そこまで許可は出てないよ
途端に「中」から呻き声が聞こえた。護符の波動を感じたのだろう。ガタガタとガラスケースがぶつかり合う音があちこちで起こる。
悠夜は一歩、中へと足を踏み入れた。――――瞬間、人形たちがガラスケースを突き破って出てきた。
連動するように次々にガラスが突き破って砕ける音が起こる。耳を刺す不快な音だ。
宙に浮いた大量の人形はどれも「黒い影」をまとっていた。
妖影が乗り移っている証拠だ。
「小屋ごと燃やせたら楽でいいのにな」
「そこまで許可は出てないよ。人形以外があることも忘れないで」
戻ってきた陽絽がぼやくので悠夜は釘を刺した。
それに「ただ燃やす」だけでは妖影は逃げてしまう。封印するには、それ相応の手順がいる。
陽絽も入ってきて、人形たちはさらに瘴気を放った。
一つは眠りを邪魔された怒りと、もう一つはあわよくば術者の体を乗っ取りたい欲望。
数体の人形が二人に襲いかかってきた。
悠夜と陽絽はそれぞれ術力を手に集中させ、手刀で切り落とす。分断された人形が床に転がる。いい気分ではなかった。
「悠夜、壺や掛け軸ってどこだよ!?」
「仕切りの壁があってその奥にあるらしいから、そこまで慎重にならなくて大丈夫だよ。でも大技は避けてね」
資料の間取りを思い出しながら伝える。それでも一気にカタがつけられないことに陽絽は苛立ちを感じた。強い妖影ではない。一体一体は弱い小者だ。だが傷つけてはいけない物があるので下手に一掃できない。もしかして、床に転がる人形のように、一体ずつ潰していかなくてはいけないのか?考えただけで陽絽はげんなりした。
「悠夜……。俺、今回の仕事向いてない」
「我慢して」
方々(ほうぼう)で必要のない破壊をしてはよく始末書を書かされている陽絽にとって今回の仕事は窮屈極まりない。悠夜もそれが分かっているので、なるべく短時間で終わらせることを考えていた。
「陽絽、入り口を頼むよ。俺は奥に行く」
「どうするんだ?」
「挟み撃ちにする。俺が奥で抑えるから陽絽は思いっきりやっていいよ」
「マジで? よし!」
「建物は潰さないようにね」
「わかってるって! これくらいの妖影ならそんなに力はいらねえって!」
俄然やる気になった陽絽に悠夜は肩をすくめた。
それから一度息をはいて呼吸と整えると、悠夜は一気に一直線で物置の中を駆け抜けた。
あちこちで奇怪な声が聞こえたが、すぐに奥の壁までたどり着くことができた。
壁に扉が一枚。資料通り、この扉の向こうに壺や掛け軸が納められている部屋だ。
ありがたい。これならだいぶやり易い。
襲ってくる人形を数体叩き落とすと悠夜は右手に術力を集中させた。
強い光が集まり、その手には長剣が召喚される。
悠夜の仕事は陽絽の「攻撃」から「自分」と「後ろの壁」を守ることだ。
剣を体の前で構える。
「陽絽!」
鋭く叫んだすぐ後、爆風が襲ってきた。悠夜はそれを受け止める。
――――手加減するように言ったのに。壁の軋む音を聞きながら悠夜は壊れないかヒヤヒヤした。
数百体の人形の悲鳴があがる。陽絽の術力で次々に封印されていく妖影の断末魔。
悠夜は目を閉じてじっと時間が過ぎるのを待った――――……。
……ほどなく、物置には静けさが戻った。
正常な空気の流れを感じると、悠夜は召喚していた剣を消した。
後ろの扉と壁の破壊も回避できたようだ。よかったと胸をなでおろす。
「悠夜ー。無事かー」
間延びした声で陽絽が奥へと入ってきていた。
「大丈夫だよ」
「加減したからな」
そう言って笑う陽絽に悠夜は乾いた笑いを返した。……今回なぜ組まされたのか分かった気がした。
※※
無事に任務を終えて帰ってきた時はすでに時刻は夕方だった。
