里帰り《中編》
久しぶりに見る実家は記憶のまま、セレスティアを迎えた。
赤い色の三角屋根に茶色の木組みに白の漆喰壁。グラナートでよく見る建築様式だ。
プランターにはパセリやタイム、バジルといった薬草と季節の花が植えられていて趣味と実益を兼ねている。
家政婦のマーサが育てているのだろう。マーサらしいと穏やかに微笑む。
「姉上、どうぞ」
「ありがとう」
ドアを開けてエスコートしてくれるラディスラスに笑いかけてセレスティアは数ヶ月ぶりに実家の敷居を跨いだ。
途端ーー
だだだだ、と近付いてくる足音にセレスティアは頬を綻ばせ、ラディスラスは落ち着きのない父にため息をつく。
「ティアアアアアアアおかえりいいい!会いたかったあああああ!!」
「ただいま帰りました、お父さま」
巨漢に吹っ飛ばされないのは日々の訓練の賜物からくる体幹の良さだろう。一応父も加減はしているのだろうが。
(大型犬だな……)
父の熱烈な歓迎は主人を出迎える懐っこい犬のそれだ。……そんなに可愛らしいものではないが。
「本当だよ、もっと帰ってきてくれていいんだよ?」
「それは無理です。任務がありますから」
キッパリと一刀両断されて父の顔が盛大に歪む。父大好きな姉はこういうところは容赦ない。
「おかえり、ティア」
「おかえりなさいませお嬢様」
父の後から出迎えに来てくれたのは母とマーサだ。歓喜と断られた悲しみに涙を零している父と泰然と構えている母。ヴィオレッタは抱擁はしないもののいつもより目元を和らげていて再会を喜んでいるのが分かる。
「ラディも迎えに行ってくれてありがとう」
「いいえ母上、露ほどにも」
胸に手を当てて礼をする。
「あなたもーーありがとう」
玄関先に停まっていた馬車の御者に感謝の言葉をかける。
「滅相もございません、ヴィオレッタお嬢様」
途端、ヴィオレッタは淑女の仮面をかなぐり捨てて渋面になる。
「お嬢様はやめなさい……お嬢様は」
そんな年齢じゃない、とヴィオレッタが子供の頃から仕えている御者に言うと相手は軽く笑い飛ばした。ヴィオレッタをこんな風に扱う人間は稀だ。職場でも、家庭でも。だから面映い気持ちになる。
「私共にとってはいつまでもお嬢様ですよ。グルヴェイグ侯爵閣下からも所用で自分はいないが娘一家のためによろしくと言付かっておりますので」
たいそう残念がっておられましたよ、と飄々と御者は言う。ヴィオレッタもそれ以上言うのは諦めた。そろそろ頃合いだとセレスティアが礼を言う。
「送って下さってありがとうございました」
「いえいえ。ではまた帰りにお迎えにあがりますからご家族の時間を楽しんで下さい」
にこやかに笑うと灰色の石で舗装された道を馬に歩かせて馬車は去って行く。なんとなく馬車を家族で見送った。
「……中に入りましょうか」
「はい」
「改めて。お帰りなさいませ、ティアお嬢様」
マーサの輝くような笑顔。ラディスラスも嬉しそうに微笑み、感情が表に出にくい母でさえ淡く笑っていて。
(ああーー幸せだ)
なんの脈絡もなくセレスティアはそう思った。幸せという言葉はセレスティアの胸にストンと落ちて灯りが灯ったように暖かくなる。
「ただいま、マーサ、ラディ、お母さま、お父さま」
なんでもない日常の光景が美しく、尊くーー幸せなものだとセレスティアは改めて思った。
「狡い狡いマーサ!俺が言いたかったああ!今のスゴいカッコ良かったあー!」
「リテイクは無しですよ、あなた。それこそ格好がつきませんよ」
「早いもの勝ちです、旦那さま」
「うわあああん!」
女性陣に完膚なきまでに言い負かされる英雄を見ていられなくなったラディスラスはセレスティアに懇願した。
「姉上、もう一回抱き締めてあげてくれない?」
言われるまでもない。セレスティアは号泣している父に近付き、自分より大きな体を抱き締めた。
