第七十二話 過去と現在
今までバラまいていた伏線を回収していきます。
『ES』穏健派代表が何故狭間市にいるのか。落ち着いて暮らしたいと言った都がどうしてアル・アジフ達と共同生活をしたのか。
少しだけおかしな部分があったところなので、気づいてくださったなら嬉しいです。
この話から前半の終わりに向けて物語を加速させます。
オレは前から疑問に思っていた。
何故、『ES』穏健派代表のアル・アジフが一部隊を連れて拠点のある中東ではなく、こんな『GF』の領地にいるのか。
何故、狭間市の市長は『GF』を拒み、『ES』を招き入れたのか。
オレはその理由を聞くために椅子に座った。机と向かい合っているのは狭間市市長都築春夫。そして、アル・アジフ。
「夜中に呼び出されるとは。『GF』は横暴な組織だな」
「そんな話をするために来たわけじゃない。今回はあなた達に聞きたいことがあって来た」
都築春夫が鼻で笑う。完全にオレをバカにしているな。
「敬語すら使えないのか。最近の若者は」
「オレが聞きたいのは二人に一つずつ。一つは狭間の鬼について。市長、あんたが頑なに『GF』に隠したいことを話して欲しい。一つはアル・アジフ、お前がここに来た理由だ」
「それは問題視することかの?」
アル・アジフが笑みを浮かべながら尋ね返してくる。それに対してオレは頷いた。
「アル・アジフは別で狭間の鬼に関して何かを知っているんだろ」
「理由は?」
「魔界が、魔界五将軍の一人が狭間の鬼の力を使おうとしている。そんなにすごい存在なら、何かある。違うか?」
「ふん、子供のくせに知恵が回る。だが、話すと思って」
「良かろう」
アル・アジフの言葉に都築春夫は目を見開いていた。アル・アジフはオレにだけわかるようにウインクする。
どうやらアル・アジフも都築春夫に話させたかったようだ。もしかしたら、アル・アジフ自体が狭間の鬼について詳しくないだけかもしれない。
「まずは我からじゃな。我が知る内容は多くはない。まずは狭間の鬼については知らぬことが多い。他地域の伝承にすら載らぬからの。ただ、狭間に封印された鬼の話は有名じゃ。そなたも知っておろう。約50年前、海道時雨や善知鳥慧海が封印した神のことを」
「破壊神か。人柱を使ってようやく封印出来た存在。確かに、人柱を使わなければいけないほど強大な神は狭間の空間に封印する方が確実だな」
狭間というものは外部からの干渉が受けにくい。そこに存在するものを消し去るのは容易ではない。特に、自然界でのものは。時雨達は世界と何かの狭間に破壊神を封印したと考えれば納得は行く。
狭間に道を開けるために人柱を使ったとも考えられる。それほどまでに狭間は強力だから。
「その破壊神は別名こう呼ばれていたのじゃ。『Destroyer』とな」
「聞いたことがないな。どこの話だ?」
「中東じゃな。特にインド周辺。ヒンドゥーの神々の力によって封印出来たとされる存在じゃ。文献を漁る限り、天下無双と言うべき力を持つ」
ヒンドゥー教は確かにたくさんの神々がいる。さすがに、日本の古来からある八百万神には及ばないけど。というか、日本はいたるところに神がいるとされるからな。確か、時雨が調べたところ、800万どころか2000万ほどいるらしいし。ごっちゃ混ぜを含むけど。
というか、『Destroyer』って英語なのに中東で広まるのね。摩訶不思議だよ。
「文献が誇張されていない表現だとするなら、この世界が滅んでもお釣りがくる」
「ちょっと待て。慧海達がいてもか?」
「そうじゃ。『Destroyer』は世界を四度滅ぼした存在じゃ。滅びの炎に焼かれても、創世の氷に閉じ込められても死なぬ存在。過去に封印出来たのは50年前を含め二回。倒せたのは一回だけじゃ」
「アル・アジフは知っているのか? 破壊神のことを」
「・・・文献じゃ」
アル・アジフがオレから視線を外す。その目には涙がかすかに見えていた。だから、オレは追求することを止める。
オレ達の会話を聞いていた都築春夫がまた鼻で笑った。
「くだらん。文献に左右されて。『ES』も落ちたものだな。私は帰らせてもらう」
「話はまだ終わっていない」
「私から話すことはない。くそっ。『GF』が来るとは思わなかった」
そして、都築春夫が出口のドアを開けた時、ドアの前には都の姿があった。都は都築春夫を睨みつけている。
「何故、都がここに」
「私が自分の家にいたらおかしいですか? お祖父様。お祖父様は何も話さないつもりですか?」
「黙れ! 私に口出しするな! 化け物め!」
その言葉と共に都築春夫が都を押しのけて部屋から出て行く。都築春夫が都を見る目は都に恐怖しているようだった。
オレは立ち上がって都に近づく。
「都、平気か?」
「平気です。いつものことですから。本当は出るつもりなんてなかったのですけどね、お祖父様は必死に隠そうとしましたから。周様に私がここに暮らしている理由が知られようとも、私は理由を話すことにします」
「都は、やはり隔離されていたのか?」
オレは最近都の家によく行っているが(護衛のためだからな。それ以外には何もない)家族の姿を見たことがない。
都自身が駄々をこねたと言ったが、そうしなければならない理由があったということだろう。だって、大切な娘をこんな場所に一人にするわけがないから。様子見くらいは普通にするはずだ。同じ市内にいるのだから。
「私はお祖父様から嫌われています。お父様やお母様は私を愛してくれますが、時々見る目が変わります。だから、落ち着いて暮らしたいのです」
「それは、都が今年の巫女になるべきだと言われた理由が関係しているのか?」
琴美が巫女になったために最初はいろいろと揉めていた。ちょうど、オレ達がここに来た時だったので、よく覚えている。
「はい。アル・アジフさんにも話していないのでちょうどいいかと思いまして。私は、お祖父様の言ったように化け物です」
都は今にも泣きそうな顔で言葉を続ける。
「私は人間ではありません。人間と鬼の間に生まれた忌み子です」