13・なんだこの姿は?
死ぬかと思った。何度か死を覚悟した。戦いの中で白龍にケンカを売ったことを、何度か後悔した。
北の山、人の住む領域から見て山の向こう。氷と雪と凍りついた木々に閉ざされた地。そこに住むのは氷雪を司る白龍。
白銀の鱗に氷柱のような角。目にするだけで全身の血が凍てつくような恐怖。色の名を冠するドラゴンの中のドラゴン。生物が持つには過剰な暴力の化身。だが、我もまた龍に届く魔獣へと変わった。進化した。
我の接近に気付く白龍が首を回す前に、音のブレスを叩きつけた。
この音のブレスを身につけてからは、我に敵う魔獣はほとんどいなくなった。防ぐことのできぬ空間振動波。どれだけ硬くとも破砕する、避ける以外に対処できぬ咆哮。この音のブレスを使えるようになってからは、格上の存在にキズを負わせ、勝つことが楽になった。
だが、その必勝のブレスが白龍には効かなかった。氷の粒混じりの風をその身に纏う、吹雪の支配者。雪風の鎧が我の音のブレスを乱し、打ち消す。
不意打ち気味の音のブレスが無効化され、肉弾戦へと移行する。我も白龍も魔法を牽制に使い、接近しての戦い。
白龍の爪と牙をかわし、その白銀の鱗に噛みつく。噛みついたまま零距離での音のブレスで鱗ごと肉を砕く。雪風の鎧の内側、邪魔するものが無ければ我の音のブレスは白龍に通用した。口の中で弾ける白龍の鱗と肉。怒りの咆哮をあげる白龍。
吠える白龍の起こす吹雪の中、氷の槍、雪の礫を我の風の魔法で反らし、唸りを上げる爪と牙を避けて、白龍に噛みついては零距離ブレスで肉を抉る。
吹雪の白に我の血と白龍の血が混ざる。
どれ程戦っていただろうか? 我の攻撃ではなかなか白龍の致命に至らず、白龍の攻撃を我は持ち前の素早さでなんとか回避する。目前には白銀の鱗を血で赤く染めた白龍が立ち、その足下の血溜まりからは湯気が立つ。
我も角が片方折れ、左の前足が折れて動かない。治癒力を高め強引に折れた骨を固定。少し鈍いがまだ動ける。目前の白龍もキズは負っても塞がるのが早い。鱗の剥げたところは肉が盛り上がり出血を止めようとする。
どちらも決め手に欠ける消耗戦。いや、我の方は一撃まともに食らえばただではすまん。今は距離を取り、互いに相手の様子を窺う。長い時間の戦闘で、白龍の目に疲労が見える。我もまた疲労が蓄積している。
――クウウゥゥ――
白龍が静かに鳴き、ゆっくりと後に下がる。追おうと前に出ようとすると、目前に巨大な氷の柱が突き立つ。跳びすさると氷の柱が砕け、その礫が飛ぶ。身を伏せるが数が多く、幾つか我の背に刺さる。
砕けた氷の粉塵が晴れ、白い霧が消えた向こうを見れば、白龍はもういない。
氷雪司る白龍が、我から逃げた?
凍る赤い血溜まりがポツポツとある氷原は、見渡しても我の他には誰もいない。
逃がしてしまったか。いや、まさか、白龍が我を怖れて逃げ出すとは。口の中に残る白龍の血と肉片を噛み締める。ゴクリと飲み干す。
倒せはしなかったが、血肉は得た。因子はこれで足りるのか? 力が抜ける。眠くなる。我の身体が変化する予兆。これまでに経験したものより、深く、熱い。
これで人に、近づけるのか? 変化したとして、あの白龍のように、今より大きくなるのはやめて欲しい。これ以上大きくなれば、ますます人の町に近づけなくなる。
次の変化で、進化で、我はどう変わる?
――登る朝日が、闇夜を照らす
だからそれまで、静かに待って
夜の闇に見た星夢が
太陽のもとで輝くときを――
ファセの歌を思い出す。思い出の中のファセが歌う。
――ル、ルルゥ――
ファセの歌に、我の歌を重ね合わせて、歌う。
また、ファセと共に歌う為に。
ファセ――
◇◇◇◇◇
なんだ? これは?
目の前にあるのは白い手。五本の細い指。弱そうで折れそうな、人の腕。
右、左と見る。どちらも白い肌の細い腕、ファセのような人の腕。
その手で我の身体を触る。今回の進化は大きく変わった。口が引っ込み、顔から毛が無くなった。顔だけでは無く頭以外の毛がほとんど無くなった。あまりにも変わり過ぎて、何やら身体の感覚もおかしい。
角も引っ込んで耳の上から小さな角がチョコンと出ている。頭の毛、人と同じとなれば髪の毛か、そこだけがやたらと長い。ペタペタと手で身体を触れば、毛の無い肌はツルンとしている。毛皮が無くなったのが、なんだか心細い。
我が、人に、なった。
人の姿に近づいた。
しかしそれは、上半身だけだ。
見下ろせばそこには、見慣れた有毛ドラゴンの姿。頭の無い有毛ドラゴンの首から、人の姿の我が生えている。
見下ろし、動かしてみれば、翼も尻尾も、もとのように動く。変化した顔や手の方が、変わり過ぎてどう動かしていいかよくわからん。
上半身は人。
腰から下は、頭の無い有毛ドラゴン。
半分人で、半分魔獣。
確かに人に近づいた。人に近づいたが、これでは半分だけではないか。
腰から下の有毛ドラゴンの部分は、前の身体より一回り小さくなり、かつての大きくなる前の身体に近い。尻尾は長く、翼の下に補助翼もついたままだが。
むう、人の姿に近づいても、上半分だけとは。なんとも中途半端な。色つきの龍の因子でも、これが限界なのか? ならば他にどんな因子が必要だというのか?
