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第二十九話 その5

『ふっふっふ……どうやら困惑しているようやな。迷宮のはずなのに、どうしてちょっとしたホテルの部屋みたいな感じなのか……ってな』


 例のどこからともかく方式で、ナタクリンゼの声が聞こえた。


「もしかして…………ボクたちをもてなそうっての?」

『そう思うなら冷蔵庫の中のドリンクでも飲んでみたらどうや?』

「やめとくよ」


 もてなされるなどとは微塵も思っていない小春は、ここの飲食物に手を付ける気は全く無かった。


『まぁ安心しいや。この迷宮は迷わせたり怖がらせたりするものやない。……と言って、別にぼかす必要は無いんやけどな』

「だったら出る方法をすぐに教えてもらいたいところだね……、……って」


 ふと小春は、ここに来てから終始大人しいカールに気付いた。


「…………」

「そういやカールさんさっきから黙ってるけど、もしかして既に何らかの攻撃を受けてるの?」


 依然として自分に背を向けているカールに問う。


「……イヤ、違うでござる。ただこの場所についてどうしたものかと思案しているだけでござる」

「え……ここがどういう場所なのかって事、もう分かってるの?」

「……然り」


 カールは気まずそうに頷いた。


「え、教えてよ。どうやったら出られるの?」

「…………ムゥ。それは……」

「……なんで言い辛そうなの? ここってそんなにヤバいの?」

「……まぁ、ある意味では非常にヤバいでござる。それこそ世界の根幹が崩れるほどの……」

「んー……よく分かんないけど結局ここはどういう場所なの?」


 小春がどちらにともなく問いかける。


『せやな、秘密にしてても始まらん。ってか実行してくれないとこっちも困るわ』

「ウム……では心して聞くでござる」


 図らずも、カールとナタクリンゼは同時に解答を口にした。


「ここは――チョメチョメしないと出られない部屋でござる!」

『ここは――お互いが100%信頼し合わないと出られない部屋や!』

「お、お互いが信頼し合わないと出られない部屋……!? ……ん、あれっ? カールさん今なんて言った?」

「お互いが信頼し合わないと出られない部屋と言ったのでござる」

「あれ……そうだった? なんか別のセリフが聞こえたような気がしたんだけど……」

「気のせいでござるよ、気のせい。ドゥッフフフwww」


 カールは朗らかに草を生やした。


(危ねェでござる……この作品が全年齢対象という事を失念していたでござる)


 もしちゃんと聞かれていたら、小春に軽蔑されていた事だろう。ナタクリンゼの声の方がボリュームが大きかったおかげで、カールはどうにか事無きを得る事が出来ていた。


「フゥ……安心したら喉が渇いたでござる」


 カールは冷蔵庫に向かった。


「か、カールさん……」

「大丈夫でござるよ。もしこれに毒などを入れるつもりなら、そもそもこんな回りくどい事はしないでござる故」

「いや、そうじゃなくて、それ……」


 小春が恐る恐る指をさす。


「ム……? …………ファッ!?」


 カールがその指の先を目で辿ると――その終着点には、カールの濡れた股間があった。


 ピンチを乗り切った安心感から、カールは濡れた股間を隠すのを忘れてしまっていた。


「まさかさっきの怪奇現象で…………あぁ、変な匂いがしたのもそれだったんだ」


 弁明の余地なく看破されていた。


「…………」


 1、恥じる。

 2、泣き崩れる。

 3、開き直る。


「…………。大人でもこういう事は往々にして起こるものなのでござる」


 カールは三番を選択した。


「…………」


 小春の表情がスッと氷点下になった。


(ン……間違ったかな?)


 無論、例えどれを選んだとしても、漏らした大人に対する態度は同じなのは言うまでもない。


「……せ、拙者の粗相はともかく、まずはここを出る事を第一に考えるでござる! 確か出る条件は…………そう、お互いが信頼し合う事でござる!」


 カールが握り拳を作って力説する。


「…………。信頼…………ねぇ」


 そんなカールを、ジト目で見つめる小春。


「……自信無いなぁ」


 漏らした大人の男と信頼関係を築くのは、女子中学生にはいささか無理難題なのであった。




「というわけで、信頼関係を築くでござる」


 心機一転――ズボンと下穿きを新たに、カールは改めて宣言した。ちなみにこの新しい着替えは、ナタクリンゼが用意していた。あのままの状態では、何をどうしても信頼度が最底辺から上がる事は無いからだ。


