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黎明のまほら~アルテミスの祈り  作者: 葵しん
第四章、 出雲タケル
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     四の三

 半月余りも住んでいて勝手を知っているタケルであった。ボロボロの刀や鞘など三振りを抱え、ガチャガチャ音を立てながら、大広間の方にずかずか歩んでいく。

 途中ですれ違う造家一族の者が、タケルに気付いて憤懣やるかたなくギロっと睨んであとに付いてくる。

 大広間の最上席に当たる廊下の入口から中に入ろうと、引き戸に手をかけた。

 そして一度たこ島の宿禰と付いてきた一族の者二人をギロっと睨むと、前を向いて勢いよく戸を開けた。

 ガッシャーンッ!

 と、大きな音を立てて戸が開いた。中でガヤガヤしていた物音が瞬間消えた。

 板の間に車座になって塊まって座っている家臣団数十人が、口をへの字に歪めてタケルを睨んでいる。

 前を悠然にタケルは進み、一段高い所にすっくと立って、息を深く吸い込むと、

「吾は倭のタケルなり! 小碓と申すものである!」

 その大音声たるや、あまりの声の大きさに、大広間の扉や窓がガタガタ揺れるほどに響き渡った。集まった者達が、皆ビクンと浮き足立って耳を手で塞ぐほどだった。

 タケルは皆を見廻し、今度は穏やかに話しだす。

「不幸な事故であった。(おこと)達の主の太刀捌きは実に鋭かった。吾が未熟ゆえにこのような事になってしまった、許してくれ」

 タケルは深深と(こうべ)を垂れた。

 途端にまたワイワイ、ガヤガヤしだし、

「人殺し」

「騙し討ちだ」・・・

 などと聞こえてくる。

 たこ島の宿禰がタケルの脇に進み出て、

「ええい、静まれい」

 と、手を広げて制止し、

「皆もよく聞くのじゃ、ヤマト殿のせいではない、われらの御子様が望んで立ち合われた結果じゃ、静まってよく聞くのじゃ」

 まだプンプン怒って睨んでいる者がいるが、お互いに顔を見合ってやや落ち着いたのか、ともかく言い分を聞こうと、正面のタケルの方に体の向きを変えて座りなおした。

 それを見て、タケルはおもむろに話しだす。

「これを見てもらいたい」

 と、ボロボロに刃毀れした刀を抜いて皆に見せた。

「これは吾が手合わせの時、出雲殿にせがまれて交換した吾の刀だ。出雲殿は斯様に刃毀れだらけになるほど吾に刀を打ち付けてまいったのだ。見事な気迫であった。そして吾はこちらの刀で受けた、ほらこれほど鞘がボロボロになっておろう」

 タケルは皆に良く見えるように二本の刀と壊れた鞘を、左右にゆっくり動かしながら見せた。

「後で気付いたことだが、刀はもう一本あったのだ、これがそうだ」

 そう言って、タケルは刀を前に放った。

 前に居た若者が慌てて受け取り、タケルを見返す。

「その刀を抜いてみよ」

 タケルが命じた。

 何の事だと言わんばかりに若者は、

「んんっ」

 と、気合を入れて、抜こうとしたが抜けない。

 踏ん張りながら刀を捻り上げ、怪訝な顔をしてタケルを見ている。

「ははは、木刀だ、抜けるはずがない。吾の刀と色も形もそっくりだ。どうやったのかは知らんが、重さも同じぐらいに調整されてある。それは出雲殿が初めに持っていたものだ」

 これを言った途端に、皆の表情が変わり、またざわざわしだした。

 タケルは続ける。

「ああ、聞くのだ。出雲殿の家臣がこっそり刀を取り替えているのを吾の家臣三太夫が気付き、対等になるように取り替えて置いた。その鞘のボロボロなのは三太夫の刀だ。何とか鞘ごと使って一本取ったのだが、出雲殿はやめようとしないでな。鞘が弾け飛んでしまって、已むを得ずに斬ってしまったのだ。これは事故だ、吾は事故として帝に報告しよう」

