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第二十九話 その4

 一方カールは、暗闇の中で怪奇現象に囲まれていた。


「あばっ、あばばばば……!」


 キューティクルが死んでる長い髪の貞子的な奴、下半身が無く上半身だけで高速で地を這うテケテケ的な奴、背が異様に高くポポポポポとうわ言のように呟く八尺様的な奴、水中にいたら足を引っ張ってきそうな河童的な奴、等々。いっぺんにこれだけいると逆にコントか何かみたいで怖くなくなるんじゃないかと思わないでもないが、とにかくカールは怪奇現象に囲まれて恐怖していた。


(存在自体が怖いのはもちろんそうなのでござるが、目的が分からないのもまた恐怖でござる……!)


 カールのこの体型故に逃げるカールに彼らが追いつくのは時間の問題であり自明の理だったのだが、しかしこの怪奇現象たちはそこから何をするでもなく、ただただ逃げられないように取り囲む事に終始していた。


 彼らの目的が分からない事もまた、恐怖に一役買っていた。


(……!? まっ、まさかこれは儀式……! 拙者の体を依り代にイケメンを召喚し、この作品を『キモオタニート(だけど見た目はやれやれ系イケメン)の異世界開拓記!』にするつもりなのでは……!?)


 魅力的なテコ入れ案だが、そうではない。


 この怪奇現象は入った者をどうこうしようというのではなく、追い立てて怖がらせる事自体が目的だった。



『この美術館は入った者の恐怖心を魔力に変換して吸収するという迷宮なんや。怪奇現象はあくまでビビらせるための手段に過ぎん。別に角待ちゾンビでもビックリ箱でも、何でもよかった。で、これの目的は恐怖を与える事やから、もちろん入った人を傷つけたりはせぇへん。ってか人に怪我させる美術館なんて風評が立ったら、冒険者どもの討伐対象になってしまうからな』



 この場にナタクリンゼがいたら、このような説明がされた事だろう。


 要するにこの『スリラーリンゼ』は、入った者に恐怖を与えて魔力を吸収する迷宮だった。しかも魔力を対象から直接吸収するのではなく、恐怖心を魔力に変換するというプロセスを挟むので、カールのような魔力を持たない者からでも魔力を吸収する事が可能だった。


「ファッ!? 今度はろくろ首が現れたでござる!」


 出てくる怪奇現象は若干統一感に欠けるが、とにかくカールを怖がらせるために逐次投入されていった。


「おファッ!? 今度はアイスホッケーのマスクを被ったジェ〇ソン的な奴が…………これ怪奇現象じゃなくて殺人鬼じゃね? いやでも怖い事に変わりは無いでござる! むしろ実績ならナンバーワンでござる(※シリーズ累計)! タスケテー!」


 もはや怖いものなら何でもアリになってきたが、とにかくカールを怖がらせるために逐次投入されていった。


「ヌファッ!? 今度はツインテールの少女が……、……ム? あれコレ怪奇現象じゃなくて小春氏じゃね?」

「あいたたた…………あ、カールさん」


 次に現れたのは、怪奇現象ではなくJCだった。


 JCが、まるで放り投げられたようにしてこの空間に入ってきた。


「な、なにゆえ小春氏がここに…………はっ!? も、もしや拙者を助けるために、危険を冒してまでここに…………トゥンク」

「カールさんがキモオタニートだけど見た目はやれやれ系イケメンにでもテコ入れされたらそういう事もあるかもだけど、現時点ではただの寝言だね。……それよりここどうなってんの?」


 小春が周囲を見回す。


「……ってなに、なに!? なんでこんな、無節操なホラーゲームみたいな事になってんの!?」


 そして数々の怪奇現象を目の当たりにして、ぎょっとした。


「それはかくかくしかじか」


 カールは何も分からない事を説明した。


「うん……かくかくしかじかって何も分からない時には使えないと思うけど、それはさて置き。つまりよく分からないけど怪奇現象が襲ってきたって事だね」

「然り」

「じゃあとりあえず、こいつらを無力化しよう」

「……出来るのでござるか?」


 今現在は二人を取り囲んでいるだけとはいえ、彼らは確かな実績を持つ名の知れた怪奇現象だ。昨今では萌えキャラ化されたりギャグ落ちさせられたりチョメチョメな作品に出させられたりしているが、その原型は殺人に特化した恐怖の象徴なのである。


「この手の連中には共通している動力源がある。共有していると言ってもいいかな。それを取り除いてしまえば、こいつらは消えるしかないんだよ」


 そう言うと小春は、スマホを画面が上向きになるように傾けた。


「『照明ライティング!』


 コハルがスキル名を言葉にすると、スマホの画面から光球が出現した。


 光球は小春の頭上1メートル付近まで浮かび上がると、その直後――周囲を明るく照らした。


「これは……いわゆる松明でござるか? いや松明どころじゃなく照らしているでござるが」


 松明が照らせる範囲はだいたい半径キャラ五人分くらいだが、小春のスキルはフロア全体もかくやというくらい照らしていた。これはもはやRPGの明かりではなく、ローグライクの明かりだった。


