第三十七話 チーム戦
光の異名の由来と音姫と孝治の力の片鱗があります。周はあくまで器用貧乏。一芸特化にはなかなか勝てません。
基本的に大人数又はチーム戦では開始直後から広域に攻撃可能な魔術が放たれやすい。
何故なら、開始直後は敵はまとまっていることが多いからだ。さらに、味方と混戦していない。
ゲリラ戦のようなものでは通用しないが、戦争時でもよく見られる光景だった。
そう、オレ達がやるチーム戦でも。
オレはレヴァンティンを地面に突き刺して大規模魔術を放つための補助として魔術陣を展開する。
対する相手は中村が赤い翼を作り出して空に飛び上がった。
『炎熱蝶々』。
中村が持つSランクに位置するレアスキルだ。飛行能力ととある能力の二つがある。
中村がオレ達に槍を向ける。槍の名前はレーヴァテイン。オレのレヴァンティンと読み方が違うだけの武器。だが、その本質は同じ。
「投影発動。能力解放」
中村の周囲に中村が持つレーヴァテインと同じ槍が何百と現れる。
レヴァンティンもレーヴァテインもある魔法を封じ込めている。それは、世界を力を持った魔法だ。
レーヴァテインはその力を解放し、絶大な爆発力を作り上げることが可能だ。
それを大量にコピー出来るレアスキル、『物質投影』で増やす。もちろん、威力は桁違い。たったこれだけで戦闘が終わることもある。
だから、オレは魔術を展開する。
属性は水に炎。
鬼に使ったものとよく似ている。だが、出力という点では大きく異なる。
「斉射!」
中村が一斉にコピーしたレーヴァテインをオレ達に向かって放った。オレはすかさず魔術を放つ。
魔術によってかき集めた水に膨大な熱量を通し、一瞬で水蒸気爆発を起こす。
オレ達はすでに展開していた防御魔術で水蒸気爆発の余波を受け流す。対する放たれたレーヴァテインのコピーは軌道を変えて地面に突き刺さる。突き刺さった瞬間、凄まじい爆発が起きた。
「し、死にませんよね」
都が引きつった声を出す。
ちなみに、魔力の攻撃なので、体内の魔力を根こそぎ消耗して昏倒はするだろうが口には出さない。
何故なら、浩平が水蒸気の合間を抜いて突っ込んできていたからだ。
孝治の持つ『影渡り』はかなりの制限を受ける。その一つが太陽だ。太陽の光がある内は前準備を必要とする。
移動する先が見えるという欠点と共に。だから、孝治は飛び込んできた。
オレが地面からレヴァンティンを抜いた瞬間、由姫が一気に飛び出した。音姉と七葉は二人で迂回ルートを通っている。
オレは都の方を振り返った。
「都、準備はいいな?」
「何が、ですか?」
「来るぞ」
由姫が孝治の黒い剣を受け流し、そのまま肘を叩き込もうとした瞬間、何かが閃いた。由姫はすかさず体を沈み込ませ、孝治の横から振られた刀をギリギリで避ける。
そこには、驚いた表情の亜紗。
孝治と亜紗は同時に下がった。
「音姫さんに俺達を当てないとはな」
「お前らの厄介な援護メンバーを倒すためだよ。浩平の腕ならお前らの援護を普通にするだろ」
「違いない」
レヴァンティンを構えながら由姫に並ぶ。
「兄さん。孝治さんと戦ってもいいですか?」
「いや、別にいいけど。戦えるのか?」
「都さんは兄さんの援護をお願いします。試したいことがあるので」
由姫はそう言いながらニヤリと笑みを浮かべた。
オレの背筋に寒気が走る。おそらく、孝治にも。
「周様、いきましょう」
都がいつの間にか片手銃とナイフを構える。ナイフはかなり高価で珍しい帯電能力を持つライトニングナイフだ。
オレはレヴァンティンを握っている右手から左手に持ち替えた。
「亜紗、手加減はしない」
その言葉と共に身体能力を向上させる魔術を複数展開する。
亜紗は頷いて刀を構えた。
「いくぞ!」
オレは地面を蹴る。
由姫の肘が黒い剣でガードした孝治を吹き飛ばした。孝治が吹き飛んでいる間にも由姫は距離を詰める。
孝治からすれば何度か戦ったことのあるナックルとの戦い。だが、孝治の知る相手とはレベルが違う。
剣を振っても全て弾かれ、カウンターが飛び込んでくる。かといって防御に回っても、その防御力を上回る攻撃が飛んでくる。
孝治は大きく後ろに下がった。
「強いな」
