第三十五話 フュリアス 後編
オレは小さくため息をついた。
「リースから連絡がいったのか?」
アル・アジフが滞在している都の家に行くと、玄関にアル・アジフの姿があった。アル・アジフはオレの言葉に頷く。
「リースから連絡が来た。そなた、フュリアスについて知りたいらしいな」
「ああ。本来ならそう急くような事態じゃないけど、内容が内容だ。オレに、いや、オレと亜紗に関係することがあるんだろ」
「そうじゃな。そなたは聞く権利がある。権利があるからこそ、我はそなたに話さねばならない」
「ゆっくりしたところで話がしたいな」
オレがそう言うと、アル・アジフは玄関を開けた。そこには不安そうな顔をした都と少し年下の少年の姿がある。
都はオレを見て頭を下げた。
「都、話した通りじゃ。我と周は今から大事な話をする。そなたと悠人は離れてもらえぬか?」
「先ほども言いましたが、お好きに使ってください。ただ、争い事は」
「そんなに怖い顔をしているか?」
オレは小さく笑みを浮かべて尋ねた。
その言葉に都は頷く。
「初めて見る顔です。それが周様の真剣な表情なのですね。悠人、行きましょう」
「アルさん。僕もいなくて大丈夫?」
「実技はせぬからな。悠人は都と大人しくしているのじゃぞ」
「うん」
悠人は頷くとそのまま家の奥に都と一緒に入って言った。
「こっちじゃ」
オレはアル・アジフに案内されるままに都の家に入っていく。
オレが案内されたのは少し小さめの部屋だ。オレは入った瞬間に結界を展開する。だが、アル・アジフも展開していたことに気付いた。
「さて、話してもらおうか」
「せっかちじゃの。まあ、仕方のないことか。まずは結論から述べる。フュリアスは正確には戦闘目的に開発された魔科学時代の人型兵器の名前じゃ」
「魔科学時代というと、人類の文明が一番栄えていた時の名前か」
「そうじゃ。科学と魔法が融合した姿。その技術力は今をはるかに上回る」
オレ達いる時代は新生時代と呼ばれているが、その前に三つほどの時代があったということは前にも述べたはずだ。
一つは話にも出てきた魔科学時代。純鉄を生成する技術があり、それを使った兵器が開発されていた。
一つは魔科学時代が終わった後の神威時代。文明が壊滅し、魔法が最盛期となった時代。神々によって世界は操作されていたらしい。
一つは神々が滅び、神々の欠片から作り出された武器、俗に言う神剣を持つ神剣使いが勢力を広げた神剣時代。
そして、この新生時代。
その中でも魔科学時代は世界を数十回滅ぼせる兵器が存在したらしい。魔術でも世界を九回滅ぼすことが最大なのに。
「フュリアスはその時代に開発された兵器じゃ。実物はほとんど残っておらぬ。残っておっても、魔法の力で隠されておると言った方がいいかの」
「存在はしているんだな」
「そうじゃ。魔科学時代のフュリアスは六機が最低でも現存しておる。列挙した方がいいかの?」
「いや、今はいい」
そんなことをしていたら日が暮れるかもしれない。
「そうじゃな。フュリアス自体はアルタミラですら破片が見つからぬ。ただ、一つだけ見つかったものがあった」
「もしかして、精神感応システム?」
「そうじゃ。十五年ほど前、アルタミラで『ES』の発掘隊がそれを発見した。そのシステムを開発すれば、パワードスーツが戦闘に利用できると考えられ解析が始まった。そして、十三年前に精神感応の原理が確立されたのじゃ」
「そして、十二年前の5月22日。オレが『ES』に誘拐された」
これはオレが話を聞いただけであり、一週間には救出されたので記憶にすら残らない。だけど、実験された跡は見つかったらしい。
「そこで、オレは頭の中に小型のチップを埋め込まれたというわけか」
あまりに脳の奥深くに埋まっていたため取り出すことを不可能となったらしい。ただ、そのチップがかなり便利なもので最終手段として重宝している。
「そなたの恵まれた家系にアリエル・ロワソは惹かれたらしいの。成功した実験体が少ない中でそなたはよく生き残った」
「多分、チップを埋め込んだのが生まれてすぐだからだろうな。精神感応の原理が成功したことを知ったアリエル・ロワソはそのままフュリアスの開発に乗り出したのか?」
「いや、フュリアスの開発に乗り出したのは我ら穏健派の方が早い」
「はあ?」
わけがわからない。あまり戦闘を好まない穏健派がどうしてフュリアスの開発に乗り出したのだろうか?
