19 遅刻と待ち合わせー3
「お?」
週を跨いだ平日、頭に巻いた包帯に触れながら通学路を歩く。そして校舎付近までやって来た所で友達とお喋りをしている土乃を見つけた。
「はよ」
「キャッ!?」
「いで!?」
鞄を使って彼女のお尻に攻撃する。直後に強烈な蹴りが返ってきた。
「な、何すんだよ。いきなり!」
「それはこっちの台詞だし。セクハラすんな、馬鹿!」
「いつつ…」
痛みの走る足を手で押さえる。朝っぱらから無意味なダメージを負う羽目に。
「……ったく、登校してきたって事はもう大丈夫なの?」
「まだ傷は塞がってないけどな。体育は参加出来ないけど普通に生活するには問題ないってよ」
「ふ~ん、そっか」
「お見舞いサンキュー。助かっちゃった」
「いえいえ。ところでプリントやった?」
「まったく」
「おい」
病院を出た後は母親に連れられ高校へ。校長室に呼ばれると3日間の自宅謹慎を言い渡された。
ただ入院していた2日分も処分実行中と考慮されたので実質の自宅滞在は1日だけ。暴れまわった割には寛大な処置だった。
「……なんだよ」
空気も読まずに土乃達のグループに混ざって廊下を歩く。そのまま教室へやって来ると異変を察知。
騒がしかった空間が静まり返ってしまった。動画の停止ボタンでも押したかのように。
「砂原…」
室内を見回した瞬間に視線がぶつかる。乱闘を繰り広げた対戦相手と。
彼は一段と険しい目つきでこちらを凝視。敵意剥き出しなのがハッキリと分かるぐらいに睨み付けてきた。
「アイツも昨日まで学校に来てなかったんだよ。登校して来るの久しぶり」
「ふ~ん…」
「もう喧嘩しちゃダメだからね? 次にまたあんな怪我したら本当に死んじゃうかもしんないからさ」
「人の頭を割っておいて3日間の謹慎か」
「ちょっと、あたしの話聞いてる?」
横から飛んでくる忠告の言葉は無視。意識の中にあるのは怒気と稚気だけ。
「み、水瀬くん!?」
クラス中の注目を集めながらゆっくりと歩く。途中、机にぶつかる行為すらも気にせず進み続けた。
「……あ?」
「よう」
天敵のすぐ目の前までやって来ると立ち止まる。鞄を肩にかけたまま。
「覚えてろよ。俺の頭に怪我を負わせた事と、関係のないクラスメート達を巻き込んだ事を」
「は?」
「キッチリ責任は取らせる。停学なんて形だけの処分じゃなく、ちゃんとした詫びの仕方でな」
「え、え…」
「んでもって愛莉は必ずここに連れ戻す。その時には必ずお前に頭下げさせたるから覚悟してろ!」
静まり返った場で大声での意見を主張。用を済ませた後は呆然としているクラスメート達を後目に自分の席へと移動した。
「おっす。久しぶり」
「へ?」
「元気だったか?」
「いや、その…」
鞄をやや乱暴に机の上へ置く。隣の席に座っていた男子に声をかけながら。
「また今日からよろしくな。木島にもいろいろ迷惑かけちゃうかもだけど、先に謝っておくよ」
「迷惑ってそんな…」
「あのさ、先週に出された宿題で分からない所があるんだよ。もし良かったら教えてくれないか?」
「は、はぁ…」
「やったぜ、助かる。これやらないとまた放課後に居残りさせられちゃうからよ」
場の空気を無視して会話を始めた。まるで一連の言動が無かったかのように。
「ん…」
明らかにクラスメート達は動揺している。揉め事を起こす人間が再び姿を現したので。
強がっていても内心は針の筵状態。今すぐにでも逃げ出したいぐらいここは居心地が悪かった。
「ふぅ…」
1時限目の授業が終わると休み時間に突入する。貴重な自由時間へと。
「今頃はベッドの上かな…」
視線を向けた机は人が不在。友人は本日も欠席していた。
木島に尋ねるとあの騒動があった日から彼女は一度も姿を見せていないらしい。本格的に不登校を決め込んでいるようだった。
代わりにその友人であった日向さんは登校済み。ただ彼女は休み時間になっても1人きりで過ごしていた。
「ちょっと、さっきのアレどういう事よ」
「ん? 何が?」
教師気分で辺りを観察していると目の前に人が立ち塞がる。腰に手を当てた土乃が。
「朝の休み時間のヤツ。教室に来るなり砂原にケンカ売ってさ」
