ううん! なんでもないよ!」
大きく首を振り、何もなかったかのようにごまかす。
「大丈夫だから気にしないで! ね?」
「あぁ、だといいんだが……」
「じゃあ早くスリジエさんと合流しよ!」
弥生がそう言ったとき、語りかけるように入ってくる中年男性の声。
『なら、私がスリジエの元まで連れていって差し上げよう』
その声はまぎれもなくベエモット・ムーン。スリジエの実の父親。
「ベエモットさん、の声?」
「何をするつもりだ」
弥生と睦月の足元に魔法陣が出現。二人を光が包み始める。
「え、え? 何、何?」
何が起こっているかわかっていない弥生とは対照的に、睦月は魔法陣の意味を把握していた。
「これは……瞬間移動の魔法陣!」
「え? 瞬間移動……?」
弥生がつぶやいたとき、二人は完全に光に飲み込まれる。一瞬にしてその場から姿を消した。
「うぅん……」
弥生がまぶたを開けた場所は小部屋。
塔の小部屋とほぼ変わらないようなの広さで、約四畳ぐらいだろうか。
しかも石で作られた、装置の数々。部屋全体を囲うように敷き詰められている。
弥生の右側に睦月、左側にスリジエと、川の字になっていた。
「睦月さんっ、スリジエさんっ」
弥生が顔を上げて、装置の方に視線を向ける。そこには装置でなんらかの作業をしている男性の背中が目に入ってきた。
「ベエモットさんっ」
まぎれもなく、弥生と睦月を瞬間移動させた張本人、ベエモット・ムーン。
「おや、起きたんですね」
弥生が起きた事に気がついたのか、振り返り作業をやめる。
「まぁ、まだ瞬間移動の余波で動けないでしょうから、おとなしくしていてくださいね」
弥生の全身に電気が流れ込み麻痺していく。
「っ……!」
まるで電流が全身を歩いている感覚だ。
体が、動けない……。
『春野弥生っ、ちょっと、いい?』
『春野』
弥生が左右を見てみると、気絶していたはずのスリジエ、睦月が目を開けている。
「いつの間に起きたの? 二人とも」
『小言で話しなさいよ! あの男にばれたらどうするのよ!』
スリジエの発言に口をつぐみ、小言で話し始めた弥生。
『スリジエさん、小言で話せって何かあったの?』
『春野弥生、あんたなら、あの男が手にしているもの、すぐわかるはずよ』
弥生はスリジエの顔からベエモットの姿を目に映しかえた。
その瞬間何か気づいた顔でスリジエの顔を二度見する。
『あれって……まさか!』
『そう、そのまさかよ。あの男、夢石を手に入れているのよ』
『どうして……夢石は睦月さんを助けるときに壊れてしまったはずじゃあ』
「そんなに知りたければ、お教えしましょう」
スリジエと睦月が目を覚ましていることに気がついていたのか、弥生たちのひそひそ話を盗聴いていたらしい。
「実は黒の人魚族様が下さったんですよ。新しい夢石を作るのに成功したと」
「黒の人魚族が!?」
スリジエは驚愕の悲鳴を発する。
夢石の存在に気がついてはいたが、黒の人魚族が関わっていたことまでは知らなかったのだ。
「新しい夢石を作りあげただなんて!」
一方弥生は夢石の存在すらきづいてなかったため、呆然とベエモットの手にされている夢石を見上げていた。
睦月はただ沈黙したまま、警戒するようにベエモットをにらんでいる。
「まぁ、あなた達三人が寝ている間に術をかけておいたので、しばらくは手出しできないでしょう。そこで新しい世界が誕生する瞬間を目に焼き付けておいてください」
弥生にはベエモットの手中にある夢石が、勝ち誇った顔で笑っているように見えた。
*
「はぁ。また、会議を行う事になるとはな」
族長はげっそりとした顔で吐息を吐いた。
場所は黒の人魚族の秘密の洞窟である。時刻は四時二十分、太陽が傾きはじめた頃。
アクアワールドに向かわせたメンバーから、アクアワールドの王子が何者かによって解放されたという報告があったのだ。
「だれでしょうね。王子を解放した者は」
「大丈夫じゃ。おおよその見当はついておる」
サブリーダーに老人が答える。族長の父であり、族長のさらなるトップの極めている男だ。
「おそらく、“夢石の継承者”じゃろう」
老人の放った言葉にその場にいたメンバーが顔を合わせ、目を丸くした。
「あの、王女が?」
「生まれ変わりとはいえ、力が制限されてほとんど何もできないはずだが」
「しかし、ほんとにあの王女一人で出来るものかね」
族長と族長父以外のメンバーは信用していない顔でしゃべっている。
族長がしきり、メンバーをまとめた。
「とにかく、なんらかの対策は必要なのは確かだ。そこでだが、早いがアクアワールドの破壊計画をすぐに実行に移そうと思う」
「よ、よろしいのですか? 族長」
サブリーダーは目を見開いたまま族長に問いかけ、族長は静かにうなづいた。
「あぁ、かまわん。どうせベエモットには計画が終わったとき死んでもらうはずだったのだ。ちょうどいい機会だ。王子をこっそり連れ出してから向かわせたメンバーに戻ってもらい、破壊させる。二人の王女共々な」
族長の顔に不敵な笑みが浮かんでいた。
