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受け入れることしかできません

みんなと同じ学生服に身を包んでいる後姿でもすぐに分かる、こっちを見てくれないその人が、総ちゃんだって。


「陽菜、おつかれさま。」


総一郎の向かいに座る結香が、わたしに気づいて声をかける。


「お待たせ。」


喉の奥につっかえるような、吐き気のような気分を飲み込みながらなんとか口の端をあげられたと思う。

結香の声にこちらを振り返る総一郎をできるだけ見ないようにしながら、総一郎の横を通りすぎて結香の隣に座った。


「・・・どうした?」


総一郎のシンプルな質問に、私は笑えてなかったのかと、頬に手を添えて確認する。

どうして、ちゃんと、笑っているのに。


「んー?こうじいに、数学ちゃんとしないと夏休みに補習になるって言われちゃった。」


声を聞くだけで抑え込んだはずの嗚咽が、喉の奥からせりあがってくる。

やっぱり総ちゃんの顔は見られなくて、隣の結香の方に少し体を向けた。

結香も、言葉のすべてをそのまま信じてはいないんだろう、私の真意をさぐるようなその瞳に押されてしまわないように、私はこっそりと深く息を吸い込んだ。


「でも珍しいね、2人でマックなんて。」


吸い込んだ息を吐き出す勢いで、つっかえていたものを吐き出した。

このまま、何も知らないと思われながら2人と接するのは決定的なダメージは与えてもらえず、じわじわと酸素を薄くされて死んでいくような、そんな感じがしたから。


数秒の、ピリピリとした沈黙の後に結香が意を決したように口を開いた。


「陽菜、あの・・・。」


「付き合うことにした、俺ら。」


その結香の言葉を遮るように総一郎がそう告げる。

私はそこでやっと、総一郎の方にゆっくりと向き直った。


「うわー!おめでとう!」


半分、よりももっと予想していた出来事に私は用意していたリアクションを取る。

本当はもっと気のきいた言葉を言うつもりだった。

だけど総ちゃんが。


結香と付き合うと言った、総ちゃんは笑っていたから。


「おめでとー!」


結香の方を見て、笑う。

いつもなら、結香の手をぎゅっとするところだけど、今そうすれば震えているこの手に結香が気づいてしまうだろう。


「ありがと・・・。」


少し眉を下げて、不安そうな面持ちで私に礼を言う結香に、これ以上余計な心配をかけたくなかった。


自分にも他人にも厳しく優しい結香は、すべての人に平等でいつでも正しい。

結香のそばにいると、いつでも自分も正しく強くなれる気がするんだ。

その強さに私が惹かれるように、総ちゃんだって惹かれたんだろう。


好きなものと嫌いなものを明確に分けて、切り捨てることができる総一郎。

それが本当に正しくとも正しくなくとも、自分と自分の好きなものを守るためには、どんな我儘も通してみせる。

すべてを善で取り囲んでしまえば外から見るととても美しけれど、それはまるで見た目は美しいけれどプランクトンも何もなくて生き物が住めない綺麗な水に似ていて生き苦しい。

結香の生きる世界は、それに良く似ていると思う。

その苦しさからすくってくれるのが、総一郎の自分本位な我儘なんだろう。



「お似合いね。」


本当に思ったことが、口からついて出た。

偽りの笑顔を浮かべながら、本音が言えるなんて思ってもみなかった。



足りないものを補い合える2人。


残されたのはからっぽな私だけだ。

与えられることばかりを望んで、正しくもなく守れるものもない。


私にできることは、2人の結論を与えられたまま受け入れるだけだ。

いつだって受け身だった自分が今更どうしようと言うのだろう。


結香と総一郎が別れて欲しいと、思うことすら放棄して。


何もしないから、せめて失うことから逃げ出そうと思う。

総ちゃんの一番が私だったという思い出だけが薄れないように、もう何も受け取らないように。


「じゃあ、邪魔しちゃいけないから私先に帰るね。待っててくれてありがとう。」


これが私の最後の卑怯。

こうやってこの場から私が去れば、優しい結香がどう思うかなんて分かっているのに。

それでも逃げ出さずにはいられなかった。


「え、陽菜、待って。」


焦りを含んだ瞳で結香が私を見つめるけれど、それを見つめ返せるほど私の精神力は残っていなかった。

明日からは平気でいられるように。


「まあまあ。」


何か言葉を紡ごうとする結香を遮るように、顔をそむけた。

椅子にひっかけていたバッグを肩にひっかけ直して、席から立ち上がる。


「なんだ、帰んの?」


総ちゃんが少し拗ねたように、私の希望的観測で見ると残念そうに、唇を尖らせて机にひじをついて手にあごを乗せる。

そんな一言ですら、私を望んでくれているのだろうかと思えて未だに嬉しく思ってしまうけれど。


「じゃあ2人とも、ばいばい。」


足早に店を出ると、喪失感だとか倦怠感だとか不快なものがいろいろと降りかかってくるようでとっても苦しかったけれど、逃げ出すのが得意な私ならなんとかなるだろうと思う。

駅までの数分の道を、こみ上げてくる涙をこらえないといけないということをのぞけば総ちゃんや結香と帰ったときと変わらないように、一歩いっぽ進んでいく。

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