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雨上がりの空へ  作者: トランクス
1st STORY
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29/129

8 ストーカーとツチノコー4

「ん~…」


 走り出したものの自宅とは逆方向に進んでいた事に気付く。足を動かしながら辺りの景色を見渡した。


「たまにはお見舞いに行ってみるか…」


 この近くに病院があったのを思い出す。同時に父親がそこに入院していた事も。


 このまま真っ直ぐ帰ると先程の女子生徒に自宅を知られる可能性が高い。なので寄り道する事にした。


「元気にしてるかなぁ」


 新学期に入ってからほとんど顔を合わせてはいない。メールでマメに連絡を取り合ってはいるが。


 本人に遊びに行く事を伝えると病棟へと進入。部屋の場所は把握しているので受付も通らずに階段を上った。


「親父、可愛い息子が遊びに来てやったぞ!」


 ドアを開けながら元気よく中へ入る。ベッドが並べられた病室に。


「お、親父…」


 しかしその瞬間に衝撃的な光景が視界に飛び込んできた。顔に白い布をかけられた男性が横たわっている姿が。


「間に合わなかったのか。南無阿弥陀仏…」


「こらこら、殺すなよ」


「ならくだらない真似なんかやめろや」


「はっはっはっ、祐人が見舞いに来てくれるっていうから大慌てで仕度しちゃった」


 近付いてお経を唱える。直後に死体がムクリと起き上がった。


「訳わからん真似しなくて良いから普通にしててくれよ。仮にも怪我してる病人なんだからさ」


「だって暇でやる事ないんだもん。毎日可愛い看護士さんとお喋りするしか」


「母ちゃんに告げ口するぞ、コラ」


「や、やめてぇーーっ!!」


 うちの父親は厳つい見た目の割にかなりの軟派。冗談が大好きだし可愛い女の子も大好物。だから怒った顔なんかほとんど見た事がなかった。


「新しいクラスはどんな感じだ? もう慣れたか?」


「それなりにって感じ。一応、友達も出来たし」


「ほうほう、可愛い子なら今度うちに連れてきなさい」


「その前にサッサと退院しろや。母ちゃん、入院費が馬鹿にならないってめっちゃキレてたぞ」


「ひいぃぃ……怖いよう」


 父親は留年した事を知っている。その原因がケンカやサボりだという事も。なのに全く怒らない。友達を助けて争いになったと話したら笑いながら頭を撫でてくれた。


「何か困った事があったらいつでも俺に言うんだぞ。相談に乗ってやるからな」


「じゃあ小遣いくれよ。最近、金不足で困ってるんだ」


「いいか、祐人。男には誰の手も借りずに何かを成し遂げなくてはならない時というのがある。それが今なんだ!」


「クソほど役に立たねぇ男だな」


 しばらくは病室で語り合う。主に新学期になってから起きた出来事をネタに。


 周りには他の入院患者も存在。迷惑にならないように気を付けながら会話に没頭した。


「じゃあ、また来るわ」


「母ちゃんによろしくな」


「OK。看護師さんにセクハラしてたって伝えとくぞ」


「やめてくれーーっ!」


 頃合いを見計らって病室を出る。また見舞いに来る約束を取り付けて。


「ふぅ…」


 一応は重体で担ぎ込まれた患者なのに弱っている気配が見られない。むしろ好き好んで入院を続けている気さえした。



「あ、出てきた」


「おまっ…」


「も~、中に入ってなかなか戻って来ないんだもん。ずっとここで待ってたんだからね」


 道路へ出た途端に声をかけられる。花壇の端に座り込んでいた女子生徒に。


「どうしてここにいるんだよ! 帰ったんじゃなかったのか!」


「もう用事終わったの? てか何で病院に来たの?」


「さぁ」


「……もしかして怪我か病気? 悪いとこがあって通院してるとか」


「違う、親父が入院してんだよ。その見舞いじゃ」


「あ、そうなんだ。偉いね、親の心配だなんて」


「うるせ」


 再会直後に会話を開始。先程同様に冷たくあしらって対応した。


「家族って誰がいるの?」


「父親と母親と弟が12人」


「え? めっちゃ大家族」


「凄いだろ。驚け」


「んで本当は何人?」


「くっ……引っ掛からなかったか」


「当たり前じゃん。ガチならニュースになってるハズだし」


 さすがに嘘だと見抜いたらしい。メガネの友人や天然従姉なら騙されているかもしれないレベルの虚偽発言を。


「ちなみにあたしは1人っ子」


「聞いてない」


「お父さんは刑事で、お母さんは元怪盗」


「映画みたいな組み合わせの夫婦だな」


「というのは嘘で本当は2人とも警察官」


「ははは、さすがに騙されないわ」


「いや、こっちはマジよ」


「ん?」


 車の往来が激しい道路を歩く。夕方なので散歩してる人もたくさんいた。


「そういえば水瀬くんって、あたしの名前知ってる?」


「知らん。聞いた事もないし興味もない」


「これこれ、こういう字」


「は?」


 女子生徒が端末を差し出してくる。自身のプロフィールを表示した画面を。


土乃(つちの)……小麦(こむぎ)


