第三十六話 狭間の日常 海道周の場合 前編
狭間の日常は二つに分かれます。
「さて、オレは帰るとしますか」
オレは結界を切りつつ立ち上がった。
「もう帰るのか?」
アル・アジフも結界を止めて立ち上がる。
「ああ。話すことは話したし。フュリアスについて聞きたいことは聞いた。まあ、アル・アジフが隠したいことも」
「何がじゃ?」
「そう簡単に精神感応は出来ないってこと」
あくまで理論上は可能なだけだ。
アル・アジフは小さく溜息をついた。
「これからは、そなたに隠し事は出来ぬな。それより、朝ご飯を食べておらんのじゃろ」
「どうしてって、リースか」
「そうじゃ。都に言ってそなたの分も用意してもらっておる。共に食べぬか? 悠人も紹介したいしな」
悠人というと、都と一緒にいたあの少年か。見た目はただの頼りない少年だけど。
オレは少し考えて頷いた。
「わかった。っていうか、ここは都の家だろ。都は・・・、大丈夫か」
あそこまでオレに熱狂的だから大丈夫だと思うけど、どうしてああなったのだろうか。
オレはレヴァンティンを取り出して通信機器に繋げる。電話ではなくメールを音姉に向けて。
「都の家で厄介になるから。訓練には合流する」
オレはレヴァンティンから通信機器を外した。
「今のはレヴァンティンがメールに直したのか?」
「まあな。でも、最新型のデバイスならこれくらい出来るはずだ」
「ふむ、我らも新型にしないとな」
アル・アジフはそう言いながら愛用のデバイスを取り出した。
それを見たオレは純粋に驚く。
「旧型かよ」
「それほど古いのか?」
「まあな」
オレはそう言いながらポケットからデバイスを一つ取り出した。それをアル・アジフに投げる。
アル・アジフはデバイスを受け取ってよく見た。
「これは?」
「多目的デバイスの試作型。まあ、失敗作だけど」
「処理速度が追いつかぬのか?」
「まあな。マルチにしすぎて器用貧乏になったタイプだな」
通信から記憶まであらゆることが可能になった、と言えば響きはいいが、結局は処理速度に問題があり、今流通している新型の方が便利となっている。
「まあ、将来は多目的デバイスが主流になるだろうな。レヴァンティンも本来は多目的デバイスだし」
「そうじゃな。今の段階で多目的デバイスとしての性能を発揮すればいろいろ疑われる事態になるからの。それにしても、この型が古いとは。中東では一番人気じゃぞ」
まあ、最新型のデバイスは余計な機能をいろいろつけているからな。第76移動隊のメンバーはこのタイプを禁止している。
理由は音姉と孝治にしか言ってないけど。
「オレらもその一個上。現役型のデバイスだな。ちゃんとお金を払ってくれるなら、注文するけど」
「いや、愛着があるからの。普通の武器を取り出す分には今ので十分じゃ。しかし、そなたが仲介してもいいのじゃろうか」
「リースがこっちに来ているんだ。親愛の証として仲介すれば大丈夫」
オレはそう考えているから大丈夫だと思っている。
「そうだ。アル・アジフってデバイスについて詳しいか?」
「人並み以上にはの。何かあるのか?」
「ちょっと、試したいことがあるんだ。もし、一つのデバイスからいくつかの形態を取りたい場合はアル・アジフならどうする?」
これはかなり難しい問題だ。
デバイスは基本的に一つの形態しか取れない。複数の武器を使う場合は複数のデバイスを使うのが普通だ。最新型の一部は二つほど武器を取り出せる。
「デバイス自体の改良かの」
「武器をパーツに分けることは不可能か?」
「ほう、面白いことを考えるの」
「オレの戦闘スタイルから考えて、対抗の仕方を増やせばいいと思ってな。まあ、難しいけど」
パーツに分けた場合は絶対的な処理速度と正確さを必要とする。レヴァンティンなら理論上は可能になるが、実際に試してみても成功は難しい。
「基本的なパーツに骨格を組み込めば、簡易武器程度なら可能じゃな」
「やっぱり、簡易武器レベルか。出来れば、高能力の武器を作り出せたらいいんだけどな」
オレが小さくため息をつくのと、扉が開くのは同時だった。部屋の中に朝ご飯をお盆に載せた都が入ってくる。
「結界が切れたので入りましたけど、よかったですか?」
「ああ。ありがとうな。オレの分の朝ご飯まで用意してくれて」
「いえ、これくらいは簡単です。座ってもらえますか?」
都の言葉にオレ達はその場に座り込んだ。都は朝ご飯をオレ達の前に並べる。
人数は三人分。
「悠人はどこじゃ?」
「悠人なら出かけました。訓練をすると言ってましたけど」
「ふむ、あれか。まあ、いいとするか。周、また今度でいいかの?」
「別にいいぜ。さあ、朝ご飯を食べようぜ」
「そうですね。本当なら、周様の要望を聞いてからお作りしたかったのですか、時間がかかりすぎてしまいますのでこういう食事になりました」
普通の朝食だ。本当に普通の。
ご飯に卵焼き、納豆や魚まである。
「ちなみに、レパートリーは?」
「和英中米印ですね」
「そのレパートリーはある意味おかしいだろ」
オレは思わずため息をつくしかなかった。それを合図に全員が手を合わせ、いただきますと言う。
味は比較的普通だ。うん、普通。不可ではなく、可の料理。
「お味はどうでしょうか?」
「普通においしいな」
