【青嵐編】85:xx19年4月20日
提供された定食はとても美味しかった。
一人暮らしに不満はないが、魚を食べる機会、正確に言うなら
焼き魚を食べる機会が減ったことも美味しさを感じさせる要因の一つだったかもしれない。
自室のミニキッチンには当然グリルなどないし、
フライパンで焼いても、同じようなおいしさにならない。
大学の食事は大変美味しいが、乃亜にとっては量が多く、残してしまうことを懸念して
なかなか定食は頼みずらいのである。
食後のサービスらしいミルク寒天をつついていると、
先に食べ終えていた煉矢が再び水を向けた。
「戸惑ったのはピアノの授業だけか?」
「………」
残念ながらそうでもない。
乃亜は目をすいと真横にずらした。
「まだなにかあるな、その顔は」
「……煉矢、面白がってませんか?」
「否定はしないが、お前のことだ。誰にもいってないんだろう?
俺にくらい愚痴として吐き出せばいい」
視線を向ければひどく優しい顔でこちらを見ていた。
細めた目に浮かぶ赤い色の瞳に小さく鼓動が高鳴る。
その表情、その言い方には大変弱い。
否定はしない、という点だけが少々引っかかるものの、
なにもかもを受け入れてくれる彼の姿勢は救いでもあるのだから。
いっそ笑い飛ばしてくれた方が気が楽になるかもしれない。
乃亜ははぁ、と溜息を吐いて、口をひらいた。
乃亜の取っている授業の必須講義にソルフェージュというものがある。
音楽を専門にしている者以外にはあまり聞き馴染みのないそれは、
言ってしまえば、音楽における「語学トレーニング」のようなものだ。
語学に置いて、書かれている文章を音読するように、
初めて見る楽譜を渡され、それを歌いあげる視唱。
講師が読み上げた言葉を聞き取り、それを書き起こすように、
聞いた音、メロディや和音、リズムなどを楽譜に書き起こす聴音。
初めて聞く単語を正しい発音、イントネーションで読み上げるように、
音程やリズム、拍子などを理解できるようにするリズム読み、
そういったことを繰り返し実践することにより、
耳を鍛え、音感やリズム感、楽譜から読み取れる音楽構造理解の深化、
また、作曲や編曲の技術向上を目的とした、
音楽家としては欠かすことのできない重要な授業である。
シラバスにて授業の内容を文章として確認していた乃亜は
その文面から感じられる難易度に緊張を覚えていた。
が、いざ参加をしてみて、乃亜はあっけにとられた。
「話の途中で悪いが、お前、それ既にやってないか?」
「……」
ソルフェージュという授業の概要を説明した矢先、
眉を寄せた煉矢が見事に話の核心をついた。
乃亜はいたたまれず項垂れる他ない。
「確か、楽譜さえあれば弾けたな?」
「はい……」
「楽譜がなくても原曲を聞けばだいたい弾けると言っていたし」
「……はい」
「……で?授業ではどんな勧誘をうけた?」
「そこまでいってません……!」
わっと両手で顔を抑え込んだ。
本当にどうしてああなったのだ。
乃亜は先の授業を思い返した。
最初の授業。
まずは楽譜を歌い上げる視唱だった。
講師から提示されたのはごく短い八小節程度のもの。
煉矢に指摘されたように、乃亜は施設にいた頃から、
楽譜を見るだけで脳内にそれらの音色を再生させることが出来ていた。
何故できるのかと言われても困る。
楽譜の読み方が音階、音程、そういったものは
最初施設で教えてもらったが、一度聞けば大抵間違えることはなかった。
乃亜にとってそれは、あまりにもごく自然に出来るものだった。
一人ずつ指名され、基本となるドの音だけを提示される。
それを基準として、学生らは自分の中で練り上げたそれを歌う。
仮に正しく音程を理解できていたとしても、
それを正しい発声として歌い上げられるかはまた別の問題である。
学生らが、音程がズレつつ、あるいは自信なさげに歌う中、
乃亜の名前が呼ばれ、乃亜は緊張と共に前に出た。
ほかの学生らは楽譜をにらみ、自分の中でそれを咀嚼し続けている。
視線はあまりこちらに向いていないことに気付き、乃亜は少し安堵した。
ド、の音がピアノの音で響く。
講師の合図により、乃亜の口からその八小節分が歌い上げられた。
それはまるで小鳥のさえずりのように耳に優しく、
また、誰もがつい、視線を上げるような響きだった。
らら、という母音唱にて歌われたそれに、室内がシンと静まり返った。
ピアノの前に座っている講師でさえ、驚愕に目を見開いている。
歌い終えた乃亜は講師の顔を見て不安が広がった。
まるで先日あったピアノの授業の時と全く同じである。
「……あ、あの……」
「っ!あ、ああ、すまんね、えーと……、
そ、そうだな、も、もう一度お願いできるか?」
大変に動揺しているという様子の初老の講師は、頬を紅潮させながら言った。
やはりなにかミスをしたのかと乃亜は見当違いなことを考えながら、
頷いて講師の合図を受ける。
そして再度歌われるそれも、半音たりともミスのない美しい旋律であった。
「き、君、ええと、さ、斉王くんだったね!」
「は、はい……」
「斉王くん、とんでもない、とんでもないよ、君は!」
「えっ、は、え?!」
「素晴らしいなんてものじゃない!