*
黒の人魚族たちが会議を行っている最中の頃。
弥生はベエモットに瞬間移動された影響により、いまだに体の麻痺が残っていた。
しかし事態は悪化していることは感じている。
ベエモットに夢石の影響が見え始めたのだ。シャルロットのように。
「睦月さん、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ……気にするな」
睦月にも弥生と同じ麻痺に加え、装置に入れられていた影響で、体力が大幅に削られいる事は確かだった。
「でも、顔はきつそうだよ?」
「しょうがないわ。あの男の魔法って荒いもの」
とスリジエが割り込んでくる。
「冬川君、当分おとなしくしていた方がいいわ。あの男、何をしてくるかわからないもの」
「スリジエさん、ちょっといいかな?」
「何よ……?」
「ベエモットさんに夢石の影響が出始めたような気がして……」
「なんですって!?」
スリジエの顔色が豹変した。
そんなスリジエに弥生が感じたままの思いをぶつける。
「シャルロットと戦ったときも、シャルロットが夢石を手にしてから、吐き気がない顔に変化していったから……」
「それはありえるわね。夢石は適正者以外が使うと呪いが発動する。あの男には夢石の適正はない」
「ベエモットが、どうかしたか……?」
休んでいたはずの睦月がベエモットが何かしたのではないかと、話に割り込んできた。
しかし睦月の表情はげっそりと耐えている顔のままだった。
「何かあったんなら、俺も協力する。この世界の王子としての責任がある」
仰向けで体を床に伏せている弥生とスリジエ。
弥生の左隣にいるスリジエが危険だと目で睦月に伝えた。
弥生もスリジエに同意し、睦月を心配する。
「まだ休んだ方がいいよ、睦月さん」
「すこしくらいの魔法なら使える。ベエモットから夢石を離したいんだろう?」
弥生とスリジエは互いに顔を合わせたが、睦月の熱意にうたれ、三人でやることとなった。
「どうしたらいいかな?」
「俺の炎の魔法、スリジエの闇の魔法、そして春野の水の魔法を同時にベエモットにぶつける」
「わかったわ。まかせて」
おおきくうなづくスリジエ。
「わかったよ! やってみる!」
弥生は一呼吸してから、縦に首を振った。
弥生たち三人はベエモットの背中まで回り込んだ。
そして。
「せぇの!」
三人の魔法が同時に背中の中心へ直撃。
ベエモットは悲鳴をあげ、手にしていた夢石を離す。体はぐらつき、床に倒れ付す。
「やったぁ! ベエモットさんから夢石が離れた!」
ぱぁっ、と素直によろこぶ弥生。無邪気な子供のようだ。
弥生の頭はすぐさま夢石に切り替わった。床に散らばっているはずの夢石。
けれども夢石は完全体で存在していた。
「あれ……割れていない。なんでだろ?」
弥生が夢石を見おろしながら首をかしげている一方、睦月がコントロールパネルのような装置をいじり始める。
「ベエモットの奴、いろいろいじりやがった」
「ふふっ。私の技術は誰にも負けない。もちろん、黒の人魚族様たちだってね」
気絶したはずのベエモットに、正気は有り余っていた。
「言ったはずだ。余計な介入はしてはいけないとね」
「どういうことだ、ベエモット」
「ラリア王女、君なら、夢石を見ればいままでの夢石の違いがすぐにわかるはずだ」
弥生はベエモットの言葉を理解している。
今までの夢石と、今存在している夢石の、違い。それは……。
「割れていない事でしょう?」
「それがどうしたっていうのよ?」
スリジエが弥生の発言に不服そうにしていた。
弥生はスリジエにわかりやすく説明し始める。
「夢石は本来、もろく壊れやすいもの。少しの衝撃でもすぐに粉々に砕け散る。
けれど、今の夢石は本来の夢石より強度がある。ある手立てを行えば」
「ある、手立て?」
知識の豊富な睦月が怪訝そうに弥生を見つめた。
「生きた人魚をつかうのではなく、死んだ人魚を使うんですよ。スリジエ」
弥生の代わりにベエモットが答えてしまう。
「死んだ人魚は魔力を持ったまま死ぬからね。それを使えば丈夫で扱いやすい夢石が作られる」
「それって禁じられた方法じゃない! 人魚の世界では一番、やってはいけない事よ!」
スリジエは実の父をおもいっきり罵った。
「それを何故、ベエモットさんが知ってるんです? この夢石に何か秘密でもあるんですか?」
弥生の目に青く清らかな海が移りこんだように錯覚する。
ベエモットは弥生の質問にこう返答した。
「この夢石には、スリジエの姉、チェリーの遺体で作られた夢石という事実の事かと思われますが?」
「チェ、チェリーお姉様の遺体で……? そんな」
「遺体で作られた夢石? ベエモットはそこまで知っているのか」
「やっぱり、禁じ手をつかっていたのね」
スリジエ、睦月、弥生の顔は曇った表情を見せている。
「しかし、ここで計画を止めるわけにはいかないんですよ」
三人がほぼ一緒に、顔をあげたが、そこにベエモットの姿はどこにも見当たらなかった。
部屋のどこにも、だ。