12 正義と犠牲ー4
「おはようございます」
「はよ」
2日後、停学明けの教室で友人が声をかけてくる。相変わらずの不安そうな表情で。
「えっと……怪我はもう大丈夫ですか?」
「平気平気。口周りをちょっと切っただけだから」
「なら良いんですが…」
「愛莉は大丈夫だったの? メガネとか落として割れなかった?」
「私は大した事されてませんから。それにメガネもこの通り無事ですし」
「そっか。よく考えたら度が入ってないんだからレンズ割れてもそんな困らないか」
「まぁ、そうですね」
教室内を見回すが金坂は不在。遅刻なのかサボリなのかは分からないが姿が見えなかった。
「あ、あのですね…」
「ん? 何?」
「助けてもらっといてこういう事を言うのは恐縮なんですが、もう絶対に喧嘩はしないでください」
「はぁ? いきなり何?」
「やっぱり人を殴ったりするのは良くないと思うんです。お互いに怪我するだけですし、それに見ていて痛々しいですから」
「いや、それは分かってるけど」
「……知り合いの人が血を流してるのを見るのは嫌なんです。まるで自分の事のように不安な気持ちになります」
彼女が唐突に説教を始める。声を震わせながら。
「だ、だからもう喧嘩は…」
「ふ~ん、愛莉は優しいね」
「え? そんな事はないですけど」
語る言葉を皮肉を込めて称賛。両手を振るリアクションが返ってきた。
「でも仕方ない時ってあると思うんだ。一昨日だってこっちが手を出してなかったら一方的にやられてたかもしれないんだよ?」
「それは……話し合えば何とかなったかもしれないですし」
「無理だよ。愛莉はさ、もし自分の知り合いが誰かに一方的に乱暴されてたとしても助けないわけ?」
「もちろん助けます。相手の人を引き留めますし、自分の力だけではどうしようもないと思ったら警察の人を呼びますから」
「お巡りさんが駆け付ける前にナイフとかで刺されて殺されちゃわなきゃ良いけど」
「うっ…」
破壊行為がいけないなんて誰かに指摘されなくても理解している。けれど何が起きても手を出していけないとは考えていない。
知り合いが理不尽な被害に遭っていたら有無を言わさず相手を攻撃。社会のルールなんかより家族や友人の命の方が優先順位が上だからだ。
「もし何があっても暴力を振るわないという誓いを守ってて、その結果に大切な人を失ったとしたら絶対に後悔しないって言い切れる?」
「それは…」
「俺は一生後悔すると思う。どうしてあの時に相手をブン殴ってでも助けようとしなかったんだって」
「ん…」
「だから悪いけどその言葉は聞き入れられない。誰かを怪我させたくないなら、余計に手出しすべきだと思うから」
反論に反論を重ねる。朝の重苦しい雰囲気に身を置きながら。
「……それでもやっぱり私は水瀬くんに殴り合いの喧嘩をしてほしくないです」
「友達だから?」
「はい。それに退学とかになってしまったら悲しいですもん」
「なら俺がまた一昨日みたいに喧嘩したらどうする? 絶交?」
「そ、そんな事は絶対にしません! 縁を切るなんて…」
「強がりじゃなくて?」
「……はい」
問い掛けに対して再び慌てふためく仕草が炸裂。掲げた意見を否定されたが不思議と気分は悪くなかった。
「分かったよ。なるべく手は出さないように気を付ける」
「ほ、本当ですか!?」
「多分だけどな。あくまでも自重しとくってレベルだけども」
「それなら嬉しいです…」
「俺も嬉しい」
「はぇ? ど、どうしてですか?」
「さてどうしてでしょう」
色々と言いたい事はあったが仕方ないので折れる。表情を綻ばせる友人を前にして。
「……ん」
彼女の考えも間違えているとは思わない。喧嘩せずに過ごせたらそれが一番いいに決まっているから。しかしその日の休み時間にせっかく立てた誓いを破るような出来事が起きてしまった。
「だからちゃんと手伝ってください。日向さんに任せっきりにしないで」
