9 積極的と消極的ー3
「あっ、いた」
階段を下りてすぐの廊下で発見する。目的の人物の背中を。
「おい、ツチノコ」
「……何よ」
「お前もこのまま下校すんだろ? なら一緒に帰ろうぜ」
「は、はぁ?」
声をかけながらすぐ側まで接近。同行を願い出た。
「1人? それか誰かと待ち合わせしてた?」
「……別にしてないけどさ」
「そかそか。なら俺と帰るべ」
「な、なんで付いてくんのよ。誰も一緒に帰る事を許可なんてしてないし」
「おいおい、2日前に俺の後を付け回してたのはどこの誰だよ」
「それは…」
「お前に拒否する権限がないのは理解してるよな? だったら決まりだ」
「ぐっ…」
本人の意向を理屈で封殺する。上履きからスニーカーに履き替えた後は2人で校舎を出た。
「昼休みってどうしたの。どっかで何か買って食べてたの?」
「……そんなの水瀬くんには関係ないし」
「無理なダイエットはやめとけよ。体調崩して保健室に運ばれたらアレの日と勘違いされるからな」
「う、うっさいなぁ。友達とパン食べてたから大丈夫だっての!」
「うおっ!?」
デリカシーのない質問を躊躇いもせずぶつける。その瞬間に飛んできた鞄が屈んだ頭上を通過した。
「え~とさ…」
「何?」
「昼休みは悪かったよ。声かけないで」
「……え?」
照れくささと葛藤しながらも本題を切り出す事に。目線を逸らして謝罪の言葉を口にした。
「2日連続で付き合ってくれたのにあしらうような真似してすまんかったわ」
「な、何さ……急に」
「お前からしたら親切心を台無しにされた気分だよな。わざわざ孤立してる奴に優しく接してやったってのによ」
「別にそういうつもりで声かけたんじゃないし…」
「今日はどうするのって聞かれた時に気付くべきだったよ。愛莉と3人で学食に行くべきだったなって」
そうすれば彼女を傷つける事なんかなかったハズ。ここにはいない友人に余計な心配をかける事も。
「……名前で呼んでるんだ。火浦さんの事」
「お? なんか言った?」
「別に…」
グラウンドでは早くも運動部が活動している。辺りは学生の声で騒がしくなっていた。
「ねぇ、どうして急にあたしに頭下げる気になったの?」
「ん? 理由?」
「うん。昼はあんなに適当だったのに態度がガラッと変わったのが不思議で」
「そうだなぁ…」
さすがに友人に促されたと素直には言えない。それだと今しているこの会話が無意味になってしまうので。
本当に申し訳ないと思っているなら自らの意志で頭を下げなくてはならなかった。誰かに指示された謝罪は反省の意味を含まないから。
「俺さ、昔から人付き合いが苦手だったんだ」
「へ?」
「しかも今のクラスじゃ御覧の有様。そのせいで友達も少なくて」
「ふ~ん…」
「だから親しくなった人間は大事にしたい。それが優しい奴なら尚更に」
「……あ」
キザとも思えるような台詞を口にする。嘘を使わずに本音を語った言葉を。
「ん~……そこまで言うなら許してあげようかな」
「おぉ、マジか」
「あたしもこんなくだらない理由で仲違いしたくないし。それに意地張るのも疲れるし」
「喧嘩してても良い事なんて無いもんな。気が合わない奴とかならともかく」
「へへ、そだね」
そしてその作戦は功を奏する事に。彼女からは期待以上の反応が返ってきた。
「ねぇ、1つ質問して良い?」
「ん? スリーサイズ?」
「火浦さんとどうやって知り合ったの?」
「あぁ、え~と…」
続けて話題が移行する。数分前に別れた女子生徒の存在へと。
性格が真逆の2人が親しくしている繋がりを疑問に感じていたとの事。隠すような内容ではないので教えてあげた。春休み中に経験した窓ガラス破壊事件の詳細を。
