19 遅刻と待ち合わせー2
「そういえばおじさんもここに入院してたよね?」
「だよ。家族だからって理由で同じ部屋に隔離されたわ」
「へぇ、なら親子水入らずでお喋り出来るね」
「母ちゃんにはメッチャ怒られたけどな。2人してここに住むつもりなのかって」
「あはは! おばさんも大変だ」
前後に並んで歩く。独特の匂いを放っている廊下や階段を。
「よっ、と」
「お布団グチャグチャだよ。綺麗に伸ばさないの?」
「いいよ、これぐらい。どうせまた荒れるの目に見えてるし」
「もう……相変わらず面倒くさがり屋さんだなぁ」
「んで話って何? 緊急の用事?」
「うん、そうだね。愛莉ちゃんの事」
「愛莉…」
部屋へとやって来るとベッドの上にジャンプ。直後に2日前から顔を合わせていないクラスメートの名前が登場した。
「一昨日ね、私の所にメールが来たんだ。今までありがとうございましたって」
「ふ~ん」
「よく分からなかったからお礼の意味を尋ねたんだけど、その返事が返ってこなくて」
「……そっか」
「で、ゆうちゃんに聞こうかと思ったら入院しちゃったでしょ? だから今日はここまで来たの」
どうやら友人は他の人間にも別れのメッセージを送っていたらしい。そしてその言葉を聞いて確信してしまった。もう二度と学校へは来るつもりがないのだろうと。
「私は愛莉ちゃんに何があったのか知らない。友達と喧嘩したのか、それとも家族の間で問題が起きたのか」
「うん…」
「けど多分ゆうちゃんが怪我した事も関係してるんだよね? 愛莉ちゃんから連絡があった翌日に入院したぐらいなんだし」
「それはどうかな」
「私の予想を言っていい?」
「予想?」
「うん、そう。ゆうちゃんがどうして入院するぐらいの大怪我を学校で負ったのかを」
ごまかす為に窓の方に向かって視線を移す。そんな仕草を無視して対話相手が話に深く踏み込んできた。
「おう。どうせ当たらないだろうけど言ってみ」
「愛莉ちゃん……クラスの人達に嫌がらせされたんだよね? それでゆうちゃんがその人達に仕返しをした」
「へ?」
「だから喧嘩に発展して怪我しちゃったんでしょ? 今、ここにいるのはそういう経緯なんだと思う」
「お前…」
「違う? 私の予想外れてる?」
まるで誰かに詳細を聞いたのではないか。そう思えるほど彼女の推測はピタリと一致していた。
しかしその可能性は有り得ない。自分は教室でのやり取りを話していないし、愛莉が打ち明けたのならこんな言い回しはしないからだ。
「……葵って普段はトロいクセに変な所は賢いんだよな」
「それは誉めてくれてるの?」
「勘が鋭いって賞賛してるんだよ。やっぱりすみれと姉妹だわ」
「なら私が言った通りだね。ゆうちゃんが怪我したのは愛莉ちゃんの為なんだ」
「半分正解、半分不正解」
「え?」
もうここまで気付かれているなら隠すのは無意味だろう。ここ数日の間に教室で起きた出来事を洗いざらい打ち明けた。
「……というわけで愛莉は実は年上だったの」
「うぇ!?」
「俺達より先輩だったんだ。本来なら香織さんと同じ学年に在籍してなくちゃいけない歳」
「そ、そうなんだ」
「入学してからずっと隠してたんだけど、落とした手帳がキッカケでクラス全員にバレちまったというわけさ」
自白する犯人のように饒舌に喋る。茫然としている表情を視界に収めながら。
「んで、昨日も今日も学校休んでんだよ。葵にそんなメッセージを送ったのだってもう会えないって意味だし」
「そんな…」
「仕方ない事だと思う。それが本人の選んだ道なんだから」
「仕方ない…」
彼女は人生をやり直す為に2年遅れで高校へと入った。けれど失敗して再び不登校に。中学生の時と同様にクラスメート達との確執が原因で。
「いつも俺の側にいたのだって周りに年齢がバレたくないって理由。本当は誰でも良かったんだよ」
「どうしよぉ……私、愛莉ちゃんを年下だと思ってタメ口で話しかけてた」
「んなのいちいち気にすんなよ。もう会う事なんて無いんだし」
「でも…」
