君は悲しむかな?
廃墟ビルを出るとようやく将護は悠夜の腕を放した。すでに剣を消していた悠夜は眉を顰めたまま、将護を見る。
「なぜ止めたんですか?」
「勝てないとわかったからだ。それにお前を崇王奏十と戦わせないよう捷に言われている」
「……」
ボスにいわれた命令は側近まで伝わっているようだ。
「今、あそこに崇王奏十がいたのは俺も想定外だった。……悪かったな」
感情を読み取りにくい表情のまま、将護は謝罪した。
「……いえ」
将護に謝られ、悠夜も言葉を濁す。勝てないのは確かだった。初めて崇王奏十の力を見た。
その力は実力の半分も出していないようだったが、それでも全く勝てそうにはなかった。
二人がかりでもおそらく無理だったろう……。
勇敢と無謀は違う。
悠夜は目を閉じ一つ息をついて、気持ちを切り替える。
「俺こそすみませんでした。これからの事を考えましょう」
冷静を取り戻した悠夜に将護は僅かだが、表情を柔らげた。――――そして頭の片隅で神景捷から聞いていたことを思い出す。
なるほど。確かに悠夜は崇王奏十を前にするといつもの冷静さを乱すようだ。だが、あれだけの力を感じれば仕方のないことだと将護は思った。
実際、自分も生命の危機を感じた。こんな感覚は久しぶりだ。
――――崇王奏十のあの力は尋常ではない。
ここ数日、調べてはいるが、未だほとんど情報が掴めていないのが現状だった。今回、悠夜をここへ連れてきたのは自分の独断だったが、あの地下室の部屋を破壊する力のある術者が欲しかったのも事実だ。……最終的には失敗に終わったのだが。
崇王奏十に自分の顔が割れた事も誤算だった。捷に嫌味の一つでも言われそうだ。
――――そして仄の事だ。
浄化の話は悠夜から聞いたが、悠夜の読み通り、崇王奏十はあの場にいたようだ。おそらく、もう一人も――――……。
ボスへの報告が山のように増え将護は内心、ため息をついた。
「将護さん?」
悠夜の声に思考が中断する。将護は悠夜の方へ向き直る。
「俺も本部に戻る」
と短く言った。
***
……雨が降り出してきた。
雨粒がアスファルトの色を変えていく――――……。傘を持たない者は小走りに、傘を差す者も心持ち、早足になる。
その人通りの中、傘も差さずゆっくりとした足取りで歩く青年がいた。
青年は変わらない足取りのまま、森林公園の中へ足を進める。雨を避けようと公園から出てくる人達とは逆行するように公園の奥へと入って行く。
辿り着いた所は、一本の樹木の前――――。青年は掛けているサングラス越しに樹木を見上げる。
恵みの雨を受け、周りの木々と同様に、その樹木もしっかりと雨粒を全身へ取り入れているように見えた。
「よかったね。まだ生きていられて」
青年は樹木に向かって語りかける。それはまるで昨日の咲宮仄のようだった。
「まさか『浄化』できるとは思わなかったよ」
ポツリと呟く。サングラスを掛けている為、表情は測れない。だが、その声はどこか嬉しそうに聞こえる。
「……ねえ、仄」
その場にいない少女の名を呼ぶ。
「もしこの木がなくなったら、……君は悲しむかな?」
――――……問いに答える声はない。
男はゆっくりと……とてもゆっくりと、樹木へと手をかざす。
口元には変わらない笑み。
そして――――。
どこかで雷が落ちるような音がした。
その音に仄は目を覚ます。熱のせいで今の音が夢か現実か分からない。
「仄、目が覚めましたか?」
近くで声がした。声の主は神景捷。だが、半覚醒の仄は焦点が定まっていなかった。
「……仄?」
気遣うように、捷が呼び掛ける。
「…………、公園」
ポツリと擦れた声が聞こえた。
