番外編 魔緑迷宮(五)
沙羅が蓮見徹と出かけたと同時に、拓人がうちにやってきた。
「本当に二人で出かけちゃったじゃないか。なんで月人はついて行かなかったんだよ? 誘われていたんだろ? やつの緑人は? 一緒じゃないのか?」
拓人にマシンガンのように質問をぶつけられて、蓮見徹に関する情報をネットで探っていた僕はため息をつく。
「そんなに心配なら拓人が一緒に行けばいいじゃないか。僕の邪魔をするよりずっと建設的だ」
「んなの、俺がついて行ける訳が無いだろう?」
不貞腐れたようにベッドにドシンと座りこむ拓人に眉を潜める。
『あとでベッドカバーを伸ばしておいてよ? 沙羅がうるさいんだから』
僕の言葉に拓人はハッとしたように部屋の中を見回した。
「ここ沙羅の部屋?」
『そうだけど?』
拓人は辺りをキョロキョロと見回して、おまえら部屋を共有してんの? と少し戸惑ったように訊く。
『共有って言うか……大抵一緒にいるよ? この部屋は僕も気に入ってるんだ。日当たりもいいしね』
「……そっか」
拓人が少し途方に暮れたように見えるのは気のせいだろうか。
『大体、僕にそんな人形を飾る趣味があると思うの?』
沙羅のベッドの脇にはクマだの恐竜だのアルマジロだの怪しげなぬいぐるみが陳列されている。拓人はその中の一つ、極めつけにヘンテコなぬいぐるみを手にとった。それはピンク色で角だか棘だかよく分からない突起が体中から突き出しているやつだった。
「これ、俺がやったやつだ。まだ持ってたんだ」
『それ、何? 毛虫の進化系?』
「沙羅と同じこと言うなよ。これはハルキゲニアと言って、古生代カンブリア紀前期から中期の海に生息していた動物なんだ。かわいいだろ?」
毛虫みたいで嫌いだ、そう即答しようとして僕は言葉を呑み込んだ。拓人がピンク毛虫の怪獣を、すごく愛おしそうに見つめていたからだ。
『……ノーコメントにしておくよ』
僕は沙羅に同情した。これじゃ捨てるに捨てられない。
だけど、嫌でも捨てられないのはくれた相手を思いやってのことだ。どうでもいい相手からの贈り物ならば嫌なら捨てているだろう。つまり、口ではなんだかんだ言いながら、やっぱり沙羅は拓人のことが好きなんじゃないだろうか。それに拓人だって、やっぱり沙羅のことを好きだから……。
そんなことを考えていると頭が混乱してきたので、気を取り直して僕は検索して出てきた蓮見徹の情報に目を走らせた。
蓮見徹の父親はすぐに見つかった。蓮見一郎、研究学園都市で主任研究員をしているのだが、研究学園都市にある大学で客員教授としても教鞭をとっているようだ。
「学園都市大か、知り合いがそこの卒業生だな。当たってみるか……」
拓人はそう呟きながら、早速、沙羅のベッドにどっかりと胡坐をかいたまま、モバイルパソコンとスマホを駆使して情報を集め始めた。
「あ、佐々木? ちょっと調べてほしいことがあるんだけど……」
拓人の強みは何と言っても人のネットワークだ。僅かな情報から人を介して蜘蛛の巣のように情報を拡大し、集積し、獲物を絡めとる。
三十分も経たないうちに、次々に連絡が入り始めた。
蓮見一郎がバイオリソース関連の研究員であることとか、客員教授としては、講義自体は評判が良く受講者は多いのだが、容赦なく単位を落とすことから、一部学生から「鬼の一郎」と呼ばれているとか、いつでも大学か研究所にいるので、職場に住みついていると噂されているとか、彼に関する情報は大量に出てきた。
「だから、そーゆーのはワンサカ情報来てんだよ。でも俺が知りたいのは蓮見一郎の家庭の事情なんだ。個人情報なのは分かってる。情報源は問わないし、守秘義務も負う。何? 理由を言わないと教えられない? それは……それはだな、俺の妹がだな、そいつの息子と付き合ってるみたいなんだ。それで気になってな……え? 俺が一人っ子だって知ってるって? なんでそんないらんことまで知ってるんだ。……分かったよ、本当のことを言うよ。言えばいいんだろ? その子、俺が今一番大事だと思ってるやつなんだ。だけど、相手のやつがまっとうなんなら邪魔する気なんかないんだ。ただ、俺、あいつが泣くところだけは見たくないんだよ。魔緑事件の時も、俺、あいつに何もしてやれなかったからさ……結構一人で苦労してたみたいでさ、あんな状態になって俺、初めてあいつが死んでたらどうしようって、そればっかり考えてさ……あ? 惚気過ぎだって? これは惚気じゃねーだろ、しかも、おまえが言えって言ったんだろーがっ。ああ? 玉将のラーメンと餃子おごれって? いいよ、玉将なら好きなもん好きなだけ食わしてやるよ。なに? 酒は別だ。あぁ。じゃあ、情報送ってくれ」
スマホに向かって照れたり怒ったりしている拓人を振り返って見つめる。
――やっぱり拓人は沙羅のことが好きなのか。
