第九十話 狭間市の長い一日 フレヴァング
浩平は静かにフレヴァングを下ろした。
「よし、狙い通りだ」
その顔に浮かんでいるのは笑み。横にいるリースが浮かべているのは呆れ顔。当たり前だ。狙撃手は見つからないように射撃するから距離を取りながら射撃するのが基本だ。だけど、浩平はそれを全て断って敵をひきつけている。
リースと孝治以外が知ったなら無謀と言うだろう。もちろん、周でさえ。だけど、リースだけは絶対の信頼で浩平のそばにいた。
「大丈夫?」
でも、不安はある。そんなリースを見た浩平はリースの頭を撫でてやった。
「絶対とは言わない。でも、俺はお前がそばにいてくれれば負ける気はしない。それが、何千何万の敵だとしても」
浩平は絶対的な自信と共にリースは言う。リースはそれに頷く。浩平を信じているから。そして、浩平の実力を知りたいから。
「わかった。援護はする。作戦は?」
「こういう時って航空戦力の指揮官がいるはずなんだ。そいつをまず倒す。後は火力にものを言わせて殲滅だな」
「了承。浩平、しゃがんで」
浩平がしゃがんだ瞬間、凄まじい勢いで迫ってきていた翼竜にリースは純粋な魔力そのものを叩きつけていた。
翼竜の体がひしゃげて落下する。地上にいる『ES』の人達がトドメをさすだろう。
「エルセル・ディオ・グイン・ラルフ。浩平、来る!」
リースが一瞬で本を掴み開く。
「わかっているさ。わかっているから」
浩平はすぐさまフレヴァングを構えた。そして息を吸い込み、
「我が求めに応じよ、フレヴァング。そして、お前の力を解放しろ!」
リースの目には浩平が持つフレヴァングの力が数倍に膨れ上がったのを感じた。
リースの額に汗が流れる。ただのデバイスだと思っていたフレヴァングは神剣だった。力が数倍に膨れ上がることはありえない。それが神剣として力を封じていない限りの話だが。
確かに、デバイスを取り出す時にいちいち名前を呼び出す必要はないが、浩平は時々フレヴァングの名前を呼んでいた。
「リース、一緒に戦うぞ」
浩平がフレヴァングの引き金をひく。もちろん、一回だけじゃない。引き金をひく速度は限界ギリギリ。しかも、放ったエネルギー弾は正確に空を飛ぶ魔物を撃ち落としていく。
リースは開いた書物の魔法から対空魔法を発動させる。属性は風。能力は圧縮弾を放ち、当たった瞬間に暴風を局地的に発生させる魔法。
その魔法の威力は凶悪そのもので翼竜すらも一撃で地面に叩き落としていた。浩平はフレヴァングの引き金を引きながら頷く。
「さすがリースだな。俺もうかうかしてられんし」
「浩平の方がすごい。浩平は私よりも強いから」
「二人で一人前。それでいいだろ。ちょっと待て」
空に浮かび上がっていた魔物達が一斉に建物の影に隠れた。そして、隠れたまま動く気配がない。まるで、何かに道を空けたかのように。
あまりに空気がおかしい。浩平の目にはトロルと戦いながらもこちらを気にしているアル・アジフの姿がある。
「来る、かな」
浩平はフレヴァングを下ろして周囲を見渡す。浩平の目には何も映らない。なら、敵がいる場所は、
「上だ!」
浩平が上に向かってフレヴァングを構えるのと上空にいた何かが急降下してくるのは同じだった。
ここに突っ込まれたならかなりマズい。病院自体が崩壊すればたくさんの人が死ぬ。
「リース!」
「エルセル・ディオ・グイン・ラルフ」
リースは新たな本を手に取った。そして、魔法を発動させる。魔法の種類は支援魔法。効果は衝撃吸収。
浩平はリースの体を抱えて横に飛んだ。
凄まじい速度による衝撃波が浩平の背中を襲う。だけど、抱きかかえるリースだけは絶対に放さなかった。
「リース、無事か!」
「無事。浩平は?」
「俺をなんだと思っている」
浩平は振り返りながらフレヴァングを向ける。そこにいるのは天狗と烏を合わせたような烏天狗だった。
リースはその顔に見覚えがある。
「前『風帝』」
「ほう、お嬢ちゃんは知っておったか。その小童は知らないみたいだが」
「ほっとけ。つか、病院を破壊するつもりだったのか?」
「人間の命に何を躊躇う」
烏天狗は笑って答えていた。浩平の背中が総毛立つ。
「てめえみたいな奴がいるから!」
浩平はフレヴァングの引き金を引いた。いや、引いたはずだった。フレヴァングが烏天狗によって無理やり浩平の手からもぎ取られる。もちろん、浩平の指を変な方向に折って。
