弥生、消えたベエモットを追う
お久しぶりです。長らくお待たせしました。
急ピッチで執筆活動していました。
もし誤字脱字を発見した場合には、すぐさま私の方にお知らせをお願いします。
アクアワールドにある、小塔と呼ばれる塔。 小塔の部屋に黒の人魚族の派遣隊リーダー、ドグマはいた。時間は海堂町の時刻で四時四十五分を示している。
何としても逃げ出した王子を見つけ出さないといけない。計画に穴が開いてしまう。それだけは避けたい。見た目が三十代半ばのドグマは組織の中ではまだ若く、実力があると幹部から期待されている。そのため、期待を裏切る失敗はしたくない思いがあった。
ドグマが捜索魔法でアクアワールドにいるはずの王子を探し、外を眺めている。小塔は城やアクアワールド全体を見渡すために建てられた塔である。三角錐の屋根がついた塔は、壁と呼ばれる壁から顔を出していた。等間隔で狭間がほられた胸壁が塔の下半分を覆い隠し、狭間からは微かに向かい側の胸壁が確認できる。
円筒形の部屋は全てが石のレンガで出来ていた。北側と南側で対象的に板戸がそれぞれ取り付けられていた。景観を広く見渡せるように、人一人が身を乗り出せば落下しそうなほどの大きな板戸だった。東側の床には下に降りられる階段が姿を現している。
「睦月王子は見つからないな」
その時、青白い光玉がパッと姿を現す。
そこにマントを羽織った烏が出現し、くちばしに電子メールのような手紙をくわえていた。
「む……? 連絡メールが届いたが、誰からだろうか。烏……ということは、黒の人魚族の方々からか」
マントを羽織った烏は黒の人魚族を示す。手紙にも、真っ黒の封筒が使用されている。宛名はない。どうやら黒の人魚族かららしい。くちばしにくわえられた手紙には他者に見られないようにか、魔法で錠が掛けられていた。封印解除を数秒で済ませ、手紙を手に取るとまず差出人を確認する。
「ロータスからか」
次に連絡メールに書かれた最初の一文目を通す。
「こ、これは……!」
『黒の人魚族派遣隊リーダー・ドグマ様へお知らせがあります。アクアワールドの秘宝についてです』
「アクアワールドの秘宝について……? 何故今頃……? 連絡メールなどで知らせてくる意味があるのだろうか」
ドグマはメールの文章を目で追っていき、ある文章のブロックに目が止まる。
『ベエモットさんが秘宝を見つけられず、念のため再調査したところ、アクアワールドの王妃によりベエモットさんが探している場所とは違う場所に隠されていることが判明しました』
「なるほど……そういうことか」
そして、最後の一文に『秘宝の隠し場所は竜の教会です』と書かれている。
「竜の教会だと……!?」
ドグマが驚愕の声を上げた。小塔の部屋に反響するほどに。
ーー竜の教会。アクアワールドを知る者にとって最も恐れる場所だろう。
伝説によれば、その昔、アクアワールドが誕生したばかりの頃。アクアワールドはまだできたてで、世界としてのルールが出来上がっていなかった。そんな時一人の男が立ち上がり、男を手助けしたのが突然現れた一匹の竜だった。その竜が現れた場所こそ現在の教会、竜の教会と呼ばれる建物だ。今現在もアクアワールドにはどこかに竜が住み着いているとされ、竜の力が働き続けている。その教会に入るということはどういうことかドグマは理解している。
「急いでメンバーに知らせねば……!」
ドグマは急きょ、メンバー四人に通信魔法をつないだ。ロータスからの連絡メールの存在をメンバーに知らせないといけない。
〈黒の人魚族・派遣隊メンバー四人! 応答せよ!〉
四人もアクアワールド中を飛び回り、王子を探している。最初の数十秒はつながりにくい。
しばらくして、ようやくメンバーに通信魔法がつながった。
〈こちら、ハバリーです。リーダー、いかがされましたか?〉
〈こちら、セイヴィア! まだ王子を探している最中なんですけど!〉
〈……ヒィーロルです。……何か?〉
〈こちらはレベイル。何かありましたか? 急に連絡魔法をつなげて〉
四人の反応は様々だったが、全メンバー突然の通信魔法にやや困惑気味のようだ。なぜ呼びだされたか理解できていない。
