8 ストーカーとツチノコー3
「ふぅ…」
食後は教室に戻って休む。しつこい同行者を退けながら。
どうして親しくもない人間に声をかけようと思ったのか。その原因は午後の休み時間に判明した。
「ふ~ん…」
例の女子生徒が教室で楽しそうにお喋りしている。金髪の男子生徒と。
「そういう事か…」
彼女が話しかけてきたのは本当にただの興味本位。ただからかって遊んでいただけだった。
今頃は金坂と大盛り上がりしているのかもしれない。留年した馬鹿者をネタに。
「あぁ、帰ろ帰ろ」
1日の授業が終わった後は真っ直ぐ教室を出る。いつも一緒にいる相方がいないのでする事がなかった。
「あ、水瀬くんも帰るんだ。直帰?」
「あ?」
「部活はやってないんだよね? あたしも帰宅部なんだよ」
「うっせ、話しかけてくんな」
「え?」
廊下へと出たタイミングで再び話しかけてくる。気さくを装った女子生徒が。
「ちょ、ちょっと!」
「くそっ…」
「1人なんだよね? なら一緒に帰ろ。あたしも1人だし」
「はぁ? やだよ」
「昼飯一緒に食べた仲じゃん。だよね?」
「忘れた。記憶にない」
「え~、わざわざエビフライ分けてあげたのにその言い草はないんじゃないの?」
「けっ…」
冷たく突き放すが彼女はめげずに話しかけてきた。しつこい新聞勧誘のように。
その言動の全てが腹立たしい。キッカケが純粋な好奇心ではなく、人をからかう為の悪戯心だと分かってしまったからだ。
「付いてくんなよ。誰かがいると邪魔」
「ん? でもいつもは女子と並んで帰ってるよね?」
「……は?」
「火浦さん……だっけ? あの子といつも一緒にいるじゃない。だよね?」
発言の応酬中に不意を突く台詞が飛んでくる。ここにはいない人物の名前が。
「あたしが知る限り休み時間も2人で過ごしてる。もしかして付き合ってんの?」
「違うっ!!」
「あ、なんだ。そうなのか」
「……ただちょっとした知り合いだから連んでるだけ。別にそういうんじゃないし」
「ふ~ん…」
問い掛けを黙らせるように声を張り上げて反論。ついムキになってしまった。
「だよね~、良かった。だってあの子には悪いけど水瀬くんと火浦さんって不釣り合いなんだもん」
「どういう意味だよ」
「話した事ないけど地味じゃん、あの人。口数少ないし声小さいし」
「まぁな」
「やっぱりさぁ、水瀬くんみたいなヤンチャな人には大人しい子より明るい人の方が似合うと思うんだよね~」
「あ?」
自分なら釣り合う。そう主張したいのだろうか。遠まわしに友人を馬鹿にされたようで腹が立つ。心の中にドス黒い感情が渦巻いていった。
「い、いつまで付いて来る気だよ!」
「え?」
「お前んちの場所知らないけど多分こっちの方角じゃないだろ? どうして付きまとってくるんだよ」
校門を出てしばらくした場所で叫ぶ。尾行してくるストーカーに向かって。
「そだよ。だってあたし電車通学だし」
「駅は向こう。逆方向」
「知ってる。けど今日はまだ帰るつもりないから」
「こんのっ…」
態度が終始マイペース。怒りの反応すら軽く受け流されてしまった。
「とにかくもう付いてくんな。目障りなんだよ」
「うっわ、酷。いくら年下だからってそういう言い方はないんじゃないかな」
「そうやって気付かれてないフリして猫被ってろ、クソ女が。人をオモチャにして最低だな」
「え?」
「お前みたいな奴が一番嫌いだわ。女じゃなかったら真っ先にブン殴ってやるのに」
本音を吐き出す。ずっと溜め込んでいた不満を。
「ど、どういう事。猫被りって何? あたし、変な事したっけ?」
「さぁ、何にもしてないんじゃないですかねぇ」
「言いたい事があるならハッキリ言ってよ。じゃないと分かんない。あたし、アナタに何したの?」
「自分の胸に手を当てて考えてみろや」
「もし傷付けるような事したなら謝る、ごめんなさい。けど……本当に身に覚えがないんだけど」
「はいはい」
このリアクションすらも芝居なのだろう。謝罪の言葉さえも。心の中は猜疑心で満ち溢れていた。
「待って!」
「いって~な。何すんだよ、ブス」
「もしかして無理やり付きまとった事に怒ってるの? そうなんでしょ?」
「はぁ? 頭大丈夫か?」