一人得心して頷いていると、なんだよっ、なんか可笑しいのかよっ、とやけに赤くなって睨むので、別にと言って再び検索作業に戻った。が……、
――面白い。
面白くて肩がふるえる。
しかし、一方で不安になる。拓人が見せるような感情の揺れを、迎えに来た蓮見徹からは感じられなかったからだ。
「しかし、見事なもんだな。何一つ文句付けようのないやつじゃないか? 単身赴任している父親の代わりに妹の面倒をよく見てるらしいし、祖母の手伝いもよくしてるようだ。近所の評判もいい。祖母は……あぁ、魔緑事件の時に死んだようだな。町内合同葬儀名簿に名前がある」
あらゆるところから集まった情報をまとめた結果、拓人は安心したような、しかし同時に少しがっかりしたような複雑な表情でそう言った。
『そうなんだけど……』
僕が一抹の不安を拓人に話すべきか否か躊躇った瞬間、拓人のスマホが着信音を発した。
「はい、おぅ、中嶋か。何? 玉将食べ放題って聞いたって? ばーか、遅いんだよ。もう情報は出尽くしたって感じだぜ? 有効情報じゃねぇとおごらないからな? そうか? お、待てよ、月人も傍に居るから一緒に聞けるようにする。オケ、話してくれ」
『俺が聞いたのは蓮見徹の妹の話なんだ。麻衣って子なんだけど、魔緑事件の当日、東都病院の三号館に入院していたらしい。三号館の話は聞いているか?』
「東都病院……悲劇の三号館か……」
東都病院の三号館は、どちらかというと重症でない、療養を目的とした患者が入院していた病棟だった。魔緑事件当日、風向きなのかたまたま感受性の強い植物が居たからなのか、東都病院は真っ先に魔緑に覆われた。
三号館は本館から一番離れた場所にあり、しかも、重症患者が居なかったことが今回は逆に裏目に出た。電力を断たれた時の備えもスタッフの数も医療機器も、すべてが不十分だったのだ。特に喘息を患って療養のために入院していた子どもたちが多かったことも悲劇に拍車をかけた。
魔緑パニックのさなか、極度の緊張からか喘息の発作を起こす子どもたちが多発した。機材不足、人手不足、発作を起こした子どもたちはあっという間に重篤な状態に陥った。それを救ったのが魔緑だったのだ。チアノーゼを起こして意識を失った子どもたちに絡みつき、酸素を直接血管に供給する無数の管を這わせた。悲劇は、その魔緑の目的をスタッフが理解できなかったことだった。慌てたスタッフ達はその蔓を、子どもたちの命を繋いでいたはずの蔓を、剥がしてしまったのだ。
子どもたちの状態を落ち着いて確認することさえできていたら、あるいは、魔緑に襲われたのがこんなに早いうちでなければ、悲劇は回避できたはずだった。
魔緑を含め誰一人、子どもたちを死なせようとしたものはなかったのに、たくさんの子どもが、死んだ。
『それで何が問題かって言うと、その麻衣って子、魔緑事件の二日後に病院から忽然と消えてるんだ。行方不明なのさ。その先は残念ながら分からない』
「……蓮見麻衣は発作を起こしていたのか?」
『それは分からなかった』
「そう……か……」
『あれ? なんか不安にさせちゃったか? いらんこと教えちゃったかな?』
「いや、ありがとう。有効な情報だったよ。また連絡する」
拓人が不安そうな表情で僕を振り向いた瞬間、ベランダに緑色の小さな影が現れて、窓ガラスを叩いた。
「奏樹?」
怪訝そうな顔で拓人が窓を開けると、奏樹は部屋の中にぴょこんと飛びこんだ。
奏樹は僕と違って、こけしのような木そのものの材質の顔を持っており、丸みを帯びた網状脈の葉が頭頂部を髪の毛のようにみっしりと覆っている。小柄な緑人で、小学校低学年くらいの身長しかないが、その分身軽らしく、自由に伸ばせる触手を使って二階のベランダまで飛び移って来るのが得意だ。
『月人、沙羅が図書館以外の建物に入ったよ。カタバミから連絡が入ったの』
『場所は?』
僕は眉間にしわを寄せる。
『んとね、図書館の近くの煙突のあるおうちだって』
『それじゃ、分からないよ。僕が直接聞こう』
カタバミは庭にいる。ちょっと苦手なのだが、僕も触手を使いながらベランダから飛び降りた。気が急いて仕方が無かったのだ。掴んだ手すりが少し撓んだようだが構っていられなかった。
「奏樹、おまえ外にいたの?」
『うん、月人に頼まれたの。カタバミから連絡が入るかもしれないから根ットワークに接続しておいて欲しいって。根ットワークは地面に居ないと繋がりにくいからね。図書館以外の建物に沙羅が入ったら連絡が来ることになっていたらしいよ?』
月人は沙羅のトートバッグにカタバミの種を仕込んでいて、建物に入った時には地面に落ちて根ットワークに接続することを頼んであったようだと奏樹は言った。
「ほんと、月人だけは敵にまわしたくねぇな」
拓人は盛大にため息をついた。




