これはどういうことですか
四階はワンフロアが斎場になっていて広い。
空気も外界より澄んでいるのがわかる。ここでは主に、捷の護符作りや仄、志織が浄化の際に行う。妖影の封印に必要な道具も保管されている。
仄は中央祭壇に布に巻かれた鏡を置いた。そして護符が収納されているガラスケースの棚にいくと必要な数種類を取って戻ってくる。
その顔には緊張が見える。
「仄、昇華までする必要はないよ。鏡から妖影を出せばあとは俺がするから」
「はい、悠夜さん」
仄は幾分安心した表情になる。そして一枚、質のちがう銀の印が施された札を悠夜に渡す。悠夜はそれを受け取った。
「はじめます」
凛とした声で仄は開始の合図を出した。
清められた水が入っている水差しに月桂樹の葉を一枚ひたす。それを取り上げると用意した護符にその雫を降りかけてゆく――――。
かけ終わると葉を水差しに戻し、雫を吸った護符を両手で挟みそこに浄化の波動を流し込む。護符に白き光が宿る。その光に照らされて仄はいつもの柔らかい表情はなく、美しい聖女のようだ。
護符に波動がたまったのを確認すると手を離した。すると護符は宙に浮き、ピタリと空中で静止した。仄の力で止まっているのだ。残りの護符も同様に力を注ぎこみ、やがて仄の目の前には宙に浮いた護符が並んでいた。
そして右の人差し指と中指を立てて、数枚の護符に『命じる』ように勢いよく放った。
護符は布を刺すように鋭く貼りついた。途端に布の「中」から凄まじい瘴気が噴出する。
すぐに悠夜が仄をかばうように剣を召喚して結界をはる。
仄は怖気づいていない。防御は全て悠夜に任せながら次々に護符を布に飛ばす。その度に妖影は瘴気を出して暴れた。だがなかなか本体が出てこない。
全ての護符を布に貼りつけると仄は両の手を合わせた。そして一度小さな息を吐くと、一気に浄化の力を護符へ通して放った。
仄の力と妖影の妖気が反発して部屋に地響きが起こる。
想像以上に強力な妖影だ。神器の鏡に入れたくらいなのだから、それなりの力はあると思ってはいたが、まさかこれほどとは――――。
長期戦になったら仄がもたない。仕切り直すか。と悠夜が判断を下そうとした時、仄がまた一枚、護符を手に取った。素早く両手ではさみ浄化の力を一気に注ぎ込む。
「仄?」
悠夜が目を見張った。
「外に出します」
それだけ告げ護符を飛ばした。護符が当たった瞬間、強烈な光が放たれ、布から蠢く大きな影が弾き出された。
禍々しい妖気を放つ黒影。油断していると一瞬で飲み込まれそうだ。
ここから先は自分の仕事だ。悠夜は剣を構え直すと持っていた札を剣で突き刺した。そして浄化の力で弱体化している妖影に向かって一足飛びで跳躍すると剣を降り落とした。
断末魔の声があがった――――。
妖影の姿は消えていた。その姿があった床には、一枚の銀の印が施された札。
仄に渡され悠夜が使用したものだ。強力な妖影の生け捕りをするのを目的に使う特別な護符だ。
主に『式』にするために。
強い妖影は「浄化」をしたあと、式として所有されることがある。だが、浄化の力に耐えられる妖影は少ない。そのため式は貴重であり、また扱いが難しく、使用できる術者も少ない。
今回封じた妖影は式になる素質は十分だ。後の判断は捷に任せる。
悠夜はすぐに仄に向き直った。仄は荒い大きな呼吸を繰り返していた。
「仄!」
悠夜が呼ぶと、仄は肩で息をしながら「大丈夫です」と答えた。
「悠夜さん、やっぱり、すごい。一撃で封印しちゃった……」
「仄が妖影の力を弱らせてくれたからだよ」
そう言うと仄は「へへ」と少し照れたように笑った。その様子に悠夜も安堵のため息をつく。
本当にすごいのは彼女だ。こんなに強い力を秘めているなんて。
「久しぶりに大きな力を使ったので、ちょっと疲れちゃいました」
「落ち着くまで無理しないでね」
「これはどういうことですか」
急に入ってきた声に驚いた仄は悠夜に飛びついた。悠夜は声の方へと顔をむける。
入口の壁に背をもたせて立っていたのは神景捷――――。
この前の鍛錬場の時といい、このボスは神出鬼没だ。
「忘れ物をして戻ってきてみたら、斎場から強い気の流れを感じたので、見に来てみれば「式封印」がされている。一体どういうことですか?」
床に落ちている札に目線を配らせながら捷は穏やかに言っているが、目の奥は一切笑っていない。一番最悪なところを見られてしまった。
仄はすっかりおびえていて悠夜にしがみついたまま離れない。
「捷、これには理由があって……」
「そのようですね。洗いざらい話してもらいましょうか」
ね? と捷は笑っていない笑顔でこちらに向かってきた。あまりの凄みに悠夜も寒気を感じた。
その後、全てを知ってからの彼の行動は早かった。
相手支部の上に直接報告。本家には黙っておく恩を売ることで今回は手打ち。札に封じた妖影は式としてちゃっかり所有することとなった。
悠夜たちのボスはどこまでも抜け目のない人物なのである。