「ありがとうございます」
由姫は攻撃の手を緩めない。
距離を詰めずに地面にナックルを叩きつける。そして、畳返しのように地面が裏返った。
孝治はすかさず後ろに下がった。だが、畳は追いかけてくる。
「っつ」
孝治は黒い剣で両断する。だが、前に由姫の姿はない。
背筋が凍るような、力が集まった感覚が孝治の視線を空に向ける。
そこには、両手に凄まじいまでの魔力を凝縮した由姫の姿があった。
「はあぁっ!」
気合いを入れながら由姫が拳を振り下ろした。
「リース! 音姫さんは頼んだぜ」
浩平はそう言いながらフレヴァングを呼び出した。
相手は二人。音姫と七葉。音姫が前に出ている。
「まずは、七葉ちゃんを落とす。リースと光ちゃんの三人なら、音姫さんを倒せるはずだ」
浩平はそう言いながらフレヴァングの引き金を引いた。だが、放たれた弾丸は浩平が描いた軌道から若干ズレる。
音姫と七葉はお互いに反対方向に飛んだ。
「わかった」
リースが魔法書を手に取る。対する音姫は真っ直ぐ突っ込んでくる。
浩平はフレヴァングを二丁拳銃に変えて一気に引き金を引いた。
だが、全ての弾丸が思い描く軌道を描かない。
「なっ」
二丁拳銃からフレヴァングに変えて、引き金をおもいっきり引く。
すると、ピンという音が鳴り、七葉は弾丸をギリギリで避けた。
「頸線か」
頸線は魔力を通した線だ。糸というには強度が違う。その強度は浩平が溜め打ちをしてようやく切れるほど。
浩平はフレヴァングの設定を変える。
フレヴァングの側面についているセーフティを外し、七葉に銃口を向ける。
「これを使うのは久しぶりだな」
そして、浩平が引き金を引いた瞬間、極太のレーザーとでも言うべき大きさの弾丸が放たれた。
七葉はそれを見た瞬間、笑みを浮かべる。
そして、弾丸が消えた。
浩平が驚くのは刹那。変わりにフレヴァングから二丁拳銃に変えて引き金を連射する。しかし、弾丸はかすることすらしない。
「これで、終わりだよ」
七葉の攻撃範囲内に入った浩平に向けて、いつの間にか作り出した槍を振り上げた。だが、槍は振り下ろせない。
何故なら、七葉の頬を弾丸がかすったから。
浩平はニヤリと笑みを浮かべて二丁拳銃を真っ正面から七葉に向ける。
「惜しかったな。頸線から武器を作り出さなければ見抜けたとは思うぜ」
頸線の特徴として、頸線を練って編むことで様々な武器を作り出すことが出来る。ただ、形が難しければ難しいほど難易度は跳ね上がる。
七葉が使っているのは装飾もない普通の槍。
「弾かれた弾丸を弾いて当ててきた?」
「正解。ぶっつけ本番だったから失敗するか心配だったけど、成功だな」
「うん。私達の作戦も成功だからね」
七葉がそう言いながら槍を戻した瞬間、浩平の首筋にひんやり冷たい鉄の感触があった。
「七葉ちゃん、足止めご苦労様」
「音姉すごいね。私が全速力で浩平君のところに向かう時間とリースさんを倒す時間が同じだって」
「浩平、ごめんなさい」
浩平が視線だけそちらに向けると、服についた砂を払っているリースの姿があった。
視線を上空に向ければ光がレーヴァテインを音姫に向けている。
「ほう、黒か」
浩平がそう呟いた瞬間、浩平に向かってレーヴァテインのコピーが放たれた。
レヴァンティンが亜紗の刀とぶつかり合う。
「周さん、強くなった」
「お前は速すぎだ」
レヴァンティンで迫り来る刀を叩き落とす。時には右手で、時にはには左手で。
都は時々片手銃から弾丸を放っているが、亜紗には全く当たらない。涙目になっているような気がする。
そろそろ戦場も変わって来ただろう。おそらく、音姉と中村、由姫と孝治、オレ達と亜紗という構図になっているはずだ。
オレは後ろに下がった。
「都、拘束魔術は?」
「バインド程度しか」
「当たらないか」
バインドは発動から拘束まで一秒の時間を必要とする。素人なら当たるかもしれないが、戦場ではそんなものは当たらない。
当てようと思えば何百人が同時に使って面を拘束するぐらいしか方法がない。
亜紗は静かに刀を鞘に収めた。オレの額に汗が流れる。
「周様と同じ白百合流ですか?」
「いや、違う。白百合流は白百合家にしか継承されない。あれは白楽天流。白百合流の原型だ」