「公園、行かなきゃ……」
うわごとのように仄がもう一度言う。そして無理矢理体を起こそうとした所、大きな手によって止められた。
「仄、落ち着いて」
口調は穏やかだが、押し留める力は強い。そこで仄はやっと捷を見た。
「……捷、さん……?」
「大丈夫ですか?」
自分の顔を覗き見る捷を今度はしっかりと見返し言った。
「捷さんっ。わたし公園に行きたいです」
「駄目ですよ。まだ熱が下がっていません」
仄の熱い頬を掌で触れながら捷は止めた。
「でも……っ」
「一体どうしたんですか」
興奮気味なので宥めようとするが仄は落ち着かない。
「夢で、浄化した木を、男の人が……っ、どうしよう。どうしよう、捷さん」
うまく言葉を繋げられず、仄自身、困った顔をする。
「浄化した木を見知らぬ男が何かした夢を見たんですね?」
片言の仄の言葉を捷は繋ぎ合わせて確認した。仄はコクコクと頷く。
たかが夢――、では片付けられない雰囲気だった。
「分かりました。悠夜に行かせます」
「悠夜さん……?」
「ええ、将護と一緒に戻ると連絡を受けました。戻るついでに行かせます」
「将護さん!」
久しく会えずにいたボスの側近の名に、仄は嬉しそうに声をあげる。捷は苦笑した。
「将護に会えて嬉しいですか?」
「はい!」
元気な返事に、ボスは表向きはいつもの人当たりの良い笑顔をみせる。しかし心の中では、本当ならば自分の近くに置いておかなくてはいけないはずの側近を「次はどこに飛ばそうか」とひっそりと考え始めていた……。
**
夕方には雨は上がり、天気は回復していた。空には月がぼんやりと姿を見せている――――。
相模陽絽は軽い足取りで約束の店へと赴く。咲宮仄との待ち合わせは店の前。店へと近づくにつれ、人集りが見える。
今日で季節限定品が終わるということで、入口には行列ができていた。仄からは予約を取っているとメールがきていたで、すぐに入れるだろう。
約束の時間ジャスト。
小さな人集りを掻き分け、目的の少女を探す。すると後ろから声を掛けられた。
「こんばんは」
その声に、陽絽は振り返る。
「ほの、――――由姫!?」
思わず驚きの声をあげてしまった。少女は確かにいた。いたが、予想外の少女がいた。由姫はまぬけな顔の陽絽を見て、
「来た甲斐がありました」
と訳の分からないことを言ってクスクスと笑っている。陽絽はというと、ショックを隠しきれない顔のままだった。
「おっおい、何でお前がいるんだ。仄は?」
「仄さんは熱を出して寝てます。仄さんに行ってこいと言われたので、わたしが来ました」
「熱……って大丈夫なのか?」
「はい。朝に比べてだいぶ下がってきました。今はきっと捷さんが看てますよ」
「捷かよー……」
陽絽は苦い顔をした。結局ボスには勝てないのだ。そして、しゃーねーな、と一言ぼやくと、
「由姫、行くぞ」
と言って店に入ろうとする。
「え? 相模さん入るんですか?」
「当たり前だろ。お前だってそのつもりで来たんだろ」
キョトンとして聞く由姫に、陽絽は呆れた顔をする。
「わたしは入りますよ。甘いもの好きですし。でも相模さんは仄さんがいなかったら帰るかと思いました」
真面目に答える由姫に、
「アホか。入るぞ」
とだけ言って、陽絽は今度こそ店の中へと入って行く。
アホ呼ばわりされ、由姫は納得行かない顔をしたが、取り敢えず陽絽について店へ入っていった。
店の前はまだまだ人集りが続きそうな予感。どの待ち人達も期待を胸に秘めている表情をしていた。
外でも中でも、嬉しそうな、楽しそうな客達の声で賑わっていた――――……。
対峙 end.