立ち去ろうとした瞬間に腕が固定される。後ろから伸びてきた手によって。
「強引に絡んだりした事は謝ります、ごめんなさい。馴れ馴れしくタメ口で話しかけた事も」
「おい」
「けどあたしは純粋に水瀬くん……先輩と友達になりたかっただけなんです。別に変な意味はありません」
「離せってば」
「だから、その……嫌いにはならないでください」
振り向いた先には真面目な表情が存在。先程までおちゃらけていた人間とは思えないような顔付きがあった。
「な、何なんだ。さっきから…」
「だからあたしはただアナタと親しくなれたらと…」
「そうじゃなくてどうして俺なのかって聞いてんだよ!」
「え?」
腕を掴んでいた手を乱暴に振り払う。罵声に近い詰問と共に。
「ん~と…」
「お前、休み時間に金坂の奴と仲良さそうにしてたじゃん。それが関係してんじゃないのか?」
「は?」
「どうせ昼休みに俺について語り合ってたんだろ。年上なのにバカ丸出しだったとかって」
「な、なんでいきなりアイツの名前が出てくるのさ」
「だから休み時間に…」
「あたしと金坂は中学が同じってだけで親しくもないよ。水瀬くんの話だってしてないし。つかあたし、アイツの事嫌いなんだけど」
「はぁ?」
会話はいつしか別の箇所へと流れ着いた。愚痴の発散へと。
「嫌いって金坂が?」
「うん、だってアイツすぐキレるし。気に入らない事があると暴れたり」
「ならどうして休み時間にあんなに楽しそうに会話してたんだよ」
「新緑行ってる子に頼まれたの。最近メールしても全然返事が返ってこないから様子を探ってくれって」
「新緑?」
続けてあまり聞き慣れない単語まで登場。少し離れた地域にある高校の名前だった。
「その子、中学の時に金坂と付き合ってたんだけどさ。別々の場所に進学しても恋人関係を続けてるつもりだったらしいんだよね」
「ふ~ん」
「けど最近無視ばっかされるから心配になったらしくて。それであたしに連絡してきたの」
「代わりにどうなってるのか確認してくれってか」
「うん。そしたらアイツ、卒業する時に関係は切れたって」
どうやら友人の恋愛相談に乗ってあげただけらしい。激しく興味のない話題だった。
「つまりお前が金坂と喋ってたのはアイツと友達だからではなく、ただ知り合いに頼まれたからだと?」
「そうそう。中学時代の思い出話で盛り上がってたのは事実だけど」
「友達づての用事ねぇ…」
今の説明に不自然な点は無い。かといって今日初めて会話した人間の話を鵜呑みにする事も出来ない。
「とりあえずお前が金坂と俺の話を交わしてたかは知らん。ただこうして近付いてきた目的も意味不明だから信用出来ん」
「あっ、ちょっと!」
「友達が欲しいなら他を当たってくれ。俺はお前みたいな奴と仲良くするつもりは毛頭ない」
「そんな…」
「じゃあな。もう付いてくんなよ」
必死な形相の女子生徒を冷たく突き放す。例え親しくないにしても金坂と繋がっている時点で関わりたくなかった。
「あいたっ!?」
「は?」
進路を頻繁に利用している本屋に設定する。その瞬間に背後から妙な声が聞こえてきた。
「いっつぅ……何でここヘコんでんのよ」
「ぷっ!」
「あぁ、笑った! 今、笑ったでしょ?」
「当たり前じゃん。こんなん笑うなって方が無理だわ」
前のめりに転倒している女子生徒を発見。バランスを崩して地面に倒れ込んでいる間抜けなクラスメートを。
「だ、だって穴が見えなかったんだもん。こんな段差あったら誰だって躓くっての!」
「俺は躓いてない」
「とりあえず助けてくれない?」
「はぁ? 意味分からん」
「女の子が苦しんで困ってるよ。ほれ、早く」
「アホなのか…」
彼女が起き上がろうとせず手を伸ばしてくる。子供のように目をキラキラ輝かせて。
「じゃあな。あばよ!」
「あっ!」
「ヒャハハハハ」
ワガママな催促を無視してその場から逃走。ヒラヒラと手を振りながら走り始めた。
「……変な奴」
昨日までまともに会話した事もないクラスメートに馴れ馴れしくするなんて。何かキッカケがあるならまだしも自分は留年生。普通なら避けたい人物だ。
だから信じられなかった。不合格の烙印を押された人間なんかと親しくなりたいと言った女子生徒の言葉が。