「そなたは知らぬか? 『ES』の過激派のトップ部隊が作戦中にパワードスーツ一機に全滅したということを」
「噂では聞いたことはあるな。まさか」
「そうじゃ。精神感応のないパワードスーツを動かしてまだ子供の少年は過激派のトップ部隊を殲滅した。我はもてる知識を使ってそのものに個人用のフュリアスを開発したのじゃ」
「その開発データが漏れたのか?」
「違う。人にはパワードスーツで世界でもトップレベルの実力者を倒せるとわかったのじゃ。どうなるかわかるの?」
「精神感応を利用したパワードスーツの開発。戦闘力を上げるために大きくした」
使えるとわかれば使いたくなるのが人間だ。そうして『ES』はフュリアスを作り出していったのだろう。
「穏健派にフュリアスは一つしか存在せぬ。じゃが、過激派にはいくつも存在するようじゃ。まあ、パイロットと機体は我らが圧勝しているがの」
「それを評議会は利用しようとしているのか。ややこしいな。頭がこんがらがるというわけじゃないけど、フュリアスがどういう原理かがつかめない」
「精神感応を体全体に行わせ機体と搭乗者をリンクさせるのじゃ。リンクさせる理論は魔力を通すバイパスを全体に通して動きやすくさせる。バッテリーは積みこむが、今じゃ限界は四時間ほどじゃな」
「短期決戦用か。駆動系とかも魔力か?」
「そこは機械と併用じゃ。これを表現するのには苦労したの」
オレの中でフュリアスの形が組みあがっていく。でも、一つ腑に落ちない点がある。
「遠隔操作にしないのか?」
「確かに、それも考えたがの、余計に難しくなるのじゃ。多少の危険は覚悟で登場した方がよい」
「精神感応の原理を使えば出来るだろ? 上手くやれば複数同時に操作できる」
「理論的には可能じゃな。それにしても、周はフュリアスに興味があるようじゃな」
オレはアル・アジフの言葉に頷いた。
「ロマンが無いか?」
「ロマンか。そなたの本質はまだ年頃というわけじゃな」
「まあ、わざと大人びていると見せる部分はあるな」
オレのせいであいつは両親を失った。なのに、あいつはオレの分も頑張ると言って戦っている。だから、オレも戦うことにしたから。
「自分は強くあらねばならない。そう思っている。でも、それは事件の原因となった義務じゃない。オレ自身のためだ。みんなはオレのために強くあろうとしている。なら、オレは自分が満足するように、みんなを守るために強くなりたい。人間ちょっとエゴな方がいいさ」
「自分のためにか。誰もが自分のために戦っている」
「そう。誰かの幸せを追求するのも、誰かを守りたいと思うのも自己満足のためだ。違うか?」
「そうじゃな。そなたは本当に中学生か?」
オレはその言葉に小さく笑って首を横に振った。
「まだ、小学生だよ。それに、オレは普通の人生を歩んでいない。普通の人生を諦めたオレにとっては誉め言葉だな」
「よほどの覚悟じゃな。周、他に聞きたいことはあるかの?」
「いや、ないな。フュリアスについては聞きたいことは聞けたし。現状じゃ、フュリアスは脅威にはならない。ただし、五年後ぐらいはわからないけど」
フュリアスにはまだまだ問題点が多い。穏健派のフュリアスは搭乗者の技能が極めて高いだけだろう。過激派が扱う分には問題視する必要はない。
だけど、フュリアスにも使い道はある。一応、時雨にも開発の打診をするか。
「周よ、リースはどうしておる?」
「楽しそうだな。浩平とべったりだ。まあ、寝る時も一緒にいようとして音姉が摘みだしたけど。甘えん坊なんだな」
「リースは純粋じゃからな。ちなみに、我ら『ES』穏健派は今回の件に全員賛成じゃ」
「過激派はそうでもないのか」
考えれば簡単なことだ。過激派は『ES』だけの治安を主張し、穏健派は『GF』と協力した治安を主張する。
『ES』が基本的に動くということに変わりはないが、最終的な部分が異なっている。
そんな過激派に今回のことは全くもって寝耳に水だろう。
「不思議なことに、過激派は半数が賛成じゃ。リースの幼さは過激派が問題視したことじゃからな。成長することを祈ってか、『GF』に行くことを祈ってか」
「リースならこっちには来ないだろ。あいつは、アル・アジフ達が好きみたいだからな」
「そうだといいが」
アル・アジフは小さく溜息をついた。
中途半端なところで終わりますが、周の狭間の日常に戻ります。