モグラの罠
「 これは、困ったことじゃ。」
移香斎が、いつもの修行場に続く道を歩いていると、
大きな岩が道を塞いでいるのであった。
人がやっと一人通れるくらいの道幅で、下はすぐ崖。
落ちたら、移香斎とて只では済まない高さである。
迂回しようか、岩を落とそうか、思案していた。
その時である。鋭い殺気を感じた。
山から大きな岩が、ゴロゴロとたくさん転げ落ちてきた。
かわしようがない。
並みの剣術家なら大岩に押しつぶされるか、
崖下に落ちるかのどちらかであろう。
「何て奴だ!」
襲撃者は、眼を見張った。
移香斎は、転げ落ちる大岩から逃げるどころか、
その上をピヨンピヨンとカモシカの如く、
大岩から大岩へと飛びかえて、襲撃者の前まで
跳んで来たのであった。
「その方、名を何と申す。」
忍び刀を抜く間もなく、首に移香斎の真剣が押し当てられた。
「土竜と書いて、どりゅうと、申しやす。」
「 さぞかし、これだけの大岩を用意するのに、
大変であっただろう。」
心からねぎらうように、移香斎は、尋ねた。
「そおりゃあ、もう大変でした・・・・」
ついひきこまれ、馬鹿正直に答えてしまった土竜は、慌てる。
「そんなことは、関係ねえ。さっさと、やりやがれ。」と、
潔く覚悟を決めた。
「そうか。」
移香斎はにべもなく、真剣を一振りした。
バシッ
「うっ!」
土竜は、気を失った。
「安心せい、峰打ちじゃ。」
この男は気がよさそうなので何故か斬る気が失せたのである。
移香斎は、我ながら甘いかなって思いながら、納刀した。
あくまで華麗に、いささかの呼吸の乱れもない。
「 転がり来る岩の下こそ 地獄なれ
飛び越えて見れば あとは 極楽」
そして、納刀の後、一首、詠んだのであった。
この歌が、後の世の有名な秘伝道歌
「 切り結ぶ太刀の下こそ 地獄なれ
踏みこみ見れば あとは 極楽 」に、
繋がったかどうかは、定かではない。
「 さて、あと四人。楽しみじゃのう。」
移香斎は、ワクワクしながら道を急ぐ。
青い空には、ぽっかりと、本物の土竜みたいな
雲が浮かんでいた。




