20 事件とキッカケー3
「は~い、注目!」
次の休み時間、1人の男子生徒が黒板の前に立って手を上げる。砂原と共に授業の不参加を続けていたクラスメートが。
「この教室にはいてはいけない人がいますね」
「は?」
「場違いな空気読めない女が」
「おい!」
「今からそいつを追い払います。僕達の平和を守る為に」
彼は教卓を叩きながら意見を主張。その内容は身勝手な意思にまみれていた。
「何言ってんだ、お前」
「頑張るから見ててね。ていうか見ろ」
「人の話、聞けって!」
「皆も参加したくなったらいつでも割り込んできていいよ。乱入大歓迎」
唐突な発言のせいで場の空気が変化する。混沌としていて不快な物へと。
「いって!?」
近付いて注意しようとした瞬間に前のめりで転倒。上半身を無理やり机に押し付けられた。
「何すんだ、コラッ!」
「大人しくしてろっての!」
「するか、アホンダラッ!」
すぐにその正体を確認する。黒板の前に立つ生徒の仲間である3名のクラスメートを。
「よう」
「……え?」
「ずっと引きこもってりゃ良かったのに、わざわざまた嫌われに来るなんてよ」
「あの…」
「バカにそそのかされて登校してくるなんてお前も相当なバカだな。救いようのない大馬鹿だわ」
「砂原っ!」
そして愛莉の元には主犯格が接近。彼はヘラヘラと笑いながら再び罵るような言葉を口にし始めた。
「こんのっ…」
拘束から逃れようと抗うが体が動かない。多勢に無勢なので。
「どっちが良い?」
「え?」
「こっちとこっち、どっちが良い?」
「え、え…」
喚いていると砂原がポケットから何かを取り出す。それは図工や家庭科の授業で使われる二種類の文房具。ハサミとカッターだった。
「おい、ヤバくね…」
凶器の出現に教室中がザワつき始める。異質な雰囲気を悟るように。
「自分で選べないの? ならまずはこっち」
「……え、え」
「さっきコンビニ行って買ってきたやつ。結構高かったんだぜ、これ」
「コンビニ…」
砂原が右手に持っていたカッターを頭上に移動。よく見ると先端が伸びている事に気付いた。
「ひっ!?」
「お~、いい反応。やっぱりそうこなくっちゃ」
「や、やめてくださいぃ…」
「いやぁ、楽しいねぇ。こういう女の引きつった顔とか大好きだよ」
飛び出した刃の部分が愛莉の頬に触れる。ペチペチと何度も。
「おい、コラアァッ! 武器を使うのは卑怯だぞ!」
「武器じゃねぇし、文房具だし。手が滑ってたまたま刃が飛び出しちゃっただけだっての」
「んなガキみたいな言い訳が通るか。危ないから早く仕舞え!」
「心配しなくても傷付けたりしねぇよ。証拠残して傷害なんかで捕まりたくねぇからな」
「だったら何でそんな刃物なんか…」
呼び掛けに対して彼が不敵な笑みを浮かべてきた。保守的な台詞と共に。
何をするかと思えば目の前にいる女子生徒の制服を鷲掴み。続けて前方部分を切断し始めた。
「え…」
糸から切り離された物体が床に落下する。小さな白いボタンが。
「先に謝っとくわ。悪いな」
「ちょっ…」
「だってこうでもしないとまた学校来そうなんだもん。やっぱりお仕置きすんなら体を引ん剥くのが手っ取り早いじゃん?」
「や、やめてくださいっ!」
すぐに衣類を破こうとしているんだと察知。茫然としていた友人が初めて拒絶の意思を見せた。
「動くなよ。じゃないと肌まで切っちゃうかも」
「嫌っ…」
「大事な体に傷とか付けたくないじゃん? 頼むから大人しくしてろって」
「やめてぇっ!!」