ちょ、ちょっと待ちたまえ!ええと……!!」
大興奮している講師は部屋の隅にある本棚から書類の入ったクリアファイルを取り出す。
その最中、背後にいる学生たちからは、
「え、絶対音感?」
「それだけじゃ無理」
「ピアノでもああだった」
「専門はヴァイオリンらしい」
「天才?え、マジもんの天才?」
「ていうか純粋に可愛い」
などの様々なさざめきが聞こえる。
昔から聴力がひどく優れている乃亜の耳には学生らの声も筒抜けであった。
「こっ、これ!これも歌えるかな?!」
興奮した講師が引っ張り出してきたのは八小節どころではない、
一枚の用紙いっぱいの楽譜である。
手書きらしい楽譜に首をかしげる中、講師は再びドの音を提示し、
ラで歌い上げるように言ってきた。
なにがなんだか分からない中、じっと楽譜を見つめながら再びそれを歌う。
なんとも軽やかで可愛らしい曲だというのが乃亜の印象だ。
例えるならクライスラーの愛の喜びだろうか。
内容も構成もことなるが、受ける印象としてはそれが一番近い。
乃亜の脳内に浮かんだのは、いつか煉矢といったミモザの咲く庭。
満開の黄色のミモザが花の香をいっぱいにふくんだ風に揺れ、
風は庭のチューリップやフリージアをゆらし、
僅かに咲いた桜の花に親愛のキスをするような。
やがて歌い終え、楽譜から顔をあげると講師の目には涙がにじんでいた。
それだけではない、背後の学生たちから、とたんにわっと歓声が上がり、拍手が響き
その音に乃亜は飛び上がって驚いた。
「すごい、マジで天才じゃん!」
「何今の!先生、この曲なんですか?!ちゃんと歌ってもらいましょうよ!」
「つか可愛い!マジ可愛い!!」
「ちょっと私今涙腺やばい、どうしよう……!」
「さすが斉王さん!俺たちヴァイオリン専科の期待の天才!」
やがてそれにもみくちゃにされる中、講師が復活した。
「いや、僕も長年ここで講師をしているけれど、
こんなに感動したのは初めてかもしれない……。
君の歌声はまるで鳥、あるいは風の息吹のようだ。
すばらしいよ、本当に。
君にはちょっと特別な課題を考えるから、次回以降また相談しよう」
「あ、は……はい……」
ご機嫌この上ない講師の言葉に、
大変既視感を覚えたのは仕方ないことだったと思う。
「センセー、さっきの曲は誰の曲なんですか?」
学生の一人が挙手をして尋ねた。
乃亜もそれは気になっていたが、講師はうん、と頷く。
「あれは僕のオリジナルだよ。
少し前に書き始めていてね。
曲名も悩んでいたけれど、そうだなぁ、ミモザの庭、なんてどうかな?」
「え、あ、は、はい……その、いいと思います……」
「はっはっはっ、本当にいいインスピレーションを貰えたなぁ」
確かに乃亜としてはそれを想像しながら歌っていたわけだが
まさかそれがそのまま伝わったわけではないと信じたい。
乃亜が戸惑いと共に焦りを感じている中、
ほくほく顔の講師とは対照的に、背後の学生からブーイングが起きた。
「ちょ、先生それずりぃ!」
「私たちも作曲の授業で斉王さんにうたってほしいよね!」
「斉王さん、ちょっと僕も次のフレーズに悩んでて!」
「待って待って、私も!あのね、私が今書いてる曲なんだけど」
「待て待て待てこの人ヴァイオリン専科!俺たちの星だから!」
「そーだそーだ!ピアノ専科にも他の専科にも渡さん!」
「ええい同じ音楽学科だろそこは譲歩しろ!」
「あ、あの、えと、お、落ち着いてください……っ」
授業は完全に中断し、初回授業から大幅な遅れが起きたことは言うまでもない。
「……と、いう……」
「っ、く、くく……っ」
煉矢は額を抱えながら必死に抑えているようだが残念ながら抑えきれていない。
本当に爆笑されるとは思わなかった。
というか、煉矢がここまで爆笑するのは初めて見るかもしれない。
恋人の新たな一面に喜びたいところだが、まったくその気になれない。
「笑いすぎです……」
「く、いや、悪い……っ、はぁ……」
煉矢は残っていたほうじ茶を飲んで一つ息を吐き出した。
その様子にいよいよ乃亜は不満そうに頬を膨らませるしかない。
