かごめの歌
「お恐れながら、我らは既に負けております。」
中忍である火毘が、代表して答えた。
「 何を言う。六芒星は負けておらぬぞ。
あれが、あるではないか。」
月影は、まったく聞く耳を待たない。
「 しかし、我らがこんな状態では、
あれは無理かと思いますが。」
「 お前たちは、頭の言うことが聞けないのか。
大体だね、忍びなら右手を斬られたら、
その右手を左手に握り、武器にして闘うものだろ。
指一本でも動くならば、敵の喉元に喰らいくべし。
お前たち、それでも忍びかい。」
上忍である月影は、容赦ない。
「 月影殿、是非、あれとやらを見せて下さい。」
火毘たちが可哀そうになってきた移香斎は、
助け舟を出した。
もちろん、あれとやらに興味深々である。
「 ほら、こいつもこう言ってんだ。
お前たち、さっさと用意しな。」
月影だけが、乗り気であった。
こうして、移香斎と六芒星、最後の闘いが始まった。
「散!」
月影が叫ぶと、六人が横一列から、移香斎の周りに
散って行った。
何が起こるのかと、ワクワクしながらも、
油断はしていなかった移香斎であった。
「陣!」
月影が叫ぶと、六人は、規則正しい六角形の陣を
構えた。
「六芒星、必殺の陣、籠滅をご覧あれ。」
月影が、声高らかに自信満々で吠えた。
確かに、月、火、水、木、金、土の円陣に囲まれた。
六芒星、ダビデの星である。
西洋では、古くから魔除けのシンボルとして使われてきた。
錬金術においては、賢者の石を象徴した。
上向きの正三角形は「能動的原理」を表し、
下向きの正三角形は「受動的原理」を表す。
六芒星は、陰と陽、光と闇、柔と剛,創造と破壊といった
相対するエネルギーの調和を明確に表現するものである。
上向きの正三角形には、土竜、火毘、木猿の男性陣。
土竜は忍び刀、火毘はカビー、木猿は鉤爪であった。
下向きの正三角形には、月影、水蓮、金矢の女性陣。
女性陣は、みな長槍を手にしていた。
並みの剣士なら、これだけでも、戦意喪失であろう。
移香斎は、陣を崩そうと試しに移動してみると、
糸でつながったように、六人が移動する。
陣は、微塵も崩せない。
近づくと、さっと下がり、また元に戻る。
心なしか、月影の他の者の動きが、鈍いように思った。
無理もあるまい、闘いで疲れ、傷を負っている。
「廻」
月影が叫ぶと、男性陣は時計回りに、女性陣は反時計回りに
移香斎を中心として歩き始めた。
六人の気勢が上がるのが、ビンビンと感じる。
「かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる。」
六人が、声を合わせて、歌いだした。
声を合わせて、一斉攻撃に来るらしい。
これはヤバイと、移香斎は、全神経を集中した。
男性陣は反時計回りに、女性陣は時計回りに
回転の向きが変わった。
「夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だあれ?」
そこで攻撃が来るかと構えていたら、すかされた。
また、回転の向きが元に戻った。
猫になぶられるネズミの気持ちがわかったような気がした。
そして、また歌を繰り返した。
「かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ殺る。」
今度は、月影だけが、歌詞が違った。
その瞬間、六人が襲いかかってきた。
男性陣の土龍は低い姿勢になり、忍び刀で
移香斎の両足を斬りに来た。
火毘は、骨折した右足で移香斎の左の肋骨を蹴りにきた。
見上げた根性である。
木猿は、跳躍して、鉤爪で移香斎の延髄を引き裂きにきた。
女性陣は、男性陣より少し遅れて長槍を一斉に
移香斎目掛けて、突きだしてきた。
移香斎、絶体絶命の危機である。
刹那、無念無想の境地であった。
考えるより先に、体が動いた。
土竜の攻撃を跳躍してかわすと同時に、
火毘の蹴りを両足で受けつつ、
その威力を利用して、横っ飛びに、
円陣から脱出したのであった。
「・・・・・・!?」
六芒星にしてみれば、信じられない光景であった。
当の移香斎は、、五人が怪我を負っていなかったら
ヤバかったと、冷や汗が出ていたが、そんなことは
少しも表情に出さず、きれいに着地した。
そして、移香斎の両手が、空中に煌めいた。
ぐえつ
六人が、まちまちに声にならない悲鳴を上げた。
移香斎が、懐から拾っておいた栗を取り出し、
態勢が崩れた六芒星の右目の下を狙って
正確に投げつけたのであった。
栗だからと言って、馬鹿にしてはいけない。
十分速度があるから運動エネルギーは、えげつない。
六芒星は、衝撃にさぞかしびっくりしたであろう。
その隙に、移香斎は韋駄天の速度で移動し、
月影の背後を獲った。
おもむろに、刀を月影の首に押し当てた。
「 皆の者、武器を捨てい。
さもなくば、この首を斬り落とすぞよ。」
「 殺すなら、殺せ。
お前たち、私にかまうな。
こいつを、やっちまいな。」
月影は、あくまで、気丈な女である。
「しかたあるまい。」
火毘が、心持ちほっとしたような表情で
カビ―を捨てた。
他の者も、武器をパラパラッと捨てた。
そして、五人は離れて、両膝を着いた。
「 移香斎様、我らの完全な負けでござる。
拙者はどうなってもかまいませぬから、
月影様の命だけはお助け下さい。」
火毘が懇願すると、他の者も倣った。
「 お願いします。 」
「 お前たち・・・・」
こんな身勝手でわがままで高飛車な私のことを
大切に思ってくれるなんて、月影は、嬉しく思った。
「良かろう。火毘殿たちに免じて、許してやる。」
移香斎は、ここで月影を斬ったら自分が悪者になると、
刀を納めた。
「お前たち。」「お頭。」
六芒星は、肩を寄せ合って喜んだあと、
全員、移香斎の前に片膝をついた。
「我ら、六芒星、今より、移香斎にお仕えします。
何なりとお申し付けください。」
上忍、服部月影は恭しく申し出た。
「その気持ち、誠に嬉しく思うぞ。
しかし、私はまだ修行中の身。
忍びを抱える必要もない。
そうだな、これから先、陰流に所縁の有る者たちを
陰ながら守ってやってくれ。
お願い申す。」
移香斎は、丁寧に頭を下げた。
それから、火毘ともう一度握手を交わし、
他の者たちにも、別れを告げた。
別れを惜しむ女がいたことは、言うまでもあるまい。
何時の間にか、夕暮れになっていた。
全員の影が長く地面に伸びていた。
長い一日であった。
移香斎は、鶴姫の待つ家に帰ることにした。
余談であるが、今日の六芒星との闘いで得た物が、
柳生心眼流、タイ捨流に引き継がれたかどうかは
定かではない。
また、裏柳生の発生にかかわったかどうかも、
定かではない。
忍びは、あくまで歴史の影に生きる者である。
家に帰ると、鶴姫の様子がいつもと違う。
「 実家に、帰らせてもらいます。」
鶴姫の突然のキッパリとした言葉に、
移香斎は、混乱し、動揺した。
『 やはり、女難の相が出ておる。
颯殿の占いは、よく当たる。』
颯がどこかで、大きくクシャミをした宵の口であった。