「くしっ」
鼻から鼻水が出る。ここは寒い。ここは北の山の向こう側、雪と氷の大地。白龍は何処かに行ってしまった。白龍の身を包む吹雪も消えたが、我の、人の身体に毛皮は無い。寒さに身体が震える。手がかじかむ。カタカタ震える。
寒さに弱いぞ? この身体は?
先ずはここを離れよう。暖かなところへ、ファセの住む町の近くへ。
姿形が変わり過ぎて、空を翔ぼうとするとバランスを崩す。むう、この身体、扱い難い。乱暴にするとすぐに壊れてしまいそうだ。風に暴れる髪の毛がうっとうしい。
だが、ファセと同じ髪の色。長さもファセと同じくらいだろうか? ファセに近づいたようで、これは嬉しい。
少しずつ今の身体を試すように、慣らすように動かして、翼を広げて空を飛ぶ。
南へと飛びながら、変化した自分の身体に触れて確かめる。皮も薄い、骨も細い、寒さにも弱い。
「へくちっ」
鼻がムズムズする。全身が毛皮で覆われている頃は寒さに強かったのに。ファセの住む町は、自慢の白の毛皮は夏が暑くて辛いぐらいだったのに。今は暖かいところが恋しい。ここは寒すぎる。
ムズムズする鼻を擦る。鼻水がツツーと垂れる。
「……あーーー、」
雪の山の上を飛びながら声を出してみる。口の形が変わって鳴き声も変わった。
「あーーー、るーーー、ろーーー」
喉を触って声を出す。うむ、この口ならば、練習すれば人語を喋れるようになりそうだ。南へ、南へと飛びながら、声を出して、口と舌を動かしてみる。
「の、の、のぉぼるー、あさーひがー、やややみみょをー、てぇーら、しゅー」
顔が人に近づいて、我が人語が使えるようになれば、少しはなんとかなるのか? 人と話ができるだろうか? いや、この腰から下を人に近づけるには、どうすればいいのか。
考えて、考える。何か方法がないか? 腰から下を隠してみてなんとかならないか?
祈り、願い、諦めずにここまで来た。ならばまた、祈り、願い、諦めずに続けるだけだ。ひとつずつ手繰り寄せるように。
興味を持ったことを考察する。気になったものが、頭の中から消えない。それが、我が他の魔獣と違うところ。ならば次もまた。
もはや我に軛は無い。魔獣から外れた者として、我は求めるものを追い続けるのみ。
「やぁみにー、みぃたぁあー、ほしぃ、ゆぅめがあああー」
夜の闇に見た夢を、いつか太陽のもとで。
ファセのもとで。
◇◇◇◇◇
結局、腰から下を人に近づけることはできなかった。因子を取り込み身体を変化させるのは、この半人半獣が限界らしい。
だが半分とはいえ人に近づいたこの姿で、前より魔法が上手く扱えることが解った。いろいろと試してわかってきた。意思の力で現象に変化を及ぼす力、魔法。
魔法を解析し、人が扱えるようにひとつの技術体系としたものを、人は魔術と呼んでいる。魔獣が扱う魔法とは、感覚で現象に作用する。
私が得意とするのは、風、空間、音、というところ。他に使えるのは、自分の身体の治癒の力を上げるもの。対毒、対病、といったものも身につけた。
ファセが昔に話してくれた物語の中には、魔獣が人の姿に化けて、人を騙すものがあった。幻覚や睡眠、といった力を持つ魔獣もいる。精神に関わるものを扱える魔獣というのは少ないが、まったくいないわけでは無い。
やろうと思えば、我は人に化けられるのではないか? 完全に人の見かけに近づくのでは無く、一時的に見た目を誤魔化したりする方法で。
となれば新しい魔法を作り練習してみるとしようか。
南へと飛び、見慣れたファセの住む町。そこから近い森。
ファセの住む町は、少し大きくなったようだ。初めて見たときより畑が広がっている。
コボルトの王種が産まれ、コボルトが異常に増えたとき。ファセの町は被害を受けたが、我が乱入することで被害は少なかった。
ファセの住む町より南の方の小さな村、小さな町の中には、あのときのコボルトの群れで壊滅したところもあった。
あのときより時が過ぎ、被害を受けたところも復興してきている。
ファセの住む町が、森に近いわりには魔獣の被害が少ないのは、我が危なそうな魔獣を始末しているからなのだが。それもあってか、ファセの住む町は人が増え大きくなっているようだ。
我は、前より身体全体は少し小さくなっている。これならファセの町に、人に見つからぬようにもう少し近づけるかもしれん。
日の光は優しく降り注ぎ、暖かく晴れた日には、あの町からファセの笛の音が聞こえてくる。
今日もファセは元気なようだ。