「あぁ!?」
「砂原くんだって今日の日直当番じゃないですか。仕事を1人に押し付けるのは良くないと思います」
「何言ってんだ、コイツ」
愛莉がとある人物に詰め寄っている。クラスの問題児である男子生徒に。
「今朝だって日向さんが早くに教室に来て鍵を開けました。号令とか黒板消しも全て1人でこなしています」
「ふ~ん…」
「砂原くんもちゃんと手伝ってください」
「どうして俺がそんな事しなくちゃなんないんだ。そいつが勝手にやってる事だろが」
「え、え…」
2人の隣には別の女子生徒が存在。メガネをかけた大人しそうな第三者がいた。
「わざわざ2人でやる必要ないだろ。1人いりゃ充分だし。な?」
「け、けど日直は2人でやるものです。日向さんだって好き好んでやっている訳ではありません」
「うっせー女だな。ブスのクセに何で調子に乗ってんだ?」
「それ……今、関係あるんですか」
「お前みたいな奴が生きてるなんて信じられないね。俺がその顔だったら悲しくて自殺するわ」
「え?」
突然の話し合いを教室中の人間が見守っている。片方の発する声が必要以上に大きいので。
「整形とかしたら? 少しはマシになるかもよ」
「整形…」
「ま、そんな堅苦しい性格なら見た目を治してもムダだけどな」
「んっ…」
「ギャッハッハッ!」
砂原が大袈裟なボリュームで笑い出した。明らかに相手を小馬鹿にした態度で。
その行動につられて周りにいた彼の仲間連中も表情を綻ばせる始末。隣のクラスにも響きそうなボリュームで声を出し始めた。
「なんだ、アイツ…」
並々ならぬ怒りが湧き出してくる。以前にも抱いた殺意に似た感情が。
「ひ、火浦さん。もう良いから」
「え?」
「私なら平気だよ。別に1人で出来るし」
「でも…」
女子生徒2人が密談を始めた。プレッシャーに押し潰されたかのように。
「ん…」
彼女達は明らかに浮いている。どう見ても四面楚歌の状態。
日直や委員会をサボったりする奴は他にもいた。ただお互いにあまり干渉しない雰囲気が今のクラス全体に蔓延。だから愛莉のした行為はこのクラスでは異質でしかない。嫌味な言い方をすれば空気が読めていない人間の行動だった。
「サッサと消えろや、眼鏡ブス。その面見てると気分が悪くなんだよ」
「そ、そういう言い方は酷いと思います…」
「不細工な顔を見せられて吐き気を催したらどうすんだ」
「……っ!」
「慰謝料払ってくれんのかよ。え?」
話し合いはもう話し合いとは呼べない流れに。片方の一方的な罵詈雑言だけが場に広がっていた。
「む…」
自分があの中に入っていったらほぼ間違いなく乱闘に発展するだろう。以前に砂原にからかわれてる木島を助けた時もそうなったのだから。
友人との約束を守るか、それとも助ける為に飛び出すか。煮えたぎる脳内で意識が激しく葛藤していた。
「邪魔」
「うおっ!?」
「どけ、コラ」
「いってぇ!?」
飛び出そうとした瞬間にガタンという大きな音が響き渡る。机の上に腰掛けていた砂原が床に落下した音が。
「え、え…」
意外な人物が騒動に乱入。金髪の男子生徒が間に割って入っていた。
「通路塞ぐなよな。通れないだろが」
「はぁ!?」
「いちいちデカい声出すなっての。やかましい女子じゃあるまいしよ」
男2人が口論を始める。片方はポケットに手を突っ込み、もう片方は床に腰をつけた姿勢のままで。
「何すんだ、テメェ!」
「邪魔だからどかしただけだろ。文句あんのか?」
「いきなり人を押し倒すとか思考回路狂ってんのかよ!」
「女に向かってブスって言える馬鹿ほどじゃないさ」
「……なっ!」
声を発しているのは彼らだけ。他のクラスメート達は凍りついたように固まってしまっていた。
「この野郎っ!」
「おっ!?」
立ち上がった砂原が金坂に飛びかかる。周りにあった机や椅子を巻き込みながら。