 再び声に力が籠り、じっと皆を見まわしタケルが語る。

「それでも不満のある者がおれば申し出るがよい、いつでも相手になってやろう」

 皆は冷や水を浴びせられたように肩をすぼめ、静まり返ってしまった。

 やがて皆が(こうべ)を垂らすのを見て、タケルはゆっくりとその場を出て行った。後のことはたこ島の宿禰に任せたのである。


 再び出雲タケルの屋敷に戻ったタケルは、竹簡の旅帳を付けながらたこ島の宿禰が戻るのを待った。戸が開け放たれた廊下に座り、夕焼けを見ながらタケルは考えている。

 この地に来てタケルは、人という生き物は嘘を平気でつくものだと学んだ。そして嘘をつき、騙したりすることが如何に危うい事態を招くか、つくづく考えさせられた。

 日の本の民は斯様な嘘や罠を極度に嫌う民である。卑怯な嘘や罠は、やがてはその者の天運を遠ざけ、滅びへと導く、そんな人の道とも言うべき感覚をタケルは学びとっていた。

 そして戻って来たたこ島の宿禰に、以下のことを約束させた。


 一、出雲国の造は出雲タケルの子の熊野入根(くまののいりね)とする事。

 一、それを神官たるべく日まで、たこ島の宿禰が補佐し、師事する事。

 一、倭への忠誠の証として出雲タケルの妻熊野の巫女姫と、たこ島の宿禰の娘江島姫を纏向に送り住まわせること。

 一、三年に一度纏向の日代の宮に挨拶に来ること、ただし代理でも構わない。

 一、邇摩の長者を石見国の造とすること、ただし、出雲と石見の関係については帝の指令を仰ぐこととする。


 そして第一回目の参内は来春の雪解けを待って出発すること、その時に姫達を連れて来ること。また出雲タケルの屋敷に囲われている妃達を速やかに生家に返してやることを命じた。

 なお、タケルが、

 ――来年の参内の折は、玉造の湯にて(みそぎ)をして、体を清めてから旅立つがよい

 と、気軽に話したことが切っ掛けとなり、のちになってこの習慣が根付き、玉造の湯は神の湯と持て囃されるようになった。何でも、この湯で一度湯浴みをすると肌がしっとりと綺麗になり、二度湯浴みすれば万病が治ると言われる。

 …玉造とは勾玉作りに由来する名である。『出雲国風土記・神の湯』参考。…

 出雲タケルのお陰でボロボロになった刀の代わりに、タケル達は出雲タケルの刀を頂くこととした。実はこのタケル達の選んだ刀は出雲国の宝剣であると知ったのだが、たこ島の宿禰は快く承諾した。

 タケルの刀が隠岐の波で、鞘に白銀(しろがね)で波頭の模様があしらわれ、波のような波紋の(やいば)が見事な名刀である。三太夫の刀は隠岐の鷹といい、イヌワシを象徴するような黄褐色の鞘に入っている名刀である。共に鞘には漆が塗られている。


 タケルは第一回目の上京も見届けた。そして、どうにかごたごたが片付いて落ち着いたのは翌年の桜が散った頃であった。反抗分子はやはり居るもので、それを宥めたり説得したり、それでも駄目な時は仕方なく駆除したりの日々であった。

 蹈鞴の里の見物などもして長い逗留となってしまったが、タケル達は山の青が際立つ頃になって、ようやく東に向けて出発した。丹後方面を廻り琵琶湖に出るつもりである。

 二人は中海を見ながら東に向かう。上天気に恵まれたせいか、拭いても拭いても汗が出る。

「三太夫、暑いのぉ、冬は吹雪で凍えそうだったのに、今は真夏と思えるほどに暑いわ。背負子の綱が肩に食い込んで痛くて堪らん」

「そうですな、ちびっと木陰で休んでいきますか」

「ああ、そうしよう。ここが良いぞ、ああ、やれやれだ」

 タケルは体を傾けて苦しそうに背負子を外すと、木陰の草むらにどさっと腰を下ろした。

「主、あれを御覧なされ、火神岳が涼しげでは御座りませぬか」

「おお、そうであった、頂にまだ僅かに雪が残っているぞ。それにしても見事な山だ、ここらでもう一度拝んでおこうか」

 二人は草の上で座を正し、四つ柏手を打った。一年で最も過ごしやすい時期を迎え、山の北壁にはまだ僅かに雪が残っていた。ここから数日は火神岳の裾野道を通ることになる。波打ち際まで山裾がせり出し、右手は急傾斜の山肌、左手は打ち寄せる波で洗われた岩場が遥か下に見えるという断崖上の道である。