白楽天流。
使い手を選ぶと言われる究極クラスの武術。はっきり言うなら白百合流の一撃特化。
白百合流は確実に相手を倒すものだが、白楽天流は一撃で相手を倒していく型。
オレはレヴァンティンを鞘に収めた。
「都、やられた場合は頼む」
「周様が、ですか?」
「ただではやられない」
はっきり言うなら勝てる気はしない。よくて相討ち。タイミングを間違えたなら一方的にやられる。
オレは足に力を込めて地面を蹴った。
由姫の拳が地面を砕いた。だが、当たったという感触はない。
勘を頼りに振り返りながらナックルを振ると、黒い剣とナックルがぶつかり合い互いに弾かれた。
「今のが試したいことか?」
孝治が一気に攻勢に出る。
巧みに黒い剣を振り回し、動揺している由姫をだんだん追い込んでいく。だが、由姫も負けてはいない。追い込まれながらもカウンターを放っていく。
「いえ、違います」
由姫はナックルで黒い剣を上に弾きながら足で地面を強く蹴った。
孝治はすかさず後ろに下がって地面に向かって黒い剣を振り下ろす。黒い剣が地面に突き刺さったところが爆砕した。
「これでもないな。試したいこととは何だ?」
「準備は出来ました」
由姫が静かに身構える。孝治も静かに身構える。
だが、孝治が冷静にいられたのはこの瞬間までだった。
孝治の体が浮かび上がる。何の攻撃も受けていないのに。まるで、地球の重力が少しだけ休んだように。
孝治の懐に由姫は飛び込んだ。孝治はとっさに黒い剣で由姫の攻撃をガードしようとするが、懐にいたはずの由姫はすでにいない。
体を捻りながら黒い剣を背後に向かって振る。だが、黒い剣は孝治の手から弾かれた。
「終わりです!」
由姫が拳を振り下ろす。そして、拳はまた地面を砕いた。
「えっ?」
「今のが試したいことか。さすがに全力でいかなければ回避は出来なかったな」
いつの間にか、由姫の知らない間に孝治は移動していた。その背中に漆黒の翼を形取らせながら。
属性翼。
それぞれの魔術属性を極めてものしか使えない最上級魔術だ。これを持つものはエリートとして扱われる。
「『影渡り』ですね」
「ああ。前準備を終わらせていた。危なくやられるところだった」
「私からすれば、大人しく倒れて欲しかったんですけどね。さすがは同い年で最強といわれる人です」
孝治が黒い剣を担ぐ。この動作は、孝治がある技を放つ前にすることだ。
由姫は身構えた。
「耐えきれ」
その言葉と共に孝治が黒い剣を振り下ろした。
光がレーヴァテインを大量にコピーしながら放ちつつ、音姫から逃げるように距離を取る。対する音姫は空中に作り出した魔力の足場を蹴りながら距離を詰めていく。
「やっぱり反則やで」
光は小さくぼやいた。
音姫の速度は光より若干速い。だが、光は不規則に軌道を変えているのに少しも離せない。
「しゃあない。セット」
レーヴァテインをコピーし音姫に向ける。だが、レーヴァテインのコピーは吹き飛ばされた。
「なっ」
「動揺したね」
音姫が一気に加速する。光はとっさにコピーを数千と作り出した。でも、これだけじゃ確実に足りない。
音姫の方を向き直り、背中の『炎熱蝶々』を音姫に向ける。すると、『炎熱蝶々』が炎の球を作り出した。
『炎熱蝶々』がただの属性翼とは違う点がこれだ。『物質投影』と組み合わせてあたかも地獄のような破壊力を生み出せる。それが光の異名の由来だった。
さらには音姫を取り囲むようにレーヴァテインのコピーを作り出す。
「能力解放!」
音姫がいた場所に巨大な爆発が発生した。光はもろにその爆発を受けて吹き飛ばされる。
考えられる単体防御ですら守ることが不可能な攻撃。レーヴァテインに封じられた力を解放し、集中的に叩きつける技。
光は小さく息を吐いた。
「これなら、さすがの音姫さんも」
煙が晴れる。そこには、刀を振り上げた姿の音姫がいた。傷一つなく、服すら汚れていない。ただ、髪の毛を括っていたリボンは腕に巻いている。
「手加減なしやん」
「ふふっ、さすがに今のはこうしないと受け止められなかったな。上達したね」
「手加減なしの一撃やったんやけどな」
