第9話 才上奏斗の本音
※奏斗視点
降り続く雨は、やけに冷たく感じる。
珠莉がいなくなって、俺は傘を差すのをやめた。
追いかけなかったんじゃなくて、追いかけられなかった。
足がすくんで、動けなかった。
珠莉に『最後』と言われて、その一言が致命傷みたいに脳内をかけめぐって。
気づいたら、引き留めることも、弁解の言葉を告げることもできないまま、珠莉をこの手から逃してしまった。
「……99回目、か」
俺は口にして、自嘲気味に笑った。
そんな中途半端な回数で、なんで終わらせるんだよって。
「あと1回だったのにな」
呟いて、笑った声が掠れた。
全部、俺の自業自得。
最初から、やっぱり俺は間違ってたんだ。
でも、さ……少しは珠莉にも責任あるよ。……って、これはかっこ悪いよな。
「……珠莉のバーカ」
心の中で、先に言っておこう。
俺が珠莉の気持ちに応えない理由を知ったら、珠莉は「才上くんのバカ」ってきっと泣くだろうから。
▽▽▽
少しだけ、昔話をしようと思う。
俺が珠莉と出会ったときのこと。
あれは一年前の春。
少し肌寒い春風がどこか心地よくて、遅咲きの桜がやけに綺麗に見えた。
あの日芽生えた感情も……全部、俺は鮮明に覚えてる。
【一年前】
「はぁぁ……緊張するよぉ」
目の前を歩く女子高生は同じ制服を着ていた。
着慣れてないことが丸わかりなその制服姿を見れば、その女子高生がこれから自分と同じく入学式を迎え、同じ学び舎で過ごすことになるって、それくらいはすぐに分かった。
「何をそんな緊張してんだー?」
隣で、その女子高生を笑う男はおそらく彼氏なんだろうってことも俺はすぐに理解した。
緊張する女子の頭を撫でる姿……やけに近い距離感は、どう見ても恋人同士にしか見えなかった。
「隼汰くんはコミュ力が高いから緊張しないんだろうけど! 私はそうじゃないから友達ができるかどうかも不安なの!」
「できるできる。もしできなかったら俺が友達になったやつ紹介するし」
「それじゃ意味ないの!」
おとなしい見た目をしているその女子は、姿に似合わずぷりぷり怒っていた。
でもうるさいとは感じなくて……あれが、ギャップって言うんだろうな。怒っても声音が優しいからか、全然怖くなくて、普通にモテそうな子だとは思った。
「つーか男なら寄ってくるんじゃねーの。珠莉、中学の時も結構告られてただろ」
だろうなって思うのと同時に、自慢の彼女なんだな、なんて男のほうを半目で眺めてた……のに。
「……それはまた話が違うよ。でも、うーん……中学の時はそういうことあんまり考えてなかったけど……高校生になったらやっぱり彼氏とか欲しくなるかな?」
本気で耳を疑った。今隣にいる男は彼氏じゃないのかよ、って……正直めちゃくちゃ驚いた。
彼氏じゃないのにその距離感は異常だろう、とも。
そんなふうに目の前を歩く二人を観察していた。
ぼーっと、見たまま聞いたままに受け取って。
あくまでそれは学校にたどり着くまでの退屈しのぎにすぎない。
そのはずだったんだ。
「好きなやつができたら欲しくなるんじゃねーの」
「好きな人かー」
そう呟く女子の横顔を、俺は斜め後ろ、少し距離を置いて後方から盗み見た。
そのとき、俺の中の時間が一瞬……本当に停止した。
「できたら、毎日が幸せになっちゃうのかな?」
そんな子どもみたいな……もう高校生になる女子が口にする言葉としては不安が残る脳内花畑のような。
そんな発言をする女子。俺の中の印象は間違いなくそうだったけど。
でも、その日々を想像する……彼女の姿がとても綺麗で、愛らしくて。口に手を当てて恥じらうように笑うその姿がいじらしくて。
俺を好きになったら……そんな顔を毎日見せてくれるんだろうかって。
そんなことを考えた。
きっかけは単純。
でも俺は……あのとき、珠莉に一目惚れしたんだ。
今さら誰に言っても信じてはくれないんだろうけど、でもさ。