「よかった」
都が笑みを浮かべて胸をなでおろした。そんな都にアル・アジフが口を開く。
「都は前口上を決めたのかの?」
「いえ。今まで魔術で前口上は使っていなかったので」
魔術に前口上があれば使いやすいからな。
魔術は意志の力だ。
魔法と違って自分の意思で放つ部分が大きい。だから、魔術の前口上は魔法のものと大きく性質を異なる。
リースを例で言うなら、エルセル・ディオ・グイン・ラルフという言葉がそれに当たる。この場合はこれを言わなければ竜言語魔法を発動することはできない。もちろん、短縮することは不可能。
対して、魔術は発動しようとする意志の力で威力が変わる。ストックするのも意志一つで発動できる状態においておくものだ。前口上はその意志の力を上げるために使う。もちろん、使わなくてもいい。
「魔術はイメージが基本じゃ。練習するなら前口上を言えば良い。周もそうじゃろ?」
「オレは前口上を使わないからな。使うとしても、本当に限定的な部分くらいになるか」
使う場合は大規模治癒魔術のような精密な操作を必要とする魔術に関しては前口上を使おうと思っている。ただ、まだ使ったことはない。
その言葉にアル・アジフは肩を落とした。
「昔は『我が名において命ず』という言葉が流行っておったのに」
「確か、『我が雷神の名の下に、力の発動を認可する』っていうやつもいたよな」
オレが知っている奴だけど。
「前口上は基本的に自分を落ち着かせるための言葉じゃ。我はその有用性を主張するが」
「別に前口上を否定するわけじゃない。だけど、前口上は逃げ道に使ったらダメなんだ。魔術というのはイメージの姿。自然の力に干渉して力を借り受ける技術。それが出来なければ一流の道は遠い」
魔術と魔法は相反するもの。だからこそ、魔術の利点を伸ばすためにイメージトレーニングは欠かせない。
ちなみに、オレの場合は逆立ち腕立てを二十回する間に事前に決めたことを考える、という訓練だ。孝治ぐらいしか賛成してくれないけど。
「周様はどういうイメージで魔術を使っているのですか?」
「オレは自然に語りかけるような感覚だな。自然に感謝しながらその力を借りようとする。あくまで、掌握しようとしないのがオレのポイントかな」
「掌握しない、ですね。周様、私も第76移動隊の訓練に参加してもよろしいですか?」
「別にいいけど、どうして?」
断る理由はない。むしろ、断る理由を見つける方が難しい。
『GF』にとって、民間人の訓練の参加は歓迎することだからだ。ただ、大抵が3日で終わる。
都は自分の胸に手を置いた。
「強くなりたいのです」
「何故?」
「親友を守りたいから」
都が守りたいのは、おそらく琴美のことだろう。オレ達がここに来た時のようなことが起きないとは限らない。
その理由なら、余計に拒否することが出来ない。
「わかった。ただし、キツいぞ」
「必ずついていきます」
オレは頷きながら、心の中で都が何時間持つか考えていた。
「す、みま、せん」
オレの目の前にはバテた都の姿があった。
ちなみに、中村やリースのような後衛組もほとんどがかなりバテている。オレ達前衛組はまだまだ大丈夫だ。
「まあ、今回の練習メニューが前線で戦う時のやつだから。想定は長期戦闘」
「部隊だからよ、そんなことはさ、あると思うけどよ、なんで、お前らピンピンしてんのよ」
浩平は不思議そうにオレ達を見ていた。
こういうレベルは前衛組なら当たり前のようにするからな。特に前にいた部隊だと普通にこういう訓練をしていた。
音姉や孝治に亜紗も同じだろう。
「オレからすれば周隊長よりアル・アジフがピンピンしているのが不思議だけどな」
後衛組で唯一ピンピンしている悠聖がアル・アジフを見ながら言う。
悠聖の場合は召喚時間を稼ぐためにいつも命懸けで逃げているからだろうな。
「我か? 我はこれでも『ES』の穏健派トップじゃぞ。それなりに修羅場はくくっておる」
「だよな。つーか、浩平は体力ねえな」
「体力バカのお前に言われたくねえよ! 後衛なのになんでそんなに体力があるんだよ!」
「逃げるから」
悠聖の解答に浩平がポカンとする。
「召喚時間を稼ぐために全力で逃げるからな。ルカを召喚出来れば一気に有利になれる」
「反則だろ。周、オレって弱いのか?」
「弱くはない。ただ、ここの面々は化け物揃いだからな。そうだ。チーム戦しないか? 悠聖以外の全員で」
オレはいいことを思いついたという風に声をあげてみせた。
理由としては、リースにオレ達の実力を知って欲しいという気持ちがある。
「弟くんの意見には賛成だけど、チームはどうするの?」
「オレ、音姉、七葉、都に由姫。向こうは孝治、亜紗、中村、浩平、リース。これならバランスがいいだろ」
名前を呼ばれることを想定していなかった都が驚いたように声をあげる。
「私もですか?」
「ああ。世界のレベルの中でどこまで戦えるか。試したくないか?」
都は少し考えた後、ゆっくり頷いた。
「結界はオレと音姉、アル・アジフの三人で張る。戦闘は気絶させない程度に。出来るよな」
オレの言葉に全員が頷く。
オレはレヴァンティンを取り出した。
「さあ、始めよう」
次、狭間の日常ではありません。
あまり活躍していない孝治、光に七葉の強さが出ます。