「うん、それはいいけど…………具体的にどうやって?」

「ウム、それは……、…………」


 カールが言葉に詰まる。


「…………。…………」


 カールがそうなっているのを見て、小春も何かしらの意見を出そうとするも、しかしカールと同様に言葉が出てこない。


 信頼関係というのは、つまりは人と人との結び付きなので――ニートと不登校児には、手段を想像する事すら困難なのであった。


「フム……ではお互いの良いところを言い合ってみるのはどうだろうか? 信頼関係とはお互いを認め合う事から始まるような気がするでござるし」

「……そうだね。なんとなくそんな気がするし、試しにやってみようか」


 手探り状態の二人は、とりあえずお互いを褒め合ってみる事にした。


「では拙者からいくでござる。小春氏は…………まぁまぁ美少女でござる」

「わざわざ『まぁまぁ』って付ける事は無いと思うけど、良い事言うね。で、カールさんの良いところは…………前科が無い」

「…………。次に、小春氏は…………動画の編集が上手い」

「素直に『動画が面白い』でいいと思うけど、良い事言うね。で、カールさんは…………好き嫌いをしない」

「…………。小春氏は…………チート能力がスゴイ」

「チート能力なんて拾い物みたいなものだけど、まぁ有効に活用出来てるって事かな? カールさんは…………ゴミをポイ捨てしない」

「ストップ小春氏。ちょっと待つでござる」


 三つずつ言い合ったところで、カールが待ったをかけた。


「うん? どうしたの? もう信頼関係築けた?」

「違うでござる。小春氏の拙者への褒め言葉がおかしいのでござる。拙者の方だけなんか、人として当たり前のことを言われている気がするでござる」

「……………………そうかな?」

「そうでござる。ってか自覚無いのでござるか? いやそんなはずはないでござるよね」

「いやっ……そんな事はないけどね、うん」


 そう言う小春の頬には一筋の汗が伝い、更にその目は泳ぎを見せ始めた。


「小春氏さぁ……お互いを認め合うのは信頼関係構築の基本でござるよ? チャラついた気持ちでは信頼関係など築けないのでござる。真面目にやってくれないと困るでござる」

「う……わ、分かったよ。ええっと、カールさんの良いところは…………、…………。…………あっ、そうだ! 地図が作れる!」

「ウム。厳密には地図を作ってるのは拙者ではなく開拓者の固有スキルでござるが、まぁ拙者がやっていると言っても差し支えないでござるな」

「そうそう。……ふぅ、なんとかなっ――」

「ではあと二つでござるな」

「――――」

「拙者小春氏の良いとこ三つ挙げたから、あと二つ。信頼関係とは対等且つ平等の下に育まれるのでござる」

「無理っ! 無理無理むーりっ! ギブアーップ!」


 小春は両腕で、頭上に大きくバッテンを作った。


「ム……? 無理とは?」

「無理とは、無理って事だよ。実行不可能」

「実行不可能? はて……そもそも一つ褒められたら一つ褒め返すのは女子の文化では? 『えー〇〇ちゃん髪型変えたの? カワイ~!』『そ、そうかな、アリガト。××ちゃんもそのネイル素敵だね!』みたいな感じで」

「そんなキッショい文化は知らないけど、カールさんの良いところをあと二つも挙げるのはボクには無理だよ。荷が勝ちすぎている」

「……? いまいち要領を得ないでござるが」

「本当に得ないって顔してる…………じゃあカールさん自分で言ってみてよ。自分で自分の良いところをさ」

「フム……自画自賛の類はあまり好むところではござらぬが。差し当たっては品行方正に生きているとか、窮地にあって冷静沈着とか、その辺りでござろうか」

「どういうメンタルしてたらそういう自己評価になるんだろ……」


 カールはメンタルだけはチート級なのであった。


「とにかく褒め合うのは無理かな。特に今日に限ってはカールさん、ものすごく褒められた事じゃない事をやらかしているわけだし」

「ム……それを言われるとグゥの音も出ないでござる」

「ってか全然冷静沈着じゃないじゃん。冷静沈着じゃなかったから下の装備が変わってるんじゃん」

「小春氏……終わった事を蒸し返すのはいかがなものかと」

「いやあれ終わった事にするの無理だから。恋愛ゲームだったら現行の周回では攻略ルートに入るのが不可能なくらい好感度落ちるからね」

「フム…………昨今のヒロインは狭量でござるな」


 現代ヒロインの度量の無さに、カールは肩を竦めた。

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