番外編 魔緑迷宮(四)
「そっかー 残念。噂の月人と話してみたかったんだけど……」
月人は行かないと言うと、蓮見徹は少しがっかりした様子でそう言った。
もしかして、蓮見君は月人と話したかったのかな? でも、噂の月人って……。
「いや、僕のパートナーの華楽がしょっちゅう月人の話をするもんだから、気になっていてね」
図書館へ向かう道々、彼は月人に関する質問を山ほどしてきた。
魔緑事件勃発の日の月人の様子とか、月人にはどんな能力があるのかとか、月人は誰に似ているのかとか……。
「……えと、外に出ようとして魔緑に襲われたところを助けられて……」
ほとんどの質問を私は適当にはぐらかした。月人から口止めされていることばかりだったからだ。シロと月人に関することは話すなと言われている。
「月人の能力? 能力……あ、えと、毒舌で人をやる気にさせることとか? あ、そーゆーんじゃなくって? えーと、あ、水分補給が得意かな……。え? どんな風に得意かって? あ、いや、それは……えと」
そう言ったところで、口移しで飲まされた場面が突然脳裏に浮かんで赤面する。
「……あ、間違えた。やっぱ得意じゃないっ……かも……ははっ」
「誰に似てるかって? えっと、えっとね、幼馴染のお兄ちゃんに似てるかな? あはっ」
嘘だ。拓兄と月人はちっとも似ていない。動と静、現実と幽玄、武士と貴族、いっそ真逆だと言っても間違いない。だからこそ、あの二人は仲がいいんだろうか、そんなことをふと考える。
大抵の緑人は、あの魔緑暴走の日、突然パートナーの危機を救ったのだそうだ。その時にはまだ普通の植物(つまり、人型ではなかったらしい) の形状で、会話もできなかったし、救ってもらった方も最初何が起こったのか分からなかったらしい。徐々に会話ができるようになり、やがて、パートナーが望んだ人型になっていった。命の危機に晒されていて、かなり切羽詰まっていた状況下だったので、パートナーの緑人は大抵の場合肉親や恋人など、心の拠り所にしていた人に似ているものなのらしい。これらは友人たちのおしゃべりの中から仕入れた情報だ。
――まさか、マンガに出てくる吸血鬼に似てるなんて言えないよねぇ。
核心ばかり突いてくる質問に、あわあわしたまま辻褄合わせの答えを繰り返す。お陰で図書館に着く前に汗だくになってぐったり疲れてしまい、着いたころにはもう帰りたくなっていた。
あ、そう言えば……。
「そう言えば、蓮見君のパートナーの華楽君はどうしたの? 来られないの?」
私の質問に蓮見徹は鮮やかに微笑んだ。
「華楽は後で来るよ。先に勉強して待ってよう?」
■□■
いや、でも……すぐに帰るって言ってあるから……。
「僕んちすぐそこなんだ。華楽がお茶の用意をしてくれているらしいから、ちょっとだけ寄って行かない?」
戸惑う私の言葉を蓮見徹はさらりとかわす。
あの後、結局華楽君は来なかった。蓮見君は私が苦手な数学をすごく分かりやすく教えてくれて、一緒に勉強というより一方的に私が教えてもらった状態で……。あまり強く断るのもどうかなと……迷う。それに、月人も拓兄も心配し過ぎだと思うんだ。
「じゃ、ちょっとだけ……」
蓮見君の家は、本当に図書館からすぐ近い場所にあって、大きなお屋敷が集まった高級住宅地にあった。この辺あまり歩いたことなかったけど、凄いうちばかりじゃんか。ここでも、いくつかの家がまだ魔緑に絡みつかれたままになっている。家主が見つからないか、戻る気が無くて植物に絡みつかれたままの家はどこの町内にもある。ここも例外ではないのだ。ただ、絡みついている魔緑の種類が、なんとなく珍かな植物だったりして、それがとても興味深い。
「ここね、中央に自治会館があって、住民ならちょっとしたパーティとかに使えるようになってるんだけど、そこ、温泉施設もあるんだよ。住民同伴なら外部の人も入れるよ。有料だけどね」
ほぇぇ、至れり尽くせりだな。
「入ってく?」
「え? あ……いえっ、遠慮しておきますっ」
悪戯っぽく覗きこまれてうろたえる。そんな私に蓮見君はクスクス笑った。
「夏原は小学生の時、いつも妹尾と一緒に居たんだってね。小学校が一緒だったってやつが言ってた。俺、こっちに来たの中学からだったからあまり知らなかったけど……」
妹尾、つまり夏夜ちゃんのことだけど、小学校の頃の私達は何をするにもいつも一緒だった。私が距離を取り始めたのは中学生の頃。夏夜ちゃんと比較されて嫌な目に遭うようになったのがその頃からだったから。チクリと胸が痛む。
「……どうしてそんな事を?」
「男子が噂してた。妹尾と居れば誰でも引き立て役になっちゃうって。だけど夏原は別だって。引き立て役じゃないって」
「え?」
「ペットがじゃれついてるように見えるって」
そう言って蓮見は爆笑した。
……私はこの人を殴ってもいいデスよね。
「俺もペット飼いたいなぁ。そうだ。妹尾が忙しくて一緒に居られないんなら、今度は俺にじゃれついてくれてもいいよ?」
「遠慮しておきますっ。ペットなら犬でもネコでも狸でも好きなのを飼えばいいじゃないっ」
ぷりぷり返事をすると、蓮見徹は更に爆笑した。
よく笑う人だな。私はむすっとしたまま叩きつけるように足を踏みならして歩く。