ドグマが四人に集合通知を伝える。
〈全メンバーに次ぐ! 申し訳ないが、王子の捜索を一旦中断して、至急、小塔まで来てもらいたい!〉
メンバー四人は息を呑んだが、本音を言葉でぶつける。
〈え……王子の捜索を〉
〈ちゅ、中断!?〉
〈そんな急に言われても……〉
〈分かるように説明して下さい!〉
〈……すまない。それはできん。小塔にメンバー四人が集まったら詳しく説明する〉
納得がいかないレベイルが率直に疑問をドグマにぶつける。
〈ドグマさん、何かあったのですか? 王子の捜索を一旦中断って……どういうことです?〉
〈……非常事態が起こった、というより判明したのだ。……ロータスの連絡メールでな〉
〈ロータスから!?〉
四人が同時に叫んだ。
〈そうだ。そのメールも後でメンバーに見せる。今はそれしか言えない。会ってからでないと話せない内容なのでな。わかってくれ〉
考え込んだ末、レベイルは決断を下す。
〈…………わかりました〉
ドグマはレベイルがしぶしぶながら納得してくれたことに、満足する。
〈では、小塔で待っている〉
〈……承知しました〉
四人は受け入れるしかなかった。
派遣隊メンバー四人に通信魔法を入れてから十分後ーー。
ドグマの間近に四人のメンバーが現れ、横一列に整列する。小塔に黒の人魚族・派遣隊、全メンバーが揃った。整列順は階段側から、サブリーダー・ハバリー、セイヴィア、ヒィーロル、レベイルとなる。
「すまないな。急に呼び出して」
「リーダー、本当なんですか? ロータスから連絡が来たって」
ハバリーが尋ねると、ドグマが頷く。
「ああ、間違いない。これを見てほしい」
言うなり、部屋の空中にロータスから送られた例のメールを映像として映し出した。
その瞬間メンバーの顔色が一変し、大きく目を見開く。
四人共、連絡メールを読んでようやく事態に気がついたのだ。リーダーが何故焦っていたのか。何故急に王子の捜索を一旦中断するよう命令したのか。今、何が起こっているのかを。
ドグマは自身の考えを隊員達に提案する。
「そこでだ。このまま王子を探すペアと秘宝の隠し場所に向かうペアに分かれてもらいたい」
「……リーダーは、どうするんです?」
ヒィーロルがドグマに淡々と質問した。
「私はまだやるべきことが残っているので、どちらにも行けない。だが、終わればすぐ私も合流するつもりだ」
ドグマの回答にヒィーロルはどこか腑に落ちないようで、
「そう、ですか……」
と答えた直後、眉間にしわをよせながら俯いた。
ハバリーがおそるおそる手を上げた。
「リーダー、ちょっとよろしいですか?」
「何だ」
「秘宝の隠し場所に向かうのは、ヒィーロルとレベイルのペアがよろしいかと。二人が一番適任だと」
ヒィーロルとレベイルを向かわせる、か。悪くはない案だ。否定するような事はない。
「確かに。それはそうだな。レベイル、どう思う?」
「私の事はともかく、ヒィーロルがあの場所に向かうのは私も適任だと思う」
「ヒィーロル、君はどう思う?」
「……異論はない」
「ちょっと待ってください!」
ただ一人、納得がいかず叫んだ人物がいるーーセイヴィアだった。セイヴィアはヒィーロルに個人的な恋愛感情を抱いていると噂で聞いた。そのため、よくヒィーロルとペアになるレベイルを裏で目の敵にしていると。
ドグマは無表情でセイヴィアの顔をじっと見詰める。
「セイヴィア、どうした?」
セイヴィアは鼻息荒くして、ヒィーロルの先に立つレベイルをじろりと睨み付けた。
「納得がいきません! どうしてヒィーロルさんのペアがセイヴィアなんですか! 私の方がヒィーロルさんのペアに相応しいと思います!」
「セイヴィア、これは重要な任務なのだ。それなりの実力を持つ者でないといけない。失敗は許されないのだよ。わかって欲しい。黒の人魚族の幹部の方々が秘宝が手元に届かないと嘆いておられる。早々に取り組み、確実に成功しないと駄目なのだ」
ドグマがセイヴィアを宥めるも「でも……!」とセイヴィアはドグマの話を聞いていない。
「セイヴィア!」
ハバリーがセイヴィアの名前を口にした。
悩みに悩んだ末、セイヴィアは決意する。
「…………わかりました」
