第1話 玉砕のち餌付け
逆ハーレム新作を書きたかったのですが前作の壁が大きくまだ無理でした。いずれ書きます。
自分の萌えのために。
ではでは文字書きリハビリのため短い連載から。
全10話でお送りします。(予定)
1VS複数もいいけどやっぱり1VS1が基本ですよね!(言い訳・土下座)
いろいろ大目に見てください。
それはとある高校における日常の一つ。
「才上くん。おーい」
可愛らしい声。まるで花が咲いたかのように綻ぶ頰に、見る人の頬も思わず緩んでしまう。
中庭の花壇に水をやる姿が素朴ながらとても似合う。
彼女の名前は桜井珠莉。
そうして彼女が笑顔を向けた先にいるのはこの学校の支配者たる男子であった。
「あ、珠莉。こんなところにいた」
珠莉を探していたらしい彼、才上奏斗は彼女の姿を見つけるとすぐにその距離を詰めた。
さも当然のごとく珠莉の頭に手を乗せて、形のいい頭を優しく撫でた。
「今日の部活、終わるの少し遅くなる」
「そうなんだ。じゃあ……」
「今日部活だろ? 美術室に迎えに行く」
「はーい」
嬉しそうに笑う珠莉に、奏斗も薄い笑みを返す。
息ぴったりの会話は夫婦さながら。
そうして奏斗が珠莉の頭から手を滑らせ、滑らかな髪に指を通す。
「才上くん?」
「髪に花びらついてる。このままでも似合うけど?」
少しだけからかうような色を含む笑顔に、珠莉の頰が赤く染まる。
その様子を見ている他人の頭の中まで花畑になりそうな、そんな言葉をその整った容姿で口にした奏斗はその花びらを手のひらで弄ぶ。
奏斗の手のひらで転がる花びらを珠莉はじーっと見つめた。
「……うらやましい」
「ん?」
奏斗が耳を傾ける。珠莉は熱い頰をわずかにむくれさせながら、もにょもにょと口を動かした。普段はおとなしい珠莉だが、奏斗のことになると途端に思考のネジが数本飛んでいく。
「生まれ変わるならその花びらになりたい」
「は?」
「才上くんの手のひらに転がされたい。いや、転がされてるけど」
「お前はまた何言ってんの」
赤かった頰はそのままに。珠莉の眉や目尻が感情に任せて上がっては下がってを繰り返す。百面相のち、珠莉は完全降伏モードだ。
「才上くんが好きで好きでたまりません」
その告白も、校内では見慣れたもの。
そうして奏斗の「そう」という簡潔的な返事もすでに日常の産物だ。
誰が見ても愛し合う恋人同士にしか見えない彼らの関係性は『珠莉の一方通行片思いの仲良しさん』である。
「あーあ……かわいそうな『珠莉エット』」
そうして通算91回目の告白は、今日も誰かの嘲笑にかき消された。
▽▽▽
と、まあそんな日常を送る私、桜井珠莉のことを変人と思う人は少なくない。
私は自分が陰で『かわいそうな珠莉エット』と呼ばれていることもちゃんと知っている。
おそらく悲劇の『ロミオとジュリエット』のジュリエットとかけているのだろう。
でもそのニックネームは私には分不相応というか……。
ジュリエットはロミオと結ばれはしなくとも愛されていたわけで。
才上くんに今日も見事にふられた私がジュリエットに例えられるなんておこがましいと思うのだ。
でも才上くんがロミオみたいにかっこいいのは分かる。うん、今日もすっごくかっこよかった。
そんなことを考えながら、私は18個の正の字の横に新たな一本線を刻む。
「珠莉ちゃん。また殿下に告ったの?」
ふられた回数が刻まれたなんとも虚しいノートをパタリと閉じて、自分に話しかけてくれた友人、宮下瑠璃子ちゃん――通称ルリちゃんに笑いかけた。
「うん。でもやっぱりダメだったー」
「……なんでフラれたのにそんなに嬉しそうな顔なの」
「だって笑顔がとてもかっこよかったんだよ」
私の返事にルリちゃんは少し呆れたような顔をする。
私も才上くんが好きすぎる自分にはたまに冷静になって呆れてしまうけれど。
「でも殿下も殿下じゃない。珠莉ちゃんが自分を好きって分かっててあれなんだから、最悪じゃん」
私の代わりにルリちゃんはため息を吐いてくれる。
ルリちゃんのいう『殿下』はもちろん才上くんのこと。
容姿端麗で頭脳明晰、非の打ち所がまったくない彼に敬意を表してルリちゃんはそう呼んでいるらしい。