「あがっ」
「浩平!」
あまりの痛みに浩平が声を上げる。だが、それは一瞬。すかさずリースが治癒魔法をかけた。
「人間が吠えるでない。貴様のような人間は見たことがあるな」
「何を」
浩平が烏天狗を睨みつける。烏天狗は持っていたフレヴァングを後ろに投げた。
「同じようにライフルを使った男だ。小娘一人守るために立ち向かって来た哀れな男。同じようにライフルをもぎ取ってから殺してやったわ。その時の小娘の腕の中にいた小童も、お前と同じ『こうへい』と言ったか」
その瞬間、浩平の感情はあらゆる憎悪に塗り替えられていた。浩平が烏天狗を睨みつける。
「お前か」
あの時、浩平だけが生き残った。
父親は死に、姉は殺された。その現場を見ていた浩平だけが生き残った。いや、興味を失ったというべきか。
浩平はそれから復讐を胸に秘めて戦っていた。それを誰にも話さないまま。リースにさえ。
「お前が、父さんと、お姉ちゃんを」
「ほう、あの時の小童か。面白いな。その目、気に入った。ここでは邪魔が多い。街の外れにある公園、いや、広場か? そこで待っている」
その言葉と共に烏天狗が空に飛び上がる。
「待ちやがれ!」
浩平が叫ぶが烏天狗は止まらない。
それを見た浩平は屋上から出るため走り出そうとする。だけど、その手をリースが掴んだ。
「リース、離してくれ。オレは敵を討たなきゃいけないんだ」
「わかってる。でも、今は」
「あいつを倒さなければ、オレは」
リースは力任せに浩平の腕を引っ張った。浩平はあまりに予想外でそのまま引っ張られ、リースが浩平の頬に手を当てる。
そして、リースはキスをした。
ほんの一瞬、触れ合うようなキスに浩平の動きが完全に止まる。
「落ち着いた?」
「別の意味で緊張した」
「私も」
リースは顔を真っ赤にしながら浩平に抱きついた。
「敵は強い。一人で戦ったら勝てない。だから、私もいく」
「それは」
「あいつは浩平を傷つけた。十分」
リースが本を開く。そして、魔法を放った。
迫って来ていたグレムリンが白い炎に焼き尽くされる。本来、赤いはずの炎はリースの怒りによって温度を10倍近くまで上がったのだ。
「二人で」
「わかった。それと、ごめん。隠してて」
この話は誰にもしたことがなかった。話したくなかったからバカなキャラを極めていた。不幸なことがほとんど無かった幸せな奴だと思わせるために。
だから、神剣を手に入れて力を蓄えていた。ようやく、敵を見つけた。
「その前に、仕事を片付けないとな」
浩平がフレヴァングに手を向けると、フレヴァングは浩平の手の中に収まった。
「でも、指が」
「フレヴァングには二つの力があるんだ。一つは射撃補助。もう一つが治癒」
浩平はフレヴァングの引き金に当てた指から痛みがひくのがわかった。だから、浩平は本気をだす。
「これが、フレヴァングの本気だ」
リースは気配を感じて振り返った。そこにあるのは大量の銃。フレヴァングによって射撃補助として使える銃だった。
「一斉斉射。目標、隠れている航空戦力」
そして、引き金が引かれる。放たれた弾丸は一つにつき一発ずつ。だが、それらの弾丸はビリヤードのようにお互いを弾き合い、建物に使って跳弾し、一発で数体の魔物を貫いていた。
浩平がフレヴァングをしまう。
「すごい」
リースはあまりの光景に呆然とする。
「リース、行こう」
浩平がリースの手を引いて歩き出そうとした時、屋上のドアが開いた。そこから出てきた人物を見て浩平は目を見開く。
「周! 起きたのか!」
「ああ。悪いな。話は聞いた」
「あーあ、隠してたんだけどな。周、俺は行くぜ」
「むしろ、行け」
周は浩平に近寄るとその胸に拳を入れた。もちろん、軽く。
「この場はみんなに任せろ。オレは音姉達を助けに、お前は自分の過去を断ち切るために行け。隊長からの命令だ」
「助かる。リース、行こう」
「うん」
浩平とリースは走り出す。その光景を見ながら周は小さく溜息をついた。
「さて、オレも出るとしますか」
フレヴァングは神剣だった。
フレヴァングが特別ということに気づいた方はどれだけいるでしょうか。ヒントがあったのは第十八話のエンカウントで浩平がフレヴァングを呼び出した時の言葉です。気づく方がすごいですが。
周も戦線復帰し、物語は進みます。次は人型機械兵器VSドラゴン。どうなることやら。