「なあ三太夫、そう言えば中海のたこ島見物をしていた時、安来(やすき)とか言うところで漁師が不思議な事を言っておったのぉ。火神岳には神が住んでいるとか・・」

「そうでしたなぁ・・高くて姿のいい山には天から神様が舞い降りてくるという話。実は初めは人だったとか・・事によると、その人はカゥハォ様のことではねぇですかね・・」

「おお、なるほど、そうかもしれんな」

 タケルも語り部の話を思い出していた。

「ところで、主、安来で見かけた民草は漁師ではなくて砂鉄取りですぞ」

「何? 中海に入って笊でシジミか泥鰌でも掬っていたのだと思っていたが・・・」

 二人は話の情景を思い出しながら神々しい山に見惚(みと)れていた。次はいつ拝めるのかと感慨に浸っているのである。

 中海の南にある安来(やすぎ)市は安来節の里である。歌そのものは江戸時代に作られたもので新しいが、この安来という地名はスサノオの命の命名と言われるほどに古く、由緒ある地名である。

 …ここ出雲の大山(だいせん)と呼ばれる山並は剣ヶ峰千七百二十九メートルを主峰とし、矢筈ヶ山や烏ヶ山などからなる。その中に、孝霊山という名の山がある。第七代孝霊大王や徐福と関係あるかどうかはよく分からない。

 大山でも大山(だいせん)信仰というものが奈良時代ごろに興り、当時大神山(おおかみやま)と呼ばれ、大神山神社が造られたほどである。神奈川の大山(おおやま)信仰と書体が同じで紛らわしい。後者は江戸時代に盛んに流行り、大山参りとして江戸の者が盛んにお参りした。そのお陰で後者の方がむしろ有名になってしまっているようだ。…


 再び歩き出した二人は人気(ひとけ)のない山道をふうふう言いながら辿っていた。断崖の下はすぐ海である。樹木の茂っている所は日陰になって涼しいが、今は木々の切れ目だ。

 タケルが日笠を被って前を歩いていると、

 ふっ

 と、急に背中に何かを感じた三太夫が、

「主、こっちだ」

 と言って、タケルを引っ掴んで、山の斜面に倒れ込んで伏せた。

 間一髪であった。音も無く上空から巨大なイヌワシが迫ってきたのだった。

 イヌワシは恨めしそうに、

「クーァ、クーァ」

 と、甲高い声で泣きながら上空に向かう。幅二間四メートルからありそうな羽を広げて上空を優雅に泳ぎ去る、黄金色の鷲だ。

「ああ、危なかった。それにしても褐色に輝く大きな鳥ですな・・」

 三太夫は冷や汗を拭った。

「助かった、三太夫、よく気が付いたな」

「ええ? 主が叫んだのでは? 危ないとか聞こえたきがしたもので・・・」

「何だと、吾は何も言わないし、気付かなかったがな」

「そりゃおかしいな、空耳やったかな」

 三太夫は首を傾げている。

 出雲は木々が生い茂り、高い梢が多いから、イヌワシがたくさんいるので頭に気を付けろと、どこかで言われたことをタケルは思い出していた。


「ねぇ、ちょっと、ハデス。今、三太夫、変じゃなかった?」

「はい、わたしも気付きました、丸でアルテミス様の声が聞こえたみたいでしたね」

「そんな事ってあり得るかしら?」

「あり得ませんね、きっと三太夫の勘が鋭くて、忍びよる鷲に気付いたのでしょう」

「そうよね、ははは、ミーったら、なにを期待しているのやら。そうよね、千二百光年もの彼方に居る人と話せる訳がないわよね、ははは・・・」


 ようやく道が平坦になって数日歩くと砂浜が現れた。現在の鳥取砂丘である。

 さらに進み、村ともいえない小部落を幾つか過ぎて、久美浜という入り江の温泉までやって来た。ここらは既に丹波であり、四道将軍の管轄に入っている。丹後半島まであと数日の距離である。

 かつて丹波は丹後の南側の一部であって、(こおり)のようなものであった。彦坐王(ひこいますのおおきみ)が丹後征伐隊長に任命され、その地盤を造り、さらにその息子が丹波道主王(たんばのみちのぬしのおおきみ)という官名を授かりこの地域一帯を治めて以来、丹波と丹後を併せて丹波と呼ぶようになった。

 本巣の大根王の大兄に当たる、丹波道主王が丹後の峰山(京丹後市峰山)に丹波国の造として封ぜられた。現在は二代目が丹波国の造として峰山に住んでいる。

 ちなみに歳こそ親子ほど離れてはいるが、二代目丹波国の造の実姉こそが景行大王の母にあたる方(垂仁大王の大妃(おおきさき))である。

 温泉に入って汗を流し、体を癒したタケルは、そこで出会った漁師に天橋立(あまのはしだて)という風光明美な所があると聞いた。若狭は魚が旨いとも聞いたタケルは、早く行ってみたくて足取りも軽くなってくるのであった。それにここまで来れば近江まではもう目と鼻の先である。まる四年ほどの月日が流れていた。


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