「お父さま、泣かないで。わたしのお父さまは最高にカッコいいですよ」
「ありがとうティアー!ウチの娘最高ー!」
「当然じゃありませんか」
「自明の理です」
「マーサ、お母さま。そのあたりでやめて。収拾つかなくなるから」
心の底からラディスラスは言った。
ーーというか。
(まだ玄関にも入ってない状態でこれってどうなんだ……)
冷静に突っ込んだら負けだ。
その後リビングに行くまでに何も起こらなくて本当に良かったとラディスラスは思った。
当たり前だが家の中も記憶の通りだった。寄せ木細工の床も、家族の写真を飾ったマントルピースも。
リビングには隣のダイニングから漂ってくる甘い匂いでいっぱいになっていた。
「ありがとうマーサ。わたしが好きだからケーゼトルテを作ってくれたんでしょう?」
「ええ。こればかりは侯爵閣下のシェフ殿にも負けません」
茶目っ気たっぷりに笑うマーサ。
「寮のシェフにも負けたらダメだぞ、マーサ」
真顔でゲールは言う。寮のシェフは料理人の専門学校を出たプロである。食事は士気に直結するという考えが根強い紅国では特に軍の料理人は厳しい審査の元雇っているのでクオリティが高い。一方のマーサは使用人を育成する学校の出だが専門職である料理とは違う。家政婦は総合職ため寮のシェフとまで張り合わせなくても、とラディスラスとヴィオレッタは思ったが口にはしなかった。ゲールは人一倍負けず嫌いで、だからこそ生き抜いたと言っていいので。
「もちろんですよ、旦那さま」
ノリよく笑ってみせておいて目が油断ならないので割と本気だ。マーサも負けず嫌いで向上心が高い。
「ありがとう、マーサ。楽しみ」
2人の性格をよく知るセレスティアはそう言って笑った。
談笑する5人はどこからどう見ても家族の団欒だ。
それぞれが個性が強いのに上手く噛み合わさっている。
(家族ーーか)
自分の家は仲が良い。お互いがお互いを認めて尊重しているからだろう。血の繋がりは関係ない。それができないときっとうまくいかない。血縁に甘えてはいけないのだ。
血が繋がっていることだけが家族というわけではない。
「ヴィオレッタ、今日は飲んで良いよな?」
「えっ」
「良いですよ。わたしも付き合いましょう」
「ええっ!?」
姉弟は驚愕と恐怖が入り混じった目で両親を交互に見た。
お堅いヴィオレッタが飲むのは珍しい。酒に弱いのだ。物凄く。それゆえに普段は飲酒を控えているのだが今日は特別らしい。
「……なんです?」
自身の酒癖の悪さを一応自覚しているヴィオレッタは目元をほのかに染めながら息子と娘にやや尖った声で言う。久しぶりのセレスティアとの再会を子供達に見透かされてやや恥ずかしかったのだろう。どことなく色香が漂う。結婚して10年以上経つのにヴィオレッタに惚れ込んでいるゲールは「ヴィオレッタは可愛いな」と強面なのにニヤついていて、自分の父親ながら年頃になったラディスラスはちょっと引いてしまう。
「狡いです、わたしは飲めないのに」
泊まりではないセレスティアが拗ねて小さな花びらのような唇を窄める。
「大丈夫です姉上。私も飲みませんから」
至極残念そうなセレスティアにラディスラスは思わずそう言う。
「あらそうなの?残念ねえ。15年物の産のワインが手に入ったのに」
「っ!」
セレスティアの肩が揺れる。ヴィオレッタは唇の端を上げながらワインの銘柄を娘に見せる。
「っーー飲みます!!」
「姉上!?」
「そうこなくてはね!」
威勢のいい返事にヴィオレッタは唇の端を上げる。
ああーーこの感じ。懐かしいなあ。
半ば現実逃避の感傷に浸った。
とりあえず姉上の外泊許可を申請しよう。ラディスラスは盛り上がる家族を置いて一度自室に引っ込んで手配した。
休日が伸びなければ主人も怒らないハズだ。
……多分。