「アイツに忠告しておきたかったんだ。俺がどういう考えで学校へと足を運んだのかを」
「自分が怪我人だって分かってんの? また殴り合いに発展したらどうするつもり?」
「その時はその時さ。なんていうか先に宣戦布告しておかないと気が済まなくて」
きっと心を奮い立たせたかっただけ。ああでもしないと負けた気がしたからだ。逆境にも臆病な自分自身にも。
「はぁ……っとにもう相変わらず無鉄砲なんだから」
「悪いな。こんな奴に色々と付き合ってもらったりしちゃってよ」
「もう慣れた。水瀬くんはこういう人なんだろうなぁって思ってる」
「なるべくなら迷惑はかけないようにするよ。けどこのまま有耶無耶で終わらせる事だけは絶対にしない」
「ふ~ん…」
あの日の過ちだけは二度と繰り返さない。ただ逃げ出しただけで終わってしまった1年前のようには。
「あのさ、放課後に愛莉の家に寄ろうかと思ってるんだけど」
「は?」
「一緒に行かない?」
友人が渋々ながらに納得の意志を見せてくれる。そのタイミングで別の話題を振ってみた。
「なんで?」
「何でって、そりゃ顔を見に」
「そんな事してどうするつもり?」
「話をしに行くんだよ。このままじゃ可哀想すぎるから」
「はぁ?」
しかし彼女から返ってきたのは否定的な反応。全力のしかめっ面だった。
「何考えてんのよ! あんな事があったばかりなのに会いに行くなんて」
「あんな事があったから会いに行くんだよ。このままじゃ学校に来れないじゃないか」
「来なくていいし。来たら迷惑なだけ」
「迷惑って、お前…」
続けて辛辣な言葉をぶつけてくる。まったくオブラートに包む気がない暴言を。
「だって卑怯じゃん」
「卑怯?」
「水瀬くんが怪我まで負ってるのに肝心の本人は姿も見せないでさ」
「そうだな」
「あたし……ああいう人、嫌い。消極的な性格を言い訳にして何をするにも人任せなタイプ」
「ん…」
空気が大きく変化。冗談を飛ばせないギスギスした物に変わってしまった。
「あたしは砂原の事も嫌い。けどアイツの言ってた事は合ってる」
「どこが?」
「あの人が最初から年齢を偽らなければこんな事にはならなかった」
「かもな…」
「どんな事情があったにせよ水瀬くんがトラブルに巻き込まれたのは事実だもん。無関心なんて許せない」
「んっ…」
彼女の中で今回の原因は年上のクラスメートという風になっているらしい。その気持ちも分からなくはない。だが愛莉は同時に一番の被害者でもあった。
「分かったよ。なら1人で行って来るわ」
「マジで行く気なんだ…」
「へっへっへ。諦めが悪いのだけが取り柄なんで」
「……何でそこまですんの」
「ん?」
「前に言ってたじゃない。火浦さんとは付き合ったりしてないって」
決意を固めていると質問が飛んでくる。一連の行動に対する第三者目線の疑問が。
「どうしてだと思う?」
「あたしに聞かれても知らないし…」
「友達だからさ」
「え?」
「それだけ」
窓から流れ込んでくる風が涼しい。初夏の暑い空気を冷ましてくれていた。
「少し前にさ、お前とケンカした事あったじゃん?」
「は?」
「その時に愛莉が協力してくれたんだ。アドバイスをくれたり、クラスメートに聞き込みしてくれたり」
「ふ~ん…」
「凄いだろ? 自分には無関係な事なのに人の心配が出来るなんてよ」
「別に…」
「それに愛莉は言ってたぜ。お前と友達になりたいってな」
「……え?」
記憶を辿って思い出す。一連の騒動が起きる前の平和にさえ感じるやり取りを。
「止めても無駄?」
「ムダ」
「また乱闘になっても知らないからね…」
「元より覚悟の上だよ。クラスメート全員を敵に回したって戦ってやるさ」
「……なら好きにすれば」
「おう。好きにするぜ」
「くっ…」
答えを聞いた土乃が皮肉のような台詞を投下。直後に表情を歪ませながら廊下へと消えて行った。
「仕方ないか…」
仲間は欲しいが無理強いは出来ない。相性の合う合わないがあるので。
休み時間はなるべく砂原に関わらないように警戒。取り巻きの連中にも。
そして放課後に病院で検査を受けると家には帰らず寄り道。友人の自宅へと向かった。




