一話 私達は友達だった
「アリア・リリィフロスト。君との婚約を解消する」
ウィルからの突然の言葉に、私の思考は停止した。
私だけではない。
この場にいた誰もが、言葉を失った。
今日は『ウィリアム=カイン・クリフィード』殿下、十八歳の誕生日。
次期国王の誕生日であるため、集まった貴族たちの目的は単なる祝いではなく下見も兼ねている。
だから、今この場での婚約破棄宣言は非常に不味い。
「う、ウィル殿下。そのようなお戯れは……」
なんとか冗談として流そうとした。
彼らしくない笑えない冗談だが、他に方法が思いつかなかった。
けれど、ウィルは笑わなかった。
「戯れではない。なぜ次期国王たる私が、他国の血が混じったお前を正妻に迎えなければならない?」
息が止まった。
おかしい。
そんなわけがない。
彼が、そんなことを言うわけがない。
必死に笑ってみようとするけれど、顔は引きつるばかりだった。
私とウィル。そしてジール。
三人は幼い頃からずっと一緒で、その関係は今日まで一切変わっていない。
だからこそ、ありえなかった。
ウィルが、こんな大勢の前で私を辱めるなんてことが。
ありえないのはそれだけが理由じゃない。
私たちの実家は伯爵家と王家。
最初から大きな格差を持って生まれた。
婚約を破棄したければ、私の実家に一声かけたらそれで済む話である。
こんな無駄なことをする必要がない。
無駄で非効率的。
あまりにもウィルらしくなかった。
(そもそも、本当に私と結婚したくないなら、もっと早く教えてくれたら……)
この場での宣言は、私や私の家だけの話に留まる話ではない。
誕生会で婚約破棄したなんて悪評は、むしろ私以上にウィル自身に降りかかる。
時期国王候補たる、ウィルに――。
(……本当に、不味い。継承権剥奪……いや、最悪の場合国を割る可能性が……)
分からない。
何度考えても分からない。
いつだって彼は国を愛し、忠義を尽くしてきた。
なのに、どうしてこんな愚かな行動に出たのか、私には想像さえ出来なかった。
「てめぇ! どういうことだよ!?」
ずかずかと野蛮な足音を立て、現れた彼を見て、私は小さく息を飲む。
そのジール登場をもって、誕生会の内で話をなあなあにするという私の儚い夢は粉々に砕け散った。
『ジール・アルスター』
私とウィルの、共通の友達。
私が知る中で、誰よりもウィルを信じている男である。
だからこそ、この状況は最悪に近い。
「――ジールか。下がれ。騎士であるお前の出番はない」
冷たく、蔑むようにウィルは告げる。
それが余計にジールの癇に障ったらしく、顔を真っ赤にした。
私とウィル、そしてジール。
私たちは幼い頃からの友人で、ずっと三人一緒だった。
いつだって、そうだと思っていた――。
周囲からどよめきが起こり、はっと我に返る。
ジールがウィルの胸倉を掴み、睨みつけていた。
「俺は……お前なら……お前になら、託せると思って……」
「……そうか。だったら、後はお前が好きにすれば良い。どうせ奴隷に堕ちるんだから」
「――は?」
ウィルは再び、私に冷たい目を向けてきた。
「アリア・リリィフロスト。君は祖国と通じ、我が国の機密を売った疑いが持たれている。速やかに投降し、牢に繋がれろ」
もうここまで来れば、私を心の底から憎み、辱めたいだけに見える。
けれど、そんなわけがない。
だって、本当に彼が私を憎んでいたなら、私はこの誕生会に参加することなく処理されている。
そうやって彼はいつも、物事をスマートに解決してきた。
つまり、まだ私が生きていて、そしてジールに反抗する余地を残していることそのものが、彼の怪しさを示していた。
(貴方は……私に何を求めてるの?)
私たちの間に愛があったとは言えない。
それでも、私は深い友情でつながった友達だった。
そしてそれを愛情に変えることだって出来ると信じていた。
お互い、相手を選べない身分だったけど、それでも互いに不満はなかった。
そう、今まで思っていた。
(貴方が相手で嬉しかったのは、私だけなのでしょうか?)
考えたら悲しくなって、つい、涙がこぼれる。
泣いたら余計に事態が悪化するのは分かっていた。
それでも、我慢できなかった。
バキッと、とても嫌な音が響く。
それが、ジールがウィルを殴った音だと認識するのに、数秒もかかってしまった。
最悪だ。
騎士であるジールが、主に公衆の面前で手をあげるなんて。
だというのに、私には見えた。
ほんの一瞬、ウィルがニヤリと笑ったのを。
まるで、それが狙いであったかのように。
「主に手をあげるとは何事だ! 貴様も売国奴の仲間だな! 兵よ! こやつらをひっ捕らえろ!」
ウィルの叫びに対し、兵たちは動揺を見せる。
私たち三人の友情を知り、そして偉大なる騎士ジールを知っているのだから無理もない。
私だって混乱しているのだから、周りはもっとわけがわからないことだろう。
「どうしてこうなるんだよ!? 俺は……俺はただ……」
ジールの苦しみが、誰よりもウィルを信じていた彼の痛みが、胸に響く。
「……すまん、アリア! 俺につかまってくれ!」
差し出されたジールの手を、私は掴む。
ジールは、私を引っ張り、抱きかかえたまま外への脱出を試みだした。
「ジール様!? お、お待ちください!」
叫ぶ兵を、ジールは軽々と蹴り飛ばした。
「ジール! できるだけ傷つけないで!」
「だがっ……」
「状況が悪化する!」
「わ、わかった! だったら少し揺れるが、大丈夫か!?」
私がぎゅっとしがみついたのを確認すると、彼はテーブルを蹴って、兵の壁を上から飛び越える。
激しい衝撃に目を閉じ、しがみついているうちに、気づけばパーティー会場を後にしていた。
プレゼントも渡せなかった。
おめでとうも言えなかった。
それが少しだけ悲しくて、悔しかった。
ありがとうございました。




