綺麗な石ですね
少女は暗闇の中を走っていた。黒い影に追われているのだ。
少女は一生懸命走った。必死に。捕まらないために――……。
目覚めの気分は最悪だった。
ここ最近、変な夢ばかり見る。それは決まって黒い影に追われている夢。
しかも、日に日にその影との距離は近づいてきている気がする。本当に嫌な夢だ。怖さを振り払うように、少女は右手で左手首を掴む。
手首には、薄緑色の石がはめ込まれたブレスレットが妖しく光っていた……。
***
少女、――――滝島惠は夢のせいで、一日中気分が沈み気味だった。
授業が終わり、放課後、帰宅部の惠は部活をしている友人とお茶をしに行く約束をしていたので、合流近くの商店街のお店を見て回って時間を潰しながら少し早めに待ち合わせの駅前に着くと、近くにある腰より少し低い花壇のブロック塀に腰を下ろして落ちついた。
なんだかずいぶんと疲れてしまった。ついため息が出そうになったその時、
「綺麗な石ですね」
急に声をかけられ、惠は出かかったため息を思わず飲み込んだ。驚きながら声のする方を見るとそこには男性が一人立っていた。
高校生の自分と同じくらいか少し年上だろうか。柔和な表情で優しそうな青年。最初なんのことか分からなかったが、彼の見る視線に気づき言っている意味が分かった。
「そうですか? 安物ですよ」
惠は少しドキドキしながら、左手首につけているストーンブレスレットを触りながら答えた。
「本当? でもとても綺麗ですよ」
まるで自分が褒められているような錯覚をしてしまいそうで、惠は徐々に自分の顔が熱くなるのを感じた。
「選んでいたらお店の人がわたしに似合うからって、これを勧めてくれたんです」
赤くなる頬を紛らわせるように、惠は照れながら話した。
「……へえ」
相槌をする青年の目がわずかに細くなるが、惠がそれに気づくことはない。と、その時、遠くで惠を呼ぶ声がした。惠と同じ制服姿の女子高生が手を大きく振って惠の名を呼んでいた。惠も同じように友人の名を呼びそれに応える。
じゃあ、と惠は男に小さくお辞儀をすると、男もそれに笑顔でこたえる。
友人の方へと小走りに走って行く惠。
――――その後ろ姿を藤真悠夜は静かに見送った……。
部活を終え、惠と合流したクラスメイトの小橋美晴は好奇な目で喰いついてきた。
「メグ! さっきの男の人誰!? わたし邪魔しちゃった!?」
興奮している友人に、惠はあはは、と笑いながら答える。
「大丈夫だよ。ちょっと声をかけられただけだから」
「ウソ!? ナンパ!?」
「違う違う。これに興味があったみたいで声をかけられたの」
そう言って手首のブレスレットを見せる。
「えー? そうなの? でも確かにそれ綺麗だよねー。わたしも同じの欲しいと思ったもん」
買った当初、美晴も同じものを欲しがったので、惠は購入した店へ案内した。
だが――――、
店のドアノブには『closed』の文字が入った看板がかけられてあった。定休日かと思いきやその後、何度訪れても店が開いていることはなかった。
店は閉店していたのだ。初めて一人で訪れた時は閉店するような素振りは見受けられなかったのに。
美晴はがっかりし、惠も良いのがあったらもう一つ欲しいと思っていたので本当に残念だと思った。
「でもさー、さっきの人、かっこ良かったよねー。いいなーメグ」
話が戻り、羨ましそう言われた。悪い気はしない。
……しかし惠は自分が声をかけられることを少なからず予想できていた。このストーンブレスレットのおかげで――――。
滝島惠はどこにでもいる、平凡で地味な『普通』の女子高生だった。
ところが、このストーンブレスレットを身につけてからの数ヶ月というもの、『普通』でないことが続いている。
ダイエットをしたわけでもないのに、ワンサイズ小さめの服が着られたり、一生懸命勉強したわけでもないのに、急に学校の成績が上ったり。街を歩いていて、有名モデル雑誌のスカウトマンに名刺をもらったりもした。
この数ヶ月で今まで味わったことのない経験に惠はとても幸せを感じていた。
そして今日はかっこいい人に声をかけられたのだ。嬉しくて仕方がない。自然と笑顔もこぼれる。
これもきっとこのブレスレットのおかげだ。惠は店の人に言われた通りのことをしていた。
『常に身につけて、思いを強く願ってください。そうすれば、幸運が訪れますよ』
ただ、そう言われた。それを忠実に守っているだけなのだ。それだけでこんなにも幸せなことを味わえるなんて。
先程のことを予想できたのも、数日前から『素敵な人に声をかけられたい』とお願いしていたからだ。結果は自分の満足のいく通りになった。
幸せが訪れる――、自分の願いを叶えてくれるこのブレスレットはまさに、幸運のブレスレットだ。
惠は大事にブレスレットをなでた……。




