番外編 魔緑迷宮(三)
明日、沙羅は一人で出かけることにしたらしい。
魔緑オリジンを探っている様子の華楽に近寄りたくなかった僕は沙羅に同行することを断った訳なのだが、一人で行くと言われれば、それはそれで気になる。尾行するか。いや、待てよ。もし沙羅に行く気が無いのなら、明日の朝、熱が出たとかナントカ言って僕が追い返せばいいんじゃ……。
夕飯の後、沙羅の部屋に行くと大変な事態になっていた。
『沙羅、服で神経衰弱するつもり?』
部屋一面に広げられた服の海。
姿見に向かってTシャツをあてていた沙羅が慌てたように振り向いた。
「つ、月人っ、や、あの……その……ほら、持ってる服を全部広げた面積ってどれくらいかなって……ははっ」
――行く気はあるらしい。
僕は小さくため息をついた。
――少しそいつのことを調べてみるか。
風早拓人はそう言った。
あの後、沙羅が家に入った途端、拓人は頭を掻きながら苦笑した。
「ちょっとからかい過ぎたかな?」
『拓人は沙羅と仲が悪いの?』
この二人、会えばいつもこんな感じだ。仲が良いのか悪いのか、緑人の自分にはどうにも判断がつきかねた。二人の会話を聞くまでは、二人は凄く仲がいいのだと思っていた。魔緑事件のさなか、拓人のパートナーの緑人、奏樹が根ットワークを使って沙羅の安否確認をしてきた時、拓人がすごく心配して取り乱していると言っていたからだ。沙羅だって安否を知りたがっていた人の筆頭に拓人の名前をあげていた。
「仲が悪いと言うかなんと言うか……」
拓人は歯切れ悪くモゴモゴ言葉を濁す。
「俺自身が戸惑ってるんだよ。たった一年留守がちにしていた間に、あいつがすっかり女子高生らしくなっててさ。昔は拓兄、拓兄ってひっついて回ってたのに……。俺が謝ってたって月人から伝えておいてくれないか?」
僕は少し考えてから、そういうことは自分の口から伝えた方がいいと言った。
「それもそうか。じゃあ明日、ご機嫌とりに映画でも誘ってみるかな?」
そう拓人が言うので、明日の蓮見徹との予定を教えた。
――え、デート?
そう言った時の拓人の戸惑った表情が印象的だった。いつもの余裕ありげな顔が翳っている。彼がこんな顔をするのを初めて見た。清少納言風に言えば、いとをかし。
どんなやつなんだと根掘り葉掘り聞く拓人の表情もまた興味深かった。僕が初めて学校に行った日、沙羅がこんな顔をしていたのを思い出す。
――学校はどうたったの? 大丈夫だった? ひどいことをされなかった?
僕を何だと思ってるんだ? この僕が易々とひどいことをされるとでも?
密かに苦笑する。悪い気はしなかったので黙っておいたけど。
しかし、華楽とのやりとりを聞くと、彼はにわかに眉間にしわを寄せた。
――少しそいつのことを調べてみるか。
結果として、僕も華楽と蓮見徹の身上調査の手伝いをすることになった。ちなみに拓人の仕事はweb御用聞きだ。調べごと、ホームページの作成代行、プログラミング、IT(沙羅じゃないからみんなは分かってると思うけど、InTikiじゃなくてInformation Technologyね) を絡められることなら何でもやる。彼の仕事は面白い。僕は既に彼の立ち上げた会社の臨時職員という肩書をもらっていた。
『沙羅、そのスカートはやめておいた方がいい。短すぎる』
姿見の前でスカートを当てている沙羅に口を出す。
「そかな? 普通だと思うんだけど……。んじゃ、こっちにしようかな」
ノースリーブのワンピース。オフホワイトと淡いピンクのボーダー柄は確かに沙羅によく似合っていた。
『それだったら、何か上から羽織るものを……』
「……ねぇ、なんでそんなに私が着るものに煩く注文つけてるの? そんなこと今まで月人言ったことないじゃん」
沙羅が怪訝そうな視線を投げる。
肌の露出を控えさせる、誘われても相手の部屋には絶対行かないよう注意しておく、あらかじめ帰る時間を確認しておく……等々の事項を沙羅に注意しておくよう僕に言ったのは拓人だった。
『拓人が沙羅に注意しておくようにって……』
ついでに服以外の注意事項も伝える。帰りの時間を確認したところで、沙羅のダンガリーシャツが飛んできて僕の顔を覆った。
「月人のばかっ。デートなんかじゃないって言ったでしょ? 図書館で一緒に勉強しようって言われただけだよっ。それに、なんで拓兄なんかにそんなことペラペラしゃべっちゃうの? もうっ、信じられないっ。出てって! 部屋から出てってよ!」
『何故って……聞かれたから。口止めされていなかったし……』
戸惑って口ごもる僕を沙羅はもの凄い剣幕でまくしたて、部屋の外に追い出した。
――拓人に言ってはいけないことだったのか……。でもそれは何故? 聞いてもきっと教えてはくれないんだろうな。あんな風に怒ってしまった沙羅は、二、三日口をきいてくれない、僕に分かるのはそれくらいだった。
いやはや、色々難しい。