「それにそんな事を言ったら俺はもっとヤバいぜ。なんせ名前を呼び捨てにしてたんだからな」
「失礼だよね?」
「自覚はある」
本来なら抵抗があるハズなのに嫌がらなかったのも譲歩だったのだろう。学校生活を円滑にする為のやむを得ない妥協だった。
「ゆうちゃんが愛莉ちゃんの為にクラスの人と喧嘩したのは分かったよ。たださっき言ってた半分不正解ってどういう事?」
「自分の為にやったって意味。単純にムカついたから暴れただけ」
「ならもう愛莉ちゃんの事は心配してないの?」
「……かもな。嫌いになった訳じゃないけど、もう会えなくても構わないと思ってる」
質問に対して小声で答える。強がりなんかではなく心の底から感じている本心を。
悪い奴ではないと理解していた。ただ付き合いを続けるには抵抗があった。
「愛莉ちゃんはどうしてクラスの人達に自分の秘密を話せなかったんだろうね」
「ん? そりゃバレたらハブられるからだろ」
「皆がそんな事を気にしない人達だったら良かったのに。本当の年齢を知った後も普通にクラスメートとして接してくれたらさ」
「んなの不可能に決まってるし。表面上は仲良く出来たとしても、やっぱり潜在意識の中では特別扱いするに決まってら」
「え? でもゆうちゃんは愛莉ちゃんが年上だと知ってても呼び捨てにしてたよね?」
「それは……俺が相手を敬う事を知らない馬鹿だからだよ」
「じゃあ無理じゃないよ。皆がゆうちゃんみたいな考え方をすれば良いだけだもん」
「おいおい…」
感傷に浸っていると説教じみた台詞が耳に入ってくる。呆れてしまうような意見が。
「ムチャクチャ言うな。どこの世界にそんな荒唐無稽なクラスがあるんだよ」
「私は作れると思う。人が人を差別しない仲良しだけの世界が」
「無理だっての。それに俺が愛莉と仲良くしてたのは留年生だから。もし普通に1年生やってたなら連んでる事自体が無いわ」
「ならゆうちゃんが愛莉ちゃんと一緒にいたのは利用してたって事?」
「じゃなくて…」
「ゆうちゃん、さっき言ってたよね。愛莉ちゃんが側にいたのは年齢を隠す為だって。だったらゆうちゃんは違うの?」
「留年したから一緒にいたって言ったじゃん。周りと比べて浮いちゃったから友達のいない奴と仲良くしてただけだよ」
どちらもクラスメート達と年齢が違うというコンプレックスを持っていた者同士。たまたまあぶれたから側にいただけにすぎない。
「ねぇ、もし2人の状況が逆ならどうなってたと思う?」
「ん?」
「クラスの皆に年齢がバレてたのが反対だったなら」
「俺が留年生という情報は知られずに、愛莉だけが年上だと気付かれた場合って事?」
「うん、そう。愛莉ちゃんだけがクラスメートから仲間外れにされちゃった場合」
「むぅ…」
その時の様子をイメージしてみた。立場が入れ替わったであろう教室内での光景を。
「……愛莉とは一緒にいないかもな」
「でしょ? だって仲良くしてたら自分までクラスメート達から嫌われちゃう可能性があるもん」
「け、けどそれは性格の違いだと思うぜ。愛莉は俺と違って人見知りするから」
「人見知りする性格なのにゆうちゃんと一緒にいたから凄いんじゃない。恥ずかしがり屋なら普通は進んで誰かに話しかけたりしないと思うよ?」
「確かに…」
言われてみたら不思議だった。なぜ極度のあがり症だった人間があそこまで積極的にコミュニケーションを図ってきたのかが。
「愛莉ちゃんはね、友達が欲しかったんだと思う。利用とか打算じゃなく、純粋に仲良く出来るお友達が」
「友達ねぇ…」
「私も2人と同じクラスだったら良かったのになぁ」
「それは進級に失敗した俺に対する嫌味か?」
「違うってば。皆で仲良く一緒にいられたら幸せだったのになって意味」
「はいはい」
仮にそうなったら2人は本当に親しくなっていたのかもしれない。似たような性格同士、すぐに打ち解けあっていた事だろう。
だが彼女達は年齢が違う。本来なら今のように別々の教室で過ごしているのが普通だった。先輩と後輩を逆転させた状態で。
「ゆうちゃんは昔からポジティブだったよね」