「……てわけで俺が愛莉の家に貸しを作ってしまったわけさ」
「へぇ。なら幼なじみとか同じ学校の先輩後輩とかじゃないんだね」
「本当に知人レベルの知り合いなんだよ。今のクラスで顔を合わせた時はお互いに名前すら把握してなかったぐらいだし」
「そっかそっか。安心した」
「何が?」
ただ愛莉が2年遅れで入学している事については内緒。あくまでも彼女は普通の新入生という設定だった。
「あぁ。でもさ、1つ忠告させてもらえば火浦さんとはあまり仲良くしない方が良いと思うんだよね」
「どうして?」
「こういう言い方するのは嫌だけど水瀬くんってクラスの中で浮いちゃってるでしょ? 周りと年齢が違うわけだし」
「……まぁな」
「それに加えてこの前もちょっとした騒ぎを起こした問題児。マズいと思うんだよね」
「は?」
対話相手が口元に手を当てる。表情を僅かに曇らせながら。
「そんな人といつも一緒にいたらそのうち火浦さんにもとばっちりがいきそうって事」
「あ…」
「あの子って何か言われても反論出来そうにないタイプじゃん? だからもしそうなっちゃったら可哀想かなって」
「それは……確かに嫌だな」
自分のせいで関係のない友人を巻き込むのはごめんだった。ただでさえ彼女は周りにバレたら困る秘密を抱えているというのに。
クラスメートに避けられるようになったら再び不登校になってしまうかもしれない。中学時代のトラウマをなぞるように。
「だからさ、あんまり火浦さんと2人きりで行動したりしない方が良いよ」
「ん~、でもな…」
「あっ、勘違いしないでね。別にあたし、火浦さんの事が嫌いとかそういう訳じゃないから」
「それは分かってるっつの」
「ただ本音を言わせてもらえば苦手ではあるかな。ああいう大人しくてウジウジしてる子って昔から意見が合わなくって」
「それは俺だって同じだよ」
自分と愛莉は気が合うから一緒にいる訳ではない。ただ似たような境遇だったというだけ。
言い換えれば誰ともペアになれなかった神経衰弱のババのようなもの。あぶれた者同士でくっ付いている事に他ならなかった。
「でもお前は良いのかよ。俺と一緒にいたりして」
「え? あたし?」
「愛莉の心配してる場合じゃないだろ。お前だって俺と仲良くしてたらクラスの奴らに嫌われるかもよ」
「あはは、あたしは大丈夫だって。そんなのへっちゃらだし」
「どうしてさ?」
「クラスに仲の良い人いっぱいいるし。それに悪口とか言ってきたら平気で言い返してやるもんね」
「なるほど」
彼女は教室内でも目立つ存在。クラス委員でもないのに意見を掲げたり纏めたり。
ただそのせいで男子からは煙たがられる存在に。お節介ババァというアダ名までつけられていた。
「んじゃあ、また明日ね」
「おう。ハンターに捕獲されないように気を付けろよ」
「だからその未確認生物扱いやめろっての!」
「ははは」
元気に駆けていく土乃を手を振って見送る。駅付近までやって来ると別れた。
「留年か…」
思っていたより付きまとう。1年遅れというハンデが。
目的通り土乃とは仲直りする事に成功。しかし今はそれと全く正反対の行動を起こそうとしていた。親しくしているクラスメートとの友人関係の解消を。
「やっぱりマズいよなぁ…」
数日前まで他人だったような人間でさえあれだけ気にしてしまうレベル。他の生徒達も自分と愛莉の繋がりを疑っている可能性は高い。
金坂や砂原みたいな奴に目をつけられ嫌がらせされる可能性だって有り得る。まだそうなってない今こそ問題を防ぐチャンスだった。
「……仕方ないか」
心の中で小さな決意を固める。空いている手を小さく握り締めた。