笑い飛ばしてほしいとも思ったが、そこまで爆笑されるとは。
その乃亜の顔を見て、煉矢はまたくつくつと笑い始めた。
「そんな可愛い顔で膨れるな。悪かった」
「……もう、煉矢が愚痴を言っていいっていうから言ったんですよ」
「分かってる、笑って悪かった。
ふふ、しかし、分かってはいたが、天才とはお前みたいなことを言うんだろうな」
「天才……って、私、別にそこまでは……」
「それだけのことをやらかしていて何言ってるんだ。
今頃大学の講師連中、頭抱えているぞ」
「むぅ……」
乃亜もまた残っていたほうじ茶を飲む。
冷えた湯呑に入っていたおかげかまだ冷たいそれは頭を少し冷やしてくれた。
「私としてはそんな、特別なことをしているつもりはないんです。
なのに他の方とは違う扱いをされて……私は別に……」
「乃亜」
つい視線が下へと下がってしまっていたそれを煉矢の声がとどめた。
伏し目がちだったそれは上がり、正面の彼を見れば
先ほどさもおかしそうに笑っていた様子は落ち着き、優しい笑みに戻っていた。
「いつかも言っただろう。それも、お前だ」
「……あ……」
記憶が数年前にさかのぼる。
海の見える広場、アメリカのイベントに参加したときの一幕だ。
演奏している自分と、そうでない自分にズレがあるような気がして、
ひどく落ち着かなかったあの頃。
煉矢から言われた言葉だった。
それにより、いくらも落ち着いたことを覚えている。
瞳を大きくした乃亜に、思い出したことを察したらしく
煉矢は笑みを深くした。
「今は戸惑うのは仕方ない。お前にしてみれば青天の霹靂だ。
だが、それを自分でないことのように考えなくていい」
「……はい」
ピアノにしてもソルフェージュの授業にしても、
正直落ち着かないのは確かだが、それも自分だと認めるほかないらしい。
乃亜はまだ少し、眉をハの字に下げていたが
それでも口元には笑みを浮かべることが出来た。
乃亜の機嫌が少し回復したことに煉矢は内心少しほっとする。
膨れた顔も可愛らしいが、やはり微笑んでいる方がいい。
「さて、そろそろ行くか」
「そうですね」
「笑った詫びと引っ越しの手伝いに行けなかった分だ。
なにか一着買ってやる」
「そういうのはいらないです……」
当たり前のように伝票を持ち食事代を受け持とうとする煉矢に
乃亜は心底遠慮の姿勢を見せる。
ある意味で仕事のモチベーション維持には貢献してくれない恋人だと煉矢はまた笑った。
その後二人でアパレル系の店をいくつか見て回った。
乃亜の趣向としては派手なものや露出のあるものは好まず、
また、甘さの傾向が強いファッションも好まない。
落ち着きのある控えめな色合い、モノトーンであったり、
薄いブルーやグリーン系、白といったものを選びがちである。
二人で相談しながらこれから暑くなる季節に備え、
それらの色味のトップスなどを中心に選び、
最終的には五着ほどを購入した。
乃亜にしては購入したほうであるが、足りるかどうかはなんともいえない。
一度購入したものを車に片づけ、目的を果たしはしたが、
まだ時間に余裕があった二人は
隣接してる広い公園へと足を運ぶことにした。
アウトレットモール内にあるカフェで飲み物だけ購入し、
二人は公園内のベンチまで移動した。
時刻は15:00を過ぎた頃合いだ。
公園内は散歩している人や、子連れの地元住人などが歩いているが
それでも先ほどまでいたアウトレット内に比べたらいくらも静かである。
乃亜はアイスラテを飲みながらほっと息を吐いた。
「疲れたか?」
「いえ、大丈夫です。買い物、付き合ってくれてありがとうございました」
横に座る煉矢は笑みを浮かべている。
それに乃亜の微笑みを返した。
隣に感じる煉矢の空気にほっと息が漏れただけである。
「大学のこと、まだ気にしてるのか」
「……気にしているというか……」
乃亜は溜息を吐き出した。
自分が天才だなどと思ったことは一度もない。
ヴァイオリンに関しては先のコンクールでのこともあり、
