11・人の町での戦い
力が抜けそうになる足に、気合いを入れて森を駆ける。バラバラに逃げるコボルト共が、ときおり視界に入る。森の中に逃げるものはそれで良し。暴走し人の住む領域に向かうのがどれだけいる?
王種の誕生は森を守る為の人の間引き。あのコボルトの中に、まだ人への殺意を高めたままの個体がいるのか? 王種を殺したことで、もとに戻るのではないのか?
ファセの歌った物語にも、王種誕生から魔獣の群れと人が争うものがあった。人は犠牲を出し、悲しみ、怒り、団結する。共に力を合わせ、戦い、魔獣に打ち勝つ。失った者を悼み、人の住むところを再建する。
力を持ち守る者を讃え、集うことを力とする。群れを守り、群れに役立つことを喜びとする。個の力と知恵を束ね、集団として生きる人。
魔獣の脅威が人の協力を促す。魔獣を敵とすることで、人と人が協業し会い、群れの結束を高める。故に、魔獣は森で暮らし、人は森の外で暮らす。だから魔獣が人を襲わねば、増え過ぎた人は土地を食い荒らし、やがては滅日を迎え、
む? なんだ? 我の知識に、そんなものがあったか? うぅ、身体の痛みと血が流れたからか、どうにも調子が悪い。頭が働かん。ぼうっとする。
今はそんなことはどうでもいい。早くファセの町へ。行かねば、急がねば。
森を駆け抜ける。ファセの住む町から争いの音が聞こえる。犬頭の小人が町を囲む塀を登っている。間に合わなかったのか? いや、争う人の声、コボルトの鳴き声が聞こえてくる。まだあの町に人は生きている。
「あぁ! 畜生!」
「森からコボルトの群れが出やがった!」
「聖堂に! 教会の聖堂に逃げろ!」
「お父さん! お父さああん!」
「誰か! 領主様に報せに! ぐああっ!」
「兄貴から離れろ! んのやろっ!」
「ギャイイイイン!」
戦っている。人とコボルトが戦っている。あの町にはそれなりに強い魔獣狩りがいる。だが全員が強いわけでは無い。弱い人の方が数が多いし、かなりの数のコボルトが町に入ったようだ。
ファセを助けねば。
<……人と、魔獣が争うは……>
ぐ、ぬ、黙れ! 知るか! 我を縛るお前は誰だ!? ブツブツとやかましい!
町へと向かう足が重くなる。まるで空気が壁になったかのように邪魔をする。
人と魔獣は争う。争うことで同じ地の上に共に生きる。己を殺そうとする者と共に生きるが自然の理。喰らい合うは定め。知ったことか!
人の町から聞こえる悲鳴、苦鳴、雄叫び。ファセは、ファセは無事なのか? 意識が朦朧とする。目眩がする。邪魔を、するな。我を縛るな。例え道理を外れようとも、我は。
<……なぜ、人を、求める……>
目の前が暗くなる。足が重い。尻尾を引きずって、前に、進む。行かねば、あの町に。
人など知るか。人のことなどどうでもいい。ファセは、我のものだ。何故、求めるか? 知らん。それは我が知りたい。それを知るためにも、ファセのところへ……
揺らぐ視界、人とコボルトの戦う音、キャインと鳴く声、叫び声、怒りと、憎しみと、諦めと、そして祈りの気配。
その中から、微かに、ファセの声が
――登る朝日が、闇夜を照らす
だからそれまで、静かに待って
夜の闇にみた星夢が
太陽のもとで輝くときを――
聞こえた、まだ、ファセは生きている。ファセの歌が聞こえた。ならば応えねば、歌わねば。
「ルウゥゥウロオオオオオ!!」
ひとつ大きく吠えれば、視界が開く。世界が開く。目眩は晴れ、いつもより鮮やかに風景が見える。身体に力が戻る。地を踏む感触が足裏に甦る。駆ける。ファセの住む町へと走り、町を囲む塀に飛び乗る。
驚き見上げる人の魔獣狩り、唖然とするコボルト共。
「ルゥアアッ!」
塀から飛び下り、前足で槍を持つコボルトを跳ね飛ばす。剣を向けるコボルトに噛みつき、頭を振って投げ飛ばす。
我の乱入に慌てふためく人とコボルト。
人の魔獣狩りは、教会の聖堂を守るように囲み、少し大きく他の建物よりも丈夫そうな教会の聖堂の中からは、人の女と人の子の泣き声が聞こえてくる。
その中から、ファセの歌も聞こえてくる。泣く子を沈め、我を呼んでいる?