「は? いきなり何?」
「私と違って前向きな考え方を持ってたから、それがいつも羨ましかった」
「ただ単にアホなだけだよ」
「躓いても果敢に立ち向かっていける人は凄いと思う。例えその結果がまた失敗だったとしても」
「お前な…」
唐突に称賛の言葉を浴びせられる。皮肉も込もっていそうな台詞を。
「ポジティブな人の良い所はね、いつでも前へ前へと進んでいける事。それって凄く格好いいよね?」
「そりゃどーも」
「そしてポジティブな人のダメな所は、周りの人が倒れていても気付かないで歩いていってしまう時がある事」
「……あ」
「愛莉ちゃんを助けてあげて。前へ進むより大切な事ってきっとあると思うから」
直後に思い切り不意を突かれた。脳を掴まれ揺さぶられたかのように。
「んっ…」
どうやら彼女は初めから説得する為にここへ現れたらしい。脳天気な従弟の考えを全てお見通しの状態で。
「時々後ろを振り返る事って大切だと思うんだ。立ち止まったり、歩いてきた道を戻ったりする事も」
「まぁな」
「愛莉ちゃんは今きっと困ってると思う。どうやって立ち上がって、どっちの方に進んで行けばいいのかを」
「む…」
「でも手を差し伸べてくれる人がいれば大丈夫。1人では無理でも、並んで歩いてくれる仲間がいれば頑張れると思うから」
「それを俺がやれと?」
「うん」
顔を指差すのと入れ違いに屈託のない笑みを向けられる。小さな頃から何度も目にしてきた優しい表情を。
「ちっ…」
交わっていた視線を思わず逸らしてしまった。何台もの車が走行している窓の外に。
「……愛莉と会ったばかりの頃にさ」
「ん?」
「約束したんだ」
「約束?」
「一緒に学校を卒業しようって」
「へぇ、そうなんだ」
なぜ彼女にそんな台詞を告げたかはもう覚えていない。ただ励ましたかっただけなのか、それとも不安に駆られている自身を鼓舞したかったからなのかは。
だけどその誓いがもうすぐ壊れようとしている事だけは分かった。くだらないプライドが原因で。
「ゆうちゃんがどうしてそんな言葉を言ったのか私は知らない。その後どうしたのかも」
「えっと…」
「でもまだ間に合うなら守ってあげて。お互いの為に」
「……うん」
「知ってる? 例えどんなに遅れたとしても相手に会えたら、それは約束を破った事にはならないんだよ」
「葵…」
顔に当たる西日が眩しい。そしてその障害が気にならないほど意識が別の場所に持っていかれていた。
「はぁ……仕方ないなぁ」
「え? もしかして私のお願い聞いてくれる気になったの?」
「おう。おかげで約束の存在も思い出せたし」
「やったね。なら愛莉ちゃんを助けてくれるんだ」
「もう手遅れかもしれないけど行くだけ行ってみるよ。なんせ俺は遅刻の常習犯だからな」
「しししし…」
「笑うなや」
彼女に上手く乗せられた気がする。ただ不思議と不快感は皆無。
初めてかもしれない。今までトロいだけと感じていた従姉をここまで立派に思えたのは。
「とりあえず退院してからだ。あれこれ考えるのは」
「明日なんだっけ?」
「そうそう。けど学校に行ったら喧嘩した事に対する罰が与えられるらしい」
「また自宅謹慎かな。その時は私も学校休んでゆうちゃんちに遊びに行っちゃうかも」
「こらっ、不良娘」
「きゃーーっ!」
2人して顔を見合わせて笑い合った。保護者に聞かれたら怒られるネタで盛り上がりながら。
「ところでおじさんどこにいるの?」
「ん? パチンコ」
「えぇ…」
「入院費を稼ぐ為だとか言ってたわ」
「あぁ、なるほど。真面目に働いてるんだね」
「むしろ世界一の軽佻浮薄だぞ」
「へ?」
揃って隣のベッドに注目する。利用者が不在の寝具に。
「……うっし!」
空気を掴むように利き手を握り締めた。心の中に大きな決意を固めて。
話し合いを終えた後は病室を出て行く従姉をロビーまで見送り。彼女のおかげでモヤモヤしていた意識が少しだけスッキリとした。
この日は病院で寝泊まりして翌日に退院。しばらくは放課後に毎日検査に来る事を約束に自由の身を手に入れた。