才上くんについてさらに付け加えるなら、フッた相手にも変わらず優しくしてくれる器量の持ち主ってこと。
「それで。もしかしなくても珠莉ちゃんは今日も自分をフッた相手と一緒に帰るの?」
「うん。美術室で待っててって言われたよ」
「はぁぁああ、……本当にどういう神経してるのよぉ、二人して」
頭を抱えるルリちゃんは本当に優しい人だ。
でも私はやっぱり何度フラれても、そばに置いてくれる才上くんが好きなのだからつける薬もないわけだ。
▽▽▽
別にフラれるのが楽しいわけじゃない。
私だって叶うなら、思いが通じればいいなって。
ちゃんとそう思ってはいるのだ。
「桜井さん。戸締りお願いねー!」
「はーい」
美術部員が全員帰宅して、部室には私一人だけ。
シン、とした空気は自分以外誰もいないことを教えてくれる。
そんな静かな空気が、私は嫌いじゃない。
「才上くん、頑張ってるかなぁ」
いつだって考えることは才上くんのことばかり。
今も弓道場で練習頑張ってるんだろうなぁとか、才上くんに教えてもらえる子がうらやましいとか。
そんなことばかり考えてる。
目を閉じれば、すぐに才上くんの顔が思い浮かぶ。
綺麗に並んだ長い睫毛も、綺麗な焦茶色の瞳も。
完璧な位置から高さを強調させる綺麗な鼻も。
形のいい唇も、そこから漏れる耳に心地いい声も。
本当になんて、完璧なんだろう。
そんな人のそばにいられるだけで、幸せだね。たとえ今だけでも……。
あーあ……。
考えてたら満たされちゃって、なんだか眠くなってきちゃった。
あー……まだ寝ちゃダメ。
才上くんが迎えにきてくれるのに、無様な寝顔を晒すわけにはいかない。
起きろ、起きろ……んー……。
思い描いていた、才上くんの姿がふっと消える。
才上くん、才上くん、と何度名前を呼んでも何も浮かばない。
想像でなら簡単に思い描ける姿は、夢には一切現れない。
夢、かぁ。夢でくらい、才上くんの彼女になりたい……。ん? え……ってことは、私寝ちゃった?
うそ、ダメダメ。起きなきゃ、起きろ!
「……才、上……くん?」
ふと、目を開けた。
視線の先には才上くんがいた。
「……起きた?」
それも、目と鼻の先、すぐそこに。
「え、えぇ、才上くん? も、もう部活終わったの?」
絶対アホ面してた! 最悪だ!
今さら遅いけどなんとなく髪の毛を整えてみる。
そんな私を見て、才上くんがクスクスと笑った。
「ああ。待たせてごめん。気持ちよさそうに寝てたな」
「う、うそ! そんなに寝てないよ!」
「唸ってた」
うっ、否定できない。唸ってた気はする。なんとなくだけど。
「本当お前は髪に何かくっつけるの好きだな。また、絵の具の粉みたいなのついてた」
どうやら才上くんはそれを髪から取ってくれていたらしい。
だからあんなに顔が近かったのか。……なるほど。
納得せざるをえない。……けど、でも少しだけ期待したくて。
「チュー……した?」
聞いてバカだなって思ったけど。
もしそうだったらなんで寝てたのバカ! って自分を責めるだけだけど。
でも才上くんは一瞬、ほんの一瞬だけ驚いたように眉を上げて、そのまま私を哀れむように下げた。
「バカ。何もしてないよ」
「そっかぁ」
やっぱり。
でも少しだけ期待はした。その期待する気持ちが心地よかったし楽しかった気がするからまあいーやって。
そう思えるから私はやっぱり幸せな頭をしていると思う。
「してくれてもよかったのに」
「ははっ、まだ寝ぼけてんの。帰るよ」
才上くんが私の分の荷物も持って、立ち上がる。
座ったままの私を振り返って「ほら」と手を差し出してくれる。
そういうところも全部――。
「珠莉?」
「才上くん」
それを告げる前から。
私は才上くんの答えは分かっているのだ。
彼がそう答える理由は全くわからないけど。
「好きだよ、やっぱり」
1日に2回も告白したのは今日がはじめてだと思う。
才上くんもさすがにちょっと驚いていて。
でも帰ってくる言葉は予想を裏切らない。
「うん」
「……彼氏になってはくれませんか?」
「うん。……ダメ」
にこりと笑って、才上くんは私の手を握った。
言ってることとやってることが矛盾だらけな彼を、それでもやっぱり好きな私は、たしかに悲劇のヒロインに例えられるくらい不憫なのかもしれない。