光がレーヴァテインを構えようとする。だが、この時になってようやく体が拘束されていることに気づいた。見えない鎖に縛られているかのように。
「悪いけど、封じさせてもらったよ。悪あがきはほどほどにしないと」
「いつの間に」
「これで終わらせるから」
そして、音姫は刀を振り下ろした。たったそれだけで光は気絶する。
白百合流衣斬り『風迅一閃』。
狙った対象を遮蔽物の有無関係なく気絶させる音姫の十八番でもある技だった。
孝治が黒い剣を振り下ろす。たったそれだけで由姫がいた場所が大きく削れた。
由姫はとっさに横に飛び退いていたから平気だが、不可視の刃から放たれた衝撃波は確実に由姫の体を叩いている。
「反則ですよ」
「大丈夫だ。違反はしていない。まさか、ここまで強いとはな。俺を第二段階にシフトさせるとは」
「第二段階って、どこのラスボスですか?」
由姫は身構える。だが、いつでも回避出来るようにしながら。
孝治は少しだけ笑みを浮かべて黒い剣を構えた。
「臆しているのか?」
「当たり前だと思いますが?」
不可視の刃がどこまで伸びるかわからないが、見た限りでは二十mほど。その距離を由姫が詰めようとしてもコンマ二秒はかかる。
由姫は足に力を込めた。
「お前は二つの失策を犯した」
由姫は警戒しているのか何も話さない。
「一つは早々にオレを沈めなかったことだ。前準備を済ませなければ勝ち目は無かった。そして、もう一つは」
由姫の視界から孝治が消えた。
「距離を取ったことだ」
後ろから黒い剣が顔の横に飛び出している。
気配すら無かった。これが『影渡り』。
「私の負けですね」
「さて、俺達の負けも確定したようだな」
「そうですね」
孝治と由姫は同時に空を見上げた。
そこにいるのは括った髪を解いた音姫がゆっくり地上に向かって降りてきているからだ。背中には光が背負われている。
「後は、周か」
孝治が振り返った瞬間、視界にありえない光景が広がっていた。
そこには、都の連続攻撃に圧倒される亜紗の姿があった。
都の前で周がゆっくり倒れた。対する亜紗は片膝をついて何とか立っている。
都の目には、亜紗が一回刀を振るだけで七つの閃きがまたたいたような気がしたからだ。
亜紗がよろめきながら立ち上がる。まだ、都は生き残っている。
都はライトニングナイフを構えた。
おそらく、周は亜紗の足にダメージを与えたのだろう。攻撃するなら今しかない。
都は地面を蹴った。
まずやることは距離を詰めること。距離を詰めながら三つの魔術をストックする。
対する亜紗はその場にたったまま刀を構える。だが、立つのは辛そうだ。
そんな亜紗に向かって都は片手銃の引き金を引いた。だが、ただ引くだけじゃない。一回カチッと音がなるまで引いた後、すぐ魔術を発動させた。
ストックした魔術ではなく、雷属性の基本的な魔術で体の部位の一部を磁石とする魔術だ。
磁石にしたのは引き金を引いた指。その指を勢いよく引き金から放した。だが、引き金は磁石に引かれて追随する。
片手銃の銃口から放たれたのは散弾だった。
亜紗はとっさに防御魔術を展開する。だが、その瞬間に都はストックしていた魔術を発動させた。
二人の間に一瞬だけスパークが走る。
それを真っすぐ見てしまったのは亜紗だけだ。都はすでに目を瞑っている。
一瞬の視界の途絶と共に散弾が亜紗の防御魔術を叩いた。亜紗は閉じた目を開ける。そこには、迫り来るライトニングナイフがあった。
亜紗がライトニングナイフを叩き落とそうとした瞬間、ライトニングナイフから強烈な放電が起きた。
放電は亜紗に通じ、亜紗は微かな痛みで眉をひそめる。だが、それは亜紗にとって致命的だった。
亜紗の鳩尾に杖の先が入った。
亜紗の体がくの字に曲がる。杖を握っていた都はそのまま体を回転させて横から亜紗に杖を叩きつけた。
亜紗の体がよろめく。そこに都はストックしていた魔術を発動させる。
二十もの雷の剣を作るサンダーソード。
四つの雷の槍を放つ蒼槍。
その二つを亜紗に放ったのだ。回避出来る距離じゃない。だが、亜紗は都の杖を掴み引っ張った。
都は亜紗に引っ張られ、自らが放った魔術の直撃に巻き込まれたのだった。
次は狭間の日常に戻ります。