「それより見てみなよカールさん、さっきの怪奇現象たちを」

「ム……、……ム? これは……」


 部屋が明るくなったとて、カールたちを取り囲む怪奇現象に変化は無い。そもそも『照明ライティング』はただの明かりなので、敵をどうこうする効果は無い。


 にもかかわらず、今の彼らからは、先ほどまでの心の底から湧き出る恐怖心を感じなかった。


 有り体に言えば、彼らに対する恐怖心が薄れていた。


「……どういう事でござるか?」

「簡単な話だよ。こういったホラーな奴らはね……明るいと全然怖くなくなるんだよ」

「…………。た、確かに……」


 暗い中ではあれほど怖かった怪奇現象たちも、明るいところで見ると、その、何と言うか…………ただの変な人だった。貞子的な奴はものすごくズボラな女で、八尺様的な奴は過剰にデカいだけの女で、テケテケ的な奴は逆に体のお加減どうですかと心配になるくらいで、河童的な奴は頭に皿を乗せただけのオッサンだった。


(スルーしてたけど河童もあんまりこのカテゴリじゃないでござるよね……)


 ろくろ首はちょっと不気味だけどまぁキリンみたいなものと思えばそれほどだし、ジェ〇ソン的な奴に至ってはもはやただのガタイのいい男である。


 総じて、明かりの下の彼らは多少の不気味さはあれど、恐怖心を抱くかと言えばそれほどでもなかった。


「まさか怪奇現象にこのような弱点があるとは……」

「ホラーなゲームや映画の舞台が総じて暗いのは、暗くないと成り立たないからなんだよね。ところで話は変わるけどなんか臭くない?」


 小春がすんすん、と鼻を鳴らす。


「……そうでござるか?」

「うん、なんか……あれっ、どうして急に後ろ向いてるの?」

「ふっ……男にはたまに背中で語りたくなる瞬間があるのでござる」

「それニートが何よりも出来ない事なんだけど……」


 積み重ねたものが何一つ無いまっさらな背中では、何も雄弁に語る事は出来ないのである。


「ところで小春氏はどうしてここに?」


 カールが背中越しに尋ねる。


「それはかくかくしかじか」


 小春は正しくかくかくしかじかを用いて、ここに来た経緯を話した。


「フム……怪しいから様子を見に来た、と」

「そしたら赤毛の人に嵌められてここに入れられた、ってわけだよ。あぁ、今思い出しても腹立つ、あのしたり顔……!」

「フム……赤毛とな」


 カールはこういう事が出来そうな赤毛の人物に、一人だけ心当たりがあった。


(……イヤ、まさかでござるな)


 カールは心の中で頭を振って、その考えを否定した。心の中で『もしかしてアイツか……?……いや、まさかな』と言う時はだいたいそいつなのだが、それを踏まえた上でまさかなとカールは否定した。


『ほぉ……まさかスリラーリンゼを攻略するとはなぁ。いや、恐れ入ったわ』


 どこからともなく声が聞こえた。


「…………」


 声もイントネーションも声が聞こえる様式も、その全てがそのまさかな人物のものだった。


「あまりにもあのカジノのすごろくと酷似しているこの様式……お主まさかナタク氏でござるか?」

『あ、覚えとった? せや、私はおまえたちにマジカルリンゼを潰されたナタクや!』


 怒りの籠った声。完全に自業自得とはいえ、やられた事自体は恨みを抱くのに充分だった。


「えっ…………拙者コートを取り戻しただけなのでござるが」


 しかし当のカールは、それすらも自覚が無かった。まぁ厳密にはナタクリンゼの店を潰したのは連れの女であり、カールは八柱魔人の誓約の事すら知らないのだが。


 しかしナタクリンゼにとってカールは店を潰した者の仲間なので、恨む理由としては充分なのであった。ちなみにこれを逆恨みと言う。


「え、知り合い?」

「一応知り合いではあるでござるが……従業員と客の関係性の域を出ないでござる」

「……よく分からないけど、ここを見る限りロクでもない商売をしてたみたいだね」

「いや、結構まともだったでござるよ。カジノがまともかどうかは元の世界の祖国を判断基準にすると首を傾げる寄りでござるが」


 ちなみにカールは、マジカルリンゼでイカサマが行われていた事も知らなかった。


『だが今回は台無しにはさせへんで。スリラーリンゼがダメなら……これや!』


 二人の周囲がぐにゃりと歪む。


「ファッ!? な、なんでござるか!?」


 美術館スリラーリンゼという迷宮が、リアルタイムで組み替えられていく。


 やがて――二人のいる場所が、美術館から新たな迷宮へと変わった。


「…………。……えっ、なにここ」


 新たな迷宮を見回し、小春が小首を傾げる。


 ここは迷宮と言うよりは、部屋だった。広さはちょっと広めのリビングほど。部屋の中にはテーブルやソファ、冷蔵庫などが備わっており、どう見てもホテルか何かの一室だった。とても人を迷わせたり怖がらせたりする風には見えず、むしろ逆に快適に過ごせそうなほどだった。


 特筆すべきものがあるとすれば、部屋の中央に陣取っている大きなベッドくらいだった。


「あっ、ドアがある……けど、開かないか。なんだろ、鍵を探せって事かな……」

「…………」


 小春が戸惑う中、カールは既にこの場所の答えに至っていた。


(大きめのベッドに、開かないドア…………間違いないでござる)


 この部屋の正体は、ジャンルとしてはサブカル系だが、小春には決して分からないだろう。現に脱出ゲームのように考えている小春では、おそらく一生答えには辿り着けない。


 だがカールにはすぐに分かった。大きめのベッドを見た瞬間、即座に解答が頭に浮かんだ。


 ここは、小春のような少女には永遠に分からないが、カールにはすぐにピンと来る部屋――


(ここは――チョメチョメしないと出られない部屋でござる!)


 つまりはそういう部屋だった。

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