表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明のまほら~アルテミスの祈り  作者: 葵しん
第五章、丹 後 変
49/109

     五の二

 窮地に陥った牡丹は山の凹地(くぼち)に身を伏せて、

「おのれ、磯砂め、近寄れるものならさっさと来やがれ。この牡丹様が相手してやるだ」

 と大声で叫んだ。ざわめきが飛び交い、矢雨が降ってきた。顔を腕で防いで、背負子を楯に使って何とか躱しているが、最早風前の灯火。

 と、その時である、広場の真ん中でいらいらしながら床几に座っている磯砂が、つむじ風に煽られたのか、洗濯物のように、

 ヒュー

 と吹き飛ばされた。あまりのことに驚いて目をきょときょとさせている。

 周りの者までこの突風に弾き飛ばされて転んでいる。いったい何が起こったのか。

 すると間をおかずに櫓の方角からどっと歓声が上がって、磯砂達の矢雨がやんだ。

 牡丹は恐る恐る様子を窺った。見ると長柄を持った武装兵と弓に矢を番えた者がそれぞれ数十人ほど、大挙して村に登って来る。三太夫が連れてきた丹波国の(みやっこ)の兵であった。

 慌てた磯砂達が散り散りになって逃げ始める。

「ああ、助かっただ、ざま見ろ磯砂め」

 牡丹も反撃に移り、投げ槍を次々に放りだした。

 すると、背後に人の気配を感じ、牡丹はビクッとして振り返った。

「ああ、お前さん、お前さんかい、生きていたんだね」

 ほっとして急に涙が込み上げてきた。

 苦い顔をしながら、そっと近寄る三太夫が、牡丹の肩に手をやり、

「すまん、牡丹、許してくりゃれ。平吉とお婆は・・・助からんかった」

「ええ、平吉が、おっかさんも・・・そんな・・」

 崩れるように牡丹は三太夫に抱きついて拳で三太夫の肩付近を小突いてくるが、三太夫は(こら)えた。

 やがて、造の兵が磯砂達を蹴散らして、村は何とか平穏に戻った。


 数日後、穂井媼と平吉の塚も造り、磯砂衆の死骸も埋めてやり、村もようやく落ち着いてきた。幸い、家は殆んど無事で、田畑が少し荒らされただけだった。

 そこへタケルと真奈が旅を終えて戻ってきた。心なしか真奈の雰囲気が違っている。いつもの紐で縛って後ろに垂らした髪型ではなく、頭の天辺で(うずたか)く髷を結って山吹色の鼈甲(べっこう)製の(こうがい)を横から挿してとめている。天橋立の浜辺で見つけたもので、持つところが菱形に加工されていて、この色と形が真奈の記憶に残っていたようだ。

 この時二人で海に入り、ひと際真奈が泳ぐのが得意である事にタケルは気付いた。事に依ると真奈の故郷は海に近い場所なのかもしれないと思うのだった。

 穂井爺や三太夫、牡丹から事件のあらましを聞いて、タケルは激しく憤りを覚えた。断じて許せないと思った。

 すると、(かたわ)らで聞く真奈が、

「わたしのせいだわ、わたしの為にこんなことに、御免なさい、みんな。わたしはもうみんなに迷惑をかけたくない、わたしが磯砂の元へ行くわ。さよなら・・」

 と言って、突然駆け出した。吃驚したタケルが追い掛けて、泣きながら暴れる真奈を無理やり抱きつかんで、

「真奈、決してお前のせいではない、磯砂が人でなしなだけだ。真奈は吾にとって、そしてこの村にとって掛け替えのない存在だ、行かないでおくれ。御身(おんみ)を大切にしておくれ」

 と、宥めた。村の衆も集まってきて真奈を宥めている。真奈は感極まって泣き崩れた。タケルが優しく抱いて微笑んでいる。

 三太夫も、真奈のこの誰からも好かれる人徳があってこそ磯砂が付け狙うのかもしれないと納得するのであった。

 この時、真奈は既にタケルの子を身籠っていた。

 タケルはお礼のため、三太夫を丹波国の造の元に派遣した。その際、身内を失った三太夫が、今度のようなことが毎度起こるようでは日々の生活もままならないと陳情したが、中々色良い返事を聞けなかったようだ。