先に惚れたのは、間違いなく俺の方だったんだよ。
▽▽▽
入学式が始まる前に、クラスに集まった。
そしたら珠莉が俺の隣の席で……もうこれは運命としか言いようがないって馬鹿なことを考えた。
「あのさ……」
席に着こうとして、珠莉に話しかけようとしたら担任に呼び止められた。
新入生代表挨拶のリハーサルがあるからっていう理由で、そのまま体育館に連行。
リハーサル後も体育館に残って、結局入学式がその場で始まった。
挨拶はもちろん緊張した。壇上にあがって、人の多さに緊張はピークに達してた。手はめちゃくちゃ震えてた。
あーかっこ悪いって、そう思ったとき。
珠莉の姿を見つけた。
その瞬間、珠莉に第一印象でかっこいいとこ見せたいって、そんなことを単純に考えて……。
そしたら自然とすらすら挨拶が口から出て行った。
クラスに戻って、やっと珠莉に声をかけることができると思った。でも俺の期待に反して、新入生代表挨拶での頑張りは他の女子に多大なる効果を発揮したみたいで。
珠莉に話しかける前に、どんどんクラスの女子が話しかけてきて、結構うんざりしてるときに。
隣の席に座っていた珠莉が、俺のブレザーの裾を引っ張った。
その手が、少しだけ震えてたことも、俺は知ってる。
「さ、才上くん」
「え……あ、何?」
最悪。動揺が口から出てしまって、なんてカッコ悪いんだって自分を責めたけど。
珠莉はそんなのまったく気にしてなかったみたいで、目を輝かせたまま。
「さっきの挨拶すごくかっこよかったよ! ……って、あ、えっと、私、隣の席の桜井珠莉です! い、いきなり話しかけてごめんね!」
今朝、友達ができるか不安がっていた珠莉は、おそらくそんな声かけをすることもすごく勇気のいることだったと思う。
その勇気を振り絞って、たったそれだけのことを言うために俺にわざわざ声をかけてくれたことが本当に嬉しくて。
この子が好きだって、芽生えてた想いが、そのとき明確に心の中に住みついた。
たぶんそのときの俺はもうあと1週間も経てば、珠莉に告白してそうなくらいの勢いで珠莉に猛烈に惹かれてた。
でもそうならなかったのは、そのあとすぐにあった珠莉の自己紹介が原因。
「桜井珠莉です。東中出身で……」
少し上擦った声は緊張の証だったんだろう。
そんなところまでかわいいと、浮かれた頭の俺は呑気に考えてた。
「趣味は……一応絵画だと思います。私、とんでもなく飽き性で……すぐに興味は持つんですけど、実はそんなに興味なかったなーってすぐ飽きちゃって。……でも本当に続けたいと思うものは、どんなに挫折しても続けます! むしろ興味あるものは、挫折続きのほうがどうにかしようって燃えるタイプで……あれ、これって飽き性じゃないのかもしれませんね。……あはは」
テンパって、少し支離滅裂なことを言ってる姿もかわいくて。クラスの男子が同じようなこと思ってんのは一目瞭然で。
やっぱりこの子はモテるだろうなって、再度認識した。
でもまあ、珠莉の自己紹介を聞いたときは、そんなくだらないことを考えたり、意外な一面があるんだなーって余計に惹かれたってだけの話。
そうして珠莉の『飽き性』な性質を忘れてしまえばよかったのに。
俺の頭は、どうもご都合主義っていうものが嫌いだったみたいで。
「桜井さん。そういえばさっきさ……」
隣の席をいいことに、珠莉には事あるごとに話しかけた。
あのときの俺の好意なんて、きっと誰が見てもすぐ分かったと思う。
「才上くんって人のことよく見てるよね。本当すごい」
「ははっ、そんなことないよ」
「そんなことあるよ。そういうところがモテる理由の一つだろうね」
でも珠莉からの好意は、正直そのときまで全然気づかなかった。
直前まで脈なしだと思い込んでたくらい。
「モテるのは桜井さんのほうでしょ」
「いやいやそんなことないよ。ていうか、今はモテるとかモテないとか興味ないから」
ほら、誰でも思うだろ? 脈なしって。