「では、秘宝の場所に向かうのはヒィーロルとレベイル、王子の捜索は引き続きハバリーとセイヴィアに決定する。四人共、頼んだぞ」
「はい!」
四人は再び姿を消し、それぞれの持ち場を目指していった。
「頼んだぞ」
ドグマは開いた板戸の景観を数秒間、凝視し続けた。
*
黒の人魚族の派遣隊リーダー・ドグマが小塔で他メンバーと対面していた頃。
弥生はスリジエと睦月と共に、ベエモットが数分前にいた巡回路までやって来ていた。
スリジエが睦月に周りを警戒しながら尋ねる。
「冬川君、ここがあの男がいた巡回路?」
睦月は「ああ、そうだ」とつぶやいた時、巡回路付近に人の気配を感じるようで、スリジエと同じように瞳を左右に動かしていた。
そんな二人が危機管理を働かせている中、弥生だけは観光気分で巡回路を見回す。
(なんだか……路地裏みたい)
一歩一歩巡回路を進めば進むほど、猫の額ほどの狭さを弥生の脳内は味わっていた。路地裏を通り抜けていくような感覚と共に、右側に建物、左側に城壁と、両側から圧迫感を感じずにはいられなかった。
「ベエモットさん、ここで誰と話していたのかな……」
弥生が呆けるように独り言を言った。
数十分前にいたコントロール室でベエモットが通信魔法を使用して何者かと会話していたことまでは判明した。だが、誰と話していたかまではさすがに判別できなかった。三人で話し合った結果、巡回路に刻まれた記憶を辿るため、巡回路に直接向かい魔法を使うことになった。そんなことから三人は今、巡回路にいるという訳だ。
スリジエの口角があがる。スリジエの笑みはどこか悪魔が微笑んでいるようにも見えた。
「そこで、私の出番ね」
「スリジエさん……?」
弥生が口元をひきつらせながら、スリジエの微笑みに若干怯えていた。
「ここで役に立つのが“パサード”という魔法よ」
聞き慣れない単語が出てきたため、弥生と睦月は眉間にしわを寄せつつ、難しい表情で首を傾げる。
「パサード……?」
スリジエはコクリと静かに頷く。
「そう。一つ一つの場所に刻まれた記憶を辿ることができる魔法よ。だから誰が何をしていたか、この魔法を使用すれば一瞬で分かるの。ただし、直接その場所に行って使用しないと効果はないけれどね」
スリジエの話が一区切りついたところで、睦月が口を開く。
「よし、用事を早く済ませよう。黒の人魚族の奴らに見つかったりすれば厄介だ。こういう時こそ、敵は近くにいるもんだからな」
弥生とスリジエは息のあった双子のように、「そうだね」と話したタイミングが重なった。
しかし、スリジエが何か思い出したようで、
「ちょっと待って!」
弥生と睦月を呼び止めた。
「スリジエさん? どうかした?」
弥生がスリジエに声かけたことをきっかけに、スリジエは思い出したことを口に出す。
「思い出したというか、言い忘れたことがあったのよ。パサードを使うに当たって、注意点があるのよ」
「注意点……? 注意点って?」
弥生はスリジエに質問した。
「この魔法……長く使い続けることができないのよ」
「どうしてなんだ?」
スリジエの回答に睦月が聞き返した。
聞き返された本人はよくわからないと言いたげに首を横に振る。
「それは私にもわからないの。あんまり原因が解明されていない魔法だから、今も原因を究明中なのよ。なんでもあまり使い続けると暴走するらしいの」
スリジエの言葉に弥生は、
(そんな魔法を使って大丈夫なのかなぁ……)
と、胸の内で不安をよぎらせていた。
弥生の不安をよそに、スリジエは話を続ける。
「後、遡る時間は三時間前までと制限が設けられているのよ」
「制限……?」
あまり理解していない弥生に、スリジエが弥生でもわかるように話す。
「要するに、遡る時間は限られてくるってこと」
「ええっ! じゃ、じゃあ、ベエモットが誰と話していたかっていうのは……大丈夫なの?」
「大丈夫だ。それは問題ないだろう。ベエモットが何者か話していた時間はそれほど経過していないはずだ。その制限時間に収まると思う」
オロオロと慌てる弥生を宥めるかのように、睦月が説明を加えた。
二人の会話を聞いていたスリジエが話に割り込む。