 已む無くタケルは三太夫と二人で磯砂達に対し本格的に探りを入れることにした。磯砂達の確たる根城とその兵力を掴み、タケル自らが陳情し、談判して(みやっこ)を動かそうと決めたのである。

 三太夫が(かね)てから峰山街道を往来する怪しい(やから)の存在に気付き、こっそり後を付け、その栖家(すみか)をようやく突き止めることが出来た。


 ――和奈左村から人が去ってからは殆んど人の通らぬ比治山峠、その頂近くの老桃一本、ジージーとうるさいく蝉が鳴くばかり。その峠の社を過ぎたところから南に分け入る、草深き道無き道である。日笠を被り、行商風の背負子を担いだ中年の男。

 三太夫が付かず離れず、気付かれぬように付いていく。山を幾つか越えたところで、ひっそりとした高木の生い茂る森に入って行く。

 いつしかうるさく騒いでいた蝉や鳥の鳴き声すらしなくなった。辺りは異様なほど薄暗く、殆んど(きこり)が手を入れていない感じで、ムササビかミミズクでも出そうな所である。

 男は黙々と歩いている。ひっそりとした中に、かさこそと落ち葉を踏む男の足音だけが聞こえる。時おり悲鳴のような声を出す鳥の声が響き渡る、巣に居る(ひな)を守ろうとして威嚇しているのであろうか。

 男がピタリと大きな楠の前で立ち止まった。村らしき家並みは一向に見えない。さっと後ろを振り返り、周囲を見渡すと、すっとしゃがみこんで気配を消した。

(あ奴はいったい何をやっているのじゃ)

 三太夫は遠目で追った。

 男はじっとして聞き耳を立て、何事も無いのを確かめたところで、その大木を拳で、

 トントトン、トントトン

 と叩いた。するとシャーっと音がして上から(おり)のような大きな籠が下りてきた。中に人が入っている。何か互いに言い交して男が乗り込んだ。

 再びシャーッと音を出して六間ほども上に上がると、葉や木々が邪魔をして下からは判別出来なくなっている。大きな岩を太い蔓で結んで、上げ下げしているのである。丸で現在のエレベーターであった。

 三太夫は高い樹上に登って遠くから探りを入れることにした。

 何日も樹上でじっと観察した結果、樹上には渡り廊下が巡らされていて、百戸ほどの隠された家々が互いに繋がっている。百メートル四方にも亘る樹上の集落であった。

 磯砂(いさなご)達は樹上で巧みにカモフラージュしながら身を隠して住んでいたのである。――


 磯砂の家の大広間が五メートル四方と狭かったのも、樹上であれば肯ける。神出鬼没の賊徒達は丹波国の造の追跡を巧みに(かわ)し、時に大胆に、時に霞のように雲隠れして命脈を保ってきたのであった。

 三太夫の探りによると、磯砂村の周りのあちこちに罠が施してあって、近づく者を許さない作りになっている。迂闊に入りこむと落とし穴に(はま)って、逆立った竹槍で串刺しになりかねない。


 盛夏を過ぎた頃、タケルは三太夫を伴って丹波国の(みやっこ)を訪ねた。造の屋敷街は西の峰山街道に出て半刻ほど北に歩いた所にある。真奈と牡丹、身重の二人を残して村を離れるのは(いささ)か心配ではあったが、先日の戦いで磯砂衆が疲弊した今しか動けないと思ったのである。

 正確な磯砂の根城の地図を差し出し、大まかな人数などを告げて陳情した。根城には女子供を合わせて、少なくとも数百人は住んでいて、皆木の上で暮らしていること、漁師などに身をやつして探り役の者が丹後のあちこちに住んでいることなどを告げた。