スタッフルームにいた志織が二人を迎える。
「お帰り。お疲れさま」
「志織姉、俺、腹減ったー」
何か食べさせてと催促する陽絽に志織は「はいはい」と笑った。
「由姫が焼き立てキッシュを買ってきてくれたから、ちょっと待ってて」
「由姫?」
陽絽が首を傾げると、ミニキッチンから少女が出てきた。
スラリと背の高い少女だ。
「相模さん、藤真さんお帰りなさい」
「ただいま、由姫」
悠夜が答える。
「相模さんが「お腹が空いた」ってブーブー言うと思って買ってきたんですが、正解でしたね」
機転を利かせてくれた今河由姫に陽絽はムッとした。
「ブーブーなんて言わねえよ」
「ワーワーですか?」
「ワーワーも言わねえ! 俺がわめくことを前提に話すな!」
「相模さん、うるさいですよ」
年下の少女に無下に扱われ陽絽はぐっと詰まった。
「それより、また必要以外の物は壊しませんでしたか」
「またとはなんだ! 俺は何も壊してないぞ」
「本当ですか。成長しましたね、相模さん」
よかったです、と生真面目に言う由姫に「おまえは俺をバカにしてるだろ!」と陽絽は癇癪を起した。
この二人はいつもこのようなやり取りをしている。
悠夜は自分の席につくと、ふうと息をはいた。
コトリ、と机にカップが置かれた。顔をあげると、少女と目が合った。
「悠夜さん、お疲れさまでした」
そう言ってふわりと笑う。とても可愛らしい少女だ。悠夜もつられて笑う。
「ありがとう、仄」
「キッシュ、今温め直してるんで、もう少しだけ待っててくださいね」
「手伝うよ」
「大丈夫です。休んでてください」
咲宮仄は陽絽と志織にも飲み物を配ると、由姫とまたミニキッチンの方へと姿を消した。
現在この本部に常勤しているのは、藤真悠夜、相模陽絽、浅木志織、今河由姫、咲宮仄、そして――――。
あ、そうだ、と志織が思い出したようにパソコンから目を離し陽絽を呼んだ。
「陽絽」
「んぁ~?」
大きなテーブルに腕を投げ出して行儀悪く座っていた陽絽はやる気のない返事をする。
「捷が帰ってきたら執務室に来るように言ってたわよ」
「はあ!? なんでだよ!?」
がばっと勢いよく体を起こす彼に志織はしれっと言った。
「あんた、今朝寝坊して顔を出さなかったでしょ」
「あ、あああれは、昨日の仕事があまりに遅くまでかかって、帰った途端意識を失くすくらいに疲れていて、悠夜にメールをしたのもうろ覚えなくらい疲労困憊で……」
必死に言い分けを始める彼だが、志織は聞いていない笑顔を向けてうんうんと頷く。
「それを捷に一生懸命伝えなさい」
人差し指を上に指して、行ってこい、とジェスチャーした。陽絽はがくっと肩を落とした。「絶対嫌味を言われる。嫌味を言われて小言を言われていじめられて、あいつは俺をもてあそぶんだ。絶対そうだ」とブツブツ言いながらスタッフルームを出て行った。
そう言えば朝出る時にそんなことを言っていたな、と悠夜は仄が淹れてくれたコーヒーを飲みながら思い出す。
「最近、仕事がたまってるから、ストレス発散にされるかもね」
さらりとひどい言葉が聞こえた。だが確かにあの人ならありえる。悠夜はため息をついた。
この本部のボス・神景捷。
彼の指示のもと悠夜たちは動いている。
仄と由姫がキッシュを乗せたお盆を持って出てきた。「あれ? 陽絽さんは?」と聞く仄に志織は「その内戻ってくるから先に食べましょう」と皿をテーブルへ移していき、由姫もあっさり志織に賛同する。
悠夜はいいのかな、と思いながらも目の前に置かれたホウレン草とトマトとベーコンのキッシュはとても美味しそうで、彼もすぐ食べることを選んでしまった。
陽絽がぐったりして戻ってきたのはそれから一時間後のことである――――。