私と夏夜ちゃん、周りにはどんな風に見えていたんだろう。人と人のつながりなんて、内側から見るのと外側から見るのとでは違うんだなぁとつくづく思う。夏夜ちゃんには夢を叶えて欲しい。子どもの頃のように再び彼女との心の垣根が無くなった今では、友達として心からそう思える。そして、そう思える自分が嬉しい。
ここだよと言われて、着いた家は感じの良いレンガ造りの家だった。
――煙突がある~。
私は口をポカンと開けたまま屋根を見上げる。四角いレンガ造りの煙突は、サンタクロースが侵入するのにうってつけな、メルヘンチックなものだ。
「ここはね、元々、父方の祖父母の家だったんだ。祖父はもう随分前に亡くなって、祖母も魔緑事件の時に死んじゃってね、今は妹と僕だけで住んでる」
「え? ご両親は?」
「母は僕らが小さい頃に死んだんだ。父は研究都市で働いているから、そっちに単身赴任してる。たまに帰ってくるけどね」
お祖母様が魔緑事件で……私は途端にしゅんとした気分になる。魔緑事件に関しては、直接の原因ではないにしろ、止める術を持っていたにもかかわらず何もできなかった自分に責任を感じていた。
「それは……ご愁傷さまでした。じゃあ、妹さんと二人で蓮見君は大変だね」
「祖母はもう高齢だったからね、仕方が無いって思ってる。妹は体が弱くてね、今のところの悩みの種はそれかな。でも、まぁ、華楽がいるから……」
そっか、それで華楽君は来れなかったんだ。
手入れの行き届いた玄関先に立った瞬間、自動ドアのように扉が開いた。
『いらっしゃい。待ってたよ』
出迎えてくれた華楽君に驚く。蓮見君と瓜二つの顔立ちをしていたからた。
「え? え……華楽君? 蓮見君にそっくり」
蓮見君は私の言葉に嬉しそうに微笑んで、華楽君も無表情ながら嬉しそうな気配を漂わせた。
なんか不思議な感じ……。自分にそっくりな緑人と暮らすって……。
『冷たい紅茶とサンドイッチを用意しておいたよ? お昼食べてないでしょ?』
ダイニングのテーブルには、綺麗に飾り付けられたサンドイッチと大きなピッチャーに入れられた冷たい紅茶。サンドイッチはハムをはさんだもの、卵をはさんだものの二種類だけど、どちらにも新鮮そうな野菜がたっぷりはさまれていて、とても美味しそうだ。
「えー、え~、これ華楽君が作ったの?」
『これくらい簡単だよ。月人だって作るでしょ?』
少し得意げな華楽君に蓮見君が、ゆで卵は僕が茹でておいたんだろ? と文句をつける。蓮見君と華楽君はとても仲が良さそうだった。
月人は基本的に料理はしない。庭で作っている野菜を収穫してくれるだけだ。火が嫌いだし、刃物もあまり好きじゃない。私に蔓を切られたのがトラウマになってるとか言ってたけど、ありゃ、絶対単なる口実で料理をしたくないだけだと思う。
その証拠に庭の木を刈込んでピーポ君のトピアリーを作って見せびらかしていたことがあるもん。あれ、刃物なしには作れないと思うんだ。
華楽君が私の前にシロップが入った小さなピッチャーをコトリと置いた。
『紅茶に使ってね』
「ありがとう」
注いでもらった紅茶に私はシロップを入れた。
ん? どうしたんだろ……何か視線を感じる?
気配を感じて顔を上げると、案の定二人が注視していた。
「あ、あの? 何か?」
戸惑う私を前にして、華楽君は悪戯っぽい声色で蓮見君に問いかけた。
『ねぇ、徹はもう沙羅に告ったの?』
「……っ、華楽君、何を……」
言ってるの? と続けようとした私の言葉は蓮見君に遮られた。
「それがまだなんだ……」
肩を竦める蓮見君に、私は言葉を途切れさせたまま瞠目する。
「も、もう、嫌だな~ 二人してからかって~」
焦った私は紅茶をグルグルとストローでかき回す。氷がカラカラと音をたてた。顔がだんだん熱くなってくる。
「からかってないよ。僕、夏原のことずっと気になってたんだ。だから、ずっと君のこと見てたのに、ちっとも気づいてくれないし。夏原は……さ、彼氏いるの?」
「え? 彼氏? って……そんなの……ってか……」
なんでこんな話になってるの? 急展開過ぎない? だって今までほとんど話したことさえないんだよ?
混乱したまま延々と紅茶をかきまわしていると、蓮見君が小さく笑った。
「ごめん。突然過ぎて困ってるよね? とりあえず食べようか? 美味しそうだよ」
と言われても、食事なんかのどを通りそうにない。私は紅茶を一気に飲み干した。苦笑した華楽君が紅茶を注ぎたしてくれる。
――ん? なんだろう。なんだか体がフワフワして……。
ぼんやりしてきた視界の中で蓮見君がにっこりほほ笑んでいるのが見えた。
――ダメだ。もう帰らないと、ここで眠り込む訳には……月人が心配す……る。
座っているのも辛いくらい眠い。私は慌てて立ちあがろうとしてバランスを崩した。だけど私が床に転がることはなかった。月人と同じ体温の、緑色のしなやかな冷たい腕が私を支える。
ゆっくり近づいてきた蓮見君の指先が私の頬をサラリとなぞった。
「麻衣、疲れちゃったんだね。もう大丈夫だよ。安心してうちでゆっくりおやすみ」
蓮見君は今何て言ったの? 言葉の意味が理解できない。
次の瞬間、私は意識を手放した。