 しかし、要は頭の磯砂一人を降伏させれば事は済むとタケルは語った。

 そこで、造は磯砂に降伏を求める使者を送ったが、残念ながら何度送っても、使者は戻って来ない。調べると、使者が罠に嵌って死んだり、矢を受けて死んだりして、話し合いに持ち込むまでにも至らなかったようだ。

 その中で、一度だけ使者が戻ってきたことがある、屈強の者五人を使者に送った時のことである。罠の領域や矢の射程に入らないようにして、大声自慢の使者が、

 ――磯砂衆にもの申す。腹を割って話したき儀が有り申す。一度でよいからお会いして、なにとぞわれらの話をお聞き下されたし

 と、森に向かって大音声で呼びかけたが、山が動いたかのように森の上空が一斉にガサガサ鳴ってうごめき、直後に四方から一斉に矢雨が降ってきた。中の一人がかろうじて難を逃れて立ち帰ったのである。

 ここに至り、タケルも根城を攻め滅ぼし、磯砂自身を除くしか手立てがないと思い至り、説得してようやく造も兵を挙げた。

 丹波国の造自らが一千余の兵を率いて、三太夫の道案内と共に磯砂の根城を取り囲む。この時代にしてはたいそうな数ではあるが、直属の兵は百人足らずで、あとは兵というより猟師や漁夫、百姓達の寄せ集めである。収穫の時期にはまだふた月近く間がある。

 磯砂という人でなし共を倒して、平穏な世を創るためと称して募ったものである。皆がいかに磯砂達に苦しめられ、嫌っていたかが分かる。

 ヤマトタケルの名声も大いに役立った。

 ――ヤマトタケルの(みこと)が味方であるなら、勝ちは決まったも同然

 などと言い合う者が集まってきたのである。

 また、丹波国の造が、

 ――戦はひと月余で終わる、敵を取り囲んで飛び道具で攻撃するから安全だ

 と、言い放ったことも参加者を勇気付けた。稲作中心への過渡期に当たるこの時代では、どんな者でも弓ぐらいは扱えた。まだまだ狩猟は生活に欠かせない時代なのである。

 磯砂の根城から二百メートルほど北西に、半円を描くように樹木を伐採して平地(ひらち)を作って空堀を掘り、その外側に掘った土を使って土塁を築き、上に丸太を重ねた柵、鹿砦(ろくさい)を築いた。空堀と鹿砦の中間に刈り取った(よもぎ)や湿った草を大量に積み上げて並べる。造を隊長とする兵三百の第一部隊である。

 そして三太夫の道案内によって五百の部隊が山谷を越え、大きく西に迂回して根城の南東側に移動した。根城から三百メートルほどの所で、また根城を囲むように四十メートルほどの幅で半円状に木を切り出し、見通しをよくした。切りだした木は土塁上に一メートル半ほどの高さに積み上げて鹿砦にし、座射するために肩の高さの所に横に一筋隙間が設けられている。鹿砦の前方の平場には幅四メートルの深い溝を掘って空堀とした。堀の底には竹槍が突き立っている。

 主力は五百を要するこちらの第二部隊側である。第二部隊はおおむね三つの区画に分かれて配置されている、西側、南側、東側である。南側に部隊長の若狭の由良彦が居て、西と東にはその家臣が指揮を()っている。磯砂村の真西には森を挟んで岩山が在り、岩山の南隣りが西側の区画で、ここにタケルと三太夫が一兵卒として加わっている。

 その他約二百の第三部隊が山蔭や間道などに配され、物資の補給と後詰めをしている。

 主力第二部隊の北東方向には磯砂山の急傾斜の山肌が迫り、行き場がない。真西の岩山も同じである。磯砂の根城から見て鹿砦は、間に磯砂山と岩山を取り込んでぐるりと一周するように築かれた。

 これらの工事にひと月余りを要した、その間この磯砂村に入ろうとする者、出ようとする者は容赦なく斬り殺された。磯砂側は既に囲まれていることを察知しているであろうが、逃げ場はなかった。秋の山だから飢えていることはないだろうが、何が起こるか分からず、皆さぞかし震えていることであろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