かき消すような人の魔獣狩りの怒鳴り声。
「狐竜まで? なんだってんだ!」
「森から魔獣が溢れ出やがった!」
「聖堂に近づけさせるな!」
気を取り直した人の魔獣狩りが武器を構え、狂乱したコボルトが人を襲う。その中に混ざり、手近なコボルトに吠え、噛みつき、足で払い、跳びかかる。教会の聖堂の周りを走りながら、コボルト共を教会の聖堂から遠ざける。
おかしな声はもう聞こえない。ようやく頭がハッキリしてきた。次から次へと犬頭の小人に噛みついては、投げ飛ばし、踏みつけては、蹴っ飛ばす。人の町の中、漂う人の血とコボルトの血の匂いに、我の血も混ざる。
人の魔獣狩りの動揺する気配。我がコボルトだけを相手にするのがわかったのか、建物の屋根に立つ人が、弓矢の狙いを我から外す。
我がひとつ吠える度にコボルト共に怯えが走る。狂乱から覚めた奴から、我に背を向けて逃げ出していく。
教会の聖堂の周りを二週半ほど回った頃には、周りは静かになった。コボルト共は、町の外へとキャインキャインと鳴きながら逃げ出して行く。
人の町の中は、コボルトの死体と、コボルトに襲われた人の死体が転がっている。
喰らうでも無く、殺す為の、無益な殺生の跡。だが、それも長い時の中で、森を人から守る為のもののはず。
人もコボルトも、生き延びる為に戦った。
人を守る為にコボルト共を殺した、我だけが、自然の理から外れてしまった。世界から、はぐれてしまったような気分だ。
足を止め教会の聖堂の方を見る。槍と弓矢を構え、警戒する人の魔獣狩りが我を見ている。よく見れば魔獣狩り以外の弱そうな人も中にいる。震える手で槍と弓矢を構えている。魔獣狩りだけでは数が足りなかったようだ。
ファセの語った物語では、森を出た魔獣の群れは小さな村と町を飲み込む。その後、国という領域の中でも、強い騎士とか剣士とか魔獣狩りが集って、力を合わせて戦うというものだった。人を守る同胞を讃える物語。
本来であれば、この町はコボルトの大進行に壊滅されていたのだろう。それを我が止めた。止めてしまった。
人の魔獣狩りは困惑している。コボルトだけに襲いかかり、人を無視した我に戸惑っているようだ。それでも油断せず、教会の聖堂を守るように我に武器を向ける。
そうだ、それでいい。そうしてファセを守ってくれれば、それでいい。
「白い、狐竜?」
「血まみれだが、こいつは、あのときの奴じゃねえのか?」
「白髪の子を運んで来た奴か?」
騒ぐ人の魔獣狩りに背を向ける。森に戻ろう。戦いが終わり落ち着けば、身体じゅうの怪我の痛みが甦る。ぬぐ、我の毛皮がここまでズタボロになるとは。全身あちこち痛い。どこか安らげるところで、身体に刺さった槍と矢を抜かねば。
くぅ、頭に血が登ったとはいえ、捨て身に過ぎたか。数が多くて避けきれんとはいえ、ここまで我がグッサグサに刺されるとは。己の血で赤く斑になった我が身を見ると、もの悲しい。自慢の白い毛皮が。ぬう。
森に戻り傷を癒そう。少しふらつきながら森に戻ろうとするとき。
「ヴォイセ!!」
ファセの声。我の名を呼ぶファセの声が聞こえた。振り向けば、ファセが杖を突きこちらに来る。止めようとする白い服の女を振り切って、我の方へとヨロヨロと。
