第五十二話 病院の前にて
ユニークが千人突破しました。読んでいただきありがとうございます。
今回は久しぶりに正を出してみました。未来を体験したなら、あなたはどうしますか?
リースは一人でベンチに座っていた。
場所は病院の前。由姫が入院している病院の前だ。今は周と音姫が見舞いに行っている。音姫が行ってから周が向かったのもリースは見ていた。
だから、リースはベンチに座って竜言語で書かれた本を読む。そして、それを唐突に閉じた。
「周と話がしたい?」
前を通りかかった人物に話しかける。通りかかった人物は海道正。
「おや、君は確か」
「あなたが周と会ったことは知っている。結果を知っていることま」
「へぇ~、僕はそんな力知らないけど?」
「当たり前。浩平にすら言ってない」
リースは立ち上がった。立ち上がって竜言語の本を戻す。
「あなたと話がしたい」
「僕も、君と話したくなったよ。その木の影にいるお嬢さんもどうかな」
リースは驚いて振り返った。そこに七葉がいたからだ。リースには気配すら感じなかった。
リースの額に汗が流れる。
「やっぱり、ここに来たんだね。周兄と話をするには十分だしね」
「やっぱりということは、君もお仲間かな?」
「どうだろうね。海道正。でも、私は君を肯定しない」
「どういう理由かな?」
正の目が微かに細まる。たったそれだけで強烈な殺気が二人にだけぶつけられた。だが、リースはこの殺気を知っている。
「七葉が怒る理由はわかった」
「おや、どうやら気づかれたみたいだね。僕の正体に」
「言うつもりはない。でも、浩平に危害を加えるつもりなら知らせる」
正がニヤリと笑みを浮かべた。その笑みは似ている。ある人物と。
「リースさんもえぐいことをするね。それを教えたら正は確実に消え去るはずなのに」
「死なないはず。私が推測するあなたの武器は」
「言わなくてもいいよ。誰が聞いているかわからない」
正が降参という風に手をあげた。
七葉が小さく息を吐いて戦闘体勢を解く。周囲に展開していた頸線が槍となり虚空に戻る。
「多分、君が考えている内容は合っている。まさか、僕達と一緒の存在でない君がここまでわかるなんて」
「一緒の存在? 私達はあなたと違う。私達が知っているのは経験だけ。体験じゃない。正とは違うよ」
「そうだね」
正が笑った。まるで、自分を自嘲するように。
リースがベンチに座る。
「あなた、いや、あなた達の目的は、世界を変えること?」
「違うよ。世界をより良き世界にする。僕はそう思っている」
「私達は世界に介入すべきじゃない。世界は変わっているよ。常にね」
「そうだね。うん、あまりに変わりすぎていると思わないかい?」
その言葉に七葉は首を傾げた。
「僕が知る未来と結果が同じでも、過程が全く違う。面白いほどにね。だから、確かめたいんだよ」
正は笑みを浮かべた。
「この世に世界を動かす神がいるかどうか」
本当に世界を動かす神がいるならそれは人の出る幕じゃない。神によって都合よく人は踊らされているだけだ。
正はそれが知りたいわけではないと思う。
「正が出来るかわからないけど、私は無理だと思うよ。そんな力」
「この力がかい?」
リースは慌てて振り返った。いつの間にか正が七葉の後ろに立っていつの間にか抜いた剣を首筋に当てている。剣の柄はまるで時計のように一部の針が動いていた。
七葉が瞬間で頸線を張り巡らせようとする。だが、正の腕が動き、頸線は全て斬られた。
「僕には力がある。だから、僕は確かめてみせるよ」
その言葉と共に正が消えた。
七葉がその場にぺたんと座り込む。
「嘘。強く、なってる」
「無事?」
リースは慌てて七葉に駆け寄って立ち上がらせた。
少しだけ呆然としていた七葉は小さく頷く。
「リースさん、ありがとう。あのさ、私のこと、みんなに内緒にして欲しいな」
「大丈夫。秘密にする」
「ありがとう。私は自分の未来を知っているから、今を幸せに生きたい」
そして、七葉は笑った。
「死ぬまで幸せにね」
まるで、七葉はもうすぐ死ぬと自分で言っているようだった。
リースはその笑顔を見て首を横に振る。
「死ぬとわかっているなら運命に抗うべき。私はそう思う」
「そうだね。でも、抗えない運命もあるんだよ」
又は、抗うことの出来ない宿命というべきか。
七葉はベンチに座った。リースもベンチに座る。
「私は、無理を言って狭間市に来た。私の未来を試したいから」
「どういうこと?」
「知らない体験をして強くなる。私は、そう決めたんだよ。自分で」
「みんな、戦ってる」
「うん」
リースと七葉は空を見上げた。
誰もが戦っている。第76移動隊の場合は大半が過去が理由だろう。
周は過去に苦しみ、孝治は過去に嘆き、悠聖は過去を悔い、音姫は過去を見つめ、光は過去に失った。
亜沙は今のため、由姫は未来のため戦っている。誰もが、自分の何かに呼応して戦っている。
「抗えない運命だとしても、悪あがきは嫌いじゃないから」
七葉はポツリと独り言を漏らした。
「私は強くなる。悠兄の妹として、周兄のいとことして胸を張れるように」