多少は技量はあると自分でも認めることは出来るようになっていた。
しかし、他については、そんなことはない。
自分に向けられる視線、期待、賞賛。
それはどうしても、身に余って仕方ないのだ。
「あなたが言ってくれたように、きっと、それも私、なんだと思います。
でも、あまりにも唐突で……。
……その期待や賞賛が、少し……」
両手で抱えたアイスラテのカップが小さく音を立てて凹む。
もう一つ息を吐き出して、一度肩を落とした。
「まぁ、最初だけだと思います。
きっと、今だけ……そう、分かってるんです」
本当に愚痴のようになってしまっている。
乃亜は煉矢に対してなんだか申し訳ない気持ちがわいてきた。
せっかく忙しい中、二人で出掛けているのだから、
こんなことにあまり時間を使うのもどうかと思うのだ。
「すみません、愚痴はここまでにします。
今更どうにもなりませんし、まぁ、なるようになりますから」
苦笑いを浮かべ、この話については終わりにしようと会話を打ち切った。
だがそこで、肩が抱かれ、引き寄せられた。
突然の密着に驚いて顔を上げる。煉矢は変わらず微笑んでいた。
「乃亜、言ったはずだ。
俺にくらい、愚痴を吐けばいい」
「……でも、気持ちのいいものではないですから」
「関係ないな」
なにひとつ迷いなく言い切られ、涙腺が緩む。
別に泣きたいわけではないし、苦しいことでもなかったはずだ。
しかしその言葉に、ひどく安心感を抱いた。
髪に感じる頬、密着する身体から感じる温度に、なにかが溶けていく気がする。
それに伴うように身体の力が抜けた。
「今お前が言ったように、残念ながら
今更おそらくどうにもならないだろう。
音楽学科に天才がいる、そんな噂は広まっていくだろうしな」
「……」
「お前の性格ではどうしたってそれに応えようとするだろうし、
重ねて浴びせられる賞賛にも戸惑いのほうがはるかに大きい。
それが自信になるまできっと、ずっと時間がかかる」
「……はい」
「だから、俺の前でくらい、息をつけ。
俺はお前が、自信が中々もてなくて、気弱なのも知ってるし、
大勢の前に立つこと、期待に応えることに莫大な負荷がかかってるのも知ってる」
肩を抱く手とは反対の手が頬に伸びる。
促されるように顔を向けると愛しげに微笑まれていた。
親指が頬を撫でる。
「音楽の神様に愛された天才だろうが関係ない。
俺といる、俺のお前は、ただの乃亜だ」
その言葉に今度こそ心の奥の固まっていたものが溶けた。
天才だと称賛され、乃亜にとっては過剰な期待をかけられている状態だ。
それにより、知らずうちになにかか硬直していたらしい。
賞賛される裏側で、戸惑い震えていた自分を抱きしめてくれる煉矢の存在は
乃亜にとってこの上なく救いだった。
乃亜は泣きそうな顔で微笑み、甘えるように煉矢の胸に頭を寄せた。
頬を撫でてくれていた腕が頭を抱き込み、髪が撫でられる。
大きくあたたかい手がただ愛しかった。
「……ありがとう、煉矢」
呟いた礼の言葉は、少し掠れていた。
いくらか日が傾き始めた頃、二人は帰路についた。
本当なら夕食も共にしたいところだったが、翌日も煉矢は仕事があった。
海外の企業との案件を抱えているらしく、休日に関しては
日本のそれとはいくらも異なるため仕方がない。
乃亜の住む学生マンションまでもう少し、というところで
乃亜はひとつ、言い忘れていたことを思い出した。
「あの、煉矢、確かGW中はほぼ出張でしたよね?」
「ああ。……悪いな、折角の連休なのに」
「いえ、それはいいんです。仕方ないことですから」
それについては決まった頃にすでに聞いていたし、
あれこれと言うつもりも、思いもなかった。
会社でも有能さを遺憾なく発揮しているらしく、
まだ三年目にもかかわらず、彼は国内だけでなく海外の企業ともやりとりをしている。
そのため海外への出張も珍しくない話だった。
GWという大型連休だが、それはあくまで日本の話。
彼はその間、海外への出張を余儀なくされている。
「4月30日から5月4日で合っていましたか?」
「そうだな。それがどうかしたのか?」