大きな叫びが教室中に響き渡る。悲痛なメッセージが。
しかしその必死な抵抗も虚しくカッターが垂直に下降。体の中心を切断するかのように着ていたブラウスが切り裂かれてしまった。
「……あ」
「いぇ~い、成功」
「あ、あぁああ…」
「身は切れてないよな? あ~、良かった。買ったばっかの商品に血なんか付けなくねぇもん」
制服の前部分がはだける。怪我を負った様子はなかったが胸や下着が露出していた。
「嫌ぁっ!!」
「お~、意外に胸デカいじゃん。無駄な才能持ってたんだな」
「ど、どうしてこんな酷い事を…」
「心配しなくても触ったりなんかしねぇよ。誰がお前みたいな奴の体で欲情するかよ、ブス!」
「……うぅ」
友人が咄嗟に両手で胸をガード。その上から砂原が罵る暴言を放った。
「こんのっ…」
羽交い締めの体勢から抜け出そうとするが身動きが取れない。頭から手足の指先までその全てが。
「愛莉、逃げろっ!」
必死に声を出して叫ぶ。この状況で考えられる最善の行動を指示した。
「うぁっ、あぁっ…」
「……愛莉?」
だがその意志が彼女の耳に届く事は無く。代わりに聞こえてきたのは小さな嗚咽だった。
「あ~あ、泣き出しちゃった」
「あぁあぅ、うあぁぁ…」
「こんな事で泣くぐらいなら最初から来るなよな。家で引きこもってりゃ、俺達もムカつかずに済んだのによ」
「お、お父さんが買ってくれたヤツなのに…」
「はぁ?」
続けて息を詰まらせた声が聞こえてくる。何かを訴えかけるような台詞が。
「私が学校行きたいって言ったからお金を出して買ってくれた制服…」
「何言ってんの、お前」
「お母さんにも似合うねって言われたのに…」
「頭おかしくなったのか?」
「何で、何で…」
彼女は周りを一切見ていない。俯いたまま視線を床に合わせていた。
「キモッ!」
そんな姿に向かって砂原が痛烈に吐き捨てる。嘲笑うかのような一言を。
「そういやずっと聞きたいと思ってた事があんだけどよぉ」
「……え」
「どうしてまた学校に通おうと思った訳? 引きこもりのクセに」
「うぁ…」
続けて話題を変更。騒動の原因とも思える部分に触れてきた。
「……友達」
「は?」
「友達が欲しくて…」
問い掛けに対して愛莉が答える。必死に声を振り絞りながら。
「まさかそんな理由で受験したの!?」
「んっ…」
「くっだらねーーっ! バカ丸出しじゃん!」
「……うぅ」
「俺は親切だから教えておいてやるよ。学校は遊ぶ場所じゃなくて勉強する所なの!」
「うぁ…」
「理解した? 頭の悪いブス女さん?」
2人の熱量は雲泥の差。片方は怯え、もう片方はハイテンションで喚き散らしていた。
「まだ終わんねーよ。こっちが残ってるからな」
「……え」
砂原が持っていたもう1つの凶器を愛莉の顔元に近付ける。刃の部分を何度も開閉させながら。
「やめろって言ってんだろ!」
ハサミの出現に声を荒げて叫んだ。喉が潰れる勢いで。
「おい、クラス委員!」
目線をズラして周りの連中にも呼び掛ける。こんな異常事態を黙って見ているだけなんておかしい。ただ異常事態だからこそ誰も何一つ行動を起こす事が出来ないでいた。
「くっそ…」
助けるなら自分しかいない。味方であるハズの日向さんを見つけるが震えて棒立ち状態になっていた。
「うっせぇな、さっきから」
「あっ!?」
「大人しく見てろって。自分の女が悪さした罰を受ける所をよ」
「愛莉は何も悪い事してねーだろうがっ! 普通に学校通って何が悪い」
「普通じゃないから来るなって言ってんだよ。普通じゃない奴が普通の人間の中に混じったら迷惑なだけだし」