「はい、せいか~い」


「ふ~ん、畑っぽい名前」


「あっはは、それはよく言われる。農家で働いてそうなイメージだって」


 辺りはオレンジ色に染まっていた。空から射し込む夕日の影響で。


「あたし、あんまり自分の名字気に入ってないんだよね。田舎くさいし」


「あっそ」


「だから呼ぶ時は下の方で呼んでくれたら嬉しいかなぁ。小麦とか」


「誰が呼ぶって言ったんだよ、誰が!」


「ちっ、ダメか」


 友好的に話しかけてくる相手に向かって乱暴な口調で返す。同時に並々ならぬ罪悪感が湧き上がってきていた。


「ちなみにこれどこに向かって歩いてるの?」


「天竺」


「まだどこかに寄り道してく感じ? それか用事が終わったから帰宅?」


「このまま帰ると自宅がバレる恐れがあるから道草コースかな」


「あはは、住んでる場所を知られたら困るんだ。誰にバレたくないんだろう」


 2人して大通りの歩道を進む。前後にズレて。


「あ、あのさ…」


「ん? 何?」


「さっきは乱暴なこと言って悪かったよ。クソとか」


「あぁ、あれ。あんまり気にしてないから良いよ」


「そっか」


「けどブスって言われたのはショックだったかなぁ。さすがに面の皮が厚いあたしでもグサッときた」


「うっ……わ、悪い。てか自分で自分を面の皮が厚いって」


 照れくささと葛藤しながらも振り向いて謝罪。目を合わせないまま謝った。


「ちょ~っと気付くのが遅かったけど、もう言わないって誓うなら許してあげるよ」


「気を付けるわ。さすがに女子に対してブスはマズいと思うし」


「でも嬉しいなぁ。ようやく普通に会話する気になってくれて」


「ん…」


 長時間、病院の外で待機。出てきた時には配慮の言葉を投げかけてくれたり。だから思ってしまった。目の前にいる人物は本当に親しくなりたくて近付いてきたのではないのかと。


「んじゃあ、とりあえず目的を達成する事が出来たから今日のところは帰ろうかな」


「目的?」


「うん。水瀬くんに名前を覚えてもらう事」


 意味深な台詞と共に彼女が一歩前に踏み出す。夕日をバックにこちらを見てきた。


「今日はごめんね。1日中付きまとうような真似しちゃって」


「二度とやるなよ」


「さっきも言ったけど別に変な事を企んでたわけじゃないから。今日の行動は純粋にあたしの好奇心」


「その好奇心を抱いた原因が分からないから何度も目的を尋ねたんだが…」


「はっはっは、それは秘密って事で」


 接触を図ってきた目的を尋ねるも空振りに。動機もキッカケも謎しか残らない。


「また明日も声かけて良いですか?」


「ダメって言っても話しかけてくるんだろ?」


「もちろん。あたし、こう見えても結構しつこい性格してるんで」


「しつこい女は嫌われるんだぞ。覚えとけ」


「冷たい男も嫌われるんだぞ。覚えときなさい」


「ぐっ…」


 皮肉に対して皮肉が返ってくる。思わぬ反論に何も言い返す事が出来なかった。


「ならあたし、駅から電車だから」


「中学どこ?」


「え~と、桜塚(さくらづか)


「聞いた事あるな」


「水瀬くんはこの辺だよね?」


「どうして知ってるんだよ!」


「しっしっし…」


 彼女が満面の笑みを浮かべる。悪魔のような表情を。


「バイバ~イ。また明日ね~」


「うい~」


 続けて元気よく歩道を疾走。駆けていく背中に向かって小さく手を振った。


「ふぅ…」


 愛莉とは正反対のタイプ。人見知りもしなければ相手に対して遠慮する事もしない。


 少しだけ新鮮な空気を実感する。こうして普通の生徒と会話をするのは久しぶりだった。




「おっはよ~」


「……君、誰だっけ」


 翌日の教室でも例の女子生徒が話しかけてくる。陽気なテンションで


「ちょっ……まさかそれ本気で言ってないよね。昨日、ちゃんと自己紹介したでしょ?」


「名乗ってくれたのは覚えてるんだが、どんな名前だったかを忘れちまった」


「うっそーーっ!」


 記憶力は壊滅的に破綻。勉強が苦手な性格ゆえの短所だった。


「う~ん…」


 唸りながら考える。前日に聞いた目の前の人物のフルネームを。


「思い出せ、思い出せ」


「頑張る」


 自然を彷彿とさせる文字の並びだった気がした。ついでに本人はそれを田舎っぽくて気にいらないと否定。


 頭の中に大きな山をイメージする。ドラマに登場しそうな田園風景を思い浮かべた。


「ツチノコだっけ?」


「違うっ!!」


「……あれ?」


 当てずっぽうで答えたら不正解を言い渡されてしまう。鬼のような形相に。


「……これ」


「ん?」


 不機嫌な様子で女子生徒がケータイを見せてきた。プロフィールが表示された画面を。


「あっ、土乃だ。思い出した」


「も~、人の名前忘れるなんて最悪だよ。しかもそれプラス間違えるなんて」


「悪い悪い。昨日、テレビでUMA特集見てさ」


「変な所で区切らないでよね。名字は忘れて小麦って呼んでくれれば良いから」


「じゃあツチノコな。よろしく、ツチノコ」


「はあっ!?」


 ヘラヘラ笑いながら手を伸ばす。反対側の手はポケットに突っ込んだまま。


「……よろしく」


 肌に触れる感触が心地いい。新しいクラスで2人目の友達が出来た瞬間だった。

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