93.空は続く
アレックス元帥と話した。
最初に決めた通りアレックス元帥は定期的に修道院に顔を出して下さり、私の様子を聞いて帰って行く。相変わらず威厳たっぷりでちょっと緊張したけど、それでも話すべきことは全部話したつもり。
まず話したのはお婆ちゃんの日記や、ライナー様がヴァイオレットから聞いて伝えてくれた私自身について。この辺りはアスターおじ様に聞いているかもしれないが、改めて私が聞いて感じたことを伝えた。
次に話したのは勇者ギルバートがお婆ちゃんに言い残した私の両親の目的。何をしていた人で、それがどういう意味を持っていたのか。私自身が、両親の意志を継ぐつもりがないという意思表示のつもりで話す。
そして魔王を復活させたいと願っていた人たちとその生き残りの青年についても。
おまけの様にキスリング家の人に会ったことを聞いて、アレックス元帥は難しい顔でため息を吐いた。
聞けば昔から私やマレーさんの故郷の様な人たちについては問題になっていたらしい。それを無理矢理断ち切り、終わらせようとしたのが勇者ギルバートだった。魔王を討伐した後も各地を周り、問題を解決していった。
勇者ギルバートが具体的に何をしたのかは教えてくれなかったけど、きっと私やマレーさんの故郷の人にしたのと同じ。他の大多数を守るために。危険に晒さないために。まだ、何もしていない人たちを手にかけた。
とにかく、いなくなったマレーさんの方はアレックス元帥も気にかけておいてくれるようだ。それがどういう対応での意味かはわからない。でもマレーさんにとっても、他の誰かにとっても幸せな結果になればいい。
ただ魔王が絡んでいる話なので、ややこしくなるようならブルームハルトさんって人を引っ張り出すとも言っていた。
その人については全然知らないんだよね。お婆ちゃんたちと一緒に旅をしていた学者さんだと聞いてる。お婆ちゃんと同じ世代だからもうかなり老齢の方なんだとは思う。アレックス元帥曰く世捨て人らしいけど、どんな人なんだろう。
その後は、暫く近況と世間話をしてアレックス元帥をお見送りする。
全部、話した。犬のことも、私がどうしていくべきなのかも。
多分、これから本当に大きな何かが起きない限り、私は王都以外に居を移すことはないだろう。時々なら村の方に顔を出したりするかもしれないけど。
ずっと、村を出たかった。不思議な力を手に入れてなんでも出来る人になって、素敵な出会いをして恋をして。なんて、夢を見ていた。
でも実際はそんなに浮ついたことばかりじゃなくて、思い描いていたものとは違う形で現実になって帰ってくる。
王都に来たら俗世に出て健気に働くのもいいと思っていたのに、私は今も見習い修道女のままで。なりたいものもどんどん変わって、目が回っちゃうくらいの人たちと関わったり関わらなかったり。
村にいた頃には想像もしなかった日常が続いている。能天気に暮らしていた頃には知る由もなかった秘密を抱え、願われた幸せを全うするために生きている。
少しだけ伸びをして体をほぐす。やっぱり緊張していたのか、力の抜けた体にほっ息を吐き出した。
快晴、とまでは言えないけど今日もいい天気だ。同じような作りの家々の隙間から見える空にはいくつかの雲が浮かんでいる。うん。こんな日は洗濯するに限るね。シーツとかいっぱい洗って勝手口の辺りにずらりと並べたい。
それにしても結局、神様も精霊様も私が思うような不思議な力は下さらなかったなぁ。
一応精霊様は加護をくださっていたのだけど、肝心の精霊様があまりいい人ではなさそうだったと知ってしまったので何とも言えない気分だ。何なら件の精霊様はまだあの森にいるのか、どこか誰も知らないところへ行ってしまったのかもわからない。
代わりと言ってはなんだけど、私は多くの人の優しさに生かされている。その優しさをまた誰かに返すために、生きていくつもり。
私に出来ることなんて高々しれているし、こういう境遇だからこそわかることがある、なんて傲慢になるつもりもない。それでも色んなものと向き合っていきたい。
逃げたって、投げ出したって苦しいだけ。全部、自分で選んで悩んでいきたい。
くるりと踵を返せばもうすっかり見慣れた修道院があって。
アレックス元帥のお見送りに付いて来た犬に「帰るよ」と声をかければ、返事の代わりにふくらはぎ辺りに軽い頭突きをして返された。
ここしばらくで変わったというか、ようやく犬のことがわかってきた。
まず実は散歩好き。外に連れ出すとずっと尻尾が上がっていてその後しばらく機嫌がいい。それから撫でられるのも好き。アーサーさんの時みたいにはち切れんばかりにって程ではないにしろ、私が撫でても気持ちよさそうにすり寄ってくる様になった。
もしかしたらこれがこの子の本来の気質なのかもしれないけど、……やっぱり見かけがあれなのに反して反応が普通の犬なんだよなぁ。
「お前はずっと私と一緒にいるつもり?」
声をかけてみても犬は何を言っているんだという顔で見上げてくる。通じているのかいないのか。
アーサーさんはヴァイオレットが私にこの子を遣わせたと言ったけど、本当のところは犬のみぞ知るという奴だ。
「まぁ、いいけどさ」
返事の代わりにまた足に軽く頭突きをされた。多分犬なりのスキンシップなんだと思う。
言葉がわかるにしても伝わらないにしても、この犬は気ままに過ごすだろうし、何ならベッドだって勝手に占領するだろう。全く、とんでもない犬を押し付けてくれたものだ。
まぁ何だかんだ追い出したりしないあたり、私も犬のことを憎からず思っているのかもしれない。鼻を鳴らす犬をひと撫でして修道院の扉をくぐった。
「あらおかえり。元帥さんとのお話は終わったの?」
「うん。天気がいいからシーツ洗いたいんだけど、他にも洗濯するものある?」
「うーん、まずは皆の部屋を回ってみましょうか」
礼拝堂に入るなり目が合ったルーナに声をかければ、彼女はいつもの様におっとりと笑った。どうやら手伝ってくれるらしい。
日常に帰って行く。それは望んでいたものとは違う日常だ。でも、それがどうした。私は今ここにいる。
背中を押してくれる人も、気にかけてくれる人もいる。願われた物を受け取る様に、与えられたものを分け与えられるように。いつか、私もあの人たちの様な存在に。
幸せだとか、何が出来るかとかは今でもわからない。でもきっと大丈夫。
だって私の空はいつもそこにある。形が変わってもどんな時も。多分私は、自分の意志でどこにだって行ける。
見えなくたって、広がっているのだから。
読んでいただきありがとうございました!
これにて完結です。
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