「私がサポートするから、ひとまずパサードを使うわよ。ただおしゃべりしていたらここに来た意味が無くなるもの」
睦月とスリジエの言葉に安心したらしく、弥生は冷静を取り戻す。
「うん、そうだね」
頷く弥生は笑みをこぼすほど落ち着いていた。
「じゃあ、始めるぞ」
睦月の一声で、弥生はスリジエと睦月とで、パサードを発動させ始める。
ベエモットが巡回路にいた頃までさかのぼった。巡回路には当然、ベエモット一人だけだ。
そこに響くのは男の声だった。
『ベエモット。私だ』
ベエモットが 「ヴィユ様っ!?」 と叫んでいることから、声の主の名前だろうか。
ヴィユと思われる男がつぶやく。
『例の場所、判明した』
ヴィユ例の場所と言ったことは……恐らくはベエモットが探している物の在処だろう。
「本当ですか!? ヴィユ様!」
『ああ、そうだ。その場所なんだが……』
しかし、肝心なところで聞き取りにくい。ヴィユも気をつけているのだろう。外部に漏れないように。
「そんなところにあるですか? 意外ですね。 早く終わりそうなんですが……」
『だが、王妃が隠したとあって入手するのは難 しいぞ。鏡には仕掛けが施されていたり、何か と準備も必要だ。族長様は派遣隊のメンバーに 任せるようだ』
「派遣隊に……?」
『ベエモット。派遣隊よりも早く鏡を手に入れろ。私からの命令だ』
「…………わかりました」
『頼んだぞ』
パサードの魔法は制限時間になり、途切れると終了した。
パサードが終わった後の三人の表情はそれぞれ違っていた。
弥生は考えことしているらしく、眉間にしわを寄せっぱなしで、スリジエは焦りを見せ始め、睦月はいかにも深刻そうな表情だった。
スリジエが悔しそうに歯軋りをたてる。
「あのヴィユとあの男がつながっていたなんて……!」
「スリジエさん、ヴィユって人は一体……」
弥生の質問に、スリジエは淡々と話し始める。
「ヴィユは南の海の人魚国であの男の代わりに国王の座についている男よ。見かけは南の海の国王だけど、その実体は黒の人魚族のナンバーツーなの」
「黒の人魚族のナンバーツー……」
弥生が一人つぶやいていると睦月の顔色が悪いことに気がついた。
「睦月さん、どうかしたの?」
弥生の声掛けにも気付かず、睦月はただ黙り込んだままである。返答すらないため、具合が悪いのかと、弥生は慌てふためいていた。
「冬川君がどうかしたの?」
スリジエも心配になって声をかけた時、睦月が叫び声をあげる。
「竜の教会が危ない!」
睦月は突然弥生とスリジエを置いて走り出した。
「睦月さん!?」
「冬川君!?」
弥生とスリジエが見合うと睦月の後を追いかける。二人は睦月の顔色が何故悪くなったかわからないまま、ただ睦月の後を追うしかなかった。
*
弥生達がパサードの魔法を使っている同時刻。住宅地区にある竜の教会に一人の男性が姿を見せた。ベエモットだ。
外観は人間界の教会と代わり映えはなく、白い外壁に赤い瓦と竜の彫刻が取り付けられた屋根、屋根には大きな鐘と、人間界の教会と言っても区別はつかないほどだ。
違うとすれば雰囲気だろうか。息も続くかないほど息苦しく、立っているだけで足がすくむほど重々しい雰囲気は圧倒されるばかりである。
「ここが竜の教会か……」
一人つぶやいたベエモットは教会の中へと足を踏み入れた。
中は外以上の重々しい雰囲気が漂い、精神が強い者でさえ怖じ気づくほどだろう。教会の至る所に施された装飾が圧迫感を与えるのだろうか。装飾の殆どは立体映像を眺めているような迫力満点の竜ばかりで、細部にまでこだわったことがうかがえる。
精神は鍛えられているベエモットでさえ、初めて入る竜の教会には圧倒されるばかりである。それでも前へと進まないといけない。
ベエモットは一歩ずつ前に歩く。左右対称に配置された長椅子が通路を作っていた。
部屋の中央で立ち止まると、部屋の奥の、両側の隅っこに置かれた二体の竜の銅像が目に入る。二体の銅像を挟むように祭壇があった。この祭壇に秘宝を出現させないといけない。
「さて、準備を始めましょうかね……」
一言しゃべるや否や秘宝出現の為の準備を開始した。