「死なすぞ、コラッ! 金髪猿!」
「あ?」
「ちょっと女に人気あるからって調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「テメェが嫌われてるだけだろうが」
「ぐっ…」
彼らは普段言葉を交わす事が無い。互いに接点を持たないように過ごしていたので。恐らく初めてとなるやり取りがこれだった。
「もうお喋りはいいよな」
「はぁ!?」
「乱闘すんだろ? ならサッサとやろうぜ」
「テメっ…」
「2人仲良く停学コースだ。それか暴れに暴れて退学でも良いかもな」
いつの間にか争う相手が別の人物に入れ替わっている。無関係の男子生徒に。
「女相手にケンカ売っててもつまんないだろ。勝ったって何の自慢にもなんねーしよ」
「そっちから絡んできたんだろうが。なに言ってんだ、お前」
「1人で授業サボる事も出来ねぇクセに中途半端にいきがりやがって」
「あぁっ!?」
「お前みたいな人間が一番ウザいわ。まだ好き勝手暴れて留年してる奴のがマシだっての」
金坂の伸ばした指がこちらに移動。論争の渦中に巻き込まれてしまった。
「いつも弱い奴しか狙わねぇし、いざ乱闘に発展したら自分は悪くないの一点張り。そんなに処分が怖いビビりなら最初から大人しくしてろよな」
「誰がビビりだ、コラッ!」
「前に教室で暴れた時も周りの奴らに庇ってもらってただろ。呼び出し喰らって説教されたの、あそこにいるアイツだけじゃねぇか」
「ぐっ…」
「停学になんのが怖いんだろ? ヤンチャしても高校だけは無事に出ときたいってか。情けねー男だな」
「だ、誰もそんな事言って…」
「羽目外して後始末からは目を背ける。小学生かっての」
2人が激しく言葉をぶつけている。胸倉を掴みあったまま。
「俺はいつだってこんな学校を辞められる。だから平気で殴り合いも出来る」
「は?」
「今、ここでお前をそこの窓から突き落とす事だってな」
「お、おい。何すんだ…」
金坂が脅迫的な台詞と共に砂原を引っ張って移動。向かおうとしているのは教室の外にあるベランダだった。
「ちょっ…」
教室内がザワつき始める。口論を越えた異質な状況を前に。
「こらあっ!! お前達、何やっとるんだ!」
その時、入口にガタイの良い体育教師が登場。場を制するような大声を張り上げて乱入してきた。
「また喧嘩か、このクラスは。2日前にも暴れたクセに何しとるんだ」
「……なんでもねーよ」
「いい加減、自覚しろ。お前らはもう大人の一歩手前なんだぞ!?」
「うっせぇ、ボケ」
砂原が掴まれていた手を振り払う。倒れていた机を蹴飛ばしたかと思えば廊下に出ていってしまった。
「他の奴も早く席に戻れ。もうすぐ次の授業が始まるぞ」
教師が威圧感な言葉を口にする。明らかに不機嫌な様子で。何をするかと思えばそこで終了。一喝だけして立ち去ってしまった。
「いやいや、ダメだろ…」
せめて事態を収拾すべきなのに。このままでは遺恨を残しただけ。
争いだけを中断させるのは得策では無い。それでは問題を解決した事になっていないからだ。
実際、愛莉が砂原に詰め寄った件は何も進展しちゃいない。やるなら決着がつくまで続けさせるか、間に入って平和な方向へと導くべきだった。
「……あ」
ゾロゾロと動くクラスメート達の隙間からある光景が見えてくる。金髪の男子に頭を下げている愛莉の姿が。
この位置からでは2人が何を喋っているのか聞き取れない。ただ何となく雰囲気でそのやり取りの内容は予測出来た。
「おい、木島!」
「え?」
「お、俺のこの体に溜め込んだ怒りはどうすりゃいい?」
「さ、さぁ…」
「一体どこにぶつけたら収まるんだ!」
「僕に聞かれても…」
後ろに立っていた小柄の男子に話しかける。拳を思い切り握り締めながら。
友人が苦しめられる騒動に発展したのに役立たず。結局、何も出来ないまま終わってしまった。