「ああ、いえ……実は、マンション内の中庭で、
ヴァイオリンを弾く話になっていまして」
先日、初めてマンションに入った日、打ち解けたフロアメイトたちが
乃亜がヴァイオリンを弾く、それもコンクール上位入賞者という実力をきき、
是非とも聞いてみたいという話になった。
その場では立ち消えたため、
そのまま有耶無耶になったのかと思っていたがとんでもない。
ましろと隼人が早々に管理人の矢島に演奏について尋ね、
矢島は大学や近所の自治体にも確認を取り、それを承諾したのだ。
勿論演奏時間については早朝や夜間はさけることは当然として言われ、
場所は中庭に限定された。
その話を二人が持ってきたのは一昨日だった。
「ましろの行動力は相変わらずだな」
「本当です……。
それで、みんなの都合を合わせて、5月5日に演奏することになりまして……」
「成程」
「兄さんも来てくれるそうです。
あなたが難しいのは分かっていましたが、
ただましろから、絶対に伝えるだけ伝えておいたほうがいいと……」
「さすがだな。ましろが全面的に正しい」
「えぇ……」
来れないことが分かっているのに声をかけるというのはどうなのだ、
逆に来れないことに申し訳なさを感じさせるかもしれない、
そう何度もましろに確認をしたが、彼女は絶対に伝えた方がいいの一点張りだった。
その理屈は乃亜には理解できない。
しかし、煉矢はましろに賛同らしい。
「時間は?」
「え、14:00頃にしようという話にはなってますけど……。
あの、駄目ですよ。4日に帰ってきてるとしても、夜だって話していたじゃないですか。
時差ボケもありますし、絶対だめですから」
「……分かってる、聞いてみただけだ」
ほっと息を吐いた。
残念な気持ちがないわけではないが、
それでも無理はしないで欲しいというのは心からの本音なのである。
空が夕暮れになってきた。
そう思ったがはやく、学生マンションが見えてきていた。
近くの道に車が止まる。
「今日はありがとうございました。
買い物もですが……色々、気持ちが楽になりました」
「それならよかった。
GWの出張が終われば、ひと段落する。そしたらまた……」
「……煉矢?」
シートベルトを外して挨拶している中、
煉矢の動きが止まる。
なにかを考えるように口元に手を当て、乃亜が首をかしげていると
ややあって、彼は口元に笑みを浮かべた。
「乃亜、6日は予定はあるか?」
「え、6日ですか?いえ、特には」
6日は今年休日だ。
別日が日曜と重なっているための振り替え休日である。
「5日にうちに来ないか」
「……えっ?」
聞き間違いか。
乃亜は耳を疑う思いで彼を凝視した。
煉矢の様子はさして変わりない。
「マンション内での演奏会が終わったあとだ。
外泊は別に問題ないんだろう?」
「え、あ、は、はい、それは、申請すれば……」
外泊。
言われたことをうまく咀嚼できないままに、ただ答えるだけの乃亜に
煉矢は軽く首を傾げ追い打ちをかけた。
「都合が悪ければ断ってくれていいが」
「い、いえ……特に、予定も、ないので……」
「なら、決まりだな。おそらく夕方になると思うが、また迎えに来る」
「は……はい、わかり、ました……」
ふっと笑うその笑みにどこか悪戯めいた色がにじむ。
唖然としながら瞬く間に予定が決まり、
乃亜は思考が上手く働かないままに車から降りた。
購入したものを抱えながら、別れを告げ、
やがて彼の車が立ち去っていくのを見送ったところで、
ようやく、ようやく意識が覚醒した。
彼の家に行く。
外泊。
GW終わりにたてられたその予定に、乃亜の頬は急速に赤くなっていった。
おっと、煉乃亜の様子が・・・・・・?
??「BBBBBBBBBBBBBBB」
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★毎週木曜11:30・日曜19:00頃更新予定★
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