魔獣狩りがファセを止める。ファセはもがいて魔獣狩りの手をふりほどき、我の方へと。進もうとして転んだ。我は慌てて転んだファセに近づく。ファセ、目が見えぬのに走ろうとするな。
「ヴォイセ……」
我がファセの側に寄ると、人の魔獣狩りはファセの近くから慌てて離れる。うつ伏せに倒れて顔を上げるファセ。ファセの服の背中のところをくわえて、そっと立たせる。ファセの着ている服は、我と共に暮らしていた頃の穴の開いたボロ服ではない。厚手の新しい服だ。む、しまった、ファセの服が汚れた。我の口に残る血がファセの服を汚してしまった。
「服なんて、どうでもいいです。ヴォイセ」
立ち上がったファセが我の顔にしがみつく。泣いているのか、ファセ? どうでもよくは無いだろう。服に血がつくと洗っても落ちにくいではないか。人は服を大事にするものだろう?
「私の服よりも、ヴォイセ、大丈夫ですか?」
瞼を閉じたままのファセの顔。我のことを心配して、涙を流している。ファセの身体が暖かい。顔をがっしと掴まれてホッとする。泣くことは無いぞファセ。我は大丈夫だ。
「でも、ヴォイセ、痛いって。身体じゅうあちこち痛いって」
む、どうやらファセの近くに寄ることで、ファセが我の心を読んだらしい。離れると我の心の声が聞こえなくなるのだが。
「はい、ヴォイセの声が聞こえました。今も痛いって。はやく手当てを」
うむ、痛いは痛い。ここまであちこち怪我をしたのは初めてだ。だが、この程度で我は死にはしない。ちょっと痛くて、ちょっと血が足りなくて、足がふらつくだけだ。
「それ、ぜんぜん大丈夫じゃ、無いじゃないですか」
泣くなファセ。もうコボルト共はいない。もう安心だ。しばらくは増えたコボルト共に注意しなければならんだろうが、この町の人ならばなんとかなるのではないか?
「はい、この町は、腕の立つ魔獣狩りが多いみたいです」
ファセは我の頬の毛を強く握る。離すまいと握りしめる。久しぶりのファセの匂いを嗅ぐと、胸の奥が熱くなる。底から熱が湧き出てくるようだ。近くで見るファセは顔色も良く、泣いてはいるが体調は良さそうだ。ファセ、もう病は治ったのだな?
「はい、この町の神官さんに薬をわけてもらいました。もうすっかり元気です」
ファセ、すまない。我のせいでファセを病にしてしまった。
「違います。ヴォイセは私を助けてくれました。ヴォイセがいなければ、私はとうに死んでいました。ヴォイセのおかげで、今もこうして、生きていられます」
この町での暮らしはどうだ? ちゃんと食べているか? 夜は寒くないか?
「はい、町の人には、白い狐竜の運んだ娘と、ちょっと気味が悪いと言われもしましたけれど。この町の神官さんに、良くしていただきました」
病にきくという卵を料理したものも、食べられたのか?
「え? あ、はい。看病してくれた神官さんが作ってくれました。今は私は、聖堂の中のお手伝いをさせてもらっています。食べ物もあります。夜も暖かいお布団があります」
聖堂の手伝い。ファセが人の子に囲まれて、歌を歌っていた、あれか?
「聖堂で孤児、親を無くした子を育てているのですが、その子たちに、私が歌と笛を教えたりしています」
ファセはこの人の町で、役割を得たのか。それで、ファセの言った奥様というのはどうなった? ここにいてその奥様に見つかったりはしないのか?