まずは銅像を動かすことからだ。二体の像を顔合わせにすることから始まる。最初に右側の像に向かうと銅像に隠されたボタンを押す。自動的に像自ら動き、左側に正面を向けた。祭壇を横切るように歩くと、左側の像も同様に仕掛けを施し、今度は右側に体を向けさせた。元の位置まで戻ると次の準備に取りかかり始める。
しかしベエモットの頭の中は敵対する娘のことでいっぱいだった。一旦、ベエモットの準備の手が止まる。
(スリジエ……倒れていないだろうか。二人目の人格が現れていないだろうか……考えまいと決めたはずなのに……考えてしまう。やはり……私にはスリジエを、家族を忘れることはできない)
否、あの方達ーー黒の人魚族達が許さないだろう。そういうことを考える自分を。
準備を進めるしかないと、ベエモットはしぶしぶ作業を再開した。
十分後ーー。
「こんなものでしょうかね……」
ベエモットの目線の先には、床に敷かれた、アクアワールドの魔法陣が書かれた一枚の紙に、紙の上にはコントロール室でこっそり拾った睦月の髪の毛、クリスタルで作られている竜の置物が置かれていた。これで全ての準備が整った。
「後は呪文を唱えるだけですね」
呪文を唱えるだけで手に入らない。秘宝を手に入れるまで儀式の手を止めてはいけないルールが存在する。
「要するに、気を抜いてはいけないということですね……」
愚痴をこぼしそうな表情でつぶやくと、ベエモットは黒の人魚族に教えられた呪文を唱え始める。
『この世界を守るニ体の竜よ』
『この世界を見守る守り神ーー夢鏡よ』
『聖なる鐘、聖なる魔法陣と共に目覚めたまえ』
「エクラ・シーノ・エスプリオ・ドローム!」
最後に、ベエモットが夢鏡を出現させる呪文を口にした時だった。
呪文が合図だったかのように、教会内に異変が起こる。ジワジワと歪んでいく教会内の空間は立っていられるはずもなく、一秒でも気絶してしまいそうな目眩をベエモットは体験していた。さらに、竜の鳴き声のような、思わず耳を塞いでしまうほどの轟音も鳴り響き気が緩んでしまいそうだった。
二つの異変が収まった頃、続いては目を瞑るほどの閃光に襲われた。強過ぎる光は十数秒ほどで弱まっていく。ようやく目を開けられるようになった瞬間、お目当ての物が姿を見せた。
光で反射される鏡、竜の装飾で目立つ鏡の縁。間違いない。あれこそ求めていた夢鏡である。
「おぉ……! あれが、夢鏡……!」
ベエモットは神々しく放つ夢鏡の光に魅入られ、無意識に前に進んだ。
二歩進んだ時に「ベエモット!」と呼ばれたことで自我を取り戻す。
振り返ると声を出した少年、睦月が怒りの形相でベエモットを睨んでいた。その怒りの表情は般若の面すら敵わないほどだろう。
ベエモットはやはり来たかとわかっていたような顔で睦月を見やる。
ーーさて、どうしましょうかね……。
睦月をどうするか、対応に悩んでいると遅れて弥生とスリジエが教会内に入って来た。二人共に人魚の姿に戻ってはいたが、息切れを抑えるのに必死のようだ。
三人が出揃ったところで、ベエモットは眉間にしわを寄せる。
ーーどうやら、追いつかれてしまいましたね。
三人なら必ず追いつくだろうと、薄々感じてはいたが、こんなにも早く追いつかれるとは思いもしなかった。
焦りを感じ始めたベエモットに睦月が追求する。
「ベエモット! その夢鏡をどうするつもりだ!」
〈夢鏡をどうするのかーー〉
計画では黒の人魚族に差し出す手筈だった。誰にも邪魔されず、淡々と計画を進めるはずだった。
ーー私にどうしろと言うのか。
計画をこのまま進めるか、計画を中断させるか、ベエモットに二択が突きつけられた瞬間だろうか。
爆発したような音に教会内が包まれたかと思えば、夢鏡の魔力が大量に教会内に溢れ出した。
その光景でベエモットはあることを思い出す。
(いかん! 儀式を中断させると夢鏡が暴走してしまうこと、頭から離れていた!)
ーー止めなければ!
ただそれしか頭に入らなかったようで、一心不乱に夢鏡に向かって走り出したベエモットの姿があった。その姿はどこか家族を守る思いが微量ながらにじみ出ていた。
頑張って執筆速度を上げようと努力中です。
頑張ります。




