おまえの頭の中は一体どんな構造なんだよ……
相模陽絽はターゲットを追っていた。
そのターゲットとは……。
「ガウ! グルルルル」
犬。野犬だ。だがその「中」にいるのは妖影。
犬だけにすばしっこい。最初は野犬の中にいる妖影との分離を試みたが、癒着が強すぎて無理だった。仕方なく封じることにしたのだが、大型犬に似つかわしくない身軽な動きをする。
人への危害を避けるため、住宅街から人目のない路地へと犬を追い込む。
走りながら陽絽は携帯を出しリダイヤルボタンを押す。即通話が繋がった。
「由姫! 追い込んだ! もうすぐ着く! 動きを鈍らせるだけでいい!」
待機していた今河由姫に伝える。
『了解です』
由姫の返事を聞くのとほぼ同時に、追いかける犬がコーナーを曲がった。一瞬その姿が消える。
「ギャウウー!!」
苦しむ声があがった。陽絽はすぐに追いつくと、目の前には護符を体に貼られて苦しむ犬と、由姫の姿。
「でかした!」
陽絽は走ってきた勢いのまま、剣を召喚すると一気に犬めがけて振り下ろした。
閃光が走る。
野犬は奇声をあげながらその姿を消滅させた――――。
「手こずりましたね」
由姫は消えた犬がいた位置を見つめながら言った。本来なら陽絽一人で手打ちにする予定だった。由姫はあくまで予備だ。
「ああ、悪かった。思った以上にすばしっこくて、狙いがなかなか定まらなかった」
「犬でしたしね。猫なら見失っていたかもしれませんね」
「イヤなこと言うなよ」
陽絽は苦い表情になる。
「大丈夫です。そうなっても見つけます。この辺の地理は全部頭に入っていますから」
すごいことをしれっと言う由姫に陽絽は顔をひきつらせた。
「おまえの頭の中は一体どんな構造なんだよ……」
※※※
本部では藤真悠夜と浅木志織がそれぞれのデスクで事務処理を行っていた。
掛け時計は夕刻の時間を指している。
スタッフルームの扉が開いた。
「戻りました」
帰ってきたのは仄だった。「おかえりー」と志織が声をかける。
「捷さん、上ですか?」
「ええ、仕事をしてるわ」
「じゃあ、報告に行ってきますね」
鞄を自分の席に置くと仄は出て行った。
「仄は捷の手伝いですか?」
悠夜が尋ねると志織はタイピングしながら答える。
「そう。頼まれた護符の清めが終わったのを、他の支部に届けに行ってたの」
護符はそれ自体に強力な破魔の力があるが、力のある術者が清めることでその効力は数段増す。神景捷はその清めができる術者だった。その為、他の支部から頼まれることが多い。
妖影と対峙するわけでもなく、身内への「おつかい」で危ないこともないので、捷は仄に任せることがよくあった。
だがそれはそれで別の危惧することもある。
戻った仄への捷の第一声はほぼ決まっていた。
「支部で変な男たちが寄ってきませんでしたか。何かあったらすぐに言うんですよ」
「ないです!」
妖影の心配はないが、悪い虫がつかないかの心配がある。とにかく大変な美少女だ。いくらでも心配はつきない。
執務室でどんなやり取りが繰り広げられているか容易に想像していると、今度はドカドカと大きな足音を立ててドアが開いた。
「帰ったぞー」
陽絽の後に続いて「ただいま戻りました」と言って由姫が入ってきた。
自分の席に座ると、陽絽は一度大きな伸びをした。反対側に座る悠夜が声をかける。
「陽絽、お疲れさま」
「おう」
「分離はできたの」
「いや、ムリだった。封じた」
「そう」
短い会話の中に感傷的なものはない。ただ事務的なやり取り。神影の本質は、『狩る者』だ。妖影を野放しにはしない。どんな手段を使っても消す。それだけだ。
志織と由姫はこの後の食事をしに行く話をしていた。
ほどなくして仄が降りてきた。帰ってきていた二人に気づくと笑顔を見せる。
「陽絽さん、由姫ちゃん、お帰りなさい」
「おう」
「仄さん、ただいまです。どこも怪我してませんか」
由姫が仄にくっついてきた。「わたしはおつかいだよ~」とぎゅっと抱きついてきた一つ下の子をポンポンと叩く。
「仄さん、今日はもうあがりですか? 志織さんとご飯に行くんですが一緒にいきませんか」
「いいなあ。でもちょっとやることがあるから、また今度ね」
そうですか、と由姫は少し寂しそうだった。
「女子会プランはいつでも使えるわ。仄、次は一緒に行きましょ」
志織に言われると仄は嬉しそうに頷いた。