「ヴォイセが遠くまで運んでくれたので。ここは私が住んでいたところとは、別の国ですから。えぇと、奥様のナワバリからは遠くて、別の国の、別の領主様のナワバリです。この地まで奥様が何かしたりは、無理ではないかと」
そうか。ファセの頬をペロリと舐める。ファセの涙はすこししょっぱい。こうして近くでファセの声を聞くのが、ずいぶんと久しぶりのような気がする。
「私も、ヴォイセの声が聞こえなくなって、ずっと、寂しかったです」
ファセ、また、我と共に暮らそう。また、ファセの笛が聞きたい。ファセの歌を教えて欲しい。
「はい、ヴォイセ、連れていってください」
我の首にしがみついたまま、瞼を閉じたままのファセの顔に笑みが浮かぶ。我の首をぎゅ、と抱いてファセは嬉しそうに言う。
「私はヴォイセのものですから」
そうだ。ファセは我のもの。ケッコンしたも同然なのだ。もう一度ファセの頬を舐める。
首を巡らせ、我とファセを見る町の人たちを見る。ファセが我に抱きつくのを見て唖然とした顔をしている。ファセとよく共にいた白い服の女がこっちに来ようとして、魔獣狩りの男に抱えられて止められている。その後ろには教会の聖堂から出て来た人の子たちもいる。人の子は泣きそうな顔でファセを見ている。
不安の気配。誰も彼もファセを心配して気遣うようにこちらを見ている。
「ヴォイセ? どうしました?」
ファセはこの町で、役割を得たのだな。そして町の人とは仲良くやれている。
「え? えぇ、この町の人達は皆さん優しくて。私の歌と笛を喜んでくれて、今では酒場で詩人の真似事も」
ファセが我と共に森で暮らせば、またファセが病になるかもしれん。
我に人の料理は作れん。人の服も作れん。人の家も建てられん。病を癒す薬も作れん。ファセにとっては、何処で暮らすのが幸せか。
「ヴォイセ?」
我ではファセを幸せにできん。また病にしてしまう。ファセは人、人と共に暮らすのがファセにとって良いことだと、考えてみれば簡単にわかる。
「私は、ヴォイセが側にいれば幸せです。ヴォイセが私を見つけて捕らえたのでしょう? 私はもうヴォイセのものです。ヴォイセはどうして、私を手放すようなことを?」
ファセに生きていて欲しい。死んで欲しくない。ファセの笛と歌を聞きたい。我の願いは、我の祈りは、ファセが幸せであるように。ファセが元気であるように。毎日祈るうちに、そこに至った。我ではファセが病にならぬ暮らしを与えられない。水と果実しか、とって来れない。
「もう病にはなりません。今度はちゃんと用意します。服に針に糸。料理の道工、鍋、皿、包丁。他にも必要なものを集めて」
ずいぶんと沢山あるようだ。ファセに必要な物を我は作れぬ。それを作れるのは人だけだ。
ファセが元気に暮らし、歌を歌い続け、笛を吹き続けるには、この人の町で暮らすのが良いのだろう。
「ヴォイセ、ヴォイセの声の奥からは、寂しい、離れたくない、と聞こえます」
うむ、その通りだ。ファセは我のものだ。だからこそファセの幸せを望めば、我の願いは、祈りは、叶えられん。
ファセ、元気で暮らせ。
「ヴォイセ!」
涙を流すファセの身体を顎で押し、離したところで振り向き駆ける。手を伸ばすファセから逃げる。ファセがヴォイセと呼ぶ声を聞きながら、人の町を囲む塀を飛び越える。
これからはファセの歌と笛を、遠くから聞くことにしよう。ファセが元気でなければ、ファセの歌も笛も聞くことはできないのだから。
心臓を締め付けられるような痛みを感じながら、魔獣住む森へと駆ける。
「ヴォイセー!!」
ファセの雲を通り抜けるような声が、人の町から聞こえた。その声を聞きながら、我は森に帰る。