「異常なのはテメェの方だっつぅの」
「コイツが終わったら次はテメェの番。覚悟してろよ?」
こちらを見てきた砂原と視線が交わる。悪意と邪気に満ちた瞳と。
「いたっ!?」
「女ってどうして髪伸ばすんだろ。ブスがオシャレしてもブスなだけなのに」
「ちょ…」
「邪魔だよな、コレ。鬱陶しいから切っちまおうぜ」
「そんな…」
再び姿勢を前に戻した彼が手を伸ばした。ヘアゴムで結ばれている髪の束に向かって。
「動くと切りにくくなるから大人しくしてろよ」
「や、やめてください…」
「どうせまたすぐに伸びてくんだろ? だったら気にすんなって」
「お母さんに長い方が似合うって言われたから伸ばしてるんです。切られたら短くなってしまいます…」
「お母さんお母さんってさっきからうるせぇな。18にもなってマザコンかよ、テメェ!」
「きゃっ!?」
陳情の言葉にも耳を貸さず鷲掴み。そのまま力任せに胸元へ引き寄せた。
「嫌っ…」
愛莉が頭上に手を伸ばす。クラスメートの理不尽な行動を止める為に。
「……え、え」
けれど既に手遅れ。動き出したハサミは髪の束を巻き込む形で横に移動していた。
「んっ」
「や、やめ…」
「かってぇな、このっ…」
「やめてください!」
床に何本もの黒い線が落下する。無惨にも切り刻まれた残骸が。
「……嘘」
近くにいた女子生徒が独り言を発声。口元を手で押さえて戸惑っていた。
「はい、終わり」
「え?」
「スッキリしただろ? これで髪の毛洗うのも乾かすのも楽になったよな」
「へ……え、え」
「チョンマゲ断髪成功。これでお前も力士卒業だ」
砂原が得意げに笑い出す。切り離された黒い塊を掲げながら。
「あ、あれ…」
「ん?」
「……私の髪」
「はぁ?」
入れ違いに愛莉が自分の後頭部に手を伸ばし始めた。何もない空間に向かって。
「だから今切ったって言っただろ。人の話聞いてなかったのかよ、このブス」
「ない、ない。髪の毛…」
「今度から肩より下に伸ばすの禁止な。もしやったら坊主頭」
「な、何で……ここにあったのに」
「おめぇの髪ならここだよ」
そんな彼女を砂原が強く突き放す。手に持っていた物体を放り投げながら。
「……あ」
「人の手を煩わせんなよな。散髪料取ってやりたいぐらいだわ」
「そんな…」
「もうこれに懲りたら二度とここに来るなよ。無駄に胸がデカい地味メガネ」
「な、んで…」
すぐ目の前の床にそれが落下。数秒前まで本人の体の一部だった物だった。
「……あ、あっ」
「は?」
「うぁっ、ああぁあ…」
「なんだ、コイツ」
「ああぁっ、うわあああぁぁっ!!」
続けて場に嗚咽が反響する。子供を彷彿とさせる泣き声が。
もう周りの目なんか関係ない。彼女は露出している下着ですら隠そうとしていなかった。
「ああぁうあっ、うわああぁあっ!」
「……ぐっ!」
ギリギリと歯を食いしばる。歯茎から血でも吹き出してしまいそうな勢いで。
怒りを通り越して殺意に近い感情が芽生え始めていた。目の前にいる連中を殺してやりたい程の強い憎しみが。
「砂原ぁ…」
こんな展開を期待して彼女を迎えに行った訳ではない。ただ普通に学校に通わせてあげたかっただけ。ただそれだけ。
何が悪かったのかが分からない。知り合わなければ良かったのか、それとも友達になったのが失敗だったのかが。
助けると誓ったハズ。1年前と同じ過ちは繰り返さないと。それなのに傷付けられている姿を遠くから眺めている事しか出来なかった。




