21. 笑顔と似顔絵ー5
「……ふぅ」
友人達と別れると自分の席へ移動する。落書きが施された机に。辺りを見回せばクラスメート達が教室の様々な場所を占拠。グループを作ってお喋りに興じていた。
「ん…」
教卓の上に座っている不届き者や、ベランダで騒いでいる者。廊下に出て違うクラスの人間と話し込んでいる者等々。そこにはいつもと何ら変わらない日常が広がっていた。
「学校かぁ…」
けれど自分の場合は違う。もしかしたらこの場所に存在しなかったかもしれないから。そんな人間からすればそれは非日常とも言える光景だった。
今はもういない。留年生だからといって特別な扱いをしてくる者は。
単純に飽きられただけかもしれない。ただ例えそうだとしても周りに受け入れられたような気がして嬉しかった。
「……葵に礼を言わないとな」
もし彼女に説得されなければ今頃は自主退学していたハズ。去年の乱闘騒動の真相を知らないまま、どこかでプラプラ地に足をつかない生活を送っていたのだろう。
どちらの選択肢が正解なのかは判断出来ない。社会に出ていた方が良かったのか悪かったのかは。
だけど今この教室にいる事を後悔していない感情を認識。頑張るキッカケをくれた従姉に少しだけ感謝をした。
「ししし…」
自然と笑みがこぼれる。特に何か面白い事があった訳でもないのに。
恐らくその正体は心の余裕の表れ。退屈こそが究極の日常な気がしていた。
「ふぁ~あ…」
それから椅子に座りながらクラスメート達の様子を観察する。トイレから戻ってきた木島と会話したり、登校してきた金坂と睨み合ったり。
「ハァッ、ハァッ…」
「ん?」
「ま、間に合った…」
しばらくすると入口に1人の女子生徒が登場。彼女は慌てふためいた様子で教室へと駆け込んで来た。
「おはよ、日向さん」
「お、おはよう。火浦さん」
「……大丈夫?」
「ゼェッ、ゼェッ……何度か車にはねられそうになったけど平気よ」
「いや、それは平気とは言えないと思うけど…」
予鈴が鳴る直前の登校。担任は現れていないがあまり余裕の無い時間帯だった。
「いやぁ、家を出るのが遅くなっちゃって」
「遅刻しない日向さんが珍しいね」
「あはは……ちょっと夜更かししちゃって」
「へぇ」
「それよりこれ見てよ!」
「はい?」
日向さんが鞄の中から何かを取り出す。表紙が黄色いスケッチブックを。
「火浦さんの似顔絵、完成したんだ」
「え?」
「今朝も家を出る直前まで描き直しててさぁ、それで学校来るのがギリギリになっちゃったの」
2人が自分達の世界に没頭。騒がしい教室内で席を立ったまま会話をしていた。
「あ……出来たんだ」
「うん、そう。長い間待たせちゃってゴメンね」
「いや、別に急いでる件でも無かったから構わないんだけど」
「自分では結構上手く描けたつもり。ただ髪を黒く塗り潰すのに時間かかっちゃった」
彼女達が楽しそうに語り合っている。片方は表情がやや固まった状態で。
「……ヌードかな」
そんなやり取りを少し離れた席から盗み聞き。地獄耳のせいで妄想が爆発していた。
「何々。絵、出来たの?」
「あ、はい。完成したみたいです」
「え? どうして水瀬くんが知ってるの?」
「私が話したから。もしかして言わない方が良かった?」
「うぅん、大丈夫。ただ少しビックリしただけ」
我慢が出来ずに会話に割り込む。あくまでも自然体なクラスメートを装って。
「はい、これ」
「お~」
その後、作品の鑑賞会が開催。日向さんが取り出したスケッチブックを愛莉と食い入るようにして凝視した。
「これ……私?」
「うん、そう。火浦さんだよ」
「……少し違う気が」
本人が小さな声で呟く。誉め言葉ではなく疑問の台詞を。
「あっ、ゴメンね。モデルやってもらった時から少しアレンジしちゃった」
「そ、そうなんだ…」
「私ね、ずっと思ってたんだ。火浦さんって素顔の方が美人だなって」
「え?」
「ほら、前に水瀬くんと2人で家まで迎えに行った事あったでしょ? その時に火浦さんの姿を見て何て綺麗な人なんだろうって思ったの」
日向さんが明るい口調で解説を開始。それは数週間前に体験した記憶だった。
「私、ビックリしちゃった。髪型や表情を変えるだけで人ってこんなにも変わるんだなって」
「そ、それは大袈裟だよ!」
「うぅん、そんな事ない。少なくとも私から見たらあの時の火浦さんは別人に思えたもん」
「そんなハズないってば…」
「だからその時に感じた印象を描いてみたの。今の火浦さんじゃなく、素顔のままのアナタを」
お世辞か本心かは不明だが賞賛の意見が飛び交う。聞いていて恥ずかしくなるような発言が。
「ほらね、俺の言った通りじゃん。こっちの方が良いって」
「け、けど…」
「もうこれからは学校来る時もこっちの状態ね。はい、約束」
「そ、そそそそんな!」
「決まり決まり。じゃあそういう事で決定~」
本人の意見を無視して一方的に協議を展開。拍手をしながら友人をからかい始めた。
「私も水瀬くんの意見に賛成~」
「ひ、日向さんまで何を!」
「2対1。こりゃ多数決でこの案は可決だな」
「だね」
「……えぇ」
更に向かいにいた女子生徒までもが悪乗りに便乗してくる。尊厳や年功序列という関係性を無視して。
「うぅ……分かりました」
「お?」
「2人がそこまで言うならそうします」
「マジか? やったぜ」
「は、恥ずかしい…」
そしてそのやり取りは狙い通りの場所に着陸。観念した友人が肯定の言葉を口にした。
「おめでとう。これからが愛莉にとって本当の高校デビューだ」
「どうも…」
「ち、ちなみに自然体が一番美しい訳だから次は顔だけじゃなくありのままの全身も描いたり…」
「え?」
「いや、何でもないっす」
調子に乗って願望を素直に伝える。結果、ドン引きした2つの視線を向けられる羽目に。
「……俺さ、学校辞めなくて良かったなって思うよ」
「はい?」
「楽しいや。この場所にいるのが」
「え、え…」
話題を変えるように隣にいる友人に話しかけた。席に荷物を置きに行った日向さんを横目に。
「ん…」
もし彼女と知り合わなければここにはいなかっただろう。来年も再来年も。
つまり互いが互いを必要としていたという事。偶然の巡り合わせが2人の人間の運命を変えてしまっていた。
「それは私だって同じ気持ちですよ。ありがとうございます」
「どういたしまして。あとサンキューな」
「……はい」
「ひひひ…」
顔を見合わせて笑い合う。預かったスケッチブックを持ちながら。
「ん…」
感謝の言葉を告げた後は視線を再び手元に移動。そこにはメガネをかけていない素顔のまま笑っている髪の長い女の子が描かれていた。