「もったいない。桜井さんなら、すぐ彼氏できそうなのに」
「えー……だって私、才上くんが好きだもん」
珠莉の最初の告白は、本当に予想不可能なもので。
教室中がざわついたし、俺は思考回路が停止した。
その言葉の意味を理解するのは時間がかかって、理解したときは控えめに言って、飛び上がりそうなくらい嬉しかった。
飛び上がったらカッコ悪いし、努めて冷静なフリはしてたけど。
でも頭のネジはきっと飛んでたんだろうな。
あのとき「俺も好きだよ」ってこう答えるのが正解だったんだと思う。それは今でもずっと後悔してる。
最初の告白で、間違わなければ……きっと今は違ってた。
「なら、友達から始めようか」
その言葉を口にしたのは、勢いとか血迷ったとか、そういうのではなくて……一応ネジの吹っ飛んだ頭ではあっても、瞬時に一生懸命考えた結論。
あのときの俺は都合が悪いことに……珠莉の自己紹介を思い出してしまっていた。
興味を持ってもすぐに飽きるって、そんな珠莉の自己紹介を。
俺に興味を示したのも同じかなって。
この告白を肯定したら、珠莉はもう俺に飽きるのかなって。
珠莉の気持ちをゲーム感覚だと決めつけた俺は、やっぱり最低だけど。
でも、だからこう考えた。
挫折続きだと余計に燃えるっていう珠莉の言葉が本当なら……俺が珠莉の告白を断れば、珠莉はもっと俺を好きになるのかなって。
付き合ってすぐに飽きられることと、フッてもっと好きになってもらえることを天秤にかけたら、当然後者が勝った。
でもすぐに後悔したよ。
もしそれで本当にすぐ飽きられたらたまったもんじゃないって、少し冷静になったらすぐにそう考えることができた。
だからすぐにでも本当のことを話そうと思ったけど、フッたことを「さっきのなしで」なんて言えるわけないし。
ちゃんと話すための機会を得るためにも、それから珠莉の気持ちが俺から離れないようにするためにも……まるで告白をOKしたんじゃないかって錯覚するくらい以前よりもさらに珠莉との距離を詰めた。
珠莉の行動の先に常に俺がいるように仕向けて。
そうしてチャンスはすぐに訪れた。
「……才上くん。ダメって分かってるけど……こんなに近くにいられると、勘違いするし……やっぱり好きです」
願っていた通りに事は起きた。
ここで告白を受け入れておけばまだ軌道修正できたと思う。
でも、そういう時に限って俺の頭は回りすぎるくらいに回って、ショートしてしまって。
一度告白を断っておいて、二度目でOKなんて……そんな都合のいい俺の答えを珠莉は信用するのだろうか、なんて。
そんなことを、バカみたいに考えてしまったんだ。
俺が、珠莉に好きって言われたから意識して好きになったって、珠莉にも他の奴にも……そんな軽い気持ちだと思われるのが嫌で。
そう、全部俺のプライドの問題。
こうなるとヤケクソで、もう泥沼覚悟で。
二度目、珠莉はまた俺に想いを伝えてくれた。
それなら珠莉は、まだ俺を好きになってくれる。
そうして決めたのが『100回目の告白』。
俺が珠莉に本当の気持ちを伝えるのはそのときだと決めた。
それまで珠莉が好きでいてくれたら、きっと珠莉の気持ちは興味本意の気の迷いじゃなくて。
俺自身も、半端な気持ちで珠莉を傷つけたんじゃないって伝わるかなって。
これも笑えるくらい勝手な気持ち。
俺がこんなんだから……珠莉が俺を諦めようとしたことなんて、結構たくさんある。
そのたびに俺はわりと最低な手段を使って珠莉の心を俺から離さなかった。
最低なことしまくってる代償に、俺もちゃんと苦労はしてるし、理性とも戦ってる。
まあそれも、言い訳にしかならないし。
こんな不毛でくだらない恋愛計画を始めたのは、間違いなく俺だから。
珠莉には、本当にごめんって気持ちしかないけど。
でも珠莉のかわいさには、本当に苦労してる。
それは、珠莉を好きになって一年